40 妹の懇願
「飢えた民のために作物を実らせ、大精霊に慕われることも。人前で侮辱されている者を助け、その地位を向上させる言動を取ることも、家畜の疫病を治癒するのも。メアリはそれらの一切を、聖女として行ったのではない」
(悪女として。悪女として頑張りましたので!)
心の中でそう思いつつ、言葉には出さないでおく。
「大神殿の聖女。お前では、メアリと競えるはずもないだろう」
「……っ」
「分かったなら――」
エドガルドはニーナとクリフォードの前に手を翳し、こう唱えた。
「そろそろ消えろ」
「!!」
強い光が爆ぜ、ニーナたちを包む。
ほんの少しだけ焦ったものの、今のは攻撃魔法の類ではない。
「強制的に、転移させたのですか……」
相手の体に触れない転移は、魔力をひどく消費する上に安定しない。あまりやりたくない方法のはずだが、エドガルドは手段を選ぶ気がなかったようだ。
「不愉快な侵入者どもを、生きてこの国から出してやっただけマシだろう」
エドガルドは心底不機嫌そうに言いながらも、再びメアリを見下ろした。
「……このまま城に戻るぞ。改めて確認をする必要がある」
「確認?」
「お前が」
やさしいまなざしを向けられて、メアリの心臓がどきりと跳ねた。
「本当に何処にも怪我をしていないか、それを検める必要があるだろう?」
「きゃ……っ」
浮遊感と共に転移魔法が発動し、思わずエドガルドにしがみつく。
途端に心臓の鼓動が早くなったのは、彼に触れているからで間違いがない。メアリはそのことを実感しながらぎゅっと目を瞑り、エドガルドの魔法に身を委ねるのだった。
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(エドガルド殿下。アイゼリオン国の神によって選ばれた王太子であり、メアリお姉さまの現在の婚約者……)
聖女ニーナは、無理やりに飛ばされた大神殿の聖堂で、ぼんやりと先ほどまでのことを思い出していた。
(せっかく汚名を着せて追放しようとしたお姉さまを、お金を出して買い取ってしまった殿方。聖女のいない国の王太子なら、浄化の力が目当てで間違いないはずだったのに)
あの神殿のバルコニーで、ニーナはエドガルドに声を掛けた。
心から不快そうに顔を歪めたエドガルドは、それでもこちらの話を聞く気になったようだ。手段を選ばずに接近してきたニーナが、何を考えているのか知りたかったのだろう。
神殿内の応接室で、クリフォードの他に連れて来た護衛が見守る中、ニーナは向かいの椅子に座ったエドガルドにこう告げたのだ。
『お姉さまを解放してくださいませ。エドガルド殿下』
『断る』
返って来たのは、とても意地悪な即答だ。
『要件はそれだけか? 時間を割いたことが馬鹿馬鹿しくなるな』
『お待ちになって……!』
瞳を潤ませて上目遣いで、とびきり可愛らしくエドガルドを見詰める。
『母の異なる姉妹といえど、メアリお姉さまは私にとって最後の家族……。お姉さまが遠い国で辛い目に遭っていらっしゃると思うと、居ても立っても居られないのです!』
けれども彼の表情は、ますます不快そうになるばかりだ。
『メアリのことが心配だと?』
『当然です。私が婚約者のいる身でありながら、はしたなくもエドガルド殿下にお会いしたいなどと申し上げたのも、すべてはお姉さまのために……』
そんなことを訴えながらも、手応えがないことは分かりきっていた。
(変ですのね。私がこうやってお願いしているのに、あんなに怖いお顔をなさるなんて……)
ニーナに絆されない男は珍しい。その上、こうして心の底からの侮蔑を向けてくる人間なんて、ただのひとりも居なかった。
『本当にメアリを案じているのならば、彼女はなぜ大神殿でひとりきりだった?』
『――――……』
ニーナはこれまでの微笑みを消し、エドガルドを見据えた。
(このお方、ひょっとして……?)
その可能性に思い至り、くすっと笑いを溢す。
(エドガルド殿下が、一体なぜ私に興味を示さないのか分かりましたわ)
それはつまり、魔法で強制的に洗脳されているからだ。
『エドガルド殿下が呪われた王太子殿下だなんて、嘘だったのですね』
ニーナはそっと俯くと、手にした扇子で目元を隠す。
『だって、ちゃあんと効いているようですもの』
ひとつの魔法を発動させると、自身の双眸に暖かさが宿るのを感じた。くちびるを微笑ませたニーナは、ぱちんと扇子を閉じる。
『お姉さまの、魅了魔法が……!』
『…………』
魅了の力を帯びた両目で、ニーナは真っ直ぐにエドガルドを見詰めた。きんっと高い音を立てて、視線の重なったエドガルドに魔力が流れ込む。
(お姉さまよりも私の方が、魅了魔法はずうっと得意ですもの)
それならば、メアリの魅了をニーナの魔法で上書きしてしまえばいい。
(たったこれだけで、エドガルド殿下も私の傀儡に……)
もう一度メアリの解放を懇願し、命じようとした、そのときだった。
『――くだらない』
『!!』
殺されるのではないかと思うほどに、冷ややかな声音だ。
『……え……』
『いよいよ価値がないと証明出来た。もう二度と、謁見の要請など送ってくるな』
『っ、何故ですの……!? 私の魅了魔法の方が、お姉さまよりもずっと強力なはずです……!!』
『ふざけたことを、のうのうと』
立ち上がったエドガルドは、こちらを僅かに振り返って言った。
『俺の前で、貴様は何ひとつメアリに勝ることはない』
『……っ!!』




