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ローム王城の舞踏会は、全国から貴族が集まっただけはあり、かなりの盛況具合だった。
「ああ、ほら、言わんこっちゃないのよ、もう」
カレンは忙しい。何かというとエイリとロレアが男共に引っかかるからだ。
どれ程娘を心配していても、カンロ伯爵も貴族である。やはり公爵や伯爵といった人達との会話を優先せざるを得ない。
その際に、自分の娘を連れて挨拶していればまだ良いのだが、問題はその話し相手の貴族の息子達がダンスに誘ってくることなのである。
勿論、それは舞踏会なのだから構わないし、親の元で誘われているのだから問題ない。だが、その一曲を終えた後、待ち構えていた男共が次から次へとダンスに誘うのである。
「カンロ伯爵家令嬢、エイリ様。次は私と一曲お願いできませんか? クルセ・リンバットと申します」
「ええ、喜んで」
さすがのエイリとロレアも、いきなり名乗られても彼らが父よりも高位の貴族関係者なのかどうか分からない。まずは失礼にならないようにと、誘われたら断らずに踊り続けている有様だった。
ならばカレンはどうなのかと言うと、伯爵と一緒に挨拶はするものの、あくまで姪という立場である。あちらも娘が三人いたらエイリを一番に誘うことになる。二人の息子なり甥なりがいたら、エイリとロレアである。
中にはカレンに熱い視線を向けてくる男もいたが、
「ちょっと疲れましたので私は飲み物でも頂いてまいります」
と、カレンはささっとその場を離れていた。
それでも何曲かは踊る羽目になったが。
カレンが誘われた時は、なるべくエイリやロレアの方へと行って近くで踊っていたのだが、そこで判明したのが、まさにエイリは男に引っかけられやすいということであった。
ロレアは受け流しているからいい。
問題は、真面目なエイリはストレートに相手の口説き文句を受け取ることである。
(思えば仕事なんて実際の量とかを数字で出してくるものばかりだもの。虚飾に塗れた会話なんてないわけで、その真面目さが足を引っ張ってるんだわ)
カレンが顔も見ていない相手と踊りながら、背後のエイリ達の会話に聞き耳を立てていると、
「本当に美しい方だ。あなたのような方と一緒にずっといられたら幸せでしょうね」
「え。そんな・・・」
「恥じらう様子もとても可愛らしい。今度、妹が開くティーパーティーがあるのですが、是非いらしていただけませんか?」
「そんな。だってそんなあなた様の妹君も私、存じあげませんのに・・・」
「では紹介いたしましょう。明後日にでも妹を連れて訪問させていただいてもよろしいでしょうか」
である。
これがロレアだと
「カンロ伯爵にこんな美しいご令嬢がいたとは。こうして踊ることができて幸せです」
「まあ、お恥ずかしい。王都の貴公子は洗練された殿方ばかりとは聞いておりましたけれど、こんな田舎娘にもそうやって優しい言葉をかけてくださいますのね。光栄ですわ」
「本気ですよ」
「ふふ、嬉しい。きっと素敵な思い出になりますわ。この舞踏会も本当に盛大ですのね」
「できればまたお会いしたいのです」
「ありがとうございます。こういう時のしきたりが分かりませんので、是非父を通じておっしゃってくださいませ」
となる。
おかげでカレンはエイリが踊り終わった隙に、
「エイリ姉上、少し休憩しに行きましょう」
と、無理やり飲み物や軽食が置かれた会場へと連れ込み、グラスやビスケットの載った皿を持たせ、誰にも邪魔されないようにしてから、そういった時の会話受け流しテクニックについて懇々と説明する羽目になった。
「いいですか、姉上。母親や姉や妹を持ち出して誘うのは、あくまであなたに近づく作戦なのですわ」
「だけど・・・。だって決めつけはいけないわ、カレン」
「そう決まっていますから。あちらも分かっていて受けたのだとみなします」
