32 狂騒曲が終わる日
戦いに自らが立つこともあるローム国王の軍はかなりの大所帯である。
ピラミッド型で考えるなら、その頂点にローム国王シグルドがいて、次にリガンテ大将軍(リガンテ公爵)、その下にフィゼッチ将軍、エイド将軍、ケリスエ将軍と、三人の将軍が続く。
その下にフィゼッチ将軍が率いる近衛騎士団、エイド将軍が率いる王都騎士団、ケリスエ将軍が率いるローム国騎士団といった構成になっていた。
将軍とは戦上手であることが求められる。
剣を振り回す強さだけではなく、大局を見据えて動くことができなくてはならない。将軍の力量だけではなく、その副官や参謀などの優秀さも欠かせなかった。
当たり年というのはあるもので、フィゼッチ将軍にはセイランド・リストリ、エイド将軍にはロメス・フォンゲルド、ケリスエ将軍にはカロン・ケイスという副官がつき、それぞれに向かう所敵なしといった成果をあげていた。
将軍ともなればほとんどが最終の指揮権となる。それだけの軍功はとりもなおさず、それぞれ三人の副官によるものだった。
成果をあげ、平和な日々を手に入れ、大がかりな祝宴が催された。勝った以上、士気をあげる為にも祝宴は必要である。
しかし浮かれてばかりもいられない。
その裏で、政務を執り行う者達に、ローム国王は戦争の原因となり得るもの、未来への危機に繋がると考えられるものを洗い出させた。
最終的に外国との戦に勝利はしたものの、苦戦した原因をまとめさせる。すると、国内領主との関係に問題があったのではないかという意見が出てきた。
それは根拠のない話ではなかった。
やはりローム王家と婚姻関係などを長く結んでいない貴族領主とは縁が希薄なせいか、外国の呼びかけに呼応しやすいのである。
要は裏切りだ。
いつ寝返るか分からないくらいに縁が希薄で、同時に主要な場所にある領主は誰かと訊くと、ネーテル、フィツエリ、カンロの三つが挙げられた。
落ち着いたらその三つの領主とは親しく交流する必要があると、ローム国王は考えていた。
さて、勝利の祝宴を開いたのは良い。
そこで会場を見ていたローム国王は変なことに気づいた。常にセイランドはその祝宴で自分に挨拶するや否や帰ってしまうことに。
「将軍達の副官は皆独身であろう。わざわざ若い女官まで出して華やかにしてやっているのに、どうしてセイランドはいつもさっさと帰るのだ?」
その答えは思いがけないものだった。
「どうもセイランド殿は女嫌いらしく、女性と手を握っただけで吐き気を催し、肌にブツブツといった湿疹が発生し、女性と長く話すだけで気持ちが悪くなる体質だそうです」
それを聞いて奮い立ったのが、隣国から嫁いできた王妃レイリアーネである。
「まあ。そんな病気、見たことも聞いたこともありませんわ。本当にそうなのか、私に調べさせていただけません?」
「妃よ、お前が調べるというのか?」
「勿論ですわ」
「ふむ。ではやってみなさい」
どうでも良かったので、国王は王妃のおねだりを了承した。
セイランドも大の男だ。してやられるようなことにもなるまい。それにこの王妃のやることはいつも可愛いことばかりだ。
セイランドがすぐにいなくなる理由を知った以上、ローム国王にとってそれはセイランド自身のことであり、興味は失せていた。
すると王妃は自分の国から遠縁の姫を呼び寄せる。
「実はこの姫は私がとても仲良くしていた遠縁の姫なのです。陛下がそこまで気に掛けるセイランド殿と良い縁組ではありません? なんでしたら舞踏会で顔合わせをさせてくださいな。その病気とやらが出たら諦めましょう」
問題は、セイランドがその遠縁の姫と会っても、一緒にダンスを踊っても、女嫌いの病気が出なかったことにある。
「ほう。なんだ、王妃の遠縁の姫はさすがだな。あんなにも女性と見るや否や逃げ帰るセイランドが普通に話せるばかりか、ダンスまでとは。さすがは王妃だ」
「いえ、そんな・・・」
なんといっても王妃の遠縁の姫をわざわざ隣国パストリアから呼び寄せたのである。国王はさっそく結婚させようとした。そうでなければ隣国にも王妃にも立つ瀬がないというものだ。
しかし、その結婚に反対したのがその王妃自身だった。
王妃レイリアーネは悩んだ。
