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序章 壮行式  作者: や
21/69

2、 glimpse/友達でいるということ(6) 家出

自警団詰め所に出勤するきみ仁と別れ、あさぎ園に帰ってきた衛慈とセリアを裏門で迎えたのは、玄関から飛び出してきた天使のシロだった。


「ねぇ二人とも、レイに会わなかった? レイ!」


レイはレイクレスの愛称だ。

セリアは昨日客と言い争っていたレイクレスを思い出して目を見開き、衛慈はまた家出かと頭をかいた。


「レイは朝飯はちゃんと食ったんだろうな?」


衛慈に尋ねられると、シロは頷きながら「その辺はしっかりした子だから」と手に持っていた紙片を差し出した。

そこにはレイクレスの大事にしている残飯絵の具(生ゴミをすり潰したり絞ったりした汁にきみ仁の浄化と薬品添加と化学知識を以て防腐処理を施し、一度粉末にして水で溶いて使う)の胡瓜汁色で、「さがさないでください」とカリグラフされていた。

衛慈はつまらなそうにそれを見ると、「ポストカードにしたら売れるレベルで巧くなったな、あいつのカリグラフも」と言ってシロに返却した。

「シロ、教会は頼む。もうすぐ紗雪にはきつい気温になる。紗雪は探しに出てないだろうな? 出てないならいい。レイクレスは今日なんの当番だ。ガキ共はこのこと知ってんの?」


衛慈の矢継ぎ早な質問に、シロが意を汲んで答える。シロの回答から、衛慈は新たな当番配置を編む。

セリアははらはらとそれを見守った。

昨夜、龍一の無事とアキの教会引き受けが確定し、安堵とアキ受け入れ準備で騒々とふわふわが混在していたあさぎ園で、セリアはうっかりレイクレスの昼中口論の件を尋ね忘れていた。

冒険者の五感を研いであさぎ園を凝視すれば、階段の窓をばたばたと横切る家族が見えた。口元が「こっちいなーい!」と動いている。


「衛慈、僕が天使の耳目を使うよ。それが早い」


シロが申し出た。天使の耳目はシロの特殊技能だ。一定範囲の景色・音声をすべて拾える。少なくともこの街ひとつくらいなら、シロはここにいながら起こっている全てを把握できる。

しかしそれにはひとつ、大きな問題があった。


「だめだ。それは最後の手段だ」


だから衛慈は、基本的にそれを許諾しない。今回もそれは変わらなかった。


「でも衛慈! 街は外から来た人で溢れかえってるんだよ、人攫いや人買いがいるかも知れない!」シロがぐっと衛慈の肩を掴むが、衛慈は眉間を険しくして首を振った。「だめだ」


「衛慈! 十三歳以下の子どもが同伴者もなしに外を歩いてたら、保護責任放棄の疑いをかけられるのは衛慈なんだよ!?」

「だからって教会がプライバシー侵害を許すわけにはいかねんだよ!」


問題は、高めの人権意識によるコンプライアンスにあった。


「天使の耳目で人捜そうと思ったら! どうしたっていっかい街中の情報さらうことになるだろ! シロお前、うっかりその情報口にしないって誓えるか!?」

「言えない。だって天使嘘つけない。なんつって迷信だけど。でも不倫現場とか見て当事者と会っちゃったらそりゃやっぱ口より顔に出るよねまず」

シロは真顔で即答した。

セリアはふりんってなんだろう、と思った。何かレイクレス捜索にあたって、重大なことだろうか。


「だったら今日も説法はシロに任す。お前は説教台で寄付金を集めろ。いいな。天に属してりゃなんでも許される時代は終わってんだ」

シロは遊びを断られた犬のような顔で「かみはしんだ……」とため息をついた。


シロから今日の当番やレイクレスを最後に見た子どもなど、さらに細かい情報を聞き出した衛慈は、ぐんとセリアに向き直った。

「セリア。お前は今から家出少女捜索班班長だ。シロは今日の非番人員から有志を募れ。二人以上で探すぞ。引率は俺。

セリアは冒険者の底意地見せろよ、いいな」


セリアは衛慈の目を見て頷いた。


「俺は今から必要物資を持って来る。

街は自警団が巡回してる。警察権限を持つ貴族も祭見物に降りて来てる。レイが保護されて、うちに保護責任放棄の嫌疑がかけられれば、教会の威信と寄付金と寄進に関わる。噂には尾鰭がつく。なにもなくても、レイクレスの家出原因が虐待じゃないかとか疑われたらうちは終わりだ。

これは明日の飯の問題だ! なんとしても自警団や貴族警察より先に、レイクレスを見つけだすぞ!

