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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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24 裏 剣舞と子守歌



 フィツエリから王都へ向かうケリスエ将軍と第五部隊長達一行は、思ったよりも帰還に時間をかけていた。

 なぜなら、そこにルーナとロシータが同行していたからだ。

 全く乗馬経験がないというわけではなかった二人だが、毎日朝から夕方まで馬に乗り続けられるかというと、さすがに厳しすぎた。

 馬の背に厚手の毛布を重ねて振動が伝わりにくいようにし、部隊長や小隊長などが交代でロシータを前に乗せてくれていたが、ルーナは違う。

 ルーナはケリスエ将軍と一緒に乗りたいと主張したのだ。


「馬にも乗れないならさっさとフィツエリに帰れっ」

「うるさいわね、このセミ男が。ミンミンミンミン鳴くだけだったら虫にでもできるわよ。・・・ねえ、ケリスエ様。私、ご迷惑ですか?」

「そんなことはありませんよ。姫一人くらい、私の馬に乗せ続けても全く問題はありません。ですが、・・・仮にも婚約者みたいなものですから、私よりもカロンの馬にお乗りになった方が良いのではないかと」


 一緒にいれば仲良くなるのではないかと、ケリスエ将軍も悩み中だ。

 それこそ「子供のお友達づくり」という書物はないかと、そんなことすら考えてしまう程に。


「けっ、すぐに振り落としてやるよ」

「まぁ、怖い。ケリスエ様、あんな乱暴な男の馬になど、私、恐ろしくてとても乗れません」

「二人ともどうしてそう・・・・・・。分かりました、では私の馬に」


 さすがのケリスエ将軍もほとほと困り果てており、既に溜め息は無二の親友レベルである。

 そんな中、ロシータは肩身の狭い思いで、自分を交代で乗せてくれる第五部隊長や小隊長達に、

「うちのルーナ様が本当にすみません、すみません」と、謝り続けていた。

 いい見世物なので、「いい、いい、気にすんな」と、あまり気にしていないどころか、第五部隊の面々は楽しんでいたが。

時にはカロンもロシータを前に乗せてくれたのだが、ロシータに対してはカロンも優しく気遣い、体への負担が少ないよう、時には馬上でも姿勢や体位を変えさせたり、休憩の際には人目につかぬ場所でくつろげるようにしてくれたりしていた。


(ルーナ様は何が気に入らないのか嫌っていらしてるけど、いいえ、ルーナ様ったらケリスエ様しか目に入ってらっしゃらないけど、カロン様は本当に優しい方よ。優秀な方だって言われていたのも当然だわ)


 同じ姿勢だと後で体が辛くなるからと、馬上でロシータの座り方を変えさせる時は、腕一本でロシータの体を支えてみせた。それでいて危なげが全く無かったのは、それだけ筋力があるからだろう。

 しかし、本当に強い人間は、自分がそういった弱さを持たぬがゆえに弱い人間の負担にまで気づかぬものだ。

カロンにとってルーナが気に入らない存在なのは確かだが、だからといってロシータに腹いせをしてくるわけでもない。


(本気になったらカロン様、腕力も何もかもがルーナ様よりはるかに強い方だっていうのに。どうしてルーナ様ったら喧嘩を売るのっ)


 それは気に入らないからだ。

 人というのは、見た瞬間から気に食わない人間というのがある。


「本当にうちのルーナ様が申し訳ありません、カロン様」

「別にロシータ殿は巻きこまれた側ですよ。本来なら王都への旅でも馬車を使い、もっと余裕があったわけですからね。それに俺だって部下はいますが、俺がしたことに対して部下が他の人に謝ったりはしません。俺だって将軍がすることを他の人に謝ったりしないです。気にせず、ロシータ殿は膝とかを動かしてうっ血しないようにしておくことです」


 カロンはロシータを右向きに座らせたり左向きに座らせたり、時には全身を布で包んでから少し斜め方向に抱くようにして重心をちょくちょく変えさせてくるので、実は一番ロシータにとって居心地のいい同乗者だ。背筋伸ばしをさせてきた日には、自分の女性としての慎みはどうなるのだろうと思いもしたが、体はすっきりとする。

 乗っているだけでは退屈だろうとロームの話もしてくれるので、余計にルーナが申し訳なさ過ぎて仕方がないロシータだ。

 ロシータの胃をおさえる頻度は、この数日間で激増していた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 通常は全員で野営するのだが、ルーナの為に、ケリスエ将軍は毎晩宿屋を貸し切りにしたり、時には民家を一軒借りたりしていた。

 一緒に泊まる人選は、宿屋の大きさに応じてケリスエ将軍以下、適当に決める。そんな日々の中、カロンとルーナを少しでも仲良しにしようというケリスエ将軍の試みは無駄に終わり続けていた。