いつもなら軽やかに会話するカレンも、さすがにここでエイリに言い聞かせておかねばと思うと、言い方も説教モードとなっていた。
「ロレアのように受け流さないと、エイリ姉上はこの一晩で何十人の男性と改めて会う約束をすることになるか分かりませんのよ?」
さすがにそこまで言われると、エイリも自分の置かれた状況が分かったらしい。踊る相手、踊る相手に次に会う約束を持ち掛けられていたからだろう。
「ど、どうすればいいのかしら、カレン?」
「いいですか? まずお誘いを受けましたら、お父上の伯爵の名前を出すことです。『父に訊かねば分かりませんわ』、これは常に最強です」
「ええ、分かったわ」
「それからですね、美しいと褒められたら、
『嬉しいですわ。けれど、私よりも美しい方々が今夜は本当に溢れていらっしゃいますこと』
と、話をどこまでもそらすことです。適当にそこで見渡して、その辺りの綺麗な女性を示せばいいのです。
『ご覧になって。ほら、あの方も綺麗でいらっしゃるわね。どこのご令嬢かしら』
と。そう言われたら、相手もその令嬢を知っていたなら教えてくるでしょうし、知らなかったらそれまでですが、そこでその話は終わりますから」
「なるほど、そうなのね。分かったわ、カレン」
「それから、『疲れた』と口にしたり、『夜風に当たりたい』などと言ったら、庭や空き部屋に連れ込まれてしまいますので、絶対に言わないこと」
「・・・庭やお部屋に行ったらいけないのね?」
「ええ。とんでもないあなたの醜聞となります。ですから、疲れたり、その男性と離れたりしたくなったら、
『申し訳ありません。私、妹が心配で・・・』
と、ロレアなり私なりを探さなくてはならないのだと言って、逃げることです」
「わ、分かったわ」
そうこうしていると、ロレアもやってきた。
「良かった、こちらにいるだろうと思ったのよ」
二人を見つけて、ロレアも安心したようだ。言い回しが変わるだけの口説き言葉に辟易して逃げてきたのだとか。
三人で仲良くワインを飲みながら、視界に入る貴婦人のドレスに感心したりする。
三人はまだ社交経験もないのでそれなりにおとなしいデザインにしていたのだが、やはりロームの貴婦人は違うというのか、背中までぐっと開いたドレスだったり、胸元も大きく開いていたりしていた。
「凄いわ。女の私でも目を奪われちゃう」
「本当。あのレースが見えそうで見えないようになっている所が魅力を引き立てるのね。本命が出来たら姉上方もああいうのをお作りになってはいかがかしら。どんな殿方でもぐっときましてよ」
「はしたないことを言うんじゃありません、カレン」
そこでふとエイリが、ロレアは踊っている間の会話はどうだったのかと尋ねると、
「あら、適当に全部スルーしてきましたわ」
と、さっくり片付けられてしまった。
本気で結婚前提の付き合いならば父に話が行く筈だからだと言う。
自分が一番しっかりしていると思っていただけに、エイリはかなり落ち込んだ。
「本当は私、エイリ姉上が本気で好きな殿方に巡り会われるようでしたら協力する気でしたけれど、どうもこの様子ではそんな余裕もなさそうですわね。ここはもう全力でシャットアウトすることにいたしましょう。・・・あら、ほら、姉上。そんな悲しそうなお顔をなさらないで、自信をお持ちになって? あなたが美しすぎるのが罪なのです。あなたは彼らのお誘いを全て受け流す風の妖精にならなくてはなりませんのよ?」
そんなカレンの言葉に、エイリは改めてショックを受けた。どうして自分が守るべき存在に、自分の方が頼りなく思われているのだろう・・・。
― ◇ – ★ – ◇ ―
その後はエイリも落ち着いたのか、ダンスの誘いも上手にあしらえるようになった。やはり力が入りすぎていたらしい。
かえって「顔も覚えてないカボチャ共にどう思われようと知ったことか」といった感じで肩の力を抜いてしまえば、何てことなかったのだ。