四十秒後にここで集合だ!」

全員が力強く頷いた。

「よし! 散会!」


衛慈はあさぎ園の建物の方へ、セリアは箒を取りに物置へ駆けだした。

「衛慈、素直にレイが心配だって言いなよ。誰も虐待なんて疑わないよ、天使がいるんだから」「うるせぇお前が秘密さえ守れる奴なら天使の耳目でもなんでも使えんだよこの道楽天使!」といういつもの遣り取りが遠ざかる。


四十秒後に集まったのは、シロと衛慈とセリアと紗雪の四人だけだった。


「みなさん、レイの家出はいつものことだから、なにも買えないのに物欲が刺激されるお祭には行きたくないそうです、歩くとお腹減りますし暑くなりますし……あの、ごめんなさい、私が夏に動けないばっかりに皆さんにお任せすることになって。自警団に連絡しますか?」


紗雪が申し訳なさそうに衛慈を窺った。

衛慈が胡乱な目で「目的は自警団より先に対象を回収することだ」と呟いた。

「はいこれー! 失敗したマジパンでも、ないよりマシだと思って包みました!」

シロがぐっと差し出した風呂敷包みを、衛慈は力なく受け取った。紗雪がフォローするように、続けて水筒を差し出す。

「水筒の水は、私が凍らせておきましたから、冷たさ長持ちですよ!」

雪女の血を引く紗雪は、魔法に頼らなくても物体を凍らせたり冷気を出したりできる。夏には弱いが、人間の血も入っているので溶けたりしない。この時期、彼女の役目は地下の私室で気温の高い時間をやり過ごしながら、教会の建物をほんのり冷やしてお客様を陰からもてなすことである。服飾品を作るのが趣味の彼女は、お手伝いの子どもを何人か呼んで、秋のバザーで売るものをこの時期作る。地下の石でできた遺跡はひんやりとしていて、彼女を害しない。


「レモネードを売りながら、自分達は水を飲む、か……」


衛慈は水筒を受け取ると、セリアが思ったけど口にしなかったことを言った。

紗雪が困ったように笑って、シロが「よっ! 清貧の鑑!」と衛慈を鼓舞する。

窓からきょうだい総員がいってらっしゃあいと手をふってくれて、セリアは「薄情者ども!」と怒鳴る衛慈と再びあさぎ園の裏門をくぐった。


門扉を閉じると、持ってきた箒に跨がる。

「えーじ、のって」

衛慈は目を丸くして、瞬いた。


「ふたりのり、セリならできる。歩くのいやなこ、のせてあげない。はくじょうもの」


吐き捨てると、衛慈が「まじか」と間抜けな声を出した。

「えーでも乗る乗る! すげぇなぁセリア! 龍一もコレできんの?」

「りろんてきには。でも重量にもよる。重心さえつかめれば、箒の操作、かんたん」

「いや浮遊魔法って滅んだ魔法だろ。簡単ではないおぅお」

衛慈の着席を背で感じて、セリアは箒を浮かばせた。衛慈の興奮する声に、男の子って子どもだなぁ、とセリアは小さく笑った。


「浮遊魔法、今は風のぶんるい。でも元々は呪にちかい。セリそういうの、とくい」


セリアは、気持ち、ふふんと言いたげに胸が反る。立ってるだけで魔法粒子を喰い殺すようなきみ仁のそばに年中いるので、セリアが魔法を使う機会は少ない。魔法を使おうと思っても、魔力で語りかけるべき魔法粒子が次々浄化されるから、きみ仁のそばで魔法は簡単に使えない。

しかし、元々、セリアは龍一のゆうしゅうな姉弟子なのだ。


「自警団に見つかったら、きみ仁と兄貴に情報がいく。見つからないように飛べるか」

衛慈の問いに、セリアは「方法はある」と返した。闇の魔法が得意なセリアは、龍一のように光の魔法で姿を隠すことはできない。しかし、水の魔法は使える。水は光を反射し、幻影を作る。水の魔法の応用で、光の魔法のような結果を得ることは可能だ。そういうことを、蓮季ときみ仁と、ずっと追求してきた。

「良かった。もしレイの家出知ったらさ、二人とも、仕事の手ぇ止めて捜索に協力してくれるとは思うんだけど。手を煩わせるのは嫌だったんだ」

衛慈の声が右から左から聞こえて、セリアは背後できょろきょろしてるんだろうなぁと思った。動かれると重心が軽くぶれるが、セリアのカバー範囲内だ。びびられるよりはいい。ゆっくりと高度を上げる。


「龍一が独り立ちするって時に俺ばっか兄貴分に頼ってるようじゃ、格好つかないからさ」


セリアは首を傾げた。

そういうものだろうか。

それはレイクレスが人攫いに遭うより重要なことだろうか。

けれども人攫いが跋扈できるほど治安の悪い街ではないことも、セリアは知っているので、黙っていた。

冒険者は概ね人相がアレだから(魔物と命のやりとりをしてるんだから、ちょっと顔つきが険しくなるくらい許してほしいものだが)誤解されがちなだけで、悪いひとより、やんちゃで粗暴だけど良いひとの方が多いことも、セリアは知っている。

だからレイクレスが人攫いになにかされそうになったら、きっと見ている冒険者は助けてくれる。保護者から謝礼をふんだくるために。

シロちゃんは外からひとがたくさん来ているから人攫いや人買いが心配だといっていて、つまりそれはよく知らないひとがいっっぱいいるから不安というだけの意味なのだろうけれど、シロの論理は、セリアからみればブラックホール一個ぶん、飛躍している。


ひとに害を加えるものがいるとして、それが必ずしも外から来たものだと、どうして言えるだろう。


うちがわに腐臭がしないなんて、どうしていえるだろう。

(獅子身中之虫)

腐臭を毎日かいでいるから気づかないだけかも知れないのに。


隣人を無条件に信じられる感覚は、地元ドロップアウト型冒険者のセリアにはわからない。

冒険者には地元が肌に合わず悩んだ結果、地元から出たひとも多い。生まれた場所で平和に暮らしていけているひととの感覚のずれも、冒険者とそうでないひとの、すれ違いの原因のひとつだ。すれ違い続けて傷つくと、ひとは頭が回るようになる。処世術。それを賢しいととられるむきもある。

賢しくなると情報処理に長ける。根付いて暮らすひとは、書物から知を得、冒険者は経験から識を得る。情報ベクトルの違いで、冒険者とそれ以外とのギャップは、さらに拡がっていく。

だからセリアにも、衛慈の感覚はわからないのかも知れない。


(でもセリも、きみ仁とせーじのおしごとのおじゃまはしたくない)


セリアは水の魔法で、箒の周りにシャボン玉のような膜を張った。衛慈がおわっと興奮度合いを増す。「この膜の操作で、あるていどすがた、かくせる」

「まじかよ。箒も膜?? も同時に操れんの?」

セリアは頷く。衛慈はやたらとすげぇを連発したが、なにが凄いのかセリアには謎だった。やっぱり、衛慈の感じ方はセリアには少し難しい。

「そういや今、呪文使わなかったな。浮かぶ時もセリア呪文使ってなかったな」

衛慈がはしゃぐように言った。

「呪文、セリあんまり使わない。レン、そうだった。だからセリもそういうものだと思ってた」

はー末恐ろしいなお前、と衛慈が感心したように言う。褒められてるのかディスられてるのか、セリアには判断つかなかった。


(まぁいい。わかんなかったらきけばいい。えーじ、答えてくれる)


レイクレスが見つかったら、3人で箒にのって、何をどう感じるのか話しながら帰ればいい。セリアは共通語がまだ完璧ではないし、レイクレスは言葉にするのがあんまり得意じゃないけれど、箒の上には逃げ場がない。回答拒否はできないこと、肝に銘じなければ。

(でも3人なら、そういうのも、きっとたのしい)

そう思うから。

だから早くレイクレスを見つけて、どうして家出したのか、なにをどう感じるからそうなるのか、たくさんたくさん話そう。


(まずは、そう、ふりん。ふりんがなんなのかきいてみよう)


箒の上には逃げ場がない。えーじはきっと答えてくれる。


その未来を報酬に、セリアは張り切って前へ進んだ。

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