一日目(3)
コンビニは、やはり現実味がなかった。
――ドアは開くのかな?
この状態で自動ドアのセンサは稼働するだろうか。
見た目が現実に沿うものであっても、物理法則が同じだとは限らない。
ひょっとしたらこれは妖怪で、建物に擬態しているだけなのかもしれない。
そんなことも考えた。
店に近づきながら、僕はわくわくしていた。
これは探検なのだ。
しかし、自動ドアの前に立ってみれば、何のことはない、普通にドアは開き、馴染みのメロディが流れた。
もっとも、店員はいない。
客もいない。
店の中は無人だ。
念のため、食料を確保しておこうと思い、パン売り場に向かう。
棚に置かれているパンは建物と同じく半透明だ。
僕はそれに手を伸ばした。
すると、パンは半透明ではなくなった。
実体化している。
原理はわからないが、触れると実体化するらしい。建物は触れても実体化しなかったが、小さいものなら実体化しやすい、ということなのだろうか。いずれにしろ、これで食糧は確保できる。しばらく帰れなくたって大丈夫。
――さて、支払いは……。
僕は、アンパン、焼きそばパン、ペットボトルのお茶をレジカウンターに置いた。人がいない世界だとしても、金を払わずに商品を持って行くのは自分の矜持に関わる。
どうすべきか悩み、ふとレジを見ると、料金が表示されていた。
――会計できるんだ。
僕はいつもの調子でスマホを取り出したが、圏外だった。キャッシュレス決済は使えない。現金を使うのは久しぶりだと思いながら、僕は財布を取り出した。
トレイに五百円玉を置くと、次の瞬間、そこにはおつりがあった。
つまり、僕に見えないだけで、ここには何かがいる。
――あぶないところだった。
金を払わずに出たら、どうなっていただろう。
見えない何かに追いかけられたかもしれない。
それはそれで試してみたい気もするが、いまはやめておくべきだ、と僕は思った。どんなペナルティがあるかわからないわけだし。
レジカウンターでパンをリュックに入れ、お茶はリュックのサイドポケットに挿した。
――つぎは古本屋、かな。
コンビニの筋向いには古本屋があった。
確か、二年前につぶれて、シャッターが閉まったままになっていたはず。
それが、さっきちらりと見た限りでは、シャッターが上がっていた。
元の世界との違いをチェックすることは重要だと思う。
そこに何か意味があるかもしれないから。
――そういえば、あそこは店主の趣味でオカルト本が多かったが……。
僕は、いまの状況に関わるヒントが得られるんじゃないかと期待して、入口になっている引き戸を開けようとした。でも、鍵が掛かっている。僕はあきらめきれずに中を覗いた。引き戸のガラスから中は丸見えだ。
古本屋の店内は記憶にある通りで、そこかしこに整理されていない大量の本が積み重なっている。
僕はこの店が潰れる前の姿を思い出して憤りを覚えた。
この店は、午後になると引き戸のガラスから日が差し込み、入り口付近にある本の山を照らしていた。あの状態では、日の当たった所が退色する。実際、多くの本の表紙や背表紙は変色していた。それも、適当に積まれた本の影が転写する形で。
――そんなことだから、店がつぶれたんじゃないの?
昔を思い出し、だんだん腹が立ってきた。
――鍵を壊して中に入ってやろうか。
引き戸は昔のもので、鍵はねじ込み式。簡単に外せそうだった。でも、僕はそれを思いとどまった。
コンビニでは、見えない何かがいるらしいとわかった。ひょっとすると、いまも僕は見られているかもしれないのだ。そう考えると、無暗に戸を壊して中に入るわけにもいかない。いまは立ち去るのが吉だ。
だが、ただ立ち去るのは癪に障るので、その独特の雰囲気を撮影することにした。僕のカメラなら、こういう日が差し込んでいる風景は、光と影のコントラストが良い雰囲気を創り出す。
ここに迷い込んだばかりの時は不安な気持ちもあった。少しだけではあるが。だけど、コンビニで買い物ができたことと、良い写真が撮れたことで、僕の中の何かが変わった。
そのあと、僕は被写体を探しながら当てもなく道を歩いた。きょろきょろと周りを見回すその挙動は間違いなく不審者だ。でも、ここには人目がない。人目を気にする必要がない。ひょっとしたら見えない誰かに見られているかもしれないけど。
僕の行動はだんだん大胆になっていった。
被写体探しにのめりこむあまり、しばらくすると、見えない誰かが見ているかもしれないということなどすっかり忘れていた。
いま、僕はオレンジの線が引かれた片側一車線の通りの真ん中を歩いている。
車が来ないのだから、わざわざ路側帯を歩く必要はない。
折角だから、日ごろできないことをしてやろう。
そう僕は思っていた。