カレンも安心して、適当に所々でエイリとロレアを視界に入れながら、カンロ伯爵に耳打ちしたりして過ごしていた。
ロイスナーのカレンにとっては、滅多に来られないローム王城である。変わった細工や加工品など、そういったものをじっくり見て帰りたかった。
ふと気づくと、エイリの姿が無かった。
「どこに行ったのかしら。やはり踊っていらっしゃるのかしらね」
ワルツとなると動きはバラバラだ。会場のあちこちに数多くの蝋燭があるとはいえ、人ひとり探すとなると壁際から見渡すにも限度がある。
そこへ、
「どうかなさいましたか?」
と、声が掛かった。
「失礼。私達は警備の為に会場に配属されております。何かお困りでしょうか?」
「え?」
振り向くと、そこには軍服をまとった、いかにも女性を切らしたことのなさそうな男が立っていた。
「今回、会場に軍服で参加している人間は、あくまで警備を兼ねてまぎれております。たとえばお連れの方とはぐれた時や、あまり考えたくはありませんが狼藉を働くような者がおりましたら、即座に軍服を着た人間を探しておっしゃってください。お力になれると思います」
特にお困りではないようでしたら失礼しますと言って立ち去ろうとする男の腕を、カレンは掴んだ。
「あなた、ダンスは踊れるのかしら?」
「それなりには」
男は微笑んだ。
自分に自信のあるタイプだ。こういう人間は女性に不自由しないから、後腐れがない。
カレンもにっこりと微笑んだ。
「実は従姉とはぐれたのだけれど、おそらくダンスしている中に紛れていると思うの。協力してくださらないかしら?」
「では一緒に踊りながら隅々まで見て回った方がいいでしょうね。踊るのが得意でしたら一気に真ん中に躍り出てわざと注目を集めてあちらに見つけてもらうという手もありますが、それは最終手段にしておきましょう。私は構いませんが、あなたが目立つのはお嫌でしょうから」
男は会場を見渡しながら提案する。
「従姉の方の特徴を教えてください。一緒に探していきましょう。まずは下手から上手に向かって踊りながら見ていった方がいいでしょうね。・・・ええっと、レイディ?」
男が困ったような顔になる。
ダンスを申し込むのは常に男性からと決まっている。そして、その際は、女性が男性に名乗ることで初めて「あなたは私をダンスに誘ってよろしいのよ」という意味を示す。
名前を知らずに誘うことも、誘われることもマナー違反だ。
カレンは「合格」とみなした。この男は、どんな状況でも女性をたてることの出来る男だ。
「カレン・ロイスナーですわ。従姉は金髪に緑の瞳で、緑のドレスを着ていますの」
「では、カレン様。私はロメス・フォンゲルドと申します。一曲お相手願えますでしょうか?」
「ええ、喜んで」
男のダンスはかなり上手かった。人探しが目的だというので、踊ることよりも次から次へと場所を変えて様々な人をチェックしていくことを主に動いてくれていたのだが、人とぶつからないようにリードする腕はかなりのもので、カレンは感心した。
時折、軍服を着た人間とも踊りながらすれ違ったが、
「もしも金髪に緑の目で緑のドレスを着た令嬢がいたら教えてくれ。彼女の従姉にあたるそうだ」
「ああ、それで先ほどから踊ってらっしゃるのですね。ロメス様が踊っていらっしゃるのでかなり注目されていましたよ。・・・実はこちらの女性も兄君とはぐれたそうでして、もしもテルマナ子爵をお見かけしたら教えてくださいませんか」
「ああ、分かった」
と、やり取りをしていく。
そちらの令嬢とも目があったが、お互いに境遇が同じとなると親近感もわくもので、カレンも安堵した。そこまでの配慮がされているなら、エイリも大丈夫だろう。
「では、この会場にいる軍服姿の方は、みんな迷子探しをしてくださっているの?」
