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第77話 エルフお姉さんと強欲な加速

 マモーン島は翼の国に属している。翼では随一の観光地で、王都も近く、人気のあるスポットだ。さまざまな国からの来訪者がある。ヒトやハーピーだけでなく、獣耳がついていたり、下半身が魚になっていたり、人の国よりもごちゃ混ぜだ。

 しかし、常夏の気候でフリルまみれのドレスのまま日傘を差して歩いている者はそうそういない。ネフェミアが歩いているだけで、あの嬢ちゃん暑くないのかよ、という視線がすごく向けられている。

 当の彼女はというと、そんな視線をまったく気にすることも無くジュースや名物料理をたくさん買い食いし、モンブランを連れて回っていた。

 屋台が立ち並んでいる通りをいくつも抜け、めぼしいものは一通り買ってしまったあとで、満足したのか彼女はやっと座った。


「久しぶりの人間社会だ! 静かなのもいいけど、騒がしいのも楽しいね」


「……あの。これと私の過去に何か関係が?」


「ないよ。きみとリゾート地に来たり買い食いをして回ったりなんてしたことがない」


「そうですか……」


 食えないというか、よく食べるというか、なにを考えているのかわからない相手だ。そのうえ感じられる魔力の波長は特異性を隠そうともしていないもので、心得のない一般人が深入りすれば卒倒するかもしれない。

 しかし、その雰囲気はどこか懐かしく、嫌な気分にはならない。


 モンブランは目の前で焼いた巻貝の中身を一口で平らげるネフェミアを見ながら、少し頬を綻ばせていた。


「あ、そうでした。ネフェミア、あなたに聞きたいことがあります」


「なんだい?」


「一体何者なんですか。魔王覚醒の紋章もないし、魔力の波長も魔物のそれに近い」


「命の王だからね」


 命の国。モンブランが蓄えている知識にはほとんど情報がなく、まるで未知の世界だ。


「それよりもベルが気になっているのは、自分が何者なのか、だろう? それはいずれ分かるさ」


「またそれですか。せめていつなのか、教えてくれたっていいじゃないですか」


 ネフェミアは魚のフライと大盛り野菜のハンバーガーにかじりつき、咀嚼し、飲み下すと共にあの楽しそうな笑みで答えた。


「きみが強く、醜悪(・・)なくらいに生きたいと願った時さ」


 ◇


 立ち寄った常夏の島・マモーン島で見つけた乗り物、その名もグリードチェイス。

 挑戦しようとした俺たちの前に現れたのは、ハーピー族のレーサーであるスワロとジョンの兄弟だった。


 売られた喧嘩を買ってしまった俺たちは、果たして彼らに勝つことができるのだろうか。そして、ラミカが考えていたはずのデートプランはどうなってしまうのか。


 といったところで、俺たちは観光客用に貸し出されている機体を借りて、兄弟との勝負に臨むことになった。

 コースは島の外周をぐるっと回り戻ってくるというもので、妨害でもなんでもありだという。


 俺はシルキィを前にして席に乗り込む。

 マシンは俺の記憶にある一般的な高速ボートとそう変わらないシルエットながら派手に飾り立てられていた。搭乗者は剥き出し、安全装置らしきものはない。

 まさに観光地に備え付けられているものといった感じで、性能に期待はできないだろう。


 それに対し、彼らが乗っている機体は通常のボートより明らかに鋭く、また余計なものが一切排除されており、スピードを求めた特注品らしい。


 二艇が並んだ。俺とシルキィもハーピー兄弟も準備は出来ている。推進機関は双方とも起動しており、運転手の魔力と同調しながら今か今かとレース開始の合図を待っている。


 そして、係員が魔法により大きな破裂音をたてると、それが開幕の合図だ。

 グリードチェイスはスイッチひとつで動き出す。シルキィとスワロの魔力を燃やして噴射、水飛沫をあげて一気に加速をはじめる。


 やはりエンジンの性能差だろう。俺たちよりも兄弟の加速が凄まじい。開幕で一気にほぼ最大出力にまで高め、ロケットスタートを切っていた。


 だがシルキィは魔力の量で勝っている。

 相手が加速をゆるめ速度を安定させようとしている中、加速度を機械の耐えうる限界まで引き出し続ける。そうして開幕直後につけられたはずの差が徐々に縮まっていく。多少のカーブではまったく減速させず、ハーピー兄弟がみせるわずかな隙に食らいつくのだ。


 風──いや、風というよりもこの速度に置いていかれている大気が全部顔にぶつかってくるようだった。時速何キロの風は女性の胸の感触と同じだとは噂で聞いたことがあるが、これはそのレベルではない。加速につれて目も開けていられなくなり、呼吸もまた思うようにできない。


 ひとまず顔全体を薄めの魔力で覆って保護し、目を開いた。高速で流れているのだろうが、周囲には海しかなく、景色は移り変わっているのか怪しい。

 そんな中で唯一相手の機体だけが近づいてきており、着実に追いついている。


 この調子なら、勝利も夢ではない。

 そう思っていた矢先、前方のマシンに動きが見えた。今まで兄のスワロにぴったりとくっついて空気抵抗を減らしていたはずのジョンが上体を起こしたのだ。


 何か企んでいるのかと身構える。すると、彼は魔力を集中させ、俺たちの方へ向けて小さな竜巻をいくつも放ってくる。

 最初の三発は機体の操作で回避。避けきれない残りは俺が闇の壁を展開して耐えきるが、巻き起こる風のエネルギーも吸収した竜巻は相当な破壊力を秘めており、機体に当たれば大破は免れないだろう。ましてやパイロットが被弾してしまったら。

