44 いつもと違う婚約者
【第1部・最終章】
その夜、アイゼリオン国王都で開かれた夜会には、多くの招待客が参加していた。
主催者であるものの病床に伏している王や、王太子エドガルドの兄の姿は無いものの、それ以外のすべての要人が集まっていると言っても過言ではない。
国内の上位貴族や官僚はもちろんのこと、近隣同盟国の王族に、大神殿からは聖女も訪れている状況だ。
大広間のホールに集まった彼らの注目は、階段を登った先にある、王族のための入り口に集められていた。
「エドガルド王太子殿下、ならびにメアリ・ミルドレッド・メルヴィルさまのご入場です!」
その声と共に、両開きの扉が押し開かれる。
最初に一歩踏み出したのは、正装に身を包んだエドガルドだ。
日頃夜会に姿を見せない王太子は、落ち着いた光沢のある黒い軍服に、瞳の色と同じ紫のマントを身に付けている。
仕立ての良い軍服は、エドガルドの長身を引き立てるシルエットのデザインで、生地と同じ黒色の刺繍が全面的に施されていた。
光の加減でその紋様が浮かび上がるさまは、決して華美すぎるものではないのに、繊細な華やかさを描き出している。上着の袖口に輝く金のボタンが、更なる品の良さを印象付けた。
その涼しげな目元とかんばせが、女性たちのまなざしを一手に受ける。
更には、エドガルドにエスコートされて一歩踏み出した女性の姿に、参加者たちは息を呑んだ。
その少女は、淡い紫色をしたその髪をハーフアップに結い上げ、花の形にした編み込みなどを施している。
淑やかに視線を落とし、エドガルドに手を引かれた彼女は、もう一方の手でドレスの裾を優雅に持ち上げた。
階段を降りながら尾を引く裾は、透き通るように薄く織られたシルクの生地を何層も重ね、風になびく花びらのように揺れている。
そのドレスは純白で、シャンデリアの光を受けながら眩いほどに輝き、少女に神々しさを与えていた。
「……聖女さまだ……」
エドガルドに導かれ、ゆっくりと階段を降りてくる少女を見上げながら、誰かがぽつりとそう呟く。
「あのお方が、この国に来て既に数々の奇跡を起こされているという……?」
「お噂の通り。お姿だけでなく心まで美しく清らかな、聖女メアリさま……!」
ホールに降り立ったメアリを前に、人々は目を輝かせていた。
「どこかお疲れのご様子では?」
「だが、そんなお顔も儚げで美しい。この国の、未来の王妃殿下になられるお方――……」
メアリを傍らに伴ったエドガルドが、彼らの前で静かに告げる。
「諸君らも既に知っての通り。メアリは俺と婚姻の誓いを交わし、婚約者となった」
美しく滑らかなラインを描くメアリの肩を、エドガルドがやさしく抱き寄せる。はにかんだように俯くメアリは初々しく、参加者たちの微笑ましそうなまなざしを集めた。
「今宵はメアリの披露目だ。――諸君らも、存分に楽しめ」
普段は無愛想なエドガルドの言葉に、参加者たちは頷いて拍手をする。
そのときエドガルドの魔法によって、メアリのドレスに刺繍された花や蔦の模様から、光で作られた小鳥たちが羽ばたいた。
天井へと一斉に飛び立ってゆく光に歓声が上がり、参加者たちが高揚して祝福を捧げる。
「ご婚約、おめでとうございます!」
「メアリさまに、守護神のご加護がありますよう……!」
それから始まった楽団の演奏と共に、エドガルドとメアリの正式な婚約を通達する夜会が幕を開けたのだった。
***
立食形式である今夜の会で、参加者たちはグラスを手にしながらの談笑を楽しんでいるようだ。
「今日はこの夜会に、大神殿の聖女のひとりニーナさまがお越しになるとか?」
「ニーナさまとメアリさまは異母姉妹。きっと姉君の婚約披露目をお祝いにいらっしゃるのだろう」
「仲の良いご姉妹なのね。仲が良いと言えば、今夜の主役であるおふたりも……」
そして、楽しそうな話し声と心地良い音楽の行き交うホールで、メアリは内心途方に暮れていた。
(……エドガルドさまに雇われた悪女として、今日の夜会は重要な業務。もちろん並大抵のことでは乗り切れないし、ニーナも来るはずなのだから、全身全霊で挑むつもりでいたけれど……)
表情だけでも笑顔を取り繕いたいのに、メアリにはそれすら敵わない。メアリを取り囲む人々も、驚きを隠さずにこちらを見ていた。
「そ……それにしても、本当に驚きましたな。エドガルド殿下がそれほどまでに、聖女メアリさまのことを……」
「口を慎め」
エドガルドに言葉を遮られ、貴族のひとりが肩を跳ねさせる。
「彼女はもはや聖女ではない。俺の婚約者であり、妃になる者だ」
「た、大変失礼いたしました……」
「殿下。よ、よろしければ私めにも、麗しきメアリさまにご挨拶を……ひっ!?」
メアリが何かを言う隙もなく、近付いて来た男性が硬直した。エドガルドに怯え切った顔をして後ずさり、踵を返すようにして逃げ出してゆく。
「ふん。メアリと直々に話す許可を与えるとでも? 無能な愚者が」
「あ、あの。エドガルドさま……」
「……どうした」
メアリがエドガルドの名前を呼べば、彼は途端に少し柔らかなまなざしを向けてきた。




