盗み聞き
春の残り香を惜しみもせず洗い流した梅雨も明け、所々の木では早とちりなセミがもう鳴きだしていた。
今は学校の昼休み。私はお昼ごはんを買いに購買へ向かっている最中だ。私の教室から購買までは結構距離があり、この時期空調がない中を片道歩くだけでもだらだらと汗をかいてしまう。それが夏休みまでの間ずっと続くのかと思うと、途端にうんざりとした気持ちになる。
(私も御嶋さんみたいにお弁当持って来ようかなぁ。でも朝早く起きたくないしなぁ)
そういえば、今日御嶋さんは昼休みが始まるとすぐ誰かに呼ばれてどこかに行ってしまった。話し方からして、御嶋さんを呼び出したのは同学年の子だと思うけど、一体何の用事なんだろう。
まあ何にせよ、私の関わる余地は無い。ただ1つ言えることは、今日は一人きりのご飯だということだ。
私は片手で顔を扇ぎながら、暑い 暑いと不満を漏らす。
「お願いよ、御嶋さん」
昇降口の前を通り抜けようとしたところで、唐突に御嶋さんの名前が耳に入った。もしかして、ここの近くに御嶋さんと、さっきの子が話しているのだろうか。
私は壁に沿いながら、声のしたほうへ聞き耳を立てる。その声はちょうど昇降口からすぐの、校舎の陰からだった。
「で、でも……」
「画材は部費で揃えられるし、お願いよ」
部費や画材……ということは、部活の話かな。
「……ごめん、部長。まだ……」
「……分かったわ。でも、絵を描きたくなったらいつでも来て。待ってるから」
走る足音が遠ざかっていく。すると校舎の陰から御嶋さんが現れて、お互いに目が合ってしまった。
「あ、怜佳ちゃん」
「あ……」
御嶋さんと目が合った瞬間、私は私のしていたことを思い出した。私、さっきまで御嶋さんと誰かの会話を盗み聞きしてたんだ。しかも、よりによって本人にそれを知られてしまった。これじゃあ、御嶋さんに絶対に嫌われる。嫌な奴だって絶対に思われる。
「ち、違うの。盗み聞きとか、そんなつもりなくて、えっと……ただちょうど通りかかっただけで」
頭がパニックになりながらも、なんとか誤魔化そうとする私。しかし、言葉を重ねるほどにどんどん言い訳がましくなっていく。
「ん? あぁ、もしかして聞かれちゃったかな」
そう言う御嶋さんは、いつものように微笑んでいた。
もしかして御嶋さん、私が会話を盗み聞きしていたことを気にしてない? そう感じた瞬間、私の中では、彼女に嫌われるかもしれないという恐怖心より、どんな会話をしていたのか知りたいという好奇心のほうがどんどん大きくなっていった。私は恐る恐る御嶋さんに訊いてみた。
「……御嶋さん、部活で何かあったの?」
「えぇっと、なんかウチの部長がね、幽霊やってないでちゃんと部活来いって言うんだよ。でもあたし、今は描きたい絵とか無いから行っても仕方ないんだよなぁ」
「そう、なんだ……」
御嶋さんは困ったなぁといった表情で頭をかいた。
違うよ、私が訊きたかったことはそれじゃない。
御嶋さん、どうしてあなたは、部活に行かなくなったの? 描きたい絵が無いなんてのは本当の理由じゃないんでしょ? だって私は御嶋さんが絵を描く姿を見たことがあるから。一体、御嶋さんに何があったの?
でも、私にはそんなことを訊く勇気は無かった。
「えっと、私……」
「あぁ、怜佳ちゃん、購買に行く途中なんだよね。売り切れちゃうといけないから、早く行っといでよ。あたしは先に教室に帰ってるから」
「あ、うん。そうだね。じゃあ、またね」
「うん、また」
御嶋さんはスタスタと歩き去っていく。
私はなんだか、一人取り残されたような感覚を覚えた。