いつもお子様扱いされているのが悔しくて、たまには驚かせてやろうと思っただけだったのだ。
その為に来させた遠縁の姫と、本当に結婚話が持ち上がってしまっては困るのである。遠縁の姫を見て、やはりセイランドが体調を悪くしてくれればよかったのだ。
(こんなことになるなんて・・・。ちょっと鼻を明かしてやるつもりだったのに)
そこで、国王が三人の領主の取り込みについて考えているのを聞き、王妃は将軍の副官達それぞれをあてがうことを進言した。
「各将軍の副官方は独身と聞いております。その方々が各領主と繋がったなら、ある意味、将軍と繋がるということ。陛下にとって悪くないお話ではありませんか。それぞれ将軍の副官殿と、その領主の姫君と。いい縁組だと思いますわ」
「ふむ。だが、セイランドには隣国との話があったな。いくらなんでも妃よ、そなたに恥はかかさぬ。セイランドは隣国の姫と結婚させよう」
「・・・私のことなどをお考えにならないで。陛下が力強い王であることこそが私の望みなのです」
「かわいいことを言ってくれる。やはりそなたは得難き妃だ。しかし、ロメスとカロンにとっては良い話かもしれんな」
「ですが、それではセイランド殿だけが贔屓されたようにも勘ぐられてしまうかもしれません。皆様公平に、国内のその領主の姫君と結婚のお話を持ち掛けた方が良いのではないでしょうか」
「ふむ、公平を重んじるか。やはりそなたは良き妃だ」
ちなみに国王は王妃に対して「褒めて伸ばす」系である。
年が離れているせいか、子供をあやすような感覚で、王は王妃のしたいようにさせている傾向があった。
王妃はそのことに気づいておらず、「ここまで陛下に期待されている以上、私はやってみせるわっ」と、いささかやる気がフルスロットルしていたりもする。
そうしてセイランド、ロメス、カロンの三人と、三人の領主の姫君達の間で、良い縁組ではないのかという打診がされたのである。
その際、王妃を可愛がっている国王は、セイランドには隣国との縁を重視するようひそかに伝えさせたものの、それを阻止することに力を入れていた王妃はその連絡を握り潰させ、更に王妃は様々な人間を使っていかに国内との縁を繋ぐことが大切か、セイランドに吹き込ませた。
本来は三対三の見合い結婚話だったのに、セイランドに関して王妃はあらゆる伝手を使いまくった。
お茶会を催し、貴族の夫人や女官達も巻きこんだ。更に三人の領主にもセイランドがいかに有望株かを吹きこませた。
そのせいだろう。
今回、他の二人には上司への打診程度で終わったものの、セイランドの話だけがクローズアップされたのであった。
セイランドにしても、隣国の姫と引き合わされたかと思うと、今度は国内領主の姫君達との縁談である。
訳が分からなかった。
分からなくても事態は目の前に立ち塞がっている。そしてどんな状況であろうと立ち向かわねばならない、男なら。
そこへ偶然通りがかった貴族の男性と立ち話をしていたら、その彼は、いかに女性は女性に見極めてもらう方が望ましいのか、そしてとある街にいる女のまじない師がいかに信頼できるのか、・・・そういったことをセイランドに話したのである。
勿論、王妃による仕込みだ。
見知らぬ貴族男性の言うことを真に受けたわけではなかったが、相談というものに関して、自分の周りにいる男共がどれ程あてにならないかは、今までの経験によってセイランドもよく分かっていた。
藁にもすがる思いで、セイランドはユリアナの元を訪ねたのである。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
大々的に舞踏会を開くからと呼び戻されたセイランドだが、その舞踏会の前に、部下を連れて兄のフェルエスト専用執務室に集まれば、そんなことを説明される。
その場に集った男達は何とも言えない顔になっていた。
「まあ、それが始まりだったのだな」
フェルエストは、弟であるセイランドとその部下達を見渡す。
王妃と言われたら、ユリアナだってそれなりの人生経験豊かな貴婦人を思い浮かべてしまっていたわけだが、十代で嫁いできたレイリアーネは、まだ王女気分の抜けていない王妃だ。
無理に背伸びせずとも構わぬ、まだ若いのだからと、国王もまさに未婚の王女としての服装を許すぐらいに甘やかしていた。
