001:ウルシュ・ファニ・スネイブル ベイザラードの願い
【これまでのあらすじ】
重課金の末の栄養失調で転生したイザベラは、推しキャラのサポートキャラ『ウルシュ君』に出会い、前世を思い出し初対面で求婚。無事婚約する。
前世ゲームで上げ続けたレベルやステータス。重課金アイテムを持った状態でのチート転生をしていたイザベラは、騎士団や冒険者と王都で鬼ごっこしたり、第二王子のクリストファーを誘拐したり、侯爵令嬢のアマリリスを爆撃狂に進化させたり、連続誘拐犯の「カラーズコレクター」と戦ったりしながら、脳筋ゴリラ令嬢として逞しく成長していった。
仲を深めていったイザベラとウルシュは、乙女ゲーム本編の舞台である魔術学院に入学を果たす。
入学式でこの世界をループし続けているヒロインのマリエタと再会できたが、情報共有を果たす前に学院の大火災によってマリエタと引き離される。
無事マリエタが戻ってきたかと思えば、イザベラは真の禁書庫と呼ばれる場所に迷い込み、断片的な情報ばかりを手にして途方にくれる。
現時点で判明しているのは、前世のイザベラの魂に七大罪の魔眼と呼ばれるスキルを埋め込み、魔王を作り出そうとしている犯人は、平行世界に存在した大賢者ウルシュ。
マリエタから教えられた童謡によって、魔王は七つではなく十に分かれたのではないかという疑惑が出ている。
七大罪の『強欲・嫉妬・色欲・暴食・憤怒・怠惰・傲慢』のほかに『虚言』があること。
イザベラとウルシュは把握していないが、ウルシュの実家に『略奪』王の欠片がそろっていて、水面下で争奪戦が起きていること。学院の火災を眺めていた『無能』王の存在。
十に分かれた王様の童謡。過去に聖騎士によって倒されたとされる魔王伝説。時空のはざまに封じられたとされる魔王伝説。そもそも魔王とは、何を、誰を、指しているのか、なにが正しい情報なのかすら分からないまま、マリエタがループする原因ではないかと思われる世界の崩壊の原因を探して、ウルシュも真の禁書庫へと足を踏み入れる。ウルシュは禁書庫の他に《虚言王の保管庫》を発見し、これまでのループ世界のウルシュ自身の初めの一回目の記憶を閲覧する事に成功した。
ループの始まりの一回目の世界では、ウルシュはイザベラの従者として過ごしていた。ある日ウルシュは、イザベラが毎晩見ているという夢の話を聞かされることになった。その内容とは『違う世界で暮らしている2種類の夢』という物だった。
「まさか、兄妹が手を組むとはな。考えが及ばなかった」
継承権を奪い合うために最後の一人になるまで殺し合うルールで、兄弟姉妹での共闘が行われる事を予想できていなかったのは、ベイザラードの痛恨のミスだった。
「共闘したところで、最終的には戦う事になるというのに。よくなれ合う気になどなったものだ」
兄妹4人を相手に勝利はしたものの、腹部に大穴を開け、黄土色の岩々の隙間に、仰向けで挟まるように横たわったベイザラードは、赤黒く染まり始めた空に浮かぶ3つの月を眺めていた。
朦朧としてくる意識のまま、一番大きな淡い緑色の月を見ていると、不意に頭上に影が差した。
ベイザラードは影の本体を探して視線を彷徨わせると、岩の下で倒れているベイザラードを覗き込むようにして、岩の上にかがんでいる黒髪の少女と目が合った。
いや、目が合っているかは分からない。彼女は目を開いているのか閉じているのか判断出来ないほどに細い目をしていた。
見つめあっていたのは数秒だろうか?