 宿屋で出された夕餉を口にしながら、ルーナがケリスエ将軍に話しかける。


「ねえ、ケリスエ様。あの日、私に剣舞を舞ってくださいましたでしょう? あれ、私も舞えるようになりますかしら?」

「・・・あれは私がカロンに教えたものですが、姫にはいささか不向きでしょう。剣舞をなさりたいのですか?」

「ええ。あまりにも美しゅうございました。私もできるようになりたいのです。ケリスエ様が教えてくださるなら、私もあれを舞えるようになってみせますわ」

「それならばロームに着いてからになりますが、姫の剣を見せてください。姫にあわせた剣舞を作りましょう」

「まあ、私の為に? 嬉しいっ、ケリスエ様。絶対にお約束しましたわよ?」

「ええ。約束します」


 そこでガタンッと音を立ててカロンが立ち上がる。カロンの皿は既に空になっていた。


「もう食事は終わりましたので、俺は休みます。それでは」


 普段なら、更にお代わりをした上に、パンなどもぱくぱくと食べるカロンだったが、あまりにも今夜は食べる量が少なすぎた。

 ソチエト第五部隊長が、ケリスエ将軍に話しかける。


「第六部隊長は朝から具合が悪かったようですな。将軍に心配をかけまいとしていたようですが、良ければ後で見舞って差し上げてはいかがでしょう。一応、腹痛の薬も用意しておいたのですが、なかなかに強情でしてな」

「いや。具合が悪いなら早めに対処しておいた方がいい。置いていくことになったら編成も違ってくる。私も食事は終えた。ちょっと見てくる」

「ああ、どうせならこのパンと薬も持って行ってやってください。少し休んだら食べることもできるでしょうから」


 そう言って第五部隊長が渡したパン籠を持つと、ケリスエ将軍は水差しと幾つかの果物も持ってカロンの部屋へと向かった。

部屋に入ると、カロンは寝台でうつ伏せになっていた。

ケリスエ将軍が入ってきたのに気づいても顔も上げない。よほど具合が悪いのだろう。


「カロン。朝から具合が悪かったと聞いたが?」

「別にそんなことはありません」

「無理はするな。具合の悪い時はちゃんと悪いと言え。ほら、水なら飲めるか? 果物なら食べやすいだろう」


 壁を向いていたカロンだが、そこでゴロンと向きを変えてケリスエ将軍へと向き直る。枕元の机に置かれた水差しと果物、そしてパン籠を見て、カロンは尋ねた。


「わざわざあなたが持ってきてくれたんですか」

「ああ。(ほか)はまだ食べてたからな」

「・・・そういう人ですよね、アナタ。ええ、分かってますとも」

「何を言ってるんだ、お前は」


 勝手にそのベッドへ腰かけると、ケリスエ将軍はカロンの顎を掴んでグイッと上を向かせる。イヤそうに、カロンは視線を逸らした。


「なんで、そう乱暴なんです」

「顔色は悪くなさそうだな。やっぱり腹でも壊したか? 第五部隊長が腹の薬をくれたが。お前のことだから風邪だろうと思ったんだが」


 カロンはげんなりとした。

もういい、もう知ったことか。

腕を伸ばして目の前にあるケリスエ将軍の腰を囲い込む。

その筋肉のついた体は決して柔らかくはなかった。そんなこと、ずっと知っている。


「どうした、カロン?」


その固い脇腹に顔を埋めながら、カロンは尋ねた。


「どうして・・・。あんな娘にまで剣舞を作ってやるんです?」

「ああ、さっきのか? 当たり前だろう。お前に教えたアレは、姫の児戯レベルでできるものじゃない。あれは私の部族に伝わる型を元にして、お前の訓練も兼ねて作ったものだ。お前だってあの姫の剣を見たんだ。それくらい分かるだろう」

「だからって、・・・あんたにとっては俺もあの娘も同じなのかっ? 誰にでも乞われたら技量にあわせて作ってやるのかよっ。あんたにとって、俺は・・・っ」


 ケリスエ将軍は首を傾げた。

何を言い出したのか、こいつは。


「何を寝ぼけたことを言ってるんだ。あれは神に捧げる舞を基本に置いた部族の型。それは親が子、もしくはこれと見込んだ弟子にだけ伝えるもの。神聖なそれを私が教えたのはお前一人だ。それをただの剣舞なんぞと一緒にするな。お前とてどれ程の時間をかけて身につけた」

