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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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梅雨の夢

 雨だ。

 梅雨に入ってから、ずっと雨。

 あの暖かだった日差しは分厚い雨雲に遮られ、あの穏やかだった風は目一杯の湿気を含んで重くなり、あの咲き誇っていた花たちはすっかり散らされてしまった。

 もう、あの春の面影を感じられない。

 あなたとの特別な春に、もう触れることが出来ない。

 あたしは、この雨が嫌いだ。

 あたしから春を奪っていくこの雨が嫌いだ。

 だからあたしは、こんな雨に恨み言を言ってやるんだ。

「こんな雨、さっさと止んじゃえばいいんだ」

 でも、あたしの言葉はどこにも届かない。だって、それすらもこの雨が掻き消してしまうから。

 だから、隣を歩くあなたはあたしの気持ちなんか知らないまま、暢気な声であたしに呼びかける。

「おっ、見ろよ、あそこにアジサイが咲いてるぞ」

 そう言ってあなたの指さす先には、淡い色のアジサイたち。

 駆け寄っていくあなたの後ろを、あたしも追いかけていった。

「綺麗だな」

「まぁ、色合いは悪くないと思う」

「ったく、素直じゃねぇな」

 そうして、あなたはあたしのことをじっと見つめてくる。

 あたしも見つめ返す。

 どうしてだろう、こんなに近くで見つめ合っているのに、あなたの顔は深く陰を落としていてよく見えない。

 これもきっと、この雨の仕業なのだろう。

「俺はさ、お前といれて幸せだと思ってる」

 この大雨の中でも、あなたの声はしっかりとあたしに届いた。

「これまでは何でもなかったものが、お前といる時は特別に感じるんだ。一人でいるときの梅雨は退屈で仕方なかった。けど、お前といるときの梅雨は、お前といるってだけですべてが新鮮なんだ。これからだってそうだろう。夏も秋も冬も、お前と一緒だとすべてが大切な思い出になるんだ。だから、今日この時も俺たちの大切な思い出にしよう」

 あなたは唐突に、あたしに思いの丈を言葉にした。あぁ、やっぱりさっきのあたしの言葉、あなたには聞こえてたんだ。

「……」

 雨足が次第に強くなっていく。あたしがあなたの言葉に答える頃には、自分の声すら聞こえなくなっていた。

 そしてもう、そこにいるはずのあなたの姿も見えなくなってしまった。まるで、この雨に溶けていってしまったように。

 ……。

 どれだけの間、あたしはそうしていたのだろう。気が付けば、傘を放り出してただただその場に立ち尽くしていた。

 そんなあたしの頬を、いくつもの滴が伝っていく。

 雨粒とも、自分の涙とも分からない滴たちが、とめどなく流れていく。

 あたしはそのまま、雨に次第に埋め尽くされていった。


「はっ……」

 真っ暗闇の中、あたしは唐突に目が覚めた。

 イヤな夢でも見てたのか、体が少し汗ばんでいる。けれど、どんな夢を見ていたかはまるで思い出せない。

 窓の外では未だに止まない雨がごうごうと音を鳴らしていて、晴れていれば届いたであろう月明かりはすっかり雨雲に吸収されてしまっている。

 まだ真夜中だろうと直感的に思ったけれど、妙に目が冴えてしまって眠れる気がしないので、眠くなるまで本でも読むことにした。

 ベッドから体を起こし、指で目をこする。そのとき、あたしはあることに気が付いた。

「……涙?」

 寝ていたときに体を横向きにしていたからだろう、片や目頭に、片や目尻に涙を湛えていた。

 ……まただ。

 いつからか、こうして寝ている間に涙していることが何回かあった。

 どうしてだろう? 何も悲しいことなんて起こってないのに。

 まあ、いいや。どうせ変に感動的な夢でも見てたんだろう。

 あたしは涙を指先で拭い、暗闇の中手探りで電気のスイッチを探す。程なくして見つかったスイッチをパチンと入れると、急な光に思わず目を細めてしまう。

 まだ光に慣れていない目で壁に掛けられた時計を見ると、だいたい4時を回ったところだった。

 思いの外時間が進んでいたけど、これくらい時間があれば、今読んでいる文庫本がちょうど読み終わりそうだ。

 そうと決まれば、と本棚から目的の本を取り出し、ベッドに腰掛けて読み始める。

 初めは、外で鳴る雨音が気になるかと思ったけど、一度本の世界に入り込めば案外気にならないものだ。

 そうして文庫本を読み進めていき、ちょうど読み終わった頃に目覚まし時計が騒ぎ始めた。

 目覚ましを止めて窓から外を眺めれば、いつしか雨は大分小降りになっていて、遠くには雲の切れ間から日の光が差していた。

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