「そうでもありません。必要に応じて、です。具合が悪そうな方がいれば救護にあたり、庭でけしからん男がいればご婦人を助けに行き、よぼよぼの方がぎっくり腰で動けなかったら担ぎ上げ、その合間にこうやって素敵なご令嬢を誘って我らはダンスを楽しむのですよ」
そこで右目をウィンクしてくる様子は、やはり女慣れしている。カレンはくすくすと笑った。
「まあ、お上手ですこと。・・・ところで、ダンスは得意でいらっしゃるのに、普段は踊らないんですの? 先ほどの方が珍しいとおっしゃっていましたけど、もしかして私、悪いことをお願いしてしまいました?」
「ああ、普段はですね、・・・踊るよりも酔っぱらった人間を片付ける方にまわされているのですよ。どこにでも困った人間はいますからね。ですが今回はかなり大がかりな舞踏会でしたので、踊ることができる奴は会場内警備に回れと、無茶言われまして」
「あらあら、大変ですこと」
「ええ、全く」
しかし人が多すぎて、エイリは見つからなかった。途中で踊っているロレアとすれ違ったので声を掛けたが、見ていないと言う。
「お姉様もここから出ないようにするとおっしゃってたから、いるとは思うのだけれど」
と、ロレアが言うので、カレンは会場の中に絞ることにした。
「ごめんなさい。もう五曲も踊り続けているわね。悪いからちょっとあなたは次でもう外れてくださる?」
「遠慮はいりませんよ。たしかにこれが結婚相手を探しているというのであれば同じ相手と踊り続けるのはマナー違反でしょうが、特に私はそういうわけでもありませんし・・・。ですがあなたに意中の方がいらしたら問題ですね。その方には私からも説明させていただきましょう」
「あくまで付き添いで来ただけですもの。そういうあれこれとは無縁ですわ。私、貴族じゃありませんし」
「それなら遠慮はいりませんね。どうです? ここまで見つからないとなると、あちらから見つけてもらった方が早いかもしれません。どうせ二度と来ない舞踏会だから構わないというのであれば、堂々と中心で踊って人目を引いてしまいましょうか?」
カレンは少し考えた。たしかにこの男はダンスが上手い。自分もかなり得意だ。
「協力してくださる?」
「アップテンポのヴェニーズ・ワルツは踊れますか?」
「ええ」
「では、曲をそちらに変えさせましょう。アップテンポになった時点で、半分の人間は踊るのをやめるでしょう。それだけで人数が絞られる。私達は会場の真ん中へと移動し、周囲を見渡しながら踊る。・・・いかがですか?」
「素敵ね、あなた。その実行力が」
「光栄です」
ロメスと名乗った青年が楽団と話をしているのを見ながらカレンは思った。
軍部の人間らしいが、様付けで呼ばれていた以上、それなりの地位にいるのだろう。
(曲を変えさせることができるだなんて、自己申告よりもっと上の地位にいるわよね)
だが、どう見ても女慣れしている。エイリでは反対に食われてしまうかもしれない。こういう手合いも一人は欲しいが、やはりエイリにはもう少し実直な人間が望ましい。
仕事ができそうな優良物件だけに惜しいところだ。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
曲が、変わった。
ローム国王は、ふと楽団に目をやった。王妃も気づいたらしい。
「どうしたのでしょう。誰かリクエストしたのでしょうか」
今までの体を揺らしていればいいワルツと違う為、そうと察した人間がちらほらと休憩に入る。そんな中、珍しい顔が踊っているのを国王は見た。
エイド将軍を手招きする。エイド将軍も気づいていたらしい。
「あの狂犬と踊っている娘は?」
「さあ。ですが先ほどからずっと一緒に踊り続けていましたな。あのロメスが踊るのは本当に珍しい。一体どちらのご令嬢なのか」
「全くだな。この後、すぐあの娘と一緒に呼んで来い」
「は」
― ◇ – ★ – ◇ ―
