2、 glimpse/友達でいるということ(5) 魔道書の隔す
処置室では、紫色の顔色をした自警団第二師団の皆さんがそこここで点滴を受けていた。
脳筋武器振り回し系第一師団と違って、第二師団はインテリ魔法師団だ。
「どういう事だ。魔物の襲撃でもあったのかよ」不安も露わな衛慈に応えず、誠慈は看護士にきみ仁の居場所を訊く。
最上階の薬草園にいますと看護士は答え、これを持って行ってと廊下を彩るハンギングバスケットをむしり取って差し出した。
「もう、何でも良い。目に付いた花は片っ端から持って行って」
看護士は切羽詰まった声でそういうと、第二師団の処置に戻った。
湖面に氷が張ったような、きんとした空気が院内を満たし、誠慈が第一師団副長らしく、真っ向からそれを割いて二人を導く。
衛慈は兄に引きずられるように、セリアは二人の歩幅に追い縋るようにして、薬草園に行った。
途中、衛慈の質問に一切応えず誠慈は目に付く花飾りをむしり取って行ったが、最上階に近づくにつれて花瓶もハンギングバスケットもなくなっていた。
果たして、薬草園は、肺に花が咲く奇病を治療する物語のように、とりどりの花に沈んでいた。この真冬にどこからかき集めたのか、普段は緑濃い薬草園が、今は溢れる色に飲み込まれて、まるで国葬の祭壇のようだ。植物の香りが一同を気圧し、こちらの駆けてきた勢いを圧し返して立ち止まらせる。
唯一花に覆われていない天井に覆いはなく、採光用の透明なガラスだけが冬の寒風に立ちはだかる。
透明な天井は背景に満月を従えていて、月光のよくあたる中に、紅い水晶のようなものに全身を覆われたきみ仁と、処置室の第二師団のように、花と見紛う紫の顔の龍一がいた。
龍一は背に毛布を乗せて、よく見れば点滴に繋がれたまま、紅いものに上半身をあずけるように伏せ(確かに伏せていた。つまりきみ仁を覆う紅い透明な石のような何かには、実体があった)、首だけねじってぼぅやりと月を見上げていた。
「リュウ!」
衛慈が慌てて駆け寄った。
龍一が隈の濃い目を動かした。そのまま、闇の濃い夜道で知り合いを見つけたように微笑む。それを見て、いつのまに緊張していたのか、セリアは肩から力が抜けるのを感じた。
「リュウ! どうした、何があった、大丈夫なのか」
きみ仁を回り込み、衛慈が弟妹にするように龍一を抱きしめる。その声は今にも泣きそうだった。ぽん……ぽん、と、点滴をしていない方の手で、龍一が衛慈の腕をゆっくりたたく。
「おれはだぃじょぶ……。第二師団は、ハルに回復魔法かけて、魔力底まで使って、疲れただけだから。第一師団も、はは、昔馴染みがこれじゃなぁ。ショックだったんだろうな。
でももう大丈夫、この、紅い……紅水晶って呼ぶことにしたんだけど、紅水晶が、なんとかしてくれる、見ろよこれ、あのハルに、特注の回復魔法だ。第二師団の努力の結晶だぜぇ」
この当時、パーティメンバー以外は、きみ仁をハルと呼んでいた。
はるあきらきみひと・すぃねるがふぃろす・るしえる・かえるむ・つぁらとぅ………なんとかかんとか。
家出してファミリーネームを棄てたきみ仁は、不明な部分も含め、以上が全部名前だった。
この街に来たばかりの頃、きみ仁の話をしようとすると、多くのひとが「はる……なんとかさん」となって、話を振られた方も「はいはい、はるなんとかさんね」と通じてしまったことから、長過ぎて二文字しか覚えらんない、という揶揄を込めて衛慈がハルと呼び出した。あさぎ園の面々はそれを面白がって、ハル、と呼んでいた。それがそのままあだ名になった。
きみ仁自身はきみ仁と名乗っていたので、ひとをからかうことを良しとしない紗雪はきみ仁と呼んだ。きみ仁はあだ名に関して特に気にしなかったが、名前を考えたという蓮季は不服そうで「でも子どものすることだから許す以外の選択肢が見えない!!」と頭を抱えていた。
