01. 結婚するわけない
あの頃の私たちはまだ幼くて、世界が何たるかも知らずに、ただこのままずっと一緒にいられるんだって思ってた。
ライアン。この世界地図の端にも乗っていないような辺境のうつくしい村で、唯一私と同い年だった幼馴染。
白い髪に映える青い瞳が特徴的の、綺麗な男の子だったっけ。
「アル」
彼は2歳だった頃、私の名前である「アリメル」をうまく言えなくて、それからずっと私のことを「アル」と呼んでいた。
⋯⋯15の誕生日を迎えて私の身長を楽々と越し、体格も大きくなっちゃって、剣を背負うようになってからも時たまに。
「アル。俺は女神に神託を受けた勇者として、魔王を倒しに行く⋯⋯そしていつか必ず、この村に戻ってくる」
なあ、そうしたらさ、アリメル⋯⋯君に結婚を申し込んでもいいかな。
そう言ってはにかむように笑った彼の言葉が嬉しかったから。うん、待ってるねってあの時の私は言ったんだ。
ねえ。柄にもなく、私嬉しかったのよ。だからずっと待ってた。1年、3年、5年、7年⋯⋯⋯
────8年目で諦めた。
おい、勇者ライアンによって1年前に魔王は倒されたらしいですけど。
そういう風の噂がこの辺境の村まで流れてきましたけど。
なんで帰ってこないわけ、あの馬鹿ライアン。
あの約束も全部忘れてしまったの。
貴方からプロポーズしてくれる筈だったでしょ。
時が経つにつれ、だんだんとあいつへの怒りが募っていった。
昔からライアンは妙に大きなことを言う割には、色々忘れて人との約束をすっぽかすことがしょっちゅうあった。
そんな薄情者とのよく分からない約束を真に受けて、私は8年も待ってしまったのか。最悪だ。
婚期を逃したどころの話ではない。
9年目にして、私は急に焦りだし、前から求婚してくれていた隣村の顔がタイプでやさしいひとと結婚した。
夫婦生活は円満で、私はせっせと夫のために家事をこなし、夫を助けていたにも関わらず⋯⋯⋯
────夫に同じ村の若い娘と浮気をされ、そのまま今年に離婚。
あまりのスピード展開に私もびっくりだ。
実家に1年で舞い戻った私を見て両親は呆気にとられていた。
本当に親不孝な娘で申し訳なく思う。
もう暫く婚活はいいや、と私もどこか諦めの気持ちで今を過ごしている。
結婚出来なくともいいか、お母さんとお父さんと犬のベンがいるし。
そう、私は完全に自分の幼馴染であるライアンのことをすっかり忘れていた。忘れていたのだ。
忘れて、いたと、いうのに⋯⋯⋯!!
「アリメル⋯⋯! ああ、ただいま。10年経っていてもすぐに一目で君だと分かったよ。綺麗になったね⋯⋯どうか俺に、あの日の約束の続きをさせてくれる?」
10年ぶりに調子よく現れやがった私の愛しい幼馴染に、私は、私は。
「いやあなたと結婚なんてしないから!! この薄情者!!」
□
「え⋯⋯⋯?」
いや、「え⋯⋯?」じゃないのよ。なにその呆けた顔は。
10年ぶりに帰ってきた幼馴染は、ぽかんと目を大きく見開いて私を見下ろす。
私も負けじと顔を上げ睨み返して⋯⋯いや、この男、身長が高過ぎる! 首が痛い! 無駄にこんなにでかくなっちゃって!
思わずまじまじと目の前の大男を品定めするみたいに見つめてしまう。
この村を旅立った10年前と比にならないくらい恵まれた体躯を獲得したらしいライアンは、腕も足も腰も二回りほど大きくなり、高価そうな衣服を窮屈そうに身を纏わせている。
胸筋⋯⋯すごいな⋯⋯とそこそこ男の人の筋肉が好きな私はそこばかりに目を奪われてしまい、慌てて視線を逸らした。
けれどもやはり青年だった頃と違い、顔の彫りも些か濃くなり、整った目鼻立ちがいっそう際立って⋯⋯やだ、なんだか凄くイケメン⋯⋯いやいや何をときめいてるの、相手はライアンよ!
「アリメル⋯⋯」
切なげに名前を呼ばれてハッとした。ああ、この無駄にでかい男を放置してしまっていた。
「そんな⋯⋯君は、俺が嫌いになった⋯⋯? やっぱり10年も待たせてしまったから?」
「なるほど、うら若き乙女を10年待たせた自覚はあるのね」
「そうだね、君は何年経っても俺のかわいいお姫様だよ」
「もしかして年齢についてフォローしてる? 誰のせいだと」
「10年も待たせてしまったのは、違うんだ、これには訳が⋯⋯ってごめん、どんな言い訳をしても許されることじゃないよな」
「そうね。婚期の短い女の時間を奪った罪は重いわ」
言い訳なんて聞きたくもない。本当に今更、どうして帰ってきたりなんかしたの。思わず唇を噛んだ時だった。
でかい図体してるくせに子犬みたいな瞳で私を見下ろすライアンの背後から、「おいリーダー」と間延びした声が聞こえたのは。
「何が起こってるのか分からないんだが、もしかしてそのお嬢さんがずーーーっとリーダーの言ってた婚約者か?」
ライアンの体が巨大すぎるせいで気が付かなかったけれど、どうやら彼には連れのお仲間たちがいるらしかった。
ライアンが「ヒューゴ」と後ろを振り返り、私もそちらに視線を向ける。
ライアンの後ろに突っ立っているのは、ヒューゴというらしい赤髪のきらびやかな格好をした男。
そして隣には、魔法使いの証である杖を持ち、何やら「あの女が⋯⋯ライアンの⋯⋯!」と顔を真っ赤にさせながらわなわなと体を震わせている、ブロンド髪の美人な女の子である。
なんとも派手なお仲間たちだ。
あと明らかに女の子の方から敵意むき出しにされてるのはなに。
「あ、ああ。紹介するよアリメル。彼らは俺の仲間で、共に魔王を倒した英雄たちなんだ。彼はヒューゴ、最高の情報屋で僕の相棒だよ。そして彼女はレティシア、回復魔法も得意としてる魔法使いで⋯⋯」
紹介なんてされたところで、私は一体どう反応するのが適切なのだろう。ひたすら黙り込んでいると「⋯⋯アリメル? どうかした?」とライアンが心配そうに私を覗き込んだ。
いや、どうかした?って。一体どこから私は突っ込むべき?
貴方のお仲間のヒューゴさんはだんだん事態を察し始めたのか天を仰いでいるけれど。
軽く頭痛がしてこめかみを押さえていたら。
「⋯⋯おお! お前はライアンか⋯⋯!? 騒ぎを聞き付けて来てみれば! 大きくなったなあ、ライアン」
「ライアン兄ちゃん! 戻ってきたのか!? 10年ぶりだなあ、ははっオレが誰だか分かんねーだろ?」
「ライアン⋯⋯! 勇者として立派に務めを果たしたと聞いたわ。さあさあ、お仲間たちも、いらっしゃいな。今夜は宴よ」
いつの間にか集まって来ていたらしい村の人たちが一斉にライアンとそのお仲間たちを取り囲み、私とライアンは為す術なく引き離されてしまった。
ライアンは「あ、アリメル⋯⋯!」と未だ私と話したそうにこちらに手を伸ばすも、私は毅然とした態度でそれに無視を決め込み、スタスタと向こうへ踵を返す。
どうせ今夜は村中でお祭り騒ぎになるだろう。
早くお母さんの手伝いをしに行かなくちゃ。
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