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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 今日もエイリは忙しい。なぜなら、父のカンロ伯爵と共に仕事をしているからだ。

 カンロ伯爵は仕事をする際、ほとんどエイリを立ち会わせる。

 妻であるカンロ伯爵夫人が部屋でのんびり刺繍をしている時も、長女のエイリは父の横で書類に目を通す。

 カンロ伯爵に男の兄弟はいない。カンロ伯爵に何かあったら、次の領主は幼いフォルだ。

 父に万が一のことがあったらなどと、エイリは考えたくもなかったが、一生懸命に父の仕事を見て覚えようとしていた。父に不慮の事態が起きた際は、フォルが成人するまで自分がカンロ領を守らねばならないのだから。


「最近、商人の出入りが活発ですわね、お父様」

「そうだな。少しずつだが政情が安定してきた証拠だ。北からくる商人よりも南からくる商人が多い。そして移民してくるのは西が多い。・・・特に変わった報告はないが、油断はできまい」

「変わった報告?」

「ああ。何か変わったことが起きた際には、知らせが入るようになっている」


 細作(さいさく)でも放っているのだろうか。エイリはまだまだだと痛感する。

 これほど一緒にいて仕事をしていても、父の行っている全てを自分は知らない。だが、いずれはそういった細作についても知ることができるだろう。見逃すことなく、父の手腕を自分は全て吸収しなくては。


「珍しいな、フィツエリからここに来た商人もいるようだ」

「フィツエリからですか。それは珍しいですわね」

「普通の商人であれば違う流れになるものだが、・・・時にはこうして、はぐれて飛ぶ鳥もいる」

「はい」


 関所で商人はどこからどこへと向かうのか、どういう物を扱うのか、人数はどれ程か、そういった事項を問われる。

 カンロ伯爵は関所からあがってくるそれらの報告に目を通し、それらをきちんと数え上げて、記録をとっていた。

 物の流れをおろそかにはできない。

 ふと、エイリはその商人の記録に目を落とした。

 フィツエリはかなり南東にある地域である。噂どころか、どんな特色ある地域なのかすら、エイリは知らない。できれば話を聞いてみたいものだと、そう思った。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 カンロに到着したセイムとユリアナは、ブルブルと震えていた。


「ああ、フィツエリの暖かさが懐かしい」

「言うな、ユリー」

「考えてみれば実りも人情も豊かなんだよね、暖かい地域って」

「今までが恵まれていただけだ、そう思え」


 旅は身軽をもって良しとする。フィツエリからカンロに向かう途中で、厚手の衣類などを買おうと思っていた二人だが、それはあまりに甘い見通しだった。

 フィツエリからの道はあった。しかし、あまり商人が通る道ではなかったらしい。


「まさかフィツエリから来る商人がいないだなんて。関所では、地名間違いじゃないかとか言われるし」

「地図で道を見てるだけじゃ分からないことはあるってことだ」


 途中に村はあったが、宿屋もなく店もなく、衣類を求めようにも胡散臭そうに村人から見られ、古着でいいから買いたいと言っても断られた。

 そういった理由で、薄着のままカンロに二人は辿り着く羽目となったのだ。


「明日、店が開く時間になったら買い出しに行こう」

「賛成。なんだかかなり閉鎖的な街だよね、ここ」

「そうだな。開放的な街なら、夜でも店に行って頼めば売ってくれたりするものだが、ここは一度店を閉めたら客を受け付けない様子だ」


 同じ部屋に兄弟として宿泊した二人は、薪を放り込んだ暖炉が部屋を暖めるまで、そうやって歯をガチガチと鳴らしていた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 薄着を重ね着しても寒いものは寒い。セイムとユリアナは、朝になると真っ先に古着屋へと向かった。

