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28.反逆 4

「お姫様だってニエンシャ。よかったね」


「ワタシしがない織物商の娘ヨー」


「お姫様くらい可愛いってことだよきっとナンパだよ」


「ウレシネー」


 心底どうでもよさそうにニエンシャは刺青の入った左瞼を細めた。お願いだからもうちょっと乗っかりなさいよ誤魔化すのに協力しなさい。


 目だけを動かして、タルシュ君がこちらを見る。ああ、いかん。これはいかん。疑われるどころの騒ぎじゃない。決定的とすら言える。

 そりゃそうよ人狩りの皆さんに『姫』なんて呼ばれる人間はこのオリッセンネリーにひとりしかいない。辺境とはいえ彼らについて情報を集めていないわけないのだ。


 でも、この状況でわたしを気にしてる場合じゃない。危ないよ。


 と言う暇は無かった。

 滑るようにこちらへ突撃してきた黒衣の『人狩り』がその手に持った長剣をひと薙ぎ。片手に燭台を持ったままだったタルシュはそれで受けるしかなかった。断ち折れた燭台を残して、彼は飛ばされた。


「タルシュ!」


 部屋の隅に転がった彼にデュータスが叫ぶ。

 腕を裂いただけで、致命傷ではない。ただ頭でも打ったのか、すぐに立ち上がることはできないようだ。


 彼に従っていた衛兵がに黒衣に立ちはだかる。ひとり、ふたり斬られて、三人目の次にわたしへ振り下ろされたところで長剣が止まった。


 受け止めているのはニエンシャ。わたしとさほど変わらない細腕で、重そうな曲刀を支えている。

 あの剣は始めて会った時にも使っていたものだ。ジギエッタと小競り合いしていた時に振り回していた。


 ということは――予想どおり、一歩引こうとした『人狩り』が不思議そうに眉を上げる。


「アハー、オニーサンも強そうネー。でもワタシの剣の前には――」


「ほう、奇妙な術だ。面白い。また今度見せてくれ」


「アラ?」


 本当に奇妙である。なにせ長剣は手を離されても空中に浮いたまま()()()()いる。

 ニエンシャの追撃に対して黒衣の判断は早かった。自分の長剣が動かせないとわかると即座に捨て、倒れた衛兵の落とした剣を拾い上げる。それを目の前の相手に投げつけ、弾かれたと同時に蹴りを放った。


「アラー!?」


 しこたま腹を蹴り抜かれたというのに割と平気そうな悲鳴を上げる彼女だが、勢いは殺せなかったらしい。部屋の扉を突き破り、ゴロゴロと廊下まで転がっていった。それで、宙に浮いていた長剣は音を立てて落ちる。


 うーん。ジギエッタとやりあえるくらいなんだからあの子も凄く強いのはわかるんだけど、さすがにこの人が相手だとなぁ。剣の腕だけならイスカハ君より上――というか『人狩り』の中でトップクラス――だったみたいだし。

 ところでわたしの周りに誰もいないね。ピンチだね。パテリコどこ行った。またひとりだけさっさと隠れたか。


 黒衣の男が己の剣を拾い上るようとするのと、ジギエッタがこちらへ一歩踏み出したのが同時。

 二歩目の時には、長剣の切っ先がわたしの喉元に突きつけられていた。いや早い早い。見ててもぜんぜん動けんかったわ。ひえーピッタリ当てられてる。産毛剃られてそう。


「クロエ嬢!」


「ダメ、来ないでデュータス様!」


「くっ、おのれ――」


 思わず飛び出しかけるデュータス君を制する。こらこらなにしてんのわたしが危ないでしょ。あなたも危ないけどわたしが。

 そこから動いちゃダメよ。せっかく離れてるんだから。できれば耳も塞いでくれると嬉しいな。周りの従者に抑えられてるから大丈夫だと思うけど。

 廊下に残っていた邪霊の靄がじわじわと室内に入りこんできた。タルシュ君がかなり排除したものの、まだかなりの量が残っていたようだ。ただそのおかげで、彼らはさらに部屋の奥へと下がる。


 そして関係ねぇと言わんばかりに近寄ってくる白髪。いやいやちょっと待てそこはさすがに躊躇しろ。


「ジギエッタ! ジギエッタストップ! ステイ! なにナチュラルにわたし見捨ててんの!?」


「む」


 なんだその、なるほどそういう意味か、みたいな顔は。なんかだんだんアホになってないかこいつ。


「少し見ない間になんとも奇怪な連中を飼いだしたものですなぁ、姫様。ずいぶん趣味が変わったようで」


 黒衣の上に浮かぶ顔をニヤつかせて、ゆらゆらと剣先を揺らす『人狩り』の男。こちょばしいからやめて。わずかにも手元を狂わせない自信があるし実際にそうなのだろう。間違っても切り傷などつかない。

 曲がりなりにも元雇い主だぞこっちは。本当に性格悪いな。まぁクロワルチェ相手にもこんな感じだったし仕方あるまい。


 周囲に黒い靄が広がってきた。視界が少しずつ悪くなってきた。「クロエ嬢!」と再び叫ぶ声が聞こえたが、水中へ滲むがごとく遠い。

 なるほど。邪霊って音もいくらか遮断するのね。ほほー。なるほどなるほど。


 さて。それなら。


「それで、なぜこんなところに? 貴女は死んだはずでしょう」


「あなたも死んだ人よね、フーパート」


 小さく小さく小声で呟くと、黒衣の男――フーパートはその表情をさらに歪めた。愉快そうに。


 『人狩り』の一員、フーパートはクロワルチェが領の郊外へ逃れる撤退戦の際に戦死したはずだった。少なくとも、そう報告を受けた。

 おかしいなぁとは思ったのだ。わたしがそう思ったくらいなのだから、クロワルチェだってきっとそう感じた。あるいは端から信じてなかった。


 なにせ彼女の集めた超有能異常集団の中でも一、二を争うほど抜け目のない男だったはずなのだ。この小狡い男があっさり死ぬわけない。クロワルチェへ本当に忠誠を誓っていたかさえ怪しいのだから、彼女のために命を捨てるとはまったく考えられなかった。