「そう聞きますと、別に結婚してもしなくてもいいっていう『どうでもいい』感がかなりあるようなんですが、気のせいでしょうか? こちらはかなり大ごとになるような感じで話を聞かされておりましたのに」
テイトが白けた顔で質問する。
フェルエストは頷いた。
「その通り。ほとんど、あの陛下が妃殿下を適当にあやして、その結果、『なんか言ってるからやっておいてやるか』レベルな話だったのだ。勿論、縁談そのものは双方に益があるので勧めたことも事実だ。しかし陛下も好いた相手がいたりするならば引き裂くことのないようにと、そこらへんはかなり気を配っておられたわけでな。まあ、私としても弟の結婚相手としてどれも悪くないから放置していたのだが」
そこでセイランドが尋ねる。
「ですが兄上。なぜそこまで王妃様は私を国内の姫君と結婚させようとしたのでしょう。こちらが先に兄上に届けさせた紙片をご覧になっても分かる通り、あまりにもおかしすぎます。決して妃殿下の遠縁の姫との結婚をさせるわけにいかないとは、やはり何か戦争の兆しがあるということなのでは?」
無邪気な王妃よと可愛がるのはいい。それでも王妃は隣国の王女だ。その行動には母国からの指示や思惑を考えねばならない。そうでなくてどうして勝利を常に掴めようか。
フェルエストは重々しい顔で同意した。
「その通り。私もお前が先に寄越したそれらに目を通し、慌てて国王陛下に報告した。陛下もまた、これは隣国との戦端が開かれる予兆ではないかと思い、妃殿下を問い詰めたのだ」
わざわざ足のつきにくい市井のまじない師にスパイ行為をさせてまでセイランドを国内の令嬢と結婚させなくてはならなかった。それは最初に王妃が持ってきた隣国の遠縁の姫と結婚させない為だ。
では、なぜ今になって結婚させられなくなったのか。
それは我が国との国交に影響する何かができたからではないのか。
「妃殿下は陛下に問い詰められ、泣きじゃくって白状したのだ」
そこでフェルエストは、頭痛をこらえるような顔になった。
言われてみれば遠縁の姫君と紹介されたが、王妃レイリアーネによく似た美少女だったと。
「実はセイランドに紹介した遠縁の姫というのは、王妃の弟、つまりパストリア王子に女装させたものだったのだと」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・あー、なるほど」
「・・・そりゃ、阻止するしかないですよね」
「納得しました」
セイランドはもう、何も言えなかった。
「どうも妃殿下はセイランドがその弟王子と会って気持ち悪くなったら、
『ほーら、ごらんなさい。やはり気のせいよ』と、やるつもりだったらしい。まさか本当に男なら女装でも問題ないのだとは思わなかったそうだ。打ち明けようにも陛下からあそこまで褒められた後では打ち明けることもできず、かなり思いつめてしまわれたようだな」
その場にいた面々は、自分達より年下の王妃レイリアーネの顔を思い返す。
なんとなくその様子が分かるような気がした。
「そういえば王妃様、かなり貴族の方々からも可愛がられておられましたね。勝手に馬車に花飾りをつけたり、いきなり貴婦人を部屋に連れこんでイメージチェンジしたドレスを着させたり、皆に同じ変装をさせて誰が王妃様かクイズしたりするというので」
テイトが額に指を当てて思い返す。
「その通り。あの王妃様が言い出したことで、その縁談も特に悪いことでもないと、様々な貴族が協力したわけだ。貴族同士の利益ある仲人をしようと考えるとは、王妃として頑張ろうとされているのだなと、微笑ましい気分だったらしい。無邪気で笑わせてくれる王妃を、誰もが孫娘気分でいたということだ」
「ちょっと待ってください、兄上。大体、パストリアの王子だって自分にそんな縁談が起きているとなれば、知らぬ存ぜぬにはしなかったでしょう」
女装と気づかなかった自分も悪かったかもしれないが、その王子だって後から何か行動しなかったのか。
パストリアだってローム王国へ訪問した王子が女装してきたのでは何の外交にもならなかっただろう。