 勿論、セイムの資本力なら新品の服だって幾らでも買えるが、ただでさえ珍しいルートで到着したよそ者である。警戒されるようなことをすべきではなかった。


「なんて素晴らしいんだろう。この価格でこの品質。人情は薄いけど、服は厚手で温かい」

「おい、聞こえるぞ。ユリー」


 意外なことに、古着屋と言っても質が良く汚れもほとんどない服が低価格で並んでおり、品ぞろえも良かった。羽織れそうな厚手の布も数多くある。

 ユリアナは感激した。


「冬とかいいかも。仕立ても悪くないし」


 おかげで沢山買い込んでしまったが、後悔はない。たとえ荷物になろうとも、これは森の家にまで持って帰ろうとまで思う。

 これだけ緻密に織り込まれた厚手の生地は、ロームですら買おうと思ったら値が張るからだ。

 それらの買い込んだ服や布地を宿屋に一度置いてきてから、セイムとユリアナは他の店も冷やかし始めた。どんな物が売られているか、興味があったのだ。


「うーん、料理は結構脂っぽい感じ? なんかロームに近い味つけだね」

「ああ、懐かしいな。フィツエリの食事もまずいわけじゃないが、やはり俺はこういう味が性にあう」

「そう? 僕はフィツエリの米を炊きあげたのも気に入ってたんだけど」


 医師として働いていた養い親にくっついてあちこちで生活していたユリアナは、引っ越しの度に違った郷土料理を食べて育っている。

 おかげであまり味つけや食材にこだわりをもたなかった。


「俺はやっぱりこういうトウモロコシを練ったものの方がいい」

「いつものご飯ってそれだけでほっとするもんね。だけどフィツエリと比べるとちょっと新鮮さがないと思わない?」

「どこもこんなもんじゃないか?」


 二人は屋台であれこれ買い食いをしながら、久しぶりに慣れ親しんだ味を堪能していた。フィツエリの料理に軍配を上げたユリアナとて、やはり懐かしい味は懐かしい。


「そうだ、挽きトウモロコシと小麦も買っておかなきゃ。もう無いんだよね。燻製も安そうだし」

「ああ、食料の補充もしておかないとな。あ、ちょっと鍛冶屋も見ていいか?」


 カンロ領で野宿は命の危険があると理解したユリアナだが、それでも保存食を買っておいた方がいいと切実に感じていた。

 それはセイムも同様だ。


「僕も見たい。いいナイフ、あるかなぁ」

「なんだ、ナイフが欲しいのか?」

「そう、刻み用のが欠けちゃってて。あ、まだ使えるからいいんだけど。どうせなら色々見たいし」

「後で見せてみろ。砥いでやるから」

「ありがとう、兄さん。あと、染料の店も見たいな」

「ああ、そうだな。そろそろ染めておかないとまずいか」

「お互いにね」


 セイムの髪は焦げ茶色なので、黒い染料が落ちたところで溶け合う感じで問題ないが、淡い金髪のユリアナにとって黒髪に見せかけている染料が落ちるのはなかなかに厄介だ。


「だけどお店見てたら、南から商人がやってこない理由が分かる気がする。ここ、品質がいいんだもん。わざわざよそのを買わないよ」

「そうだな。加工する物を買うことはあっても、商品となったものを買うかは怪しいってところか。俺達はまじない師だからなんてことなかったが」

「そうだね」


 フィツエリとは比べ物にならないぐらいに気温が低い。だからセイムはユリアナの肩を抱くようにしてその背中に冷たい風が当たらないようにしていた。

 ユリアナも、セイムのお腹に冷たい風が当たらぬようその位置をキープだ。

 ああだこうだと話しながら、二人は色々な物を買い込んでいた。

 本当に仲のいい兄弟である。

 見ている方が嫌になりそうだ。


「何なんでしょうね、あれ」

「テイト、目が()わってるぞ。落ち着け」

「あんな人通りの少ない道を選んでくれるものだから、人目につくわけにもいかないと違う街道を馬で突っ走って先回りして待つ羽目になって、やっと現れたと思ったらイチャイチャイチャイチャ・・・」


 セイムの部下、テイトとスカルは、物陰からそんな二人を見守っていた。いささか投げやりな見守り方だったが。


「あのまま肺炎でも起こせば、いい気味だったのに」


 素直じゃないテイトに、スカルは困ったような顔で肩をすくめてみせた。



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