 こうして生きているのだから、その勘は正しかったわけだ。どうせ状況が悪いと見て、同じ『人狩り』の誰かを自分に偽装して逃げたのだろう。


 何の因果かこんなところで再会するとは。運が無かったねお互いに。どちらかというとわたしのほうが大幅に運悪いけど。


「そうそう、そうでした。いやぁ、九死に一生を得たもので。日頃の行いがいいのかな」


「奇遇ね。こちらもご覧のとおりよ」


「まったく喜ばしいことです。ふたりで中央へ凱旋といきますか?」


「残念だけど主に牙どころか剣を向けるような犬はいらないわ。下ろしてくれたら考えようかしら」


「なぁに、あくまで身の安全のためですよ。そこの男に下がるよう言ってくれませんか。まったくこんな凄腕をどこに隠していたんだか」


「イヤよ。だってあなた、わたくしも殺すつもりでしょ? そうじゃないとせっかく『人狩り』を抜けた意味が無いものね」


「あ、やっぱりわかります? そうなんですよ、素直に死んでてもらったほうが助かるんです。あー、違うな。生きているか死んでいるかわからないまま消えていてもらいたい」


「威を借りたままであれば、さぞかし動きやすいでしょうね。ご丁寧に装備までそのままなんだもの。大事にしてくれて嬉しいわ」


「イスカハ達も未だに頑張ってくれているようで。たいへん便利でありがたいことです」


「そう」


 とりあえず確信。フーパートの野郎、バッチリわたしをクロワルチェその人だと思いこんでくれている。いや事実その人なんだけどね。


 まぁ中身が違いまーすって言っても信じるまい。言ったとおり、こっちも生き延びてましたという話のほうが自然だ。現実主義もこういう時は不便だね。

 とはいえわたしのクロワルチェエミュレートも捨てたもんじゃないでしょ。長い付き合いだもん。ちょっと頑張ればこれくらいはちょちょいのちょいよ。嘘ですだいぶ頑張ってます。この喋りかた慣れねー!


 しかしおかげで、なんとなく裏も見えた。


「――それで、今度は誰の犬になったの?」


 ほんのちょっぴり。フーパートの下瞼が動く。


 彼の人となりも多少は知っている。今の目的がなにかといえば、逃げることだろう。公国からもクロワルチェの残党からも。奇しくもわたしと同じである。

 ならばこの辺境の地で、わざわざ『人狩り』の姿をしたままひとりで辺境伯家に喧嘩を売る意味がない。

 誰かに雇われたと考えるのが妥当だろう。その名前と姿だけでも腕を売りこむことに苦労はしない。雇う側としても、繋がりを辿られる心配が少ない。国中で残党が暴れている今なら『人狩り』がこの辺境に居たっておかしくないのだ。


 辺境伯領が混乱に落ちれば、なるほどウェルデリアへ脱出するのも楽になるかもしれない。ついでにそれなりの対価も貰えるのだろうし、一石二鳥の仕事だ。

 辺境伯令息の暗殺なんてほいほい引き受ける仕事ではないけれど、彼の実力から考えると――やってやれないこともないなぁ。実際に危ないとこだったし。


 うん。じゃあやっぱり、わたしも不運だったけどこいつも不運だ。


 喉に当てられていた剣先に力が入る。あ、ちょっと切れた。やめてよもー。


「ジギエッタ!」


 少し離れたところでこちらの様子を見ていたジギエッタの腕が――靄の向こうなので見えづらいけど――翻る。

 やはりというか、フーパートの反応は早い。ほんの数センチ、その剣を突きこむだけでわたしを殺すことはできただろうけど、彼は自身を守ることを選んだ。振り返りざま長剣を振ると、空中で何かがパチパチ弾けた。たぶん糸。


 そのまま彼は目の前の難敵に相対――しなかった。靄の中へ沈むように姿を消す。

 どこへ? 逃げた? いや違う。向かったのは――デュータス君がいる方向! しまった、先に当初の目的を果たすつもりだ。


 ジギエッタに奴を止めるよう口を開きかけたところで、


「【月ニ閉ジヨ(アーレドユークター)】!」


 届いたのは、先ほども聞いた呪文。

 室内の靄が晴れていく。吸いこまれていく先には、脚を断ち切られた燭台を構えたデュータス君と、その後ろにはなぜかパテリコがいた。

 あー、そうだよね。タルシュ君に使えるんだし、彼も使えておかしくないね。でもあれわたしの近くに落ちてたはずなのに、いつの間に持っていったんだパテリコのやつ。


 フーパートはちょうど部屋のど真ん中で立ち止まっていた。視界が晴れるまでには間に合わなかったようだ。

 暗殺対象は周囲を固められている。無理をすれば斬りこんでいくこともできるだろうが、後ろにはジギエッタがいる。


「ちぇっ」


 あからさまな舌打ちをすると、彼はこちらを振り向く。


「なんのつもりか知らないが……高くつきますよ」


 言うやいなや、黒衣は走る。窓へ向かって。

 ここは地上四階。それにも構わず、彼は鎧戸を突き破り夜闇の中へ消えた。

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