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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章 色欲の悪女〜

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43 解くべきもの(4章・終わり)



 エドガルドは時折メアリのまなじりに触れ、涙を拭うかのような仕草をする。ゆっくりと髪を梳く撫で方で、耳に触れられると少しくすぐったい。


 けれど、とても安心した。

 誰かにこうして撫でてもらえるのは、こんなにも幸せなことだったのだ。


「……エドガルドさまの御手が、疲れてしまいませんか……?」

「自分が動揺しているときまで、他人を案じてどうするんだ」


 エドガルドは少し呆れた声音で言いつつも、こんな風に続けてくれた。


「望んでもいないものを押し付けられた上に、それを羨んだ人間まで慮る必要は無い」

「……」


 表向きは冷たい物言いに聞こえるものだ。けれどもそこに込められている感情が、メアリを労わるためのものだと知っている。


(望まない立場を与えられたのは、エドガルドさまもだわ。そして、それを奪われたと感じかねないお方もいらっしゃる)


 これまでなかなか聞けなかった問い掛けを、メアリはそっと口にした。


「エドガルドさまの、お兄さまは……?」


 エドガルドが目を眇めると、瞳の紫色が深みを増したように見える。

 けれども彼はややあって、こう教えてくれた。


「何を考えているのか分からない。何を考えていようが、どうでも良いと言うべきか」


 エドガルドの声音は淡々としていて、そこにさしたる感情は無かった。けれどもだからこそ、兄弟の間にある溝を感じる。


「お前が妹から奪ったと言うのであれば、俺こそ同様にあの男から奪っている。……だが、それだけの話だ」


 エドガルドはそう言って、メアリの頬に触れる。

 その手がとても心地良くて、思わずメアリからも擦り寄せた。こんなにも温かく感じるのは、エドガルドの手が治癒の魔力を帯びているからだ。


「エドガルドさま」


 先ほど治癒してもらった肩は、少しの違和感すら消えている。あやしてもらえるのは幸せでも、必要以上に魔法を使わせる訳にはいかない。


「怪我はもう、治していただきましたが……」


 本当は、まだ離れないでほしかった。

 そんな浅ましい感情が、見抜かれてしまったのだろうか。エドガルドが中々手を離さずに、メアリに治癒を与え続けてくれる。


 不思議に思ってそっと見詰めれば、エドガルドはなんでもないことのように言った。


「先ほどから、ずっと不安そうな顔をしている」

「!」


 自分でも認識していなかった感情に、エドガルドだけは気が付いてくれていた。

 エドガルドは、温かな手でメアリの頬を撫でながら、囁くように小さく紡ぐ。


「ほら。……動揺が深いなら、一度眠れ」

「う……」


 先ほどは寝るなと言ったのに、今度はメアリの寝かし付けをするつもりのようだ。

 治癒魔法に安眠の効果は無いのだが、寝台の上で温かくては、眠くなってしまっても仕方が無い。


「大神殿や聖国の人間が、お前から何かを奪う気でいるのなら。――俺は、手段を選ぶつもりはないぞ」

(……私のために、憤って下さっている……)


 そのことにお礼を言いたいのに、眠りの海に沈んでゆく。

 温かな幸福だけが心に織り重なり、もう一度嬉しくて泣きたくなった。


(エドガルドさまが、愛おしい)


 彼の方へと手を伸ばせば、繋ぎ返してくれると分かっている。


(……だからこそ、私は)


 そうすることが出来なくて、メアリは目を瞑った。



(魅了魔法を解いて、このお方を解放しなくては――――……)



***



 眠りについたメアリの髪を、エドガルドの指が名残惜しそうに掬う。


「……呪われた俺のことを本気で案じ、治癒したいとまで言い出すのは、世界中を探してもお前くらいだ」


 起こさないようにメアリの髪を梳くその手は、まるで壊れやすい宝物に接するかのようだった。


「『救われた』などと、そう断ずるのも」

「……ん……」


 彼はそのまま、眠ったメアリには決して聞こえない言葉を呟いた。


「本当に、ろくでもない魔法を掛けてくれた」


 指で掬ったその髪に、エドガルドは恭しく口付ける。彼が目を伏せると、紫色の双眸に暗い影が落ちたように見えた。


「――俺はどうあっても、お前のことが愛おしい」




***




「――ふふっ! 夜会のための素敵な支度が出来ましたわ。お姉さま」


 聖国の神殿で、ニーナはくすくすと笑いながら呟いた。

 蒼白になったクリフォードが、ニーナに手を伸ばそうとする。けれどもその手は力無く落ちて、代わりに震えた声が言った。


「ニーナ。君は、本当に……」

「当然でしょう? これくらいのことが出来なくては、筆頭聖女は名乗れませんもの」


 ドレスの裾をふわふわと揺らし、ニーナは天真爛漫に微笑む。


「お姉さまに証明するのが楽しみです。私こそがあなたよりも、聖女に相応しいのだと――……」



【第1部最終章へ続く】

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