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9.山から帰ってきた王子

社交用のダンスレッスンは連日続いた。


相手の男性役はなぜかミナミさんが務めている。


少し体力的に疲れて隙間時間にノアの書いた教科書を開こうとすると「お勉強はノア様とされてくださいませ。」と直ぐにミナミさんから止められるため、ダンスレッスンしかできない日々が続いたと言った方がいいかもしれない。



「ステップののみ込みがはやさ、さすがアメリア様ですね。」


ミナミさんは毎回大袈裟に褒めてくれる。嬉しい。


「そ、そうかな。」


切れ長の目を見つめて素直に照れてしまう。


アンティークではやる気がない踊り子だったにしろ、それなりに体幹は鍛えられたのか、1週間ほど過ぎた頃には一曲二曲くらい踊れるようになっていた。


それからまた1週間。


社交場で一度に踊る曲数はそんなに多くないので、一度覚えてしまえば、あとは手足や表情などの微調整に入る。


というより、今習っているこのダンスはいつ披露するものなのだろうか?


正式な婚姻は2年後だとしても、それまでに婚約者としてのお披露目などがあるだろう。


う〜ん。それ、いつ??



そういえば私は今後の予定とやらを全くノアに聞いていなかった。

先々の細かいのはわからないとしても、今後何もイベントのないまま、本当に2年ほどここに引きこもるのかな。


…それって軽く軟禁では?



最初はあれだけベッタリと一緒だったノアと2週間近く会えていない。綺麗な顔を歪ませて頭を冷やしてくると言った姿を思い出す。


ノアはどこで何をしているのか。そりゃ第三王子だもの、仕事は沢山あるだろう。むしろ今までべったりで居られたのが不思議なくらいだろうけども…まさか本当に頭を冷やしに山へ滝行にでも行ったのだろうか。


そう思い私は冗談混じりにミナミさんに聞いてみた。


「ねぇ、全然姿を見ないけどノアって山に行ったりしてないよね?」


そう言った瞬間ミナミさんは目を見開いた。


「…なぜそれを?」


「え⁉︎本当に滝行に行っちゃったの?!?!」


「滝行とは?!?!」


「え?!?!」


「え?!?!」


お互いよくわからない状態になってしまった。

その後少しの沈黙の後、ミナミさんが軽く咳払いをすると、


「アメリア様がノア様に関心を示されるのは本当に良いことです。」


いやそんなんじゃないけど、あのノアが滝にうたれてる姿を想像するとアンバランスすぎて…。


「先日クドウから伝書鳩が来ましたが、今日中にはこちらの離宮へお戻りになられるでしょう。」


ミナミさんは落ち着きを取り戻し平然な顔でそう言った。


本当に山に行ってたんだ。なんで山に??


でも、そっか。…今日ノア帰ってくるんだ。久々だな。夕食の時間には顔を見て話せるかな。


ノアの美しい顔を思い出して少し口元が綻んだ。




ん?…いや、これは、別に!

キキキキスだとか?!あんなことあった後に急にいなくなられたりしたら、その、心配だし。少し。


私がひとりでうんうん唸っているとミナミさんから


「愛いですね、アメリア様。」


と笑われて思わず赤くなった。


しかしミナミさんもクドウさんも伝書鳩まで飼い慣らしているとは…本当にすごい。


私が感心していると


「ノア様から山に行っていることは口止めされているのです。戻ってこられたら、オーバーリアクションをお願いしますね。」


そう言ってミナミさんが私の唇に人差し指当ててパチンッとウインクした。





ダンスレッスンも済んで、豪華すぎる夕食の時間になった。けれど2週間前までノアが座って私を見ながら楽しそうに食事を取っていた目の前の椅子は今も空席だった。


…ノア、まだ帰ってきてないんだ。


ノアが座っていない椅子を見ながら1人で食べる料理はいつも少し味気なく感じる。


今日帰ってくるんだよね?




寝る準備を済ませて自室のベッドに横になり、ふわっふわの布団をかけて一息つく。


繊細な柄の天蓋から薄く透けた窓辺を見ると、満月の灯りが部屋を明るく照らしている。


「もう、ノアは帰ってきたかな。」

「何も言わずに2週間も山で何してたんだろ。」

「別に私にいう義理もないかもしれないけどさ。」


小さく呟いてみるも、全て夜の闇に虚しく消えていく。


もう寝よう。


静かに目を閉じる。


「…さみしいよ。」


ポロッと出たその言葉に自分でびっくりした。


私、ノアがいなくて寂しかったんだ。


そっか、私、寂しかったのか。


そう実感しながら気怠い眠気に誘われていく。





シャラシャラシャラ…


あと少しで夢の中に入りそうというところで小さな金属音と共に冷たい何かが首元を這っていく。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


悲鳴を上げて反射的に体を起こそうと目を開けると、ベッドの脇にいる人物が私の首を鎖で絞めようとしていた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