「パストリアの弟王子、つまりルーゼンメイル殿下は、ろくに説明もされず呼び寄せられたと思ったらそんなバカなことをやらされ、帰国した今もまだ姉であるレイリアーネ様に怒っているらしい。妃殿下からの手紙も全て破り捨てているそうだ。だから縁談なんて思いもしておられぬだろう」
弟にとって姉の無邪気さは怒りを呼ぶものでしかなかったらしい。
その気持ちがセイランドにも分かる気がした。
「まあ、そういう訳でね、今回、妃殿下は陛下にバレて呆れられたというので、ずーっとしくしくベッドの中で泣きっぱなしだ」
道理であの時、ダンスを踊った姫君は不機嫌そうな顔でそっぽを向いていたわけだ。
恐らくそのパストリア王子は、姉の夫であるローム国王に挨拶しようと思って訪れたのだろう。それが女装して姫君のフリ。
何故だろう。王妃がベッドの中で泣きっぱなしと聞いても同情できない自分がいる。きっとパストリアの王子も同じ気持ちだろう。
(泣きたいのはこっちなんだが。そりゃ悪気がなかったのは分かるんだが)
心の底から、泣きたいのは自分の方だとセイランドは主張したい。
あそこまで苦悩した日々は何だったのだろう。
「もう舞踏会の予定は発表してしまったからやるがね。うん、舞踏会はやるが。・・・そんなわけで、隣国との縁組も、三人の領主の姫との縁組も、そっちはもう忘れてくれ。陛下も別に縁組だけが全てではないと考えておられるし、どこもまだ外国に呼応したわけじゃない」
とはいえ、舞踏会では奇遇にもカンロ領主の姪にロメスが懸想していると知り、それならば都合がいいと国王自らが乗り出してまとめてしまうのだが、そこにはそういった事情が絡んでいた。
カンロ伯爵もそこまでカレンが国王に気に入られてしまうとはと驚くことになるが、国王は中央とカンロ領の絆を深めたかっただけで、国王なりにカンロ伯爵に配慮したつもりだったのである。
フェルエストも、かなり疲れた様子でセイランド達にぼやいた。
「妃殿下は妃殿下で、
『もう私なんて嫌われてしまったんですわ』とか、
『どうせ私は馬鹿だもの』とか、泣きわめいてベッドから出てこないし、困り果てた陛下が、
『別にそんなこと気にしていない』とか、
『妃が良かれと思ったことぐらい分かってる』とか、何を言っても信じないし、まさに狂騒曲のような一連の騒ぎだったよ」
― ◇ – ★ – ◇ ―
そんなどうでもいいことより仕事があるのだと、フェルエストの執務室から追い出されたセイランド達は、ローム王城の中にある近衛騎士団の棟へと戻った。
「最初はちょっとしたイタズラのつもりだったんでしょうな、王妃様も」
「隊長、それ、フォローのつもりですか。・・・てか、こっちなんてどれ程苦労したと」
「全くね。僕はロストも手に入れましたし、面白い旅行だったとも思ってはいますけど」
「嘘こけ。お前、思いっきりカンロでブツブツ言っていたじゃねぇか」
そんな部下達のぼやきを背にして、セイランドは一人、誰もいない演習場へと出て行った。
(そうだな。三人の内、隣国の王族の姫君と結婚できる身分を持つのは私だけだった。だから王妃も焦ったのか。本格的にその話が浮上する前に)
そよ吹く風に、湿気を帯びたネーテルの風、乾いたフィツエリの風、冷たいカンロの風を思い出す。
短い間に、全く違う土地を次々とよく動いたものだ。
フィツエリで覚えた鳩の違和感。小屋の隅から鳩がいなくなる度に鳩料理と称した鳥の料理は出てきていたのに、むしったであろう羽は全く残っていなかった。
同じ市場では焼くだけにした鳥肉を扱う店があった。
部下に命じてユリアナの周囲の鳩に気を配らせた。
やがて、通信筒をつけた鳩を部下が捕まえた。・・・ユリアナが自分を騙しているとは思いたくなかった。
ユリアナが手にする前に捕まえた鳩に、舞踏会を催すという記述があった。その時点でそんな話はまだなかった。
やがて早馬が届き、王妃のおねだりで王が舞踏会を開くのだと知った。
ユリアナが王妃の手先なのだと確信を得た時、斬り殺したい程の怒りを覚えた。
他の誰に裏切られたとしても構わない。だが、彼女の裏切りだけは許せなかった。
それでもユリアナを、憎むことも殺すこともできなかった。
スクリッスでユリアナがファンルケに語る話を聞きながら、あれほどの怒りが雪のように融けて消え去っていくのを感じた。
(君の私に向ける笑顔は本物だった。そうだろう?)