きみ仁は浄化種で、強い浄化能力者は生きてるだけで魔法粒子を浄化してしまうから、きみ仁にほとんどの魔法は通用しない。
彼に魔法をかけようと思ったら、浄化するスピードに負けない物量で魔法粒子を(ひいては魔法を)浴びせかけるしかない。
衛慈と龍一と、きみ仁を挟む形で立ったセリアは、紅水晶に密閉されたきみ仁の顔のあたりに手をのばした。紅水晶は、確かな硬度をもって実在していて、セリアと今にも喪われそうなきみ仁を冷たく隔てた。月光治療の水晶様のそれに初めて手をのばしたときは、傷に障るのが怖くて一瞬で引いたセリアの手は、今、吸い着いたように紅水晶から放れられない。この擬似鉱物を叩き割って、今すぐきみ仁に抱きつきたい。
きみ仁の表情は、目元まで巻かれた包帯や、大きな絆創膏にほとんどを隠されてわからない。口が力なく開いていて、その隙間から前歯が少しだけ見えた。セリアは母の遺体を思い出した。
「このあかいのさ……ハルの、血が混ざってるから、赤いんだ。ししょーが考えた、すげぇ魔法なんだ。ハルの、血を触媒にして、月の治療の、水晶を……在ることにして、物質化する、光の魔法をきっかけにして、魔力を磁力に見立てて、ループさせて、閉じ込めて……すると結果的には時間の魔法につながって……………………見てこれ……」
龍一は膝の上の本を持ち上げようとして、手に力が入らず、落っことした。
衛慈が拾いあげて、検分するようにページをめくる。
セリアには一目でそれが蓮季の研究ノートだとわかった。
所有物に華を求める蓮季が好んだ、ハードカバーの、装丁を凝らせた厚い日記帳。鍵や飾りが金属製のそれは、長年の研究記録や書き付けたアイディアのせいで、旅に不向きなほど重い。
あさぎ園を出る前に、龍一が継承したものだ。一番弟子も姉弟子もすっとばして龍一に贈られたのが不満だったので、よく憶えている。「せっちゃんにはまだ重いから」とセリアの手をすり抜けた書。確かに見るからに重そうで、これは高級な百科事典だと言われたら信じてしまう。
「そのノートに、時間の魔法陣が書いてある。光の回復魔法がベースの……レンはさ、こういう時のために、ずっと長いこと研究してたんだ。喪われたシンの魔法をさ。それが唯一瀕死の状態から、強い浄化種を回復させられるかも知れない魔法だから」
こんな時なのに、す、とその言葉はセリアの中心を貫いた。
自分には重いと遠ざけられたものには、きみ仁を救うための可能性が詰め込まれていたのだ。『せっちゃんにはまだ重い』ものに。
蓮季は、セリアにはきみ仁の生存を託さなかった。
目の前から、溢れんばかりだった色彩も香りも霧消した。セリアと動かないきみ仁だけが、穴の底に落ちていく。
きり、と紅水晶に爪が立つ。
龍一の歪んだ声が聞こえた。
「レン、これ俺に預けたとき、言ったんだ。
『浄化種のきみ仁が破られるような相手、俺も勝てるかわかんない』って」
セリアは弾かれたように龍一を見た。ばっと平手をかざしたみたいに、色が戻る。世界はセリアの気持ちを否定するような極彩色で、天国ってこんなとこかもねと花が咲き乱れていて、その中で時間が止まったような衛慈と、肩を震わせて顔を伏せた龍一がいた。世界は粉飾に興味はあっても、こちらの気持ちに関心がない。
ばさ、と研究ノートが衛慈の手から落ちた。今度は衛慈は拾わなかった。
龍一は、完全に涙に覆われた声で喋った。
「『そうなったら瀕死のきみ仁叩き起こす方がセリアの生存確率が上がるから、きみ仁が嫌がっても痛がっても絶対死なせないでね』って。月光さえあれば勝手に健康にはなるんだから、命だけつないでくれたらいいから、て」
セリアは自分の名前が出てきたのに、どう反応していいのかわからなくなった。
衛慈も同じようだった。
龍一の嗚咽の間に「あいつは鬼かな」と誰かが言った。
「照れ隠しだよ!