ロメスと名乗った男の提案はなかなか良かった。
ワルツのテンポが変わった時点で、かなりの人が休憩に入った。少なくなった中で踊る上、更にわざとロメスがカレンのスカートが綺麗に膨らんで目立つようリードしてきたのだから、注目を集めてしまったのである。
一曲が終わった時点で、カレンの所にカンロ伯爵、エイリ、ロレアがやってきた。
「すごいわね、カレン。みんなが見てたわよ」
「エイリ姉上を探していたのよ。やっぱり目立って良かったわ。どこにいらしたの?」
「それがなんだかしつこくて・・・。お父様も見つからないし、曲が変わったおかげで手が離れたの。そこで振り切って逃げてきたのよ」
やはり変な男にひっかかっていたのか。
最初からこうしておけば良かったのかもしれないと、カレンは反省した。
「ありがとうございます。これで従姉も見つかりましたわ」
「お役に立てたなら何よりです。お探しの方もご無事で良かった」
そこへがっしりとした体格の厳めしい男が近づいてきた。
「エイド将軍。どうなさいました?」
「王がお呼びだ。・・・お嬢さんもご一緒に来ていただけますかな?」
さすがにここで国王という存在が出てくるとは思わず、カレンばかりか、カンロ伯爵も驚いて同行したのであった。
― ◇ – ★ – ◇ ―
ついてきたカンロ伯爵に、ローム国王は片方の眉を上げた。
「三人ともカンロ伯爵の娘御か?」
「いえ。二人は私の娘でございますが、一人は姪にあたります」
カンロ伯爵が三人の紹介をするのを聞きながら、王は尋ねた。
「あのロメスがずっとカレン嬢と踊り続けていたのでな、さすがに気になったのだ。ロメス、こちらのカレン嬢と婚約でもしたのか?」
驚いてカレンが否定する。
「滅相もないことでございます。私がはぐれました従姉を探しておりましたら、こちらのロメス様がご親切にも踊りながら探すのを手伝ってくださっただけでございます」
「ほう。ロメスが親切にもとな」
親切という言葉とロメスとが、どうしてもしっくりこないローム国王だった。
「はい。この舞踏会では警備の軍人の方がまぎれてそうやって困った方を見つけては手助けしてくださっているのだとお聞きしました」
カレンが感謝の瞳で王を見上げてくる。軍は王の意を受けて動く存在だ。ならばその評価も王に帰属する。
そんな小さなことを決めたのは王ではなかったが、若い娘からの感謝は悪くない。
悪くないのだが、ただ、ロメスだ。
(後腐れのある舞踏会でやらかす男ではなかった筈なんだが)
王は沈黙した。
部下にやらせるならともかく、あの狂犬がそんな地道なことをするだろうか、と。
エイド将軍は感激した。
やはりロメスは心優しく弱い者を見捨てない立派な若者なのだ、と。
カンロ伯爵は反省した。
エイリの為にあそこまでカレンに目立つことをさせてしまったのか、と。
エイリは落胆した。
自分がちゃんとあしらえていればカレンにそんなことをさせずにすんだ、と。
ロレアは感心した。
そこで軍人を利用して人探しを完了させるとはさすがカレン姉様、と。
「なるほど。そういうことであったか。いや、あのロメスがついに・・・! そう、ついにと思っただけだったのだ」
「その通りでございます。実は私、カレン嬢に求婚中でございますので」
ロメスはすかさず口を挟む。
さすがに全員が自分の耳を疑って沈黙した。
カレンに至っては、内心パニックだ。何を言い出したのか、この男はっ!? という目で、ロメスを見てくる。
ここぞとばかりにロメスは国王に語りかけた。
「以前、私が山賊の中に紛れ込み、そしてその山賊を壊滅させたことがあったのを国王陛下もご記憶かとは思いますが・・・」
「うむ」
忘れられない。ロメスから出された報告書とは別に、参加した兵士らに話を聞けば、誰もが口をそろえ、山賊よりもロメスの方が悪鬼のようだったと、報告してきたのだから。
