41 初めての温かさ
それからエドガルドが退室したあとも、ニーナはしばらくのあいだ呆然と座っていたのだ。
そして今も、エドガルドによって転移させられた大神殿の聖堂で、クリフォードの傍に座り込んでいる。
「メアリは本当に、どうしてしまったというんだ……」
ニーナ同様に呆然としたクリフォードが、ぽつりと呟く。
「ニーナ、もう一度エドガルド殿にお会いしよう。メアリはひょっとしたら、彼に魔法で操られているのかもしれない」
「……そのように悠長な手段など、取っていられるはずもありませんわ」
そっと手を伸ばしたニーナは、クリフォードの手を両手でやさしく包んだ。
「お願いです、クリフォード殿下。私を、あなたの国の神殿へ連れて行って下さいませ」
「し、神殿へ?」
クリフォードは困惑を隠さない。ニーナが彼の国の神殿に向かう理由が、まったく想像出来ていないのだろう。
「私がお姉さまに勝てないと、そんな意地悪を仰るのであれば……」
エドガルドに突き付けられた侮辱を思い浮かべ、ニーナは微笑む。
「私はもっと意地悪なことで、思い知らせて差し上げませんと」
「……君は一体、何を……」
***
エドガルドがメアリを抱えて転移したのは、エドガルドの部屋だった。
初めて立ち入った彼の部屋は、とても広いのにほとんど物がない。寝台と長椅子、テーブルがぽつんとあるだけで、ひどくさびしいものに感じられた。
エドガルドは無言でメアリを寝台に運ぶと、その上にぽすんと降ろす。
そのまま仰向けに転がされたと思ったら、エドガルドが同じ寝台に乗り上げた。
「え、エドガルドさま……」
メアリの傍らに手をつき、覆い被さるようにして見下ろされる。
「少しの間、じっとしていろ」
「……っ」
これほど近い距離からそう告げられて、メアリは思わず息を呑んだ。
自覚したばかりの恋心を寄せている相手が、ドレス越しにそっとメアリの肩へ触れる。メアリは思わず手を伸ばし、エドガルドの寝台の上掛けをぎゅっと抱き締めた。
「……じっとしてろと言っている」
「で、ですがエドガルドさま」
「治癒魔法が向いている方ではない。加減を間違えると、回復力が強過ぎて逆にお前を苦しめる」
そう言いながらドレスの襟をずらし、メアリの肩を晒した。
見るとそこには、指の跡らしき痣がついている。これはなんだろうと首を傾げたあと、クリフォードに強く掴まれた所為だと思い至った。
「あの男。……お前が止めたとしても、殺しておくべきだったな」
「だ、駄目ですそんなの、戦争になってしまいますから!」
「人の花嫁に触れた時点で、十分に理由になるはずだが」
痣を忌々しそうになぞられて、くすぐったさに息を殺す。エドガルドはゆっくりと溜め息をついたあと、治癒魔法を掛けてくれた。
(……あったかい……)
エドガルドの手から伝わってくる熱が、緊張による体の強張りを解く。
触れられている所がぽかぽかして、その温度が全身に広がった。エドガルドの寝台で、メアリはうとうとと目を細める。
「こら。寝るなよ」
「……治癒魔法とは、こんなに温かいのですね……」
メアリは聖女だったので、治癒魔法を誰かに使ったことはある。
けれども誰かに治癒してもらうのは、これが生まれて初めてだった。メアリは眠たさに揺蕩いながら手を伸ばし、無意識にエドガルドの頭を撫でる。
「エドガルドさまのことも、私が治癒して差し上げられたら良いのに……」
「――――……」
エドガルドがぐっと眉根を寄せた。
かと思えば身を屈め、メアリに覆い被さるような形で寝台に突っ伏す。
「エドガルドさま!?」
エドガルドの体が密着するが、それどころではなかった。エドガルドはメアリを抱き込んだまま、額をシーツに押し付けるようにして押し黙っている。
「ひょっとして頭が痛いのですか? それとも何処か他に、お体の調子の悪い所が……!」
「……少し、静かにしてくれ」
メアリの耳の傍で、掠れた声がする。
心配でぎゅっとエドガルドの背中に腕を回すと、エドガルドの手がメアリの頭を撫でた。
「……どうにか離してやれるように、いま理性を総動員している」
「!? は、はい!」
びっくりしてぱっと手を離し、喋らずに動かずに大人しくする。
エドガルドはメアリを抱き締め、はーっと再び溜め息を付きながらも、頭を撫でてくれる手は止めなかった。
「先ほどから、お前に触れすぎた。くそ……」
(……お可哀想で、お可愛らしい……)
きゅうっと胸の奥が締め付けられる。
すべてメアリの所為なのに、抱いてしまう罪悪感と同じくらい、エドガルドのことが愛おしくなってしまうのだ。
「エドガルドさまのご体調が悪い訳ではなくて、本当によかったです」
「ぐ……っ」
「ぐ?」
「なんでもない」




