31 裏 エイリとロイスナー家
ロームにあるフィツエリ家の屋敷に戻ってから着替え、その夜は既に更けていたが、カンロ伯爵、エイリ、カレン、ロレアは、応接室で混乱した空気を作り上げていた。
「まさか王のお声がかり、しかも後見までとは・・・。カレン、これは私ではもうどうしようもできん。一体、彼との間に何があったのだ?」
「カレン、ところでどこで知り合ったの? 本当にあなたがあの人の命の恩人なの?」
「カレン姉様って凄いわ。みんなの注目を集めて踊って、更にあんな格好いい人を捕まえてたなんて。しかも王様の覚えもめでたいって感じだったわよね」
カレンもこうなっては黙っていられないだろうと諦め、説明し始めた。
実は、カレンのいるロイスナー城に侵入者があったこと。
その男は地下の隠し通路を使って入り込んだが、侵入者に気づいたこちらが彼を地下牢に閉じ込めたこと。
その男を身ぐるみ剥いで調べた結果、特に怪しい物も持っていなかったこと。ただ、剣はかなりの業物だったので、処分もためらわれたこと。
餓死させるのもどうかと思ったので、食事と着替えは与えたこと。
その男から話を聞いてみると、なんでもその昔からあるロイスナー城の美女話を信じ、その美女見たさで忍び込んだということ。
頭のネジが一本緩んでいるらしく、カレンに求婚して名前を訊いてきたので、いつか自分が名前を名乗ることがあったら求婚を考えてやってもいいと答えたこと。
バカバカしかったので、ロームの人間だということだけ聞きだして、ロームの路上に捨ててきたこと。
そのまま忘れ去っていたこと。
「あの・・・カレン姉様。どうしてそんな変わった出会いをした人と、踊っていて気づかなかったの?」
「分からなかったのよ。だって、うちに忍び込んできた時、髪もバサバサで無精髭も生えてて、まさに『今、ちょっと人を殺してきたばかりです』とか言われても信じられそうなガラの悪さだったのよっ?」
顔も分からないボサボサ頭で泥だらけだった山賊バージョンな出会いを知らないからロレアはそう思うのだと、カレンは反論した。
「ガラが悪い? かなりすっきりとして垢抜けた人だったようだけど?」
「でしょう? エイリ姉上だってそう思うでしょうっ? 分かるわけないじゃない、あれが同一人物だなんて」
正直、カレンにだって分からない。どうしてそれなりの地位もあって、あの顔と体もあって、あんな馬鹿なことをしでかしていたのかなんて。
カンロ伯爵はそこでため息をついた。
「しかし、こうなっては結婚せざるを得んだろう。あのロメス・フォンゲルドとは、カレンも大物を釣り上げたというべきなのか。彼は次の王都騎士団の将軍になると言われている男だ」
そこで怒りを見せたのがエイリだった。
「ちょっとお待ちになってください、お父様。そりゃ王様が出てきたらお断りできないのかもしれませんけど・・・、ですけどこれはカレンにとっての大事ですのよっ。お父様が守ってあげなくて誰がカレンを守ってあげますのっ。簡単にあきらめないでくださいませっ」
「そうは言うが、縁談としては悪くないというか、陛下が恐らくそこまで乗り出したのもあのロメス・フォンゲルドの手綱を取れるのがカレンだと思われたからであろうし、こう言ってはなんだが、彼は本当にどれだけの令嬢に取りすがられたところで身を固めようとはしない男だったのだよ」
女遍歴も派手だったロメスがそこまで惚れこんだとはカレンの魅力も凄いものだと感心するカンロ伯爵だが、それは男の意見だ。
三人の娘にとって、それはただの馬鹿でしかなかった。あちこち渡り歩いて自分が本当に好きな相手も分からないのかと、軽蔑の眼差しが浮かぶ。
「カレンが可哀想すぎますわ。そりゃ、私もあの方を見ただけなら、かなり素敵な男性だと思いましたけど。だけど、まさか地下通路を探し当ててまで忍び込むようなろくでもない男だなんて・・・っ。お父様にとってもご自分の娘ではありませんかっ。そんな男にカレンが不幸にされてはたまりませんわっ」
「エイリ・・・」
「あの、エイリ姉上。別に私、伯爵を父親だなんて思ったこと、一度もありませんから。ええ、そういうお気遣いはいりませんから大丈夫ですわよ?」
「えっ? ・・・そんな、カレン。ひどいよ」
父親に向かって怒気を放つエイリにカレンが恐る恐る言うと、カンロ伯爵がショックを受ける。
エイリは、うぐっうぐっと、涙をこぼし始めていた。
「お父様はひどすぎます。お母様を裏切って、カレンのお母様との間にカレンを作ったくせに、それでもカレンをないがしろにして引き取りもせず・・・。しかも存在しないご自分の弟の娘とかいう話にしてカレンは姪扱い。カレンはお父様が愛した女性の産んでくれた娘なんですのよっ」
