25 一番怖いひと
使い魔に詳しくないメアリだって、シュニたちの正体の凄さは分かる。
(大精霊とはもしかしなくとも、この世界で最も神に近いとされる『始まりの精霊』たちのことでは? この子たちが大精霊……まさかエドガルドさま、そんな規模の精霊たちを使い魔として使役なさっていると!?)
ミランダは先ほど、『大精霊とは瞳の色と髪の色が同じである』という意味合いのことを言っていた。そして、ティストの森でメアリが名前を付けた使い魔たちは、全員が同じ髪色と瞳の色だ。
人が大好きな使い魔たちは、『事情があって普通の人間とは契約できない』と嘆いていた。
それは当然で、神に近い力を持つ大精霊を目視するどころか、契約を交わして使役できる人間など居るはずもない。
(エドガルドさま……!)
たったひとりの例外を思い浮かべ、メアリはそのとんでもなさに驚いた。そうこうしている間にも、シュニとフラムは少女たちのことを見据えている。
「おいシュニ、お前獣型は服が汚れるから嫌いだったよな? 俺はこっちの狼を相手にするぜ」
「任せましたフラム。僕はこちらのお嬢さん方が、二度とメアリさまに逆らう気が起きないよう対処します」
「きゃ……っ」
そう言って一歩を踏み出そうとする使い魔に、ミランダたちが怯えて身を竦める。メアリはすかさず手を伸ばし、使い魔たちを呼び止めた。
「待って、ふたりとも!!」
「!!」
ぎゅむっとまとめて抱き締めると、シュニとフラムは不服そうにこちらを振り返る。
「どうしたんだメアリ。この先のことは心配するなよ、俺たちがさっさと片付けてやるから」
「駄目よフラム、あなたたち目が据わっているもの! 狼さんやあちらの方々に何かするつもりでしょう!?」
「行かせて下さいメアリさま。ああいう手合いは放置してしまうとよくありませんから、ここで徹底的に思い知らせてやらなくては」
「シュニ……! あなたいつもは澄ましているのに、こういうときはフラムよりも過激なような!」
そうやってわあわあと攻防しているのを、ミランダたちは唖然としながら見詰めている。
「あ、あの人一体なんなのよ……!? 大精霊さまに恐れ多くも触れるどころか、なんだか言い争ってない!?」
けれども彼女たちの怯えなど、いまのメアリには目に入らない。
「とにかくフラム、あの狼さんには何もしては駄目! 使い魔が何をしたとしても、それは命じられただけなのだもの」
「メアリ……」
同じ使い魔の立場であるフラムは、その言葉に渋々と頷いた。
「分かった。メアリがそうやって使い魔にやさしくしてくれるなら、俺も従う」
「よかった、それからシュニ。あなたたちは人が好きなのでしょう? いくら私を心配してのことだとしても、シュニの本質に背くようなことはしなくていいの」
「……メアリさま」
「誰かひとりでも傷付けてしまうと、今後は他の人にも怖がられてしまうわ。私は可愛いシュニたちが、人に怯えられているところなんて見たくない」
「……!」
シュニは目を丸くしてメアリを見上げたあと、そのまましゅんと俯いた。小さな使い魔たちが項垂れるので、メアリは愛らしいつむじを見下ろす。
「分かってくれたみたいでよかった。ここであなたたちが騒ぎの中心になるのは、エドガルドさまにも本意ではないでしょうし……」
「……メアリ」
「メアリさま」
「?」
再びメアリを振り返った使い魔たちが、ふるふると首を横に振る。
「それについては誤解です。僕たちはなにも、独断であなたを守りに来たのではありません」
「え……」
「むしろれっきとした命令だぜ。メアリは自分がどれだけ愛されてんのか、いまいちピンと来てないんだな」
「え? そ、それはどういう」
「騒ぎを起こさないという観点であれば、メアリさまは僕たちを止めない方がよかったかもしれませんね」
その瞬間、バルコニーの空気がいきなり冷えたような錯覚を抱いた。
「メアリさまに関することでは、大精霊などよりも余程恐ろしいお方のお見えです」
「……あ……」
こつりと刻まれた靴音が、やけにはっきりと響き渡った。
メアリを取り巻いていた少女たちも、その不穏さを感じ取ったのだろう。真っ青になったミランダのくちびるが、冬のさなかのように震えている。
「な、なに……? これは一体……」
ミランダたちは身を寄せ合い、硬直したまま怯え始めた。何かが近付いて来ているのは分かるのに、振り返って確かめる勇気が出ない、そんな顔をしている。
そこに現れた男性は、とても美しい姿をしていた。
シュニとフラムがメアリの腕から離れ、バルコニーの石畳に跪く。大精霊を傅かせた青年は、紫色の瞳で静かにメアリを見下ろした。
「エドガルドさま……」
煌びやかなホールの喧騒を背にしながら、エドガルドは目を眇める。ミランダの使い魔である狼は、シュニたちを前にしたときよりもひどく怯え、とうとうメアリの後ろに隠れてしまった。
「妃にとって初めての夜会を、血生臭いものにするのは忍びないと抑えていたが……」
「ひ……っ」
睨み付けられたミランダたちは、もはや気を失いそうなほどの顔色だ。
「――やはり、俺が行って殺しておくべきだったか?」
「ですから、これは悪女としての振る舞いをするための好条件だったんですってばーーーーっ!!」
メアリは思わずそう叫び、エドガルドにしがみついていた。