サラサラとした癖のない真っ直ぐな長い黒髪を揺らして、彼女はベイザラードに声をかけた。
「お兄さん………生きてますぅ? あ、生きてるんやぁ………なんでお腹にドーナッツみたいな穴あけてて生きてんねんやろぉ、怖いわぁ。あのぉ…ウチ、道を聞きたいねんけどぉ、お話できますぅ?」
それがベイザラードと萩の出会いだった。
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イザベラお嬢様から僕に似ているという夢の中の人物、萩との出会いを聞かされる。
どうやら萩嬢と僕は、幼い顔立ちと目元がよく似ているだけでなく、間延びした話し方も似ているらしい。違う所と言えば、彼女には聞きなじみのない方言なのか訛りがあった事と、肘の辺りまで漆黒の髪を伸ばしていたらしく、その夢の世界では見た事が無い、癖のない真っ直ぐな珍しい髪質をしていたとの事。
ストレートヘアが珍しいことと言い、夜空が赤黒く月が3つある事といい、確かにこの世界とは別の世界の夢と判断して良さそうだ。
イザベラお嬢様は僕に説明しながら首を傾げて考え込んだ。
「たしか、萩のフルネームも聞いたのだが。聞きなじみのない名前で上手く発音できなくてな。ファミリーネームが先に来る名前で、私が何度も『ウルシュウ』と呼ぶものだから萩から『それ、言えてへんでぇ。あと呼ぶときはなぁ、名前だけでえぇねん。『萩』。萩って呼びよしやぁ』と言われてしまってな。それから萩とだけ呼んでいた」
「もしかしてぇ………初対面の時に僕の名前に反応してたのはぁ、萩嬢の名前の『ウルシュウ』? と『ウルシュ』が似てたからですかぁ?」
「それもある。だが、あの時は説明が出来なかった。私の夢に出てくる萩によく似た姿で、よく似た名前のウルシュと出会えたのは、偶然とは思えなくてな。なにかの運命の様な物を感じていたのだ。私が約束を守れるか心配した萩が分かりやすい形で、俺…いや私の前に現れてくれたような気もしたんだ」
そう言って僕を見ているようでいて、遠くを見つめる眼差しでイザベラお嬢様は呟いた。
「ただの夢の話なのだから、約束も何もないのだがな」
そうして無言になってしまったイザベラお嬢様が、なんだか落ち込んでいるような気がした。
元気づけたい気持ちと、話を聞いているあいだに疑問に思った事を解消したい気持ちで、僕はイザベラお嬢様に問いかける事にした。
「それってぇ、本当に夢なんですかねぇ?」
「夢でないなら何だというのだ」
「う〜ん。魂の記憶の様なもの………とかですかねぇ。例えば、魂がリサイクルされているエネルギーのような物だと考えてみるとどうでしょう? 魂の記憶をリセットして使いまわしているとしてぇ、何らかの理由で魂の記憶が完全に消去できていないままで、新しい肉体に接続されたとかだとぉ、それはただの夢ではないっていう事になりませんかねぇ?」
元気づける気持ちで投げかけた発言だったが、その僕の発言を聞いたイザベラお嬢様は、僕の想定と違い、頭を抱えてしまった。
「もし、もしもウルシュの言うその仮説が正しいとなると、萩が言っていたことが事実になってしまうではないか」
萩嬢が夢の中でイザベラお嬢様、いやベイザラード王子に何を言ったのかは分からないが、僕の仮説が正しいようであれば、なにか問題が発生してしまうらしい。
「夢の中で萩嬢は、魂のリサイクルに関して何か言っていたんですかぁ?」
「萩はウルシュが言う魂のリサイクルの事を【輪廻転生】と言っていた。そして萩は俺と出会うまでの旅の中で、《元の世界に戻れなければ、輪廻の輪から外れてしまい、魂が輪廻の輪に回収されることなく、この世界に魂が永久に閉じ込められてしまう》という事を知ってしまってな。元の世界へと帰る方法をずっと探して旅をしていたんだ」
「夢の中の萩嬢は元の世界に帰れたんですかぁ? というか何故元の世界に帰らないと輪廻の輪というのに戻る事が出来なくなるんですかねぇ?」
「夢の中の俺が萩を元の世界に戻せたのか、まだ分からない。夢の中で俺は萩の魂だけは元の世界に返してあげたくて、彼女の魂を閉じ込めた彼女の頭部と共に、旅を続けているんだ。夢の中の俺が魔王に近づけば近づくほど次元や時空に干渉出来る能力を手にする事が出来る。だから………」
そう言ってイザベラ嬢は、静かに涙を流し始めた。
「俺は魔王の座になんて興味はない。興味はなかった。だが彼女を、俺が唯一愛する彼女を輪廻の輪に戻すためには、彼女の魂が本来配置されていた世界に、魂だけでも帰らせてあげなくてはいけない。その為にも夢の中の俺は、なんとしてでも生き残らなければならないのだ」




