5、obvious/「戦う」と云うこと(6) 何をしてるかよくわからない大人って実在する
「改めまして、俺は黒刃ば木鐵草。アーティストです。嘉内くんのお父様には良くして貰ってるし、きみ仁さんはパトロンだから、今回は特別サービス。どんな質問にも一つだけ答えちゃう」
ざっと作業台の上を整頓して、空いたスペースに椅子とお茶を用意して。鐡草が龍一と嘉内を座らせる。
龍一はこんなことしてる場合かな、と思いながら、喉の渇きを覚えて用意されたマグに手を伸ばした。果実の香りがする冷たいお茶が、嘉内との不毛な競いあいで生じた疲れを癒す。
嘉内は何が面白くないのかブスッとしたまま、横柄にマグを掴んで喉を鳴らす。
「龍一くん冒険者になるんでしょ? お噂はかねがね。トーナメント魔法部門の優勝おめでとうございます」
「あ。ありがとうございます」
自身もマグを取ってにこにこピッチャーを傾ける鐡草に、龍一は思わず頭を下げる。
じんわり、これから冒険者になるんだ、という興奮が、龍一の横隔膜に広がる。ギルドに登録こそしていないけれど、自分はこれから、この街を出て外の世界に行く一握りの人間になるのだ。
龍一は照れくさくて鐡草をまともに見られず、鐡草の手元のピッチャーに視線を投げた。ピッチャーでは、オレンジ、ベリー、レモン、ぶどう、ルルイエの実など、てんこ盛りの果物を黄金色のお茶につけてある。北の果てのこの街で、果物はお高い。教会ではまず飲めないセレブの飲み物だ、と、龍一はマグの中身をまじまじ見てしまう。
「冒険者になったら、情報は大事だよ。俺で良ければお役に立つから贔屓してください。体験版としてさらに二つ、合計三つの質問に答えちゃいます。この街を出ても俺のネットワークを使えるから、ぜひ贔屓してください。大事なことだから何回でも言います。贔屓して」
「あの。きみ仁に情報屋養う金なんてあったんですか?」
隣で嘉内がむせる。
「お前バカか! そんな質問に貴重な無料体験使う気か! 隊長の懐をなんだと思ってゲホぉ」
「なんだよ大事だよ。不正収支があったら税務評価に関わるだろ。教会から脱税者が出たら評判は」
「きみ仁さんの懐は賭博で稼いだ不正収支だらけですよ」
えぇやっぱり、と龍一は目を覆う。
「賭け事はなぁ……きみ仁やってると思ってたんだ」
「とはいえ俺のパトロンやってくれてるのは、蓮李=大飛の遺産が入ったからです」
思いがけず出た師匠の名前に、龍一は凍りついた。むせていた嘉内が静かになる。
「この国の法律では行方不明者の死亡認定に7年の猶予期間がありますけどね。冒険者ギルドは違います。行方不明になって、尚且つ冒険者ギルドの捜索に引っ掛からなかった場合、何年で誰にどんな遺産を相続させるか。保険特約で設定できるんです。蓮李=大飛の遺産は一年間行方不明であった場合、きみ仁さんとセリアちゃんで折半する設定になっていて、さらにセリアちゃんが未成年だった場合、きみ仁さんがセリアちゃんの管財人に指名されていました。
そこには蓮李さんの書いた本の印税も含まれますが、これが世界に広がりながら売れ続けてますからね。時々臨時収入を得られる状態です。
ただ、教会の弟妹27人全員を不自由なく育てるには全然足りない額でして。俺の傑作使いながらギルドの大型案件こなして隊長職やって、俺の情報でギルドの金融投資運用してる方が実りがあるんですね。
他に、きみ仁さんは特許と事業からそれぞれ収益が発生しています。ただやっぱり、育ち盛り27人ですから。入っても入っても出てく額を大幅に上回ることはないわけです。賭博の収入も以下同文ですが、きみ仁さんは一応、冒険者ですから。この街の税査定基準外の人間です。脱税の心配はありません」
鐡草から一気に出てくる情報に、龍一は目をまんまるくした。これが情報屋。
「きみ仁ってそんな、ワープアだったんだ」
「隊長をそんな俗な呼称で呼ぶな」
「うっさい蓮李の遺産ていうからびっくりしたんだよ。良かった、蓮李の死体があがったのかと思った」
龍一は「保険特約かぁ」と言いながら保険特約が何かよくわからないがここで保険特約って何ですかときくのは悪手だと思っているのを隠すように、茶をすする。
「鐡草さんの情報屋具合はわかりました。でも情報って俺、どう扱ったらいいのか」
「情報の使い途は、お客様によって様々です。未来の予測に使う方が多いですが、調べ物に使う方もいらっしゃいますよ。一種の探偵業と思っていただいて構いません。知りたいことはございませんか?」
「鐡草。俺たちは急いで隊長を追わなきゃないんだ。隊長は街を出られた、俺をおいて。俺を! 置いて!
隊長にGPSとかつけてないのか」
「嘉内くん。犯罪だよ。きみ仁さんの足取りを追えっていう依頼なら受けられるけど。何日かかかるよ」
「いえいいですいいです! きみ仁の行く先ならわかってるんで、飛んで行けば追いつけるはずなんで……えー、知りたいこと。あっ、鐡草さんの情報を信じるには、まず鐡草さんのことを知らないと。
俺、鐡草さんのこと知りたいです」
目を丸くするのは、鐡草の番だった。「俺のことですか」
嘉内が、いよいよ龍一を怒鳴りつける。
「お前、本当にそんなことでいいのか!? 鐡草のことなら紹介したろう、抜けニンジャーだ!」
「逆にそれしか教えてくれないよね」
「それ以上なにを知る必要あるって!? ニンジャーはニンジャーだ!」
「俺はニンジャーが何かよく知らない」
「だから無知だっていうんだ!」
「カウチーは楽だよな! 無知って言っときゃいいんだから!」
なんだと、と嘉内が手を出そうとしたとき、鐡草の朗らかな笑い声が二人の不穏を裂く。
「あはははは。いいねー、ニンジャーか。あはははははは」
鐡草が、セレブの飲み物茶を龍一と嘉内のマグに注ぎ足す。
「じゃあまぁ信用の足がかりになるかわからないけど、俺の話をしましょうか。
俺は黒刃ば木鐡草。志波多の分家の抜け忍者です」




