47 とある下働きの苦労
店員の小僧に戻ります
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「目、目がっ!」
男が急に叫び出した
え?
驚いて振り向く
オレにぶつかったせいで怪我をしたという男が目を押さえて床を転げまわっていた
同時に目に入ったのは、店長の白くなった手
ああ、アレか
だいぶ前に店長が店のあちこちに紙製のボールを備え付けた
襲われたら投げつけろ、だそうだ
店長が笑顔で言っていたので
『絶対にしない!』
そう思った
後で聞いたら同僚も同じ思いだった
店長は普段冷静というか、いつもおもしろくなさそうな顔をしている
いや不機嫌というわけではない
でも機嫌がイイと言う訳でもない
なんていうのかな
無表情?
でも時々笑顔になるときがある
とある貴族の令嬢が行方不明になったとか
見つかったけど自分の部屋から出てこないとか
どこかの貴族が険悪になったとか
王家の派閥から大量の貴族が消えたとか
そういう噂が出回った時、だな
一日中、笑顔になっていた
それはもう天国にいるのではないか、と思うくらい
・・・よっぽど王侯貴族が嫌いらしい
会長が笑顔になったら気をつけろ
それがオレ達の共通認識だ
いや、会長が何かやっているという証拠があるわけではないんだけどさ
でも絶対になんかやっていると思ってしまう
・・・やってないよな?
でも
人の不幸をココまで喜ぶのか?!
いや喜べるのか?!
と思うとちょっと引く
いくら仕事がなくって困っている時に手を差し伸べて雇ってくれた恩人でも、だ
そんなんだから会長の事は信じているけど、信じられない
微妙な心理状態だ
でも使わなくて良かった
目の前の悲惨な状況を見て思った
「あらあらあら、腕の怪我はどうしたのかしら~?」
会長が笑顔で言った
立てた指を頬に当てて、ちょこんと首を傾げている
腕を怪我したという男を見る
痛む目を手で押さえていた
普通に腕を使っていた
・・・両目を抑えて転げ回るというのが普通と言えるのかはさておいて
腕を怪我をしているかどうかを確かめるためにアレを使ったようだ
たしかに有効だろう
たしかに一発で判るだろう
でも悶え苦しんでいるのを見ると思ってしまう
普通、ココまでするか
会長が笑顔だというのなら多分こいつらは貴族がらみだろう
オレ達は知らないが押しかけられるという情報を掴んでいたんだろう
でも確認するだけなら痛いっていう腕を掴めばいいんじゃないのか?
怪我をしていたら痛がるだろう
それでいいじゃん
そう思った
後でそう言ってみた
「か弱い女の私にムリですね」
・・・か弱いってなんだっけ?
そう思ったオレは普通の人、のはず
普通だよな?