セイランドの視界を、一羽の鳥が飛んでいく。あの鳥はどこへ飛んでいくのだろう。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
その日はとても清々しい天気だった。こんな日は、洗濯物が良く乾く。
そう思って、足取りも軽やかに洗濯物を干しに出ようとしたユリアナだ。
目の前の扉がトントンと叩かれた。
「どなたでしょうか」
洗濯物を干したら街へ行くつもりだったし、こんなに朝早くから来る人は珍しい。
ちょうど洗濯物を持っていたこともあり、返事を待たずにユリアナはかんぬきを開けてしまった。
「王都ロームのセイランド・リストリと申します」
空色の瞳が、ユリアナを見下ろしてくる。ユリアナは、持っていた洗濯物の盥を下に落とした。
「セイランド・・・様」
はっと気づいて、ユリアナはそのままセイランドの横を抜けて外に逃げ出そうとした。すかさずセイランドがその腕を捕まえる。
「どうして逃げるんだ?」
「だって、・・・だってっ。・・・私っ、私は・・・っ」
セイランドはユリアナを落ち着かせるように、かがみこんで下からその濡れた瞳を見上げた。
「知ってた。君が王妃と鳩で連絡していたことなど」
ユリアナの呼吸が止まる。一番聞きたくない言葉でもあった。
そんなユリアナにセイランドは紙片を渡してくる。見れば、それは王妃との連絡で届かなかった番号の紙片だった。
「知ってた。君が苦しんでいたことも。だから怒ってない。全てうまく終わった」
「・・・嘘」
「本当だ。王妃はちょっとした誤解でやってしまっただけだし、そのことは王もとっくにご存じだし、王と王妃は仲直りして更に仲良しになった。そして私の女嫌いも治ってる」
「・・・本当、に?」
「ああ、本当だ。やっと普通に女性とも話せるようになったかって、家族からお祝いもされてしまったよ。あれは拷問だったな」
ぽろぽろと涙をこぼすユリアナの目元に、セイランドの指が触れていく。
「隣国のお姫様はいなくなって、ネーテルとフィツエリとカンロの見合い話も消え去って、女嫌いもなくなって、全てはハッピーエンドだ。それなら私が次にすることは何だと思う?」
「え? 次? 次って何かあるんですか? え? また次のお姫様?」
セイランドは跪いて、ユリアナの手を取った。
「ユリアナ・セイドック嬢。私の両親、そしてあなたのお父上にして師匠たるファンルケ殿には挨拶し、あなたを幸せにしたいのだと打ち明け、結婚を申し込むお許しを得てきました。私はあなたとずっと一緒に暮らしたい。どうか私の為に結婚衣装を身に着けてもらえませんか?」
ユリアナの顔が真っ赤になり、両手を口に当てる。
(夢だわ、・・・夢よ。あるわけない)
きっと自分は夢を見ている。
朝の光が二人を照らしているけれど。自分に触れる手は温かいけれど。
ユリアナの喉に嗚咽がこみあげてきて、どんな言葉も見つからなかった。
「ユリー?」
返事がないことに、セイランドが少し戸惑った声になる。それでもユリアナの顔を見て、セイランドは空色の瞳を細めた。
(だけど分かるもの。あなたが嘘を言ってないってこと)
ユリアナの緑の瞳から先程とは違う涙がはらはらと流れていく。
どんなに夢だと思いたくても自分は知っている。この手の温かさを。この笑顔を。
セイランドは立ち上がって、ユリアナを抱きしめた。
「イエスと言ってくれ、それだけでいい」




