文化祭 前日
学校中が普段より騒がしい。それもその筈。何と言っても、明日は文化祭なのだ。
そして今は、各クラス毎の出し物のために設けられた準備時間である。
この学校は九月の下旬に文化祭を開催するので、生徒たちは夏休み前からクラスでの出し物の案を練り、夏休み中はその準備のために忙しい。
このクラスの出し物はプラネタリウム。実はこの出し物、仰々しい名前とは裏腹に準備がとっても簡単なのだ。まず教室を真っ暗にする。いい感じの音楽をかける。市販のプラネタリウムを起動。これでおしまい。
準備のほうはというと、教室はあらかじめ作っておいた紙製の黒いカーテンで光の進入を遮り、BGM用のCDとプレーヤー、プラネタリウムも調達済みだ。ちなみにCDは私が持ち寄ったもので、プレーヤーは学校の備品、プラネタリウムはクラスのみんなでお金を出し合って買ったものだ。
というわけで、私のクラスは今からするべきことが残っておらず、こうして無駄に暗くした教室でワイワイ騒いで時間を潰しているのである。
「こういう暗い場所ってなんか興奮するよねー」
「わかるわかる」
「おい、今ならバレずに女子に触れたりするんじゃね?」
「バカ野朗、バレたら一巻の終わりだぞ」
「(懐中電灯で下から自分の顔を照らして)ブワァァァ~」
「きゃぁ~~」
「ちょ、脅かさないでよ」
「……」
この状況を他のクラスの人が知ったら、その不真面目さにきっと怒るだろうなあ。
「この後も作業する者は時間内に済ませるように。それと、文化祭午後の部の有志によるステージに出演する者は、この後5時からリハーサルがあるから、それまでに体育館へ行くように。ではHRを終わる。解散」
そう言い残し、担任の先生はそそくさと教室から出て行ってしまった。
準備も何もあったもんじゃない。さっきまでの時間だって一部のグループが椅子取りゲームを始める始末だったんだから。
それなのにクラスのみんなは一向に帰ろうとしない。クラスの出し物の準備という名目で、部活が無いのをいいことにまたはしゃぐ気だ。
私はどうしようかなぁ。みんな帰らないから、一人じゃ帰りにくいなぁ。
御嶋さんはどうしてるんだろう。そう思って教室を見回そうとしたところで、ぽんっと肩に誰かの手が置かれた。振り返ると御嶋さんが後ろに立っていた。
「怜佳ちゃんさ、これから何か用事ある……?」
御嶋さんは、少しモジモジしているような、いつもと雰囲気が違うしゃべり方だった。
「ううん、私は何も。御嶋さんは? 美術部の展示の準備とかあるんじゃないの?」
「あぁ、うん。そう……なんだけどさ。今時間があるなら、ちょっと一緒に来て欲しい所があるんだけど……」
「一緒に? うん、いいけど……」
「よかった。こっちだよ」
そして、御嶋さんは私の手を取って歩き出した。
御嶋さんが私に来て欲しい所は一体どこなのか、それはすぐに分かった。
私が手を引かれるままに進んでいくと、本校舎を出て、渡り廊下を抜け、見えてきたのは小さめの校舎。そこにはパソコン室、家庭科室、音楽室、被服室など、文化系の教室が敷き詰められている。
「ここだよ」
そして、辿り着いたのは美術室だった。
この学校の美術室に入ったのは初めてだけど、どこか見慣れた風景が広がっていた。机や床には所々絵の具が塗られてカラフルだし、窓際には白くて髪の毛がクルクルしてる人の彫刻が並んでいる。その他にも、壁の高い位置に何枚かの額縁に入れられた絵がかけられていた。
そうして教室内を見回していると、御嶋さんは奥にある棚のほうへと歩いていくので、私もそれについていった。御嶋さんは棚を開けると、一枚の画用紙? を取り出した。
「これは……?」
「明日の文化祭で展示するやつなんだけど……。一番最初は怜佳ちゃんに見てもらいたくて。もうすぐ展示する教室まで持っていかなきゃいけないから」
御嶋さんがその絵を私に向ける。それを見た瞬間、私は目を瞠った。
目の前に広がるのは、まさにあの光景そのものだった。
水平線へと消えゆく太陽と、波打ち際に立つ2つの影。シルエットしか見えないけど、これが私と御嶋さんだということはすぐに分かった。2人は手を繋いで、ただ夕日を眺める。空も海も、夕日の眩しい赤や黄、橙に染められている。
この絵を見ていると、あの日、あの臨海学校での出来事が鮮明に脳裏に浮かんでくる。あの時に交わした約束のことも。
「……きれい」
「あ、ありがと……って、どうしたの怜佳ちゃん」
私は気付けば涙を流していた。
「あれ……? どうしちゃったんだろ、私。御嶋さんの絵があまりにきれいだから、感動しちゃったのかな……」
拭っても拭っても、涙は溢れてくる。自分でも、一体何に泣いてるのかが分からない。ただ1つ分かるのは、これが嬉し涙だってこと。
「ありがとう、御嶋さん」
「そんな、お礼を言われるようなことは何も……。って、はいこれ。涙拭いて」
私は御嶋さんから渡されたハンカチで目元を拭う。
「ありがと。この絵を見てると、いろいろと思い出しちゃうな。あのときの御嶋さん、突然泣き出すんだもん。何事かって私驚いちゃったんだよ?」
「あのときは……その、わ、忘れて。ってか、今度は怜佳ちゃんが急に泣き出してるじゃん。おあいこだよ」
「ふふっ、そうだね。でも私、あのとき嬉しかった。御嶋さんのことたくさん知れて」
御嶋さんが自分の過去を打ち明けてくれて、今はこうして自然に笑い合えて、それが嬉しかった。
「そろそろこの絵持っていったほうがいいんじゃない?」
「あぁ、そうだった。もうこんな時間かぁ。急がないと」
「私、教室で待ってるから。今日は一緒に帰ろ?」
「うん、じゃぁ後でね」
そう言い残すと、御嶋さんは小走りで美術室を後にした。
「はあぁぁ~~」
寮の自室に着いた私は、鞄を放ってベッドの上に力なく崩れていた。
自分はなんて愚かだったのだろうと、軽く自己嫌悪に陥っていた。
御嶋さんは文化祭で展示する作品に、私たち2人を描いてくれた。それは、私があの人の思い出にいられた証拠だ。
そうとも知らずに私は、いつか御嶋さんに自分のことを見てもらえなくなるんじゃないかって、あの人の思い出の中にいられなくなるんじゃないかって、そんな心配を勝手にして、勝手に落ち込んでいた。
でも、そんなことはどうでも良かったんだ。たとえこの一時だけだったとしても、あの人が私を見てくれているのなら。
目を瞑ると、暗闇の中に御嶋さんの笑顔が浮かんでくる。御嶋さんを想うと、胸が高鳴って頬が熱くなる。今なら、この私の気持ちの正体が分かる気がする。
「うぅっ……いたい」
不意に胸が痛む。いつもより、若干強い痛みだ。
しかし、まあ慌てることはない。こんなことは日常茶飯事だ。この痛みも、そのうち引くだろう。
私は床に座りなおし、ベッドの縁に背を預けながら、じっとその痛みが消えるのを待つことにした。