「この国の平和を願うエイド将軍の意を汲み、私は時にそうやって一人で様々な場所へ赴いております。ところがある日、私も慢心が過ぎたのでございましょう。身動きがとれぬ状態となり、死を覚悟したのでございます。するとそこに、黒髪に黒い瞳の女性が現れ、私に食べ物と衣服を分け与えてくれました。私は感謝し、命を救ってくれたその乙女に求婚しました。すると彼女は言いました。『私がいつかあなたに名前を名乗る日がきたら、あなたの求婚を受け入れましょう』と」
「なんと」
国王は驚いた。
どうしてそこで死ななかったのか、さすが悪運の申し子である。しかも行く先々で女性に苦労しないあたりがムカつく。
「そして、この舞踏会で私はその乙女に再会し、名前を尋ねました。乙女はカレン・ロイスナー嬢と名乗ってくださいました。この時の私の喜びがお分かりになりますでしょうか。・・・その乙女が心配して探していらっしゃった従姉の令嬢を見つける為とはいえ、求婚を受け入れてくれた乙女と踊ることもできました。私は幸せ者でございます」
エイド将軍は感動して言葉も出なかった。
どこまでロメスは素晴らしい若者なのか。
命を救ってくれた乙女への感謝を忘れず、一途に愛を捧げる。・・・こんな美談が、今、ここにあった。
帰ったら妻にも話してやらねばなるまい。
ローム国王はカレンをまじまじと見つめる。
「あー・・・と、カレン嬢。今の話は本当なのか?」
カレンは真っ赤になっていた。羞恥からではない、怒りからである。
その前に自分が侵入者であったことを端折るんじゃないわよっ。
身動きがとれなかったのは、鉄格子の中だったからでしょうがっ。
命を救ったんじゃない、面倒だったからロームまで捨てに行かせただけっ。
求婚を受け入れるだなんて言ってない、考えるの間違いでしょうっ。
(今からでも過去に戻って殺せないかしら、この男)
どうして気づかなかったのか。いや、気づく筈がない。あんなガラの悪い顔面もさもさ人間がどうしてコレと同一人物だと気づくというのか。
「いえ。かなり・・・、説明とは食い違う部分が・・・」
「どこがだ?」
「少なくとも求婚を受け入れるなんて言っておりません。考えると言っただけでございます」
どう言えばいいのか。
この男が侵入してきたから地下牢に入れました、とか?
怪しかったので身ぐるみ剥いで身体検査してから放り出しました、とか?
(まあ、ロメスも知らずに出会ったなら顔も頭も体も一級品の紳士に見える男だからな)
言うまでもなく、ここはローム王城。参加者は王侯貴族がほとんどを占める舞踏会。そこへやってきた領主の姪。
この美しい娘が見た目だけは悪くない青年と恋に落ちても、領主の姪ともなれば軽々しい真似はしなかった筈だ。まずは筋を通すように伝えたのだろう。
次にあった時に名前を名乗ったならという条件は、きちんと見合いをして名乗り合い、その上で結婚を申し込んでほしいという意味だったに違いない。
そんな貞淑な令嬢の言葉を、ロメスは理解できなかったのだ。
その耳まで怒りで赤くなったカレンに、ローム国王はそういった男ならではの誤解をした。
(ロメスがいちいち自己紹介したわけもないしな。だが、ここで再会したことで、この令嬢も、ロメスがここまでの地位を持っていたことに気づき、今になって怖じ気づいてしまったのかもしれん)
ロメスが自己申告の通りに純情な男だとは小麦一粒たりとも思わない国王だが、こちらの乙女はあんな狂犬の命を救ってやるほどに心の清い娘なのだろう。
蓼食う虫も好き好きと言う。先ほども、ロメスがいかに頼りになったかを語っていたではないか。
「まあ、未婚の乙女が求婚されたからといって勝手に受け入れることはできまい。親や、・・・この場合はカンロ伯か。その了解も必要となるしな。だが、考えるとまで言ったのだから、憎からずは思っていらしたのだろう。そういうことであれば、カンロ伯。二人の想いに関しては良いようにとりはからってやってはいかがか?」