レンは元々、3人の旅の最中にそういう事態が起こることを想定して書いてた。
もし前衛のハルが突破されたら、蓮季はハルを置いて、セリアだけ連れて戦線離脱する約束を、ハルとしてた。
でも蓮季はわかってたんだ。自分が、ハルかセリアかひとりだけなんて選べないってことくらい!」
疲労がないもののように、龍一が叫んだ。
「でもその場で瀕死のハルを回復させれば、……蓮季なら俺らと違ってひとりでも回復させられただろうけど、でもそんな事すればこんどは蓮季が魔力疲労で動けなくなる。そうなったらハルは二人を庇いながら、一度は自分を瀕死に追い込んだ強敵と戦うことになって、負ければ3人とも命はない。だから蓮季はハルが斃れたらセリアを連れて空間転移で逃げるって事になった。パーティを存続させるために。
でも、レンは。使い勝手のいいハルみたいのを簡単に手放すようなひとじゃないから」
誰かが「言い方」とたしなめた。
しかしこの頃、魔法と師について語り出した龍一は基本、止まらなかった。
涙で喉がざくざくに裂かれたような声しか出なくても。
「レンはセリアごと安全なとこに瀕死のハルを飛ばす算段だった。ハルにそんな大きい魔法使ったらレンだって魔力疲労は避けられないけど、ハルがそばにいなければ、レンが魔法を使うコストはぐっと下がる。コストさえ下がってしまえば、レンは、自分一人ならどんな状況でも逃げ延びる気でいたんだ。
逃げられさえすれば、そのままセリアとハルと合流できて、パーティは存続するから。
このノートは」
龍一が研究ノートを拾い上げる。その動作をなんとなく目で追ったセリアは、床にびっしりと描かれた魔法文字に気が付いた。
薬草園の暗い土のうえに墨で描かれていたから、月明かり程度の光源では気づかなかった。
セリアはうっかり消してしまわないかと身を縮めるように紅水晶に寄ったが、衛慈がさっき走って行っても効果が消えていないのだろうから、おそらく陣の上に、踏み消されないように結界が張ってあるのだ。セリアは身震いした。(きみ仁相手に、こんな。こんなことしたら)
セリアは処置室の死屍累々の第二師団を思い出した。
きみ仁のそばで魔法を使うことは、自分と同じ重さの爪楊枝で歯間を磨こうと試みるようなものだ。
「このノートはさ、つまりグリモワールなんだよ。
たった一人の女の子を生かすために、最強の番犬を現世に繋ぎとめておくための魔法が書いてある」
龍一はとても大切そうに、その日記帳を抱えた。
熱弁を振るったからか、書物の重みに耐えかねたのか、そのまま龍一はぜぇぜぇと泣き出した。
衛慈もつられたように鼻を啜り出す。
セリアは、どうしていいかわからなかった。
ハンギングバスケットと病棟からかき集めた花を部屋中の花に静かに埋めていた誠慈が、「お兄ちゃん連中がなんだ??」と泣きながら笑った。
セリアは、どうしていいかわからなかった。
セリアには重いと言われたものの中身と、パーティメンバーの気持ちと、死の淵のきみ仁と。
(おもい。それは、だって、だめだ……セリにはおもい)
死の淵のきみ仁も、パーティメンバーの覚悟も、グリモワールと呼ばれた研究書の中身も。
(だってそれは。蓮李だってきづいてたはずだ。きみ仁を救う魔法。きみ仁にも効く魔法。どんな物質も浄化させられるのがきみ仁なのに。魔法粒子を浄化して、魔法をほとんどかき殺せるのがきみ仁の強みなのに。
魔法をきみ仁に有効にするみちすじを見つけるっていうことは)
きみ仁を魔法で殺せる可能性にもまた、近づくということだ。
セリアは足元の魔法陣を見た。
すくうみちが、ころすみち。
きみ仁を回復させられる蓮李が、その方法をストレートに解明するのでなく、力任せの俺のやり方は凡人には無理でしょうと嘯いて、月光治療も巻き込んだこんな遠回しな方法にアクセスしたのは。