「え。いや、別に愛してはいなかったが・・・。いや、お互いに友情はあったんだが。先代ロイスナー城主はそもそもだね、私のことなど頭の悪いネズミだと思っていたというか・・・」
さすがのカンロ伯爵も身に覚えがあるので、言葉のキレはかなり悪かった。
「この期に及んでなんて情けない言い訳をなさいますのっ」
「ちょっと待って、エイリ姉上。伯爵の言う通りで、うちの母にも愛はなかったから。ええ、だから本当にそのあたりは気になさらないで大丈夫ですから」
慌ててカレンが伯爵のフォローに入る。
まさかエイリが知っているとは思わなかったのだ。
乗り遅れたロレアはその事実を知らなかったが、なるほどと納得したりもする。言われてみればカレンの亡父というカンロ伯爵の弟なんて、絵ですら見たこともない。
「カレンまで何てことを。・・・こんな寂しいことをご自分の娘に言わせて平気なんですのっ、お父様っ」
「そうは言うが、・・・それが彼女との約束だったんだよ。勿論、カレンのことは愛してる。だけどカレンに関してはあくまで彼女の娘として扱い、彼女亡き今は、カレンがロイスナーの当主として私と対等に絆を結んでいるという関係になるのだ。カレンが私の娘なのはたしかだが、父としての権利は取り上げられている。それでいて家族の情でもって私はロイスナーを裏切らず、カレンもまたカンロ伯爵家を守護するという盟約があるのだ」
「そうですわ、エイリ姉上。伯爵は私の父親かもしれませんが、ロイスナーとは無縁の人間です。ロイスナーのカレンは母の娘であって、伯爵の娘ではありません。姪という設定を受け入れたのは、単にその方が出入りするのに便利だからですわ」
本来、両親の愛に囲まれて育つ筈だったカレンがここまで割り切ったことを言うと思えば、エイリは不憫でならなかった。
「お母様と私に不満でカレンを作ったくせに、お父様は薄情すぎます。しかもカレンにここまで言わせるだなんて、お父様はなんて残酷なことをっ」
「えっ、ちょっと待ちなさい、エイリ。そもそもリネスに不満なんて一つもない」
ロレアはここでパンパンと手を叩いた。
「はい。ちょっと皆さん、そこで一旦ストップ。今日はもう寝ましょう。夜だから頭が動いていないんですわ。そして明日、ゆっくりと皆で話し合いましょう。お父様とお姉様とカレン姉様の間にはかなり誤解がある様子です。それを話し合うには、一度ちゃんと眠ってからの方がいいですわ。それにいい加減、ドレスを脱いで化粧も落とし、まずは私達が休まなくては使用人達も休めません」
「そうだな。そうだった。皆も今日は疲れているだろう。ゆっくり休みなさい。明日、ちゃんと説明しよう」
そして話は次の日に持ち越された。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
カンロ伯爵は遠い日を思い返した。
「ロイスナーは荘園領主から始まった自治区だった。小さな荘園ではあったが。あの頃は様々な地域が戦争を繰り返しては互いの領土を争っていた。ただ、ロイスナーは他の地域と違う特色があった。彼らは小さいながら、特定の技能集団だったのだ」
その歴史はエイリとロレアも知っている。詳しいことまでは知らないが。
「やがて争いは激しくなり、ロイスナーは建築技術に優れていた為、難攻不落の要塞のような城を造り、そこにこもった。攻めようにも時間の無駄だと誰もが判断し、ロイスナーの城は誰もが不可侵と諦め、放置し続けた」
伯爵はその城に忍び込もうとした愚かな自分を思い出す。
「だが、ロイスナーの建築技術は魅力的だ。若い日の私はその城に忍び込もうとして捕まった。理由と身元を話せば解放してくれたんだが、なかなか取り合ってもらえなくてね。やがて何度も侵入しては捕まる度、ロイスナーの女当主と語り合うようになった」
「お父様ったら何をなさってたの? カレン姉様のロメスさんとやらと変わらないんじゃないの、それ? ただの侵入者よね? なんて情けない。私なら話も聞かずに牢へ放り込ませるわ」
「お父様。最低です」
「エイリ姉上もロレアもその辺で・・・。ほら、伯爵はあくまで建築技術、あっちは噂の美女。目的が全く違いますわ。ね?」
見かねてカレンが伯爵の援護をする。
今までカレンが異母妹だと知っていても知らぬふりをしていたエイリはずっと糾弾したい気持ちを抑えていたし、ロレアもまたベッドの中でカレンが異母姉だと知ってしまえば思うものがあったのだ。
本来はカンロ領主の令嬢として、蝶よ花よと使用人達に傅かれて育つはずだったのにと。