「は。ただ、カレンに関しましては、この子の亡くなりました親との約束で本人の意思を常に尊重するとしておりましたので、私の一存では・・・」
両親が亡くなったと聞き、ローム国王はカレンの不安定な立場に思い至る。
自分の娘と同等の支度をしてきたのだから、伯父としての愛情はあるのだろう。だが、やはり領主の姫君と、両親を亡くした姪とでは立場も価値も異なるものだ。
そしてロメスならば舅、姑は存在しない。両親がいなくても、肩身が狭いことはないだろう。
そこまで素早く国王は判断した。
「ならば問題ないではないか。あのロメスがカレン嬢の為ならばダンスを披露し、カレン嬢もこの広く沢山の中からロメスを選び取られた。想い合う二人が幸せにならずしてどうする。しかも縁組として全く問題はない。いや、めでたいことだ」
王にしてみれば、戦場にあっては狂戦士となるロメスが、平常時にはあちこちの女性を渡り歩いては楽しんでいることが気に入らない。
いい加減、落ち着けと言いたい。しかもこれはロメスが望んだ娘だ。
一人の女性に落ち着いてくれるなら良いことではないか。
ましてや彼女はカンロ伯爵の姪だという。
「いえ、あの、王様。私はロメス様との婚姻など望んでいないのですけれど」
「おや。カレン嬢には心に想う方がおいでか?」
「いえ。そういうわけではなく・・・」
「ならば照れずとも良い。いずれ将軍ともなる男と思えば怖じ気づく気持ちも分からぬわけではない。だがな、カレン嬢。あのロメスが結婚を考えたとは、あなたにはその美貌以上にその心も美しいのだと誰もが理解しよう。ロメスが身を固めるとなればまた格別のこと。私と王妃からも祝いの品を届けさせよう。カレン嬢のご両親がいないのであれば、カレン嬢の後見は私としても良い。ロメスに不満がある時は遠慮なく言ってくるがよい。私が言い聞かせように。嫌気が差したなら、女官として王城で働いてもいいのだ。その際は王妃付きにもしよう」
破格の対応である。嬉しそうに話をまとめてしまった国王に、それ以上、カレンは何も言えなかった。
(かなり私、気に入られたのは分かるんだけど。分かるんだけど、・・・全っ然っ、嬉しくないわ)
この場にはエイド将軍もいる。
そんなカレンを、ロメスは誠実そうな顔で愛しそうに眺めてみせた。
「頼むから女官は選ばないでください、カレン嬢。それこそ全ての男があなたに求婚してしまう」
「そんなにも惚れておったのか、ロメスよ」
「はい。こんなにも魂が震える程の恋に落ちたのは初めてです。二人きりの山中で、私は本当に惚れた女性には手を触れることもできないのだと知りました」
「なんという純愛だ・・・!」
カンロ伯爵とエイリとロレアは事情が分からないままだったが、国王が後見するとまで言わしめた婚姻話である。カレンには本当に驚かされる。
「たしかカンロ伯もご長男はまだ小さかったか。これだけ美しい令嬢とあれば、今夜はやきもきしていたであろう?」
「今回、大掛かりな舞踏会ということで連れてまいりましたが、娘には婿を取らせるつもりでおります。カンロは何かと目を外に向けておかねばなりませぬ。日当たりのいい場所でしか咲けぬ花は不要と、じっくり見定めるつもりでございます」
「たしかにな。もしもこれぞと見込んだ男があれば言ってこられよ。ある程度の後押しはしよう」
「ありがたくその際はお願い申し上げます」
やがて国王が話の終了を合図する。
真っ赤な顔のまま、ロメスに促され、カレンはロメスとテラスへ消えた。
バッチーンという音が響いてきたのを、テラスに続く扉の前で待っていたカンロ伯爵家の三人は間違いなく聞いた。
「いい平手だな。ところで次の逢引きはいつにする?」
怒りのあまり口もきけないカレンに一発殴られてやりながら、それでもロメスは人の悪い笑みを浮かべた。