「じゃあ、なんで・・・。あの娘にも作ってやるって・・・」

「ちょっと練習すれば誰でもできるお遊び用だ。片手間仕事にすぎん。それの何が疑問だ?」

「・・・やっぱり、あんたって最低だよ」

「まさかと思うが、もしかしてお前は拗ねていたのか? あのなぁ。幾つだ、情けない」


 バカバカしさに呆れて立ち上がろうとするケリスエ将軍を、カロンは更に強く抱きしめた。


「おい、カロン。放せ」

「嫌です。あと少しだけいてください」


 スッポンのように離れないカロンに、ケリスエ将軍は諦めて座り直した。


「分かったからもう寝ておけ。寝つくまで傍にいてやるから」


 自分の腰に顔を埋めたままのカロンの髪を、ケリスエ将軍は静かに撫でた。

思えば、大きくなったものだ。いじめられては泣いていた少年が。・・・いや、大きくなったのは図体だけだったのか。アホらしいことで見当違いのことを言い出してくるし。

しかも自分を殺せるだけの技能を教え込んだつもりが、殺せないときた。その上、ピーピー泣くし。


(私は育て方を間違えたのだろうか。どこがまずかったんだろう)


きちんと距離をおいて鍛え上げ、同時に目を離さずに健康状態に気を配る。

そう教わった通りにしてきたつもりだが、出来上がったカロンはどうも違うような気がしてならない。独り立ちしろと、家を出ていくように言っても出ていかないし。

けれども必死に食らいついてくるこの子に教えこむのは、・・・そう、楽しかった。ずっと。


『 ♯ 我らが求めるは神の息吹。 この身を持って地上にあらん。 空より降りたるは・・・ 』


 ケリスエ将軍は、失われた言葉を小さな声で紡ぎ出した。

 その言葉を知らぬカロンも、それだけは(そら)んじることができる。だけど、今はただ聞いていたかった。


(俺にしか歌わない、あなたの歌だから)


カロンが少年の頃からケリスエ将軍が時々聴かせてくれた、懐かしい歌だ。ケリスエ将軍の部族に伝わる、神を讃え、武運を祈り、霊を慰める歌なのだと、そう教わった。


(人の気持ちなんて分かる気がなくて、どこまでも無神経で・・・。あんた、ただの欠陥品なんだよ)


 人前ではまるで無視に近い扱いをしながらも、いつの間にかカロンの部屋に置かれていた傷薬や食べ物や体に合わせた衣服。カロンを連れ出しては、稽古に明け暮れた日々。

 誰かの目がある所ではないがしろにされていた為、周囲からのカロンへのいじめは止まらなかった。

 だから反発した。人前でもどこでも自分を認めてほしかった。

 けれど。

ケリスエ将軍が教えたのは自分一人だけだった。大切な歌も、部族だけの剣技も。


(それでも俺だけだったから、耐えられた)


知っている。カロンの出来に驚いた王が、他の子供も育てるようにケリスエ将軍に命じたのに、

「カロンは元の質が良かった。違うのを育てても時間の無駄です」

と、全て断ったこと。

 出会った状況からして素質など分かりようがなかったというのに、そんな嘘を言ってまで、カロンの立場を守ってくれたこと。

あの小娘に気を遣っているのも、カロンの将来を思えばこそだとも。


(いや、元々の女尊主義もありそうだな)


そういえばケリスエ将軍の部族は女性上位主義だった。単にそれだけか。


『 ♯ 勇ましき者よ、神の恩寵はそなたと共に在り。 賢き者よ、導く光はそなたと共に在り 』


 荒んでいた心が凪いでいく。

そういえば、夢うつつにこうして撫でられた記憶がある。あの時はただの夢だと思っていた。目覚めて挨拶をしても、ケリスエ将軍はいつも冷たい態度だったから。

カロンは目を閉じた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 やがて面倒になったのか、座ったまま寝てしまったのはケリスエ将軍の方だった。


(そりゃどんな姿勢でも寝られる人だけど、俺、男としてあまりにも意識されていなさすぎじゃないか? そりゃ俺に世話させるのにも慣れてる人だから気にしないにしても、武装を解かれても平気って何なんだよ)


 カロンは自分の寝台にケリスエ将軍を寝かせると、厠へ向かった。ついでに外で果物も食べてこようと、それを取る。

 扉を出ると、ずっと廊下にいたのか、ルーナが斜め向こうの壁際に立っていた。その後ろで、ロシータが身振り手振りで『すみません、本当にすみません』と、頭を下げている。


(あれだけ小さい声だったからあの歌がそこまで響いていた筈もないんだが、一体何してたんだ?)


 無視して、カロンは外へと足を向ける。ついでに小川で水浴びもしてくるつもりだった。

 立ち去ろうとするカロンを確認してから、ルーナも自分とロシータにあてがわれた部屋へと戻る。

 小さかったが、その扉が閉まる前にルーナが呟いた声は、カロンの耳にもはっきり届いた。


「このヘタレ」



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