グリモワールの中身が、きみ仁の盤石に見える魔法耐性を突き崩せる一歩目かも知れないから。
(じかんのまほう……じかんのまほうは、じゅうりょくのまほう。じゅうりょくのまほうは、くうかんのまほう。シンのまほうは、じかん。くうかん。じゅうりょく……そうだ、これって)
きみ仁が浄化できないものだ。
(ううん。じゅうりょくは。力場に物体がひつようだから。きみ仁なら浄化できる)
けれど、じかんも、くうかんも、概念だから、物質じゃないから、神々のいるところにもきっとあるものだから、浄化はできない。浄化種の役目は、神に徒なすものを浄化することであれ、神のように万物に干渉することではないから。
(シンのまほうは。きみ仁をセリから取り上げられる)
簒奪者の手からきみ仁を守るように、セリアは紅水晶に全身を押し付けた。指先が冷える。
きみ仁を殺せる可能性、あのグリモワールを燃やしてやりたい。
でも、蓮李が頑張ったものを灰にするなんて絶対に出来ない。できるわけがない。
心臓が胸じゅう跳ね回って苦しくて、何重もの意味で身動きが取れなくって、つらいのに、きみ仁の温もりに縋り付くこともできない。
救う道が殺す路。
今きみ仁をとり戻すためには、あのグリモワールに頼るしかない。
帳面に巣食う期待が。
「ココ」から掬いあげる力が。
いつかきみ仁を。
今みたいに。
セリアから。
セリアを生かすための魔法が。
すくうみちがころすみち。
八方塞がりでどうしようもない。
セリアはゆっくり、涙が頬を伝っていくのを感じた。
少年ふたりがわあわあ喚く中で、セリアはしっとりと、血液からヘモグロビンを抜いた涙と呼ばれる液体が、きみ仁の血液を含む似非鉱物を濡らしていく感触を味わった。
この似非鉱物の中はにはちゃんと、きみ仁が呼吸できるだけの空気があるんだろうか。それとも血液には酸素が含まれているから、この中にいる限り呼吸は必要ないのだろうか。
寝返りもうてなさそうなこの空間で、肺胞や、横隔膜や、動かさなければいけない筋肉は大丈夫なのだろうか。じかんのまほうならば平気なのだろうか。
まほうを組んだ蓮李を問い詰めたい。
この魔法は大丈夫なの、きみ仁の命は確実に助かるの、後遺症はのこらないの。
蓮李自身はたいじょうぶなの。
さびしかったり、おなかがすいていたり、いたかったりしてないの。蓮李はそういうの、全部きらいなのに。
『浄化種のきみ仁が破られるような相手、俺も勝てるかわかんない』
そんなことない。
そんなことあるわけがない。
セリアは立っていられなくなって、紅水晶をなめるように崩折れた。
誠慈が駆け寄ってきて、濡れた手を遠慮がちにのべ、どこから持ってきたのか、病院のにおいが濃いブランケットでくるんでくれる。
「だいじょうぶ、きみ仁は元軍属と聞き及ぶ。自警団きってのスタミナで、何時間立っていようと張った背中の崩れぬ子。必ず一命を取り留めよう」
ごしごしとブランケットの上から、誠慈が大きな手でセリアの背中をさする。
セリアは、両手で涙を拭おうとして、その手の小さいことにきづいて、さらに深く泣いた。
重いと言われたグリモワール、セリアときみ仁を隔てる紅水晶、きみ仁を殺せるかも知れない魔法、浄化種さえ勝てなかった敵。
かえってこない蓮李。
せかいは、セリアがだいじでだいすきなものとセリアとを、断線させるものばっかりだ。
セリアはそれからきみ仁が目覚めるまで、決してあさぎ園には帰らなかった。
誰もそれを咎めなかったし、邪魔しなかった。
シロは寄進を募りに貴族街に乗り込んでは、庭園から花を摘んで戻ってきた。
花は浄化種の糧食だった。
具体的に食べるのではなくて、エネルギーを分けてもらうのだそうだ(きみ仁はよく具体的に食べていたが)。花は自分たちを枯らさないと約束した月の神様とは仲良しだから、月詠の眷属であるきみ仁に献身的だ。
気づけば、薬草園の色はいちにち、いちにちと茶色く、かさかさになっていて、紅水晶は日を追うごとに薄くなり、セリアは五日目の夜に、きみ仁の剣だこがつぶれた硬い手を、つよく、つよく握った。
この時ようやく、しゃんとした軍人らしい背中でセリアに手をのべてくれるきみ仁の帰還を心から予感できた。
世界は二人をそっとしてくれて、セリアはかつてきみ仁がそうしてくれたように、政治家の収賄物語を読み聞かせたり、新聞の株価情報を言葉にしてあげたりした。
紅水晶から解放されたきみ仁は状態も良く、寝返りを打たせにきた看護師や、体を拭きに来た看護師を手伝って、セリアはせっせと働いた。
あさぎ園の仲間も入れ替わりで見舞いにきて、枯草だらけの薬草園だが、パーティーみたいに活気があった。
ドクトル・ツマサは空いた時間があると、悲しそうに薬草園の手入れに来て、セリアにきみ仁をとっとと連れ帰るよう要求した。
勇士を見舞いたいとセリアの知らない街の人や新聞記者もやってきて、きみ仁の具体的に変わり果てた姿にショックを受けながらも(泣き出すひともあった。そういう人は大抵、きみ仁くらいの年でお子さんが行方不明になったのだそうだ)あったかい差し入れを置いて帰って行った。
誰もセリアときみ仁を引き離さなかった。
セリアがあの夜垣間見た、パーティをバラバラにするような不当な圧力は、こちらを見ないきみ仁に混乱して生まれた妄想だった。
セリアは安堵のあまり、夢の中で泣いた。
きみ仁が月を浴びて七日が過ぎ、八日目の朝だった。
夢の中の行動がそのまま現実に反映されて、きみ仁の隣のサイドベッドで寝ていたセリアは、しゃくりあげながら目を覚まし、人恋しくなってきみ仁のベッドに突っ伏した。
その頃はきみ仁はもう普通のベッドに転がされていて、夜の間だけ治療のために羽根布団を剥ぎ取られる。
その時はまだ早朝で、誰もまだきみ仁に布団をかけに来ていなくて、セリアはむき出しのきみ仁の手から暖をとって、もう一眠りしようと思った。
きみ仁の手はきちんと血が通っていて、鈍った筋肉はそれなりにセリアの形に沿ってくれた。
それがまた安堵を誘い、でも寂しくて、寝るつもりだったのに、しゃくりあげてしまった。
「……どうしたの、だいじょうぶ……」
しゃくりあげて間もなく、怠そうな寝起きの声がセリアの耳と虚を突いた。
セリアの形に沿わせた手が、セリアを離れ、不器用に頭を撫でてくる。
セリアの目に、寝癖のものっそいきみ仁が、心配もあらわにこちらを覗き込んでくる姿が映った。
だいぶ痩せてはしまったけれども、それはセリアが知っている、とにかく問題を把握しようと観察してくるきみ仁の心配の仕方だった。
カーテンのない薬草園は朽葉色が朝陽を反射した黄金で、陽光を呑んだあたたかい空気がこれから始まり、累々と死んだ植物をいたわろうとしていた。
世界はようやく、きみ仁をセリアに返してくれた。
そう思った。
「どうしたの、ママとはぐれちゃったの? おじょうちゃん」
一緒に探したげるから、泣かないで。ほら、おなまえは?
真摯な顔でそう言って、ベッドから降りたきみ仁は、鈍った筋肉でよろよろ立ち上がり、しんどそうに背中を丸めると、なんだこれと息を継ぎながら柳のような両手をひょろひょろになった膝に突いた。
ごつごつに骨ばった背中の丸みは、当時あさぎ園と教会の代表だった、ほとんど寝たきりで見舞いにも来られなかった、司祭の翁を思い出させた。
真っ直ぐ進入する皓いあさのひかりが、セリアときみ仁を割って刺さった。