2 夢の外
空間が濁っている。そして寒い。
自分の輪郭さえ定かではない。
ただ、俺を下から支える底が、倒れていることを教えてくれる。
少し上に光が見える。手は伸びない。心を伸ばしてそれに触れる。
温かい。これは……記憶?
俺は、浮かび上がってくる光をただ感じた。
_____
暗い館内には七十人以上の子供と、その保護者のほとんどが座っている。唯一明るく照らされているのは、前に設置されているステージ。
そこに立つ男の元へ、トレーが乗せられた台車が運ばれてくる。トレーを満たすのは、白銀の色をした液体。その正体は魂鋼と呼ばれる特殊な金属を溶かしたものだ。
それを確認した男は、持っている名簿を眺めて言った。
「それじゃあフルイ・タダ君、前へ。」
「は、はい!」
遂に来た……俺の番。今は儀式の途中だ。十歳になったら大体のやつがやることになる儀式で、現魂式という。
この儀式はとても重要で、人生を大きく変える可能性もある。だからサボる奴なんて見たことも聞いたこともない。学校でやるやつだから、ここに居るのは知ってるやつばかりだ。それにしても、いつも騒がしいアイツが礼儀正しく座っているのはなんか笑えるな。
儀式の目的は、自分の魂とつながる武器、魂器を具現化することだ。それがどんなものかによって、俺の夢を叶えられるかどうかが決まると言ってもいい。
まずは液体の魂鋼に手をつける。そして目をつむり、自分の中にある魂を捉える。すると魂に導かれるように魂鋼は形を変えていく。
できた。確かな感覚があった。初めて触るはずなのに、何年も握り続けたかと思うほど手に馴染む。一体どんな魂器ができたんだろう。俺はゆっくりと目を開けていく。
「ナイフ……?」
目の前にあったのは、どうみてもナイフだった。横から見ても、下から見てもナイフだ。思ったのと違う。俺が想像していたのは、剣や槍、弓とかだった。なんかショボいなと落胆したが、重要なのは能力の方だと思いなおす。
魂器は当然ただの武器じゃない。必ず特殊な能力を持っていて、成長していく。凄いのだと、山を溶かすほどの熱を放つこともできるらしい。ナイフだとしても宿る能力さえ良ければ、夢の職業である魂技士になるのに何の問題もない。
逆に何の役にも立たない能力だったら……。いや、大丈夫だ。魂器は、持ち主の魂や心に影響されると言われてる。だから今まで元気に明るく過ごしてきたんじゃないか。役に立たない能力なわけがない。
「フルイ・タダ君、早く戻ってください。」
「は、はい!」
魂器がナイフだったことによるショックで、戻るのを忘れていた。そんな俺を見て笑いをこらえてるやつがいる。恥ずかしくなって慌てて戻り、席に座る。
少しすると落ち着いて、残りの時間は魂器の能力についてばかり考えていた。
気づけば現魂式が終わっていて、ほとんどのやつが外へ出ていた。他の人はだいたい親が一緒に来ていて写真を撮っているけど、俺の親は来ていない。
俺はそれを横目に見ながら家へと走る。走ったのは、早く俺の魂器を見せたかっただけだ。別に羨ましいわけじゃない。……やっぱり羨ましいけど、そんな思いをするのも今日で最後だ。
どんな反応をするんだろう。ナイフでガッカリされちゃうかな。慰められるって可能性もあるな。でも実は凄い能力を持ってて、それに驚かれるかも。
大丈夫だ。大丈夫に決まってる。皆、現魂式は家族で祝うのが普通だって言ってたし。
さすがに、さすがに、こんな時ぐらいは……。
家に着くと、父さんは寝転がりながらお菓子を食べていて、母さんは仕事へ行く準備をしていた。今日は休日だけど、母さんは仕事があるらしい。別に珍しいことじゃない。でも、今日は現魂式なのに。
俺は、父さんと母さんが何の仕事をしているかすら知らない。一回聞いてみたけど、鬱陶しそうに俺を睨みつけて、「居ないはずだったのに」と言われてからはなんか怖くて聞いていない。
他の時も何か聞こうとすると大抵は無視されるけど、たまに不機嫌になる。
でも、今から話しかけるのは魂器を見せるためで、何か聞くわけじゃないから大丈夫なはずだ。深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「すぅぅ……はぁぁ……よし、行くぞ。」
そして俺は勇気を出し、父さんと母さんに向かって話しかけた。
「ねぇねぇ、俺の魂器、ナイフだったよ。剣とか期待してたのにさー。」
「……。」
「そうか。」
……え、それで終わり?母さんはいつも通り無視……。なんで?今日が人生で一番特別な日なんじゃないの?こんなんで、終わりなの?いやそんな、そんなはずない。だって、だって、言ってたんだ。本当に、皆が!
