24電波送信中
本日二話更新です。前話よりお読みください。
変態注意!
*別サイド視点
俺は昔から落ちぼれていた。
優秀な片割れが両親を喜ばせる一方、自分は何をやっても彼らを落胆させることしか出来ない。
同じ腹から同時に産まれ出たというのに、どうしてこのようにうのかと悩んだ幼いあの頃。
だが片割れは俺になど興味がなさそうだ。
どんなに敵対心を滲ませようが、どんなに勝負を仕掛けようが、返っくるのは無関心でどこか呆れを含んだ視線のみ。
そうか、片割れは片割れであって全く別の個体なのだ。
いつの間にか自分も片割れとの違いで悩むのを止めた。相手が意識していないのに自分ばかり気を張っても虚しいだけだ。
双子というのは痛みさえ共有するほど絆が深いと言われているが、俺たちにそのようなものは感じられない。
両親の離婚により離れることが決まった時でもなんの感慨もなかった。
離れて暮らして数年、進学した先で再会した時も「ああ、居るな」という感想しか浮かんで来なかった。
当然クラスも別々となれば会話もない。
双子でありながら俺達は顔見知り程度の関係だ。
離れて見る片割れは相変わらず優秀で、だからと言って昔のような悔しさもない。
只々俺達にあるのは無関心のみ。
そんな俺達は四月から最高学年に上がった。
相変わらず時たま見かけるだけの片割れだが、近頃様子がおかしい。
見た目には全く変わらないが、何かが違う。
周りはその変化にまったく気付いていないようだが、片割れは間違いなく変わった。
そのことに真っ先に気付いた自分は、やはり奴を未だ意識していたのかもしれない。
それとも皆無と思っていた双子としての繋がりが僅かでも存在していたのだろうか。
しかし奴の変化の正体はなんだ?
違和感の先に辿り着いたのは、目だった。
誰を目の前にしてもそこに何も存在しないかのように何も写さなかった瞳が、この頃よく動いているのだ。
まるで誰かを探しているように。
その正体が気になり更に注意深く片割れを観察していた。
そこで行き着いた存在に、俺は強い衝撃を受ける。
片割れの視線の先にあったのは小柄で黒髪が綺麗な女子生徒。
ピンと張った背筋や優雅な所作はその女子の育ちの良さが伺える。
美しい顔立ちをしているが、華はあっても派手さはまったくない。どちらかと言えば大和撫子を連想する大人しそうな子だ。
人それぞれ好みはあろうが、十人が十人ともに可愛らしい容姿だと頷くであろう少女。
一目視界に入れた瞬間からもう目が離せない。
あの子は…………あの方は、俺の前世の恋人だ。
思い出した。脳内に一斉に情報が流れ込んでくる。
嗚呼、何故忘れていたんだ! 何故忘れていられたんだ!!
己の不甲斐なさに愕然とする。
死しても尚、あの方を愛し抜くと決めていたではないか。
俺の姫であり女神であらせられる彼女の降臨に、身体は恐れ多くも恋と言う名の雷の直撃を受け痺れ焦げ付き動けなかった。
唐突過ぎるかもしれないが、俺は前世で騎士だった。
守るべき存在の姫と恋に落ちてしまい、身分差に悩み苦しんだ護衛騎士。
前世ではついぞ婚姻を果たす事はなかったが、来世では必ず夫婦となろうと契りあったのに。
それをすっかり忘れていたとは何たる不覚。
申し訳ありません姫様。貴女のナイトは今世でもきちんと貴女の側に居ります。
もうあのような哀しい別れなど二度としたくはない。
今世では必ずや貴女を守り抜きましょう。
「失礼しました」
パタンと控え目に閉まった扉に大股で近づき鍵を回す。
ノブを揺すりしっかりと施錠されていることを確認し、大きく息を吸った。
スーーーハーーー…………
嗚呼、なんと芳しい……
胸いっぱいに広がるあの方の甘い香りに脳内が痺れ麻痺する。
口、鼻、全身の毛穴からあの方の空気を取り入れることのなんたる至福。
暫し扉に身体を預け陶然と立ち竦んでいたが、ハッと我に返る。
何をやっているのだ俺は。
己の愚行に気付き、慌てて向かったのはソファ。
目の前にあるそれに腰掛けることをせず床に座り込むと、彼女が先程まで尻を置いていた位置にそっと頬を寄せる。
嗚呼……まだ、温かい…………。
彼女の臀部がここに……今俺は彼女の可愛らしい尻に頬を寄せているのか……。
頬に感じる仄かな熱が俺を幸せへと導く。
スリスリと満遍なく熱を堪能していたが、そのうちそれだけでは足りなくなる。
思わず舌を出して熱を掬い取るように舐めた。
それは革の香りだけの無味であったが、俺にとっては痺れるほどに甘かった。
嗚呼、嗚呼、彼女の形の良い丸い尻を俺は今っ……
いつまでそうしていただろうか。
すでに彼女の熱ではなく俺の頬の熱しか残っていないことに気付き顔を離すが、目は血走って爛々としているだろう。
その目でギロリと捉えたのはテーブルの上に置かれた湯呑み。
震える手でそれを掴む。
中には少しだけ残った緑茶が。
ゴクリ、と響くほどの大きさで喉が鳴る。
急いで自分の机の引き出しを漁りこんな時の為に用意していたアンティークの小瓶を取り出す。
パリの蚤の市で一目惚れした純度の高い透明感の美しいデザインのそれは、彼女の口付けを受けた清水には相応しい入れ物だ。
零さぬよう慎重に注ぎ入れると小瓶は大切に鞄にしまった。
帰ってガラスケースに飾ろう。
素晴らしいコレクションがまたひとつ増えた。
さて、残されたのは彼女の使用済みの湯呑みだ。
……嗚呼、舐めてしまいたい。
彼女の唇が触れていた縁は勿論のこと、彼女の指の指紋までペロペロしたい。
衝動的に行動してしまいそうになるが、彼女が口付けた形のまま保存しておきたいとコレクター魂がそれを抑える。
駄目だ、これは、そのままがいい。
彼女の唇が触れた、そのままの状態でコレクションするのだ。
理性が勝っているうちに手早く鞄からファスナーの付いたビニール袋を取り出し湯呑みをそこに入れると空気を極力抜いて口を閉める。
なに、ガッカリすることはない。
俺には彼女が先程使用したこの箸があるのだ。
これは手に入れば思う存分舐めまわそうと最初から決めていた。
俺が先に使った……俺の唾液が付着している箸を、彼女があの可愛らしい口に迎え入れてくれた時の興奮といったらっ!
荒くなる呼吸を抑えるのにどれだけ苦労したことか。
惜しむらくはこの箸が割り箸でないことだ。
このように漆が塗ってあっては、彼女の唾液が染み込む余地がないではないか。
割り箸であれば一日中おしゃぶりのようにふやけるまでチューチュー吸っていただろう。
まぁ、勿論この箸でも今日帰ってから寝る時まで吸い続けるのだが。
愛する人の物を収集し全身で堪能するのは、前世でも今世でも俺の生きがいだ。
姫にはいつも、おかしな癖ね…と苦笑されていた。
周囲の者達は姫への愛の行為を見て俺を変態だと嫌悪し蔑み嘲笑った。
自分の愛の表現が些か普通と異なっていることには気付いているが、愛する人の痕跡を愛でて何が悪いというのか。
現に姫自身は仕方ないなと呆れたようではあるが笑って受け入れて下さったのだ。
誰に認められずとも、あの方にさえ認めて貰えればそれで良い。




