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後編

『うちの王子様マジで馬鹿なんだなー……普通わかるだろ、婚約者いるのに浮気していました発言とかダメなの』


 地面に投げ出された念話先の声の主は、言葉遣いからして平民のようであった。

 どうやら、気絶した貴族子息は貴族限定のパーティーに参加できなかった平民の友人のために音声だけでもと届けていたようだ。


「な、なんだとぅ!?」


 立ち上がったルーザ王子は、どこの誰ともわからない相手にまで侮辱されていると顔を真っ赤にした。

 しかし、その怒りを爆発させる前に更なる衝撃が会場に走るのであった。


『でもさー……婚約者のイグノール様の方も十分おかしいよな?』


 え? と、突然我が世の春を満喫していたところを名指しされたタナーニ公爵令嬢が固まった。

 それに合わせて、ルーザ王子も怒りのぶつけ先を見失って硬直する。


『自分で言ってたことなのにな。私の婚約は家が決めることだからって。それなのにうちの王子との婚約破棄は結局独断で了承して、帝国の皇子なんてヤバすぎる相手とは婚約しちゃうわけだろ?』

『貴族令嬢としてはあり得ないっていうか……妃教育って、つまり何教えてたんだろうな? ド庶民の俺でもわかるぞ。それは不味いって』


 どうやら、念話先には複数人いるようだ。向こうは向こうでスピーカーモードにし、集団で会場の話を聞いていたらしい。

 そして、今は会場側が静まりかえっていることにも気がつかないくらいに自分達の議論に集中しているようであった。


『不味いってどういうことだ?』

『決まってるだろ。悲壮感漂わせて妃教育ってのをしっかりと受けていました自慢してたけど、それって要するにうちの国の王族にしか知られていないようなヤバいネタを知っていますってことだろ?』

『まあ、次期王妃になる教育が学校で習うことと同じなわけはないよな。まだ王太子妃ってわけじゃないからそこまでヤバいネタには触れてないかもしれないけど』

『にしたってイグノール様は学校には通っていたわけだから、教えるなら政治的な話とかその辺の知られちゃいけないことがメインだろ?』

『学校でもマナーとか学問なら教えてるしな。もちろんそれよりもずっと高度なこと教わるってこともあるんだろうけど、それだけなら時間がないって嘆きながら学校来る意味ないし』

『ただの下位互換だもんな』


 平民達の何の責任もない世間話が会場にこだまする。

 それを聞かされて、この次に何を言われるのか理解してしまったタナーニ公爵令嬢は、パニックで石のように固まることしかできないのだった。


『そんな立場の人が外国の皇子様と結婚しますって……それ反乱だろ?』

『この国の門外不出の情報持って裏切ります宣言だもんな……』


 そうなのだ。王族にしか知らされない情報を持って他国に嫁ぎます、など普通に考えて許されるはずがない。

 場の空気に流され「愛」の一言でそれをすっかり忘れていたと、会場の貴族達は一斉にタナーニ公爵令嬢へと疑念の目を向けるのであった。


『でも、それもうちの王子様が浮気したからだろ? あんまり責めるのもねぇ?』


 と、そこで平民達の一人が擁護意見を出した。

 そうだ、自分は被害者なのだからいいのだとタナーニ公爵令嬢は希望の目を床に転がる携帯念話へと送る。

 もっとも、その希望はすぐに裏切られるのだが。


『何言ってんだよ。浮気だとか、そんなん無関係に計画されていたに決まっているだろ』

『え? なんで?』

『そうじゃなかったら、婚約破棄と同時に帝国の皇子が求婚なんてするわけないって。大方うちの阿呆王子様が今日やらかすって情報を仕入れてたんだろ』

『ああー……初めっからグルだったってことね』


 自分にまで飛び火してきた『やらせ疑惑』に、セッテ皇子の肩がビクリと震えた。


『じゃなかったら、帝国の皇子様も超馬鹿だろ。あの人だって婚約者はいるだろうし』

『そういえば、これと言って問題がない皇族……しかも未来の皇太子候補筆頭に婚約者がいないわけないよな』

「いや、それはタナーニ嬢を想っていたからで……」

『本人の意思なんて無関係って話だしな。俺ら庶民にはいまいち理解できないけど』


 咄嗟に口を挟んだセッテ皇子であったが、そんなこと知るかと言わんばかりに無自覚な封殺を受けるのであった。

 そんなセッテ皇子にも話題が移動して来たと、観衆の疑惑の目は次に彼に向けられたのだった。


『でも、婚約者がいない可能性だってゼロじゃ……』

『いなきゃいないで、速攻婚約の申し込みってことは初めからうちの婚約者様狙いだったってことだろ? 本人も言ってたし』

『他国の王子の婚約者に惚れているから婚約者を持たなかったって……冷静に考えたらあり得ない暴露だよな。何かラブロマンスな雰囲気出してたけど』

『子供作らないわけにはいかない立場なんだから、どんな手を使っても人の婚約者を奪う算段ができてたってことになるじゃん? んで、そんな不確かな計算を周囲まで認めたとなると……』

『国ぐるみの計画ってことになるな。当然イグノール様も、初めっから帝国の皇子様と一緒になる気満々、合意の上だったって考えるのが自然だよな』


 お互いを心の中だけで想い合っていた二人……だったら綺麗な物語だが、お互いに事前に示し合わせた上での計算であったとなるといろいろ変わる。

 そんな多数の疑惑の目を前に、セッテ皇子とタナーニ公爵令嬢はぶわっと大量の汗を流すのであった。


『……ちなみに、実は帝国の皇子様に婚約者がいた場合は?』

『んなもん、他に惚れた女がいるからって婚約者を捨てることになるわけだから……やってることはうちの阿呆王子と同レベルの馬鹿皇子ってだけの話になるだろ』

『馬鹿と阿呆、選択肢がどっちかしかないとは、ある意味哀れだ』

『哀れむ必要ないだろ。当人も納得の上で……国裏切って男についていくって決断した馬鹿女だぜ? 確実に戦争ものだぞこの騒動は』

『暴露ネタによっては、自分達の血を流すことなく内乱を起こさせて、終わった頃に罪のない国民の救済って名目で堂々と統治権を主張できるしな』

『血筋としては王家の傍流に当たる公爵令嬢もいるし、あることないこと言いふらして王族が悪いって民意を煽動すれば傍目には何の問題も無くこの国を支配できるって寸法ね』


 いつの間にか、平民達の世間話は荒唐無稽な陰謀論にまで発展していた。

 しかし……今目の前で起こった婚約破棄から始まるラブストーリーを見てしまうと、その言葉を否定できる要素は何もないのであった。


『でも国外追放を叫んだのはうちの阿呆王子だぞ?』

『何言ってんだよ。イグノール様も言ってたけど、刑罰を決めるのは裁判所であって王子じゃない。だから、王子の言葉は全部戯れ言。それを熟知しながら王の許し無く言質は取ったと国外逃亡しようってんだから、ぶっちゃけ言ってることとやってることのレベルは阿呆王子と変わらんぞ』


 全方位射撃の言葉に、関係者一同は白目を剥くのであった。


『機密情報抱えて亡命とか、私は戦争の火種になりますと宣言しているも同じなんだし……本人が処刑されるだけの阿呆王子よりなお質が悪いよな……』

『阿呆王子は阿呆だからってだけだけど、こっちは計画的にやってるからな。でも、ちょっと話を聞いていただけの俺らにもわかるようなことをお偉いさんがわからないなんてあるか?』

『確実に思惑はバレるだろうな。でも、そこは王子が浮気したのがそもそもの原因~ってことで、加害者と被害者の空気を作って誤魔化すつもりなんじゃね?』

『後でうちの国の王族がどんな正論並べたって『悪者が言い訳している』って空気を作っちまおうって作戦か』

『実際、現場の空気は祝福モードっぽかったしな』

『恋に恋するお貴族様には情熱的なラブシーンに見えたって事かね』


 ついに会場の野次馬達にまで飛び火してきた言葉の矢に、観衆達はそっと視線を逸らすのであった。

 が、平民達の話はまだ終わらないのだ。


『でも、案外、そもそも思惑に気がつかれないとも思ってんじゃね?』

『ええ……? それはないだろ。俺らにだって読める筋書きだぜ?』

『いやー……俺の経験上、イグノール様ってさ、自分のことは賢い、その他は皆馬鹿って思っているタイプだと思うんだよ。そういう奴って、馬鹿がやらかしたことには何故この程度のこともわからないのかって馬鹿にしつつも、自分の目論見が読まれるとか失敗するとか、そういう可能性は考えないんだよ。人の振り見て自分は全く見ないっての?』

『筋道通さない婚約破棄と婚約、そして妃教育を何だと思っているのか発言……確かに、全部当てはまるな』

『元々、うちの阿呆王子が別の女に走ったのもそれが原因だろうしな。言葉にはしなくても、全身から馬鹿にしているオーラ出てたもん』

『ああわかる。あの人『淑女としての仮面』のつもりなのかもしれないけど、隠し切れてないよなー……人を見下してるの』

『それがバレていることには全く気がついていないしな』


 突然の集中砲火に、タナーニ公爵令嬢はその場に膝を折った。

 今まで生きてきた中で、ここまで人格面を真っ向から否定された経験など一度も無いのだろう。


『ま、その辺の印象操作対決はどっちの国が勝つかはお偉いさん同士の対決次第だけど……俺らはどうする?』

『んー……うちは勝ち馬に乗るんじゃないかな? 親父に事を話せば同じように考えるだろうし、世論に従って一儲けとか考えるんじゃね?』

『俺んところは避難かなー。マジで戦争になれば留まる理由ないし』

『金のある家は皆逃げるだろうなそりゃ。うちみたいな庶民はどうすればいいんだよ……』


 その後、平民達の話題は今後の自分達の問題へとシフトしていった。

 そこでようやく正気に戻ったセッテ皇子は、無言で床に転がる携帯念話を踏み潰すのであった。


 バキッっという携帯念話が潰れた音が、すっかり静まりかえったパーティー会場にこだまする。


「え、えーと……」


 その音で正気に戻った観衆は、セッテ皇子の次の一言を待った。

 手ひどく裏切られた姫君を助けに来た麗しの皇子様から、国の乗っ取りを企む性悪に悪意無くジョブチェンジさせられたのだ。想定もしていなかっただろう事態に、セッテ皇子は脂汗びっしょりで一言言い放つのであった。


「じ、自分の行動がどれだけの人を苦しめることになるかもわからないとはね!」

「いや、無かったことにできるわけがないだろ!」


 突然行われた全方位断罪世間話の全てを無かったことにしたいと放たれた一言に、会場中からツッコミが入った。

 先ほどは愚かな王子を断罪する決め台詞だった言葉も、今となってはお前が言うなとしか思えないものである。

 そんな空気に耐えかねたのか、セッテ皇子はタナーニ公爵令嬢の手を取って会場から予定どおり離脱しようと動き出すが……当然警備の衛兵達に止められるのであった。


「は、離せ! 私は帝国の皇子だぞ! ここを通すのだ!」

「離してよ! 私は公爵家の娘よ!!」


 セッテ皇子とタナーニ公爵令嬢は抵抗するものの、離さないし通さない。通すわけがない。なにせ、このまま逃がせば国が滅ぶかもしれないのだから。


 その後、ルーザ王子もセッテ皇子も、そのパートナーも全員拘束され、パーティーはお開きとなった。

 そのまま両国間で緊急会議が開かれ、国の同意なしに勝手な真似をしたと両王子は揃って廃嫡。

 当初の想定ほどルーザ王子への裁きは厳しいものにならなかったが、それは両国が今回の一件を「若造共の暴走でありお互いの国は一切関知していない」とすることにしたため、積極的なアピールが必要なくなったためであった。

 その証拠として、帝国はあくまでも皇子が勝手にやったことであり、国は関与していないとシラをきりセッテ皇子を切り捨てた。

 裏切りの嫌疑をかけられた公爵家もまた、それを否定するため娘を切り捨て今後一切公爵家とは関わりは無いと宣言。

 もちろん騒動の中心にいたミエル男爵令嬢も貴族としての地位を失い、騒動を起こした四人は全員仲良く地位も権力も失い市井へと落ちていったのである。

 この先彼らがどうなるのかは知らないが……もし、彼らの言葉どおり『真実の愛』とやらがあるのならば、きっと幸せになれることだろう。

 不思議なことに、その後彼らの姿を見たものが誰もいないとかそんな話もあるかもしれないが、別に問題は無い。何故ならば、市井に落ちると言うことは二度と公の場に姿を表さないということであり、そうなっても全く不自然ではないということなのだから。


 そうして国の滅亡を未然に阻止した男達は、そんなことは全く知らずに「俺の携帯……」と踏み潰された携帯念話を手に肩を落とす貴族の友人を慰めていたのだった……。

婚約は王命だから~とか、そんな風に煽っていたのに他国の皇子様とかとその場で婚約しちゃう系婚約破棄令嬢。

よく考えたら、こいつらやってることも言ってることも大して変わりなくね?

という考えがテンプレ書いている最中に浮かび上がりこんなんできました。私にテンプレをテンプレのまま書き上げるのは難易度高すぎました……。


というわけで、異論反論ご意見ご感想お待ちしております。


※宣伝

同作者が現在連載中の長編ファンタジー


『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』


の連載を6/10より再開予定です。よければ下のリンクよりどうぞ。


よければ評価(下の☆☆☆☆☆)もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分が読むのは婚約破棄→冤罪処刑→生き返るか転生か逆行→皆殺し復讐ざまぁの作品が多いので、婚約破棄を言い出す王子が徹頭徹尾悪逆非道なタイプですね。だから主人公側の行動に多少おかしなところがあ…
[良い点] 陰謀?が念話携帯によって阻止されたこと [気になる点] 他の方も指摘してたとおり 男爵令嬢以外は幽閉なんですかね [一言] スゴイスゴイスゴイと読みました
[一言] そこらへん含めて謀略とか争乱とかメインの作品ってないかなーと思います。あるんだろうけど探しきれないですねえ テンプレは、そういう体で甘々だのキラキラだの書きたいだけと思うので、もうお約束だと…
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