しかし、しばらく待っていても父さんはお菓子を食べるのをやめないし、母さんはもう外に出てしまった。それをただ見ていた。何も言葉が出なかった。
どこかでわかってた。何となくこうなるんじゃないかって思ってた。
だからって、受け入れられるわけないだろ!
三魂の儀の時も、合魂式の時も、ずっと前から何かあるかもって期待して、結局、やっぱり、また!どうすれば良かったの?何をすれば……。
そこで思い出す。魂器は、持ち主の魂や心に影響されることを。
……ああ、駄目駄目。明るく元気でいなくちゃ。明るく元気、明るく元気。
もう、大丈夫。
そうだ。そんなことより魂器の能力が重要だよ。早速庭で試し切りしてみよう。
魂器を扱うためには、普通なら国家資格を取らないといけないんだけど、初期状態の魂器を家の中で使うだけなら資格はいらない。だから試し切りしても問題ないんだ。
最初は大した力がないらしいから、良い能力っていうと強くなりそうな能力か。
こんな場所からは一秒でも早く逃げ出したかったから、俺は急いで庭へ出た。うちの庭は少し狭いけど、試し切りするぐらいは問題ない。ただ、ほとんど手入れされてないから草は生い茂っているし、石はそこら中に転がっているから少し危ないけど。
そこで俺は、試し切りついでに草を狩ることを思いついた。すると今まで邪魔だった草も、格好の的に見えてくる。
俺はナイフを構え、生い茂る草に向かってナイフを振りぬいた。
スカッ……
何の感触もなかった。刃は当たっていたはずなのに。草は動いてないから、草が揺れて切れなかったわけでもない。
「え……?見えないだけで実は切れてるとか?」
そう思って手で草に触れてみたり、先を引っ張ってみたりするが、やっぱり切れている様子はない。もう一回切ってみても変わらない。
「ふっ……、ぐっ……、ふっ……、ふんっ……。」
意地になって何回も切ろうとしたが、やっぱり草は切れず、揺れもしない。恐る恐る刃を指で触ってみる。しかし何の感触もない。これが能力だということはわかるけど、一体どういう能力なんだ。指を動かしながら考えていると、嫌な感触がした。
指を見てみると、皮膚が少し切れていた。もしかしてと思い、ナイフの刃元を触ってみる。小さな刃があった。小さなナイフの刃よりも、更に小さな刃が。
「なんだよこれ。……は?いや、そんなわけ。いやだってそんなんさ。いや、有り得ないでしょ。いや、いや、そんな……いやいや。」
他に何かあるはずと思い、刃元で草を切りつけた。しかし草は少し揺れるだけ。
切れすらも、しないのか。
「ふざけんな!」
そう言って見た目だけのナイフを地面に叩きつけた。
「なんだよこれ、こんな能力がどう成長して、なんの役に立つって言うんだよ!なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよっ、もぉぉおお!」
感情が抑えきれなくなり、地団駄を踏む。そのとき大きめの石を踏んづけて、体勢を崩した。
「わっ……。」
前に倒れそうになり手を付いたけど、石が食い込む痛みで思わず手を離そうとしてしまった。すると横に倒れて、頬を擦りむいた。にじむ痛みと悔しさに涙が出てくる。
どうせこんな顔を見たって、心配なんてしないんだろうな。
そんなことを考えては、涙が増えていく。立ち上がる気力もなく、しばらく倒れたまま泣いていた。
家の中へ戻ったら、意外なことに父親が話しかけてきた。
「おい、血が出てるじゃねーか。」
ほんの少しの希望を抱いた俺は、どれだけ馬鹿なんだろう。
「汚すなよ。」
まあそうだよね、わかってたさ。