それを見てまた下品な悲鳴を上げてしまう。

心拍数が振り切れそうになる中、満月を背にして逆光で顔が見えずらいその人物を目を凝らして見る。


その瞬間、その人物は私をぎゅうっと抱きしめた。


「だだだだ誰?!?!」


「アメリア、会いたかった。」


聞き慣れた少し低い声が掠れている。

そして少しの土の匂いと嗅いだことのある甘ったるい香りが嗅覚を刺激した。


「ノ、ノア??」


「うん、怖がらせるつもりはなかった。ごめん、ただいま。」


そう言ってノアは一層私を抱く腕に力を込めた。あまりの衝撃に声が上擦る。


「お、おかえり?!いつ帰ったの?」


「今。帰ってすぐここに来た。」


そういうとノアは少し短く息を吐いた。


「今、少しだけ時間くれる?」


「う、うん。」


私はまだ落ち着かない自分の心臓の音を聞きながら反射的に返事をした。


「…俺、正直舞い上がってた。強引にでもアメリアが俺の婚約者になってくれて。アメリアのことを考えると自分でも自分が制御できなくなるんだ。」


ノアはそこまでいうと紫色の瞳を揺らしながら私を見据えた。久しぶりに見たノアの目に吸い寄せられる。


「だから衝動的に動いてアメリアを傷つけたりしてしまったと思う。本当にごめん。でもアメリアのこと本当は優しくしたいんだ。…だから仲直りして欲しい。」


そう言って少ししょげているノアは子犬のように小さく見えた。仲直りって。


「ふふ。」


思わず笑ってしまうと、ノアは焦ったように


「だから、お詫びに…というか、これ、受け取って欲しい。」


そう言って右手を開いて見せたソレは、さっきの首締めに使われた鎖…ではなくて光り輝くように綺麗にカットされたアメジストのついたネックレスだった。


「きれい…。」


ノアの手のひらの中で月明かりを受けてアメジストが輝き部屋の壁に紫色の光を放つ。ノアの瞳と同じ色の深い紫色。


「アメリア、仲直りして欲しい。お願いします。」


そう言うノアの顔は真剣そのもので。


「はい、わかりました。」


と私も頷いた。


するとノアは小さくガッツポーズをしたからまた思わず笑ってしまった。

最初は冷徹だと思っていたノアが今では少し可愛く見える。

それはノアがだんだんと私に心の内を見せてきてくれているということかな。



「これ、俺が付けたいから後ろ向いてくれる?」


ノアがもじもじとそう言うので、素直に後ろを向く。カチッと小さい音を立てて金具をつけてくれる。


胸元で繊細に輝くアメジストを眺めながら小さく


「ありがとう。」


と呟いた。素直にすっごく嬉しかった。


「この二週間、アメリアに許してもらいたくて、そのアメジストを発掘しに鉱山に籠ってた。」


「へぇ…んえッッッ?!?!」


いきなり予期しないこと言われてノアの方を瞬時に振り返った。


「アメリアに誠意を伝えたいと思った。…あとアメリアがドレスを着た時につける日替わりのネックレスがいつも気になってた。俺が買い付けたものではあるけど、他の奴が作ったものをアメリアの肌に触れさせているというのがどうも許せなくて。」


思い詰めた顔するんじゃないよ、斜め上の発想すぎるでしょ。


「本当はアメリアが身に付けるものは全て俺が準備したい。でもドレスを作るにはまだ練習が足りないし、ネックレスなら発掘して加工くらい俺もすぐ出来るし。アメリアの首元を独占できるのは俺がいいから。」


うん。すごく真剣に言ってるけど、この国の第三王子の技術すご過ぎない?そしてドレスまで作る練習してるとかどういうポテンシャルなの?


イガで育ったとはいえ、この国の王族がハンドメイドって。


「はぁ、なんか俺がこれからずっとアメリアの美しい胸元にいれるようで嬉しい。想像していたよりもずっと妖艶で綺麗だ。」


変態ーー!!


さっきの子犬のような可愛さのノアは何処へ?!

目尻を赤く染めてうっとりと私の胸元を見るノアは少し呼吸が浅くなる。


「金具もミリ単位で計算してよかった。アメリアの滑らかな鎖骨や胸の膨らみを邪魔していない。綺麗だ。ずっと付けていてね。外さないで。アメジストは温度変化に弱いんだけどちゃんと加工もしてきたから大丈夫だよ。」


なんか急にネックレスをつけた首元が岩でも付けたようにずっしりと重く感じる。


ずっと胸元を見られて羞恥心に耐えられずにパッと思いついた質問をする。


「ノアって誰かと仲直りする時は、いつもこうやって手作りを渡してくれるの?」


するとそれまでうっとりとしていたノアはいきなり表情を曇らせた。


「はっ?なんで?そんなわけない。敵対したら和解などしない。直ぐに切る。」


「切る?!?!」


ノアの冷たい声と無表情が怖いよー。


「俺の感情をこんなに乱して、こんなに必死にさせるのはアメリアしかいない。アメリアに嫌われたら…なんて、そう思うだけで今も胸が張り裂けそうだ。」


ノアは顔を歪ませて少し乱れている金色の髪を横に振ると呼吸が少し荒くなった。


私はその姿を見てまた全身に熱を感じる。




…というか、ここまで来るとさすがに恋愛経験がない私でも勘付いてしまうけど。


いや、勘違いかもしれないけど。



「あの、さ。ノアって、もしかして、その、もしかするとなんだけどさ、私のことこの一ヶ月くらいで好きになっちゃったり、してる??」


と試しに聞いてみた。聞いた私が赤くなってどうする。


自分に呆れながら目の前のノアを見ると茹でダコもびっくりするくらいの赤さだった。


「…」


赤ら顔ふたりで汗をかきながらお互いを見ている。


ノアはその状態に耐えられなくなったのか、少し躊躇しながら胸元から古びた一枚の写真をおずおずと私に見せてきた。


「ずっとずっと前から、アメリアだけを見てきた。」



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