 妨害ありのレースとは聞いていたが、想像よりも本気でやるのが当たり前なのか。


 シルキィは運転に魔力を注いでいる。

 グリードチェイスが二人乗りであるのは、たぶんこういうことだ。マシンを制御する者と、妨害とその対処にあたる者がいる。速さだけでなく強さも求められるゆえに、強欲の名を冠しているのか。


 俺はジョンの飛ばしてくる竜巻を防ぎながら反撃の機会を窺い、相手がカーブに差し掛かって攻撃の止んだ瞬間に攻勢へと転じた。


 空中に闇の刃を作り出す。グリードチェイスのスピードに負けないように最高速で、瞬く暇も与えないようにマシンを狙って放つ。

 五本を一息に発射して、竜巻を破りながら刃たちが迫っていく。ジョンは風を集め、圧力で押しとどめようとする。


 しばらくは俺の魔力と彼の魔力が拮抗していたが、そのうちに刃は割れ、空気中に霧散していった。

 だが彼を防御に当たらせている。こちらを攻撃してくる者はいない。

 シルキィもそのことを理解していて、加速度を上げ、機体が軋む音さえも置き去りにして、ライバルに追いすがる。


 もうすぐ最終コーナーだ。あと一度曲がれば、残りは一直線のみ。そこが勝負所である。

 ジョンが上体を起こしたまま防御に奔走しているため、あちらの機体はやや減速していた。一方で、こちら側の借り物はもはや限界が近い。大破が先かゴールが先かといったところだ。向こうも勝負を決めに来るだろう。


 俺の予想通り、ここでスワロが叫んだ。


「くそ! こうなったら合体奥義だ、やるぞジョン!」


 運転に回していた魔力の一部を攻撃に当て、こちらを走行不能にすることを選択したらしい。ふたりぶんの魔力が合わさって、雷の迸る黒い渦が鳥の形を為して、風のエネルギーを吸い込み巨大化しながら飛来する。

 横に逸れたところで、あれはかわしきれないだろう。俺の魔力でも防ぎきれない。シルキィなら可能性はあるが、彼女は運転に集中している。いまその集中が途切れれば加速度が落ち、勝利が遠のく。


「こっちも最終手段! 魔力貸して!」


 シルキィが声を張り上げた。彼女の言う通り、背中に触れて魔力を渡していく。すると彼女はどこからかいつも使っている短剣を取り出して、マシンに思いっきり突き刺し、魔法を行使した。

 機体そのものを空気を切り裂く刃として、空間に裂け目を生み出すのだ。


 いつもワープに使っている混沌の空間に飛び込んで、その瞬間に座標が計算され、飛び出した先は最終コーナーを過ぎていた。前方に兄弟の駆るグリードチェイスはない。後方だ。


「なに……どうやってあれを避けた!?」


 驚くスワロを置き去りにして、俺たちはゴールへと突っ切っていく。

 先程のワープは機体にとって凄まじい負担になっている。もうすぐ崩壊するだろう。これが成り立っているうちにゴールを目指す。


 ゴールが見えた。と同時に、フレームの一部が剥がれ、どこかへ飛ばされていく。

 後方の兄弟も負けられないとスピードを上げてきた。こちらは次々とパーツが吹き飛び、今まで加速に耐えていたはずの噴射口が壊れていった。


 だが勢いは止まらない。残り数百メートル。三百、二百、百──ゼロ。


 港に衝撃波を連れて最高速で突っ込んで、俺は勢いよく木に激突し、気絶しかけながらなんとか立ち上がった。

 シルキィは放り出された際の衝撃で水着の紐が切れたみたいで、手で押えている。危険な絵面だ。というか、よくそれだけで済んでいるものだ。


 それからすぐ後に、兄弟が港に突っ込み、マシンを爆散させながら吹っ飛んでいった。壁に叩きつけられて気絶してしまったが、これはつまり勝負には勝ったということか。


「お姉さん、やったな!」


「うんっ!」


 ハイタッチをして、晴れやかな笑顔を見せてくれるシルキィ。これは彼女の実力でもぎ取った勝利だ。それは嬉しいことだろう。


 そうして喜びを分かちあっていると、俺たちのところに係員がやってくる。彼はあの兄弟に勝利したことに驚いていながらも、バラバラになった金属片を指して言った。


「これ、島の観光協会のものなんですが」


 そうだった。俺たちは借り物を派手に大破させたのだ。勝ったとはいえ、人のものをぶっ壊したのだ、相応の責任は必要だ。


 さらに海の方から高速で迫ってくるなにかがあった。グリードチェイスかと思えば、違う。生身の人間、りんぜだ。

 彼女は衝撃波を伴いながら俺たちの前で急停止し、シルキィの格好を見るなりこう言った。


「いくらシルキィお姉さんでも……それはダメだよ! 圭くんを水着、しかもはだけさせて誘惑なんