機影
「あ、あはは……皆さん、落ち着いて下さい。目が据わってますよ」
……何があはは、だ。呑気に笑ってられる状況じゃねぇぞ。
考えられる最悪の状況に早くも至り、アイヴァンは唸り声を上げた。
シェルターの天井に穴を開け突然上から降ってきた少女に、住民たちは皆一様に不安と好奇の視線を向けている。
皆がこの状況にどう対処すべきか躊躇していると、ギリアムが少女の前に進み出て質問をした。
「いきなりですまないが、お嬢さんは何者だ?」
「はい、私はリリウスです。名前は、CUGP-G2LNTティリア。ティリアと呼んで下さい」
純真すぎる答えを返すティリアを見て、アイヴァンは溜息をついた。
……ああ、最悪な状況ここに極まりけり。
「リリウス? リリウスって、まさか、あの?」
「全域大戦を終結させた、リリウスなのか……?」
途端にどよめく住民に、ギリアムは冷静に告げる。
「皆、静まれ。そして、聞け。皆は軍の目的は知っているか? 知らない者がいるのならば、今ここで聞かせよう。彼らの目的は、リリウスを使って新たな世界を創世することだ。そう、つまり、彼らはこの少女を狙っているのだ。このシェルターを破壊してやって来たのだ、この少女は紛れも無くリリウスだろう。軍はこの少女を狙っている。そして我々は軍に少なからず敵対している者たちだ。それでなくても、この少女を放っておくのは忍びない。ここで彼女を放り投げるような奴はガンズヒルの恥だ。いや、売国奴にも等しい。今こそ我々は武器を取るべきだ。そしてこの少女を守り抜くべきだと、そうは思わないか?」
……おいおい、待て。手前ぇの都合の良さそうな方向へ論理誘導してんじゃねぇよ。
ギリアムの独裁者ばりの演説に、アイヴァンは顔をしかめる。だがガンズヒルの住民は演説に気を良くしたようで、彼の方向性を支持しているようだった。
まばらな拍手と共に、ギリアムの演説を称える歓声が湧き起こった。一部の人間は演説の内容を疑問視しているようだったが、この状況で異を唱えることは、ほとんど村八分を意味するようなものだ。とても逆らえるような状況ではない。
「……まずいな。これでは、ティリアが……」
傍らのファリナが、苦い顔をしてそう呟いた。
この場で異議を申し立てようにもできないアイヴァンとファリナをよそに、ギリアムは宣言をする。
「我々は今こそ軍と戦い、彼らを退けることを表明する。勇気ある者よ、立て。この街とリリウスを守るのだ!」
宣言が終わると同時、次々と勢いよく住民が立ち上がった。彼らが立つ様は実に威風堂々としており、床に座っている自分の判断が間違っていると錯覚させられるほどだった。
最終的には座っている者の方が少なくなり、その者たちも立ち上がるのを止むを得なくなった。無論、アイヴァンやファリナも立ち上がらざるを得なかった。
どうも、おかしい。
ギリアムに都合良く事が運びすぎる。それにアイヴァンが気づいたと同時、辺りを見渡していたファリナが、ちっ、と舌打ちした。
「すまん、アイヴァン。今になって気づいたのだが……どうやらこの中には、ギリアムの信徒がかなりの数で紛れ込んでいるようだ」
「何だって? じゃあ、こんな演説なんてしなくても、軍と戦うことは初めから決まっていたってことじゃないか」
「ギリアムの演説は、実力行使派でも穏健派でもない中立の者を取り込むためのようだ。同時に、軍と戦うことに異議を唱える少数派の意見を抹殺するためのものでもある」
「そういうことか。くそっ、自作自演で煽りやがって……」
「やられてしまったものは仕方あるまい。多数派の意見に逆らえないのは、人間の性だな」
――まんまとやられた。そう形容するのが、この状況では最も正しいように思える。
「しかしギリアム殿、その少女を守ると言えど、限界というものがあります。万が一、そうなった場合はどうすれば?」
「シェルターがあるではないか。我々が軍と戦っている間、リリウスの少女にはこのシェルターに非難して貰うことにしよう」
戦力の限界を示唆する住民の一人に対し、ギリアムはそう答える。彼の意見は明らかに違和感があるものだったが、最早逆らえる状況ではなかった。
そうこうする内に、ティリアをシェルターに隠すということに決まってしまった。
「ティリアと言ったか。君も、それでよろしいな?」
「え? は、はあ……」
ティリアも状況が上手く呑み込めないのか、困惑気味に生返事を返すだけだ。
ギリアムはそんな彼女に一瞥をくれた後、聴衆に目を向ける。
「今日はもう遅い。軍との戦闘における詳しい作戦は、明朝伝えるとする。皆の衆は、十分休んで英気を養って欲しい。では、解散!」
そう伝えると、彼は一度も振り返らずに扉の方へ去っていった。
「くそ……結局最後まで奴の思うように事が運んだな」
それぞれの家に帰りつつある住民を見届けながら、アイヴァンはうめく。ガンズヒル中の住民を集めた会議は終了し、この場に残っている住民はごく僅かだった。
「これでは仕方なかろう。私も迂闊だったよ。穏健派代表とも言うべき私に実力行使派から会議の連絡が来た時点で、もっと怪しむべきだった」
「まあ、んなことはどうでもいいさ。問題は、ティリアだ……」
アイヴァンは、問題の当人に視線を向けた。
このような結果に至った一通りの事情を説明しているのだろう、ティリアの周囲には幾人かの住民が集まっていた。
ティリアが話の最後に頷いて了承すると、彼らは他の住民と共に地下空間から去っていった。
「説得してティリアをこの場に残す、か。あくまで強制的に拘束するのではなく、自主的に『避難』していたということにしたいらしいな。軍と戦う大義名分を得るため、ギリアムも大変だな。同情するよ」
皮肉たっぷりの口調でそう言うファリナの顔は、苦り切ったものだ。
「なあ、思ったんだけどよ。ギリアムってなんでこんな回りくどいことをしてまで軍と戦いたいんだ?」
「あいつはロストテクノロジーが嫌いなのだよ。だから、ロストテクノロジーを使う軍をこの世から放逐したい。ただそれだけだ」
「案外、単純なんだな。……さて、と」
アイヴァンはつかつかとティリアに歩み寄り、彼女を半眼で見下ろす。
「ティリア、一つ聞いておく。なんで、こんな場所に来たんだ?」
実に、二日ぶりだろうか。久しぶりに見た彼女は、白いコンバットスーツに背中の棺桶という、相も変わらずの格好をしていた。
未だ幼さの残る容貌でこちらを見上げ、彼女は必死に言葉を紡ぐ。
「あの、起きたらアイヴァンさんたちがいなくなってて、それで街にロストテクノロジーと思われる反応があったので、えっと、それで……」
「……ああ、もういい。大体事情は分かった。ティリア、これだけは言わせて貰うぞ。お前、本当は凄く、バカだろ」
「そ、そう言われましても……」
罵倒されたことに困惑するティリア。
アイヴァンは溜息をつくと、そんな彼女の頭を優しく撫でてやった。
「ま、今回は仕方ねぇな。こんなわけの分からん状況に置かれちゃ、誰だって混乱して何をしでかすか分からないだろうよ。だからお前が気に病むことは無いさ。それに……ここはシェルターだからな。ここにいれば、地上にいるよりは安全だろうよ。軍の連中も、そう簡単にはここの位置は分からないだろうし。そう考えると、お前がここに来たのは、却って良かったのかもしれねぇ」
「……アイヴァンさん。なんであの人たちは、私をここに閉じ込めたりするのでしょうか? 皆、軍と戦うつもりなのに……私には、どうしてもそれが分かりません。私には、戦うための力があります。あの人たちよりずっと力があります。本来なら戦場の最前線に立つべき存在なんです。それなのに、私を使わないなんて……やっぱり、理解できません」
純真極まりないその言葉に、アイヴァンは眉をひそめた。
「この世には、無数の道がある。他人と歩み寄ることを望まない奴もいる。要は、あいつらにはあいつらなりの考えがあるってことだ」
「でも、どう考えても私をこの場に残すのは自殺行為です。いえ、この状況じゃ、皆が一つにまとまるのが一番だと思います。実力行使派だろうが穏健派だろうが、迫って来る脅威には皆で一緒に立ち向かうべきだと思います。皆で一緒になって立ち向かえば、敵だって諦めてくれるはずなんです。私は……皆が一緒に生きていけるような世界が好きです。どうにか、皆で共存できないものなのでしょうか?」
「……お前の言うことには一理ある。けど、実際には、無理だ」
そう。相反する者同士が共存するなど、不可能なのだ。
ノースエルトの五年で見てきた現実を考え、アイヴァンはそう結論づける。
「ま、この場でウダウダやってても仕方ねぇ。ファリナ、話は済んだからとっととこいつを案内してやってくれ」
必要な話を終えたことを伝えると、ファリナは白衣の内側から一つの銃を取り出した。
「その前にアイヴァン、これを返しておこう。一応詳しく見ておいたが特に問題はなかったぞ」
「そうか、サンキュ」
礼を言って、銃を受け取る。ずしりと重い感触が、何だか懐かしかった。
アイヴァンが銃を懐にしまうのを見届けるとファリナは踵を返し、地下空間の奥を指差した。
「準備は良いな? それでは、私としても些か不本意だが、このシェルターで唯一人が住める場所に招待するとしよう」
彼女が向かった先は、幾つもの扉が立ち並ぶ通路だった。扉を開けるとそこは簡易住居となっており、人ひとりが住めるだけのスペースが十分に確保されていた。
「ティリアには、この住居区にいて貰うことになる。部屋はどれを使っても構わん。では、私はこれで失礼させて貰うぞ。このような場所、私は好まんからな」
そう言うと、ファリナは背を向けて去っていった。
彼女の姿を見送った後、アイヴァンはティリアに向き直る。
「ティリア。軍の奴らを追い払えるまでの辛抱だ。それまで、大人しくしていてくれよ?」
「了解です。アイヴァンさんは……その、戦うんですか?」
「ああ。でなきゃ、大切なものを守れそうにないからな」
最後にそう告げると、アイヴァンは踵を返して地上へと向かった。
翌日。
集結したガンズヒルの全戦力は、軍との総力戦を迎えようとしていた。
「奴らは空間転移輸送機を使って奇襲してくるはず。その対策は、どうすれば?」
「空間転移輸送機にはデメリットがある。アレは如何なる場所にも転移できるが、転移の際に特殊な電磁干渉を周囲に引き起こし電子機器を麻痺させる。つまり、輸送機は一機ずつしか空間転移できないのだ。そのため、幾ら輸送機自体の数があろうと一機ずつ順に転移させるしかない。これらの点を踏まえて我らは、転移した直後の輸送機を叩く。相手側の数が如何に多かろうと、兵力を展開される前に一機ずつ潰していけば無意味だ。上手く立ち回れば、順番に転移してくる輸送機を全滅させることも可能だろう」
ギリアムから作戦の説明を受け、住民たちは昂揚する。男は勿論のこと、女性や子供まで動員されたこの一大戦力は、こうして見ると負け無しの十字軍のように見えてくる。
アイヴァンは後ろを振り返り、白衣姿のファリナを見た。
……今度こそ守らねぇとな。
折角再会できたのだ。また別れ別れになるのはご免だった。
空は晴れ上がり、これ以上無い決戦日和だった。
聖堂の頂上に上ってガンズヒルの周囲を見渡していた監視役が大声で告げたのは、そのときだった。
「ギリアム様! 敵襲です! 敵は……空間転移輸送機を使っていません! VTOLを使っています!」
「――なに!? そんなバカな!」
街の入り口に立つギリアムは、慌てて望遠鏡を覗く。アイヴァンもそれに倣って持参した望遠鏡を覗くと、上空から垂直降下してくる無数のVTOLの姿が見えた。
「輸送機を使わず、VTOLなんて代物を使うか。さすがに戦場ってもんをよく理解してるな」
空間転移輸送機は便利な代物だ。だが、それなりのデメリットというものがある。戦場においてはそういったデメリットが作戦の成功不成功を分かつ要因となることを、軍が分かっていないはずが無い。彼らは空間転移輸送機という不確実な選択肢を捨て、大量に運用可能な通常の輸送機を使って数で押し切る、勝利の確実な戦法に出たのだ。
番号やマークの一切無い、つや消しの真っ黒な機体が地上に降り立つと同時。内部より、兵士たちが現れた。
「怯むな! 奴らが何で来ようと、同じことだ! ――街に入られる前に決着を着ける! 我らにあるのは、ただそれだけだ!」
仲間たちが動揺する暇など与えず、ギリアムは指令を下す。指令に従って住民たちは散開し、兵士を迎え撃つ。しかしVTOLは乗員数を増加する改造が加えられているらしく、内部より次々と兵士が現れる。
「まずいぞ……このままじゃ、数で押し切られる!」
街の入り口に殺到する兵士たちを愛用の銃で正面から狙い撃ちしながら、アイヴァンは叫ぶ。
とそのとき、地上を覆う大きな影があった。雲の隙間より現れたその巨大な物体は、やかましい駆動音を立てて、地上に降り立った。
衝撃に、ガンズヒル全体が揺れた。
舞い上がる砂埃に目をこすり、そうして視界を確保したアイヴァンが見たのは、全長二十メートル台の人型機動兵器だった。
「機兵だと!? たかが街の制圧に、こんな物まで持ち出すかっ!」
アイヴァンの絶叫が、戦場に響き渡った。