だが、ロイスナーの皆から愛されて育ったカレンは、特に父親に対する憧れを持っておらず、ロイスナー当主という立場に満足していた。
「時々、金銭でロイスナーの技術を買うこともあったが、あくまでロイスナーは孤高を守り続けた。ロイスナーの宝はその人材にある。一度でも誰かを受け入れたら踏みにじられる、そう判断していたのだろう。やがて月日は流れ、私はリネスを娶り、エイリ、お前が産まれた」
伯爵はその時のことを思い出す。
「娘が産まれた時、私はこの子が自分の跡を継ぐのだと分かった。だからロイスナーを再び訪れた。私の子供が跡を継ぐ時には、平和な時代にしておいてやりたいのだと。その為に、互いに協力し合い、どこからも攻められず、攻めることもしない、戦いのない領地にする為に手を組んでほしいと」
驚いてエイリが口を挟む。
「ちょっと待ってください、お父様。お父様の跡を継ぐのはフォルです」
「その話はまた後でだ、エイリ。ロイスナーの女当主は言った。ロイスナーの自由を認め、互いに対等な協力関係を築くのであれば、手を組んでも良い、その誓約の証として血をよこせ、と」
「血?」
エイリが怪訝そうな顔になる。
「そうだ。私とそのロイスナー当主の間に愛はない。だが、護るべき人達がいるという思いは同じだった。私はロイスナー当主との間に子供を作り、その子を次のロイスナー当主として認めることに同意した」
「なぜです、お父様?」
「お前の為だ、エイリ。私の跡をお前が継ぐ。そしてロイスナーの跡を継ぐのはお前の妹か弟だ。お前とて無下にもできまい。生まれてくるロイスナーの子もまた、自分の姉を見捨てはしないだろう。誓約書など本人が死んだら終わりだ。少なくとも私達は、確実に二代に渡って履行されるであろう血縁の情による誓約を交わしたのだ」
伯爵はそこでカレンに顔を向け、その手で示した。
「ロイスナーの当主は、今、そこにいる。そのロイスナーに対して私は一切の権限を持たず、互いに対等の関係だ。同時に私達はまぎれもなく家族であるがゆえに、互いに協力し合い、尊重し合うものである」
「その通りです、伯爵」
カレンが頷く。
「伯爵の協力の下、私達ロイスナーはカンロ領内の様々な所に砦を築きあげました。もしもどこからか軍隊が攻めてくるようなことがあれば、すぐにカンロ家に連絡できる設備とどこからも攻め落とされることのない砦を。また、我らは様々な技術を持って、カンロ家の発展に貢献しております」
「カンロ領内の各地にあるロイスナーの拠点に、ロイスナーの一族が分散されている。彼らを庇護するのがカンロ家、カンロ家を維持する為に寄与するのがロイスナー家。しかしそんなことを大々的には言えん。私に弟はいないが、弟がロイスナーに婿入りして産まれた娘だとしておけば、カレンがカンロ家に出入りしても不思議はない」
エイリは俯いた。
ロイスナー家について分かっているつもりで、こうして聞かされるとかなりの解釈違いがあったことが分かる。
「だからエイリ。お前がカレンを思いやり、カレンがお前を思いやるのは良いことだ。母は違っても二人は姉妹だ。断ち切れぬ絆がそこにある。その二人の絆と情の上に、私と前ロイスナー当主の望んだ互いの利益と平和がある。だが、カレンはあくまでロイスナーの当主だ。お前が命令できることは何一つ無い。あくまで我らは対等な関係であることを忘れてはならん」
「・・・分かりました。では、フォルについては?」
そこで伯爵はその緑の目を伏せた。
「フォルは大人になるまで生きられないだろう。私とリネスの家系的な問題によるものだが、男で成人する者は少ないのだ。実際、フォルは体も弱い。あの年齢であの小ささだ。・・・エイリ、本当はお前も分かっていた筈だ。フォルが成人する日は来ない」
「・・・・・・!」
エイリの瞳から涙がはらはらと落ちる。
カレンが父の実子だと知った時、世界が崩れてきたような思いになった。母を裏切り、自分がいても尚、よそに子供を作った父を恨んだ。
父もいないまま育ったカレンに負い目があった。同時に母から父を奪ったカレンの母を見たこともないまま憎んだ。
カレンに対しても、異母姉としての愛と葛藤を持たずにはいられなかった。
だけど・・・。
父達にそれをさせたのは誰でもない、自分だった。
(私を・・・、次のカンロ女伯爵を守る為に、・・・お父様はっ)
エイリは泣き崩れた。
そんなエイリに、カレンとロレアが静かに頷き合い、部屋を出ていく。カンロ伯爵がエイリの頭を撫でた。
エイリは思い出していた、かつての父の言葉を。
――― エイリ。覚えておきなさい。私が誰よりも一番愛しているのはお前なのだと。
リネスとの愛を裏切ったわけではない。
どこまでも父はカンロ領主だった。




