1 新感覚
やがて光が消え、最初に感じたのは爽快感だった。まるで快眠できたときのような感覚で、気分が良い。こんなものは、就職してから感じたことがない。しっかりとした説明を受けれていれば、最高のスタートを切れていただろうに。
それにしても、なんだろう。あの飛行物体は。
道の真ん中で空を見上げたまま、少しの間固まってしまった。形は球体で、大きさについては距離があるから詳しくはわからないが、少なくとも普通の一軒家ぐらいの大きさはありそうだ。
そして、奇妙なのはそれだけではない。知らない小動物がすさまじい速度で路地裏に入っていったり、のどが渇いたと言う子供に母親が指から水を出して飲ませたりと、普通ならありえないことが起きている。本当に異世界に来たんだな……。
ちょっと待て、こんな簡単に受け入れられることか?もしかしてこれも神の力なのか。いや、これ以上考えるのはよそう。
というかそんなことをしている場合じゃない。神からほとんど説明されなかったから、急いでルールを確認しなければいけない。そう思ってエンゲーターを取り出す。神によって創られたという、スマホのような何か。
渡されたときは、操作方法を確認したぐらいで詳しくは見ていなかった。そういえば、神が創ったというのだから、相当凄い機能があるんじゃないか。少し期待しながらエンゲーターを起動すると、何者かの声がした。
『神代戦の開始とエンゲーターの起動を確認したよ。私は天使だよ。この声はあなたの脳に直接お届けされてるから安心してね。私の設定はデフォルトで良いかな?』
まるで無邪気な少女のような声だ。てか、ちょっと待ってくれ。いきなりなんなんだ。てんしってあの天使だよな。他に声が聞こえないっていうのは良かったけれども、天使の設定ってなんだよ。
『え、私のこと聞いてないの?神代戦を円滑に進めるためのサポート役だよ。設定で声の大きさと高さ、話し方、呼び方などが変えられるよ。神代戦のルールは私がバッチリ覚えているから安心してね。質問には答えられる範囲で答えるよ。
それで、私の設定はデフォルトで良いかな?設定は後から変えられるから、気に入らなければ変えればいいよ。』
あ、ああ、デフォルトで良い。
言い方的に、これは説明されるはずのことだったのだろう。他にもこういうことがある可能性が高いな。神め、本当に何してくれてんだ。
『わかったよ。じゃあこれからよろしくね。』
ああ、よろしく。
それにしても、少し安心した。何もわからなかったから不安でしょうがなかったが、サポートがあるなら何とかなるか。安心したところで冷静になり、少し余裕ができた。
余裕ができたことにより、なぜか周りの人に注目されていることに気がついた。なぜだ、天使の声は届いていないはずだ。いや待て、よく見ると、視線が向いているのは俺の手、いやエンゲーターか?
そこで俺はあることに気づいた。エンゲーターは神が創った特別なものであり、普通の人間が持っているはずがないということを。そしてそれを俺が持っているということは、俺が転世者であることを自白しているも同然だ。
非常にまずい。
俺はエンゲーターを急いでポケットにしまう。てか今気づいたけど服もなんか変わってるし。いや、今はそんなことはどうでもいい。急いでこの場から離れなければ。俺は視線から逃れるために、路地裏へ走った。
路地裏を当てもなく歩いていると、建物の隙間から外の景色のようなものが見えた。この街はどうやら大きな壁で囲まれているようで、街の外の景色がずっと見れないままだったのだ。
よく見てみると門があり、開いているから外の景色が見えているようだ。何かの乗り物に乗った男性が、門番に引き止められている。素通りしているものもいるが、条件がわからない。
外でエンゲーターを見ようと思っていたが、外に出るのは諦めたほうがいいかもしれない。まあこの路地裏にも人は見当たらないわけだし大丈夫だろう。念のため辺りを歩いて見回し人がいないであろうことを確認すると、ようやくエンゲーターを取り出せた。
早速エンゲーターを起動し、画面を見る。神代戦ルールブックというアプリを見つけたが、ルールに関しては天使が覚えているらしいので後回しで良いだろう。他で特に気になるのは、リフカ設定というアプリだ。
他にも完全同盟、GP交換あたりが気になるが、一番重要なのはこれだろう。リフカというのは、確か神の力の一部だったはずだ。多分、神のご加護みたいなもんだろうな。それが神代戦のカギを握っているのは間違いない。
そう思って、俺はリフカ設定を開いた。書かれていたのは、リフカの能力についてだ。まあこれは予想通り。肝心な内容だが、生命力アップ(1)、水適正(1)、そして海の癒し(1)というものだった。
前二つは常時発動で、最後のは任意発動らしい。いや水適正ってなんだよ。生命力アップはそのままだし、海の癒しは体を健康に近づけるって説明があるが、水適正の説明は水の適性を得るだけ。何もわかりやしない。
水適正はいったん置いておいて、別のアプリを見るか。そう思ってホーム画面に戻る。
ぐじゅり。
え?
苦しい、熱い。何が起きた。自らの肉が何かに押し出されるような圧迫感。これはまさか、背中を刺された……のか?誰が、どうやって。周りに人がいないことは確認したはずだ。後ろへ振り向こうとしたが、体が硬直してしまってできない。
「あ゛っふ……。」
声を出そうとしたら、掠れた声が吐き出された。背中を押され、うつぶせに倒れる。エンゲーターは、地面に投げ出された。体から血ではない何かが抜けていく。このままじゃ死ぬ、なぜかそのことだけはっきりと理解できた。
「お前が悪いっ!あんなとこで、馬鹿みたいにエンゲーターを取り出した間抜けな自分を恨めっ!早く、死んでくれ。死ね、死ねっ!」
誰かの声が聞こえる。何度も刺されて傷が広がっていく。意識が朦朧としていくが、決して手放すことだけはしないように、なぜか耐えていた。すると俺の前に人が歩いてきた。姿はぼやけてよく見えないが、その手にはナイフを持っており、どうみても俺を刺した人物であることがわかる。
「は?何でGPが入ってないんだよ。ちゃんと殺したじゃねぇか!まさか、転世者じゃない?いや、そんなわけない。俺はちゃんと質問したはずだ。ちゃんと……。」
神、が……チャン、ス……死ね、ない……自由……。
ろくに考えられないほど頭は回らなかったが、確かな執念がそこにあった。
こい、つを……殺さな、いと。
手に力を少しずつ込めていく。やがて俺は立ち上がり、やつが手に持っていたナイフを奪い取った。
「なんで……。」
やつの驚く顔すらろくに見えやしない。それでも首に、そのナイフを突き刺した。いや、突き刺そうとしたが、途中で止まったから切り裂いた。その行為は確かに、やつの命を奪っていた。
『1000GPを取得したよ。』
血は出ず、やつの体が光へ変わっていく。それを見て、俺は急いで自分に海の癒しを発動した。少しづつ傷が治っていき落ち着いていく。海の癒しがこれほど凄いとは思っていなかったので、うれしい誤算だった。
やつの体だった光はだんだん散り散りになって消えていくが、その中に一際輝く光があった。それを何かが欲している。生存本能より更に奥の何かが。
抗えず、ただゆっくりと手を伸ばし、優しく光を包み込む。やがて光と何かが一体となり、感じたことのない不思議な感覚に包まれる。その何かは温かかったはずなのに、冷たい外気にさらされて冷えていってしまったようだ。
気づけば白い空間にいた。その中には一人だけ、俺以外の人間がいた。顔は見覚えがないのに、不思議とそれが誰だかわかった。
俺がさっき、殺したやつだ。
それを理解した瞬間、俺の意識はもっと深いところまで落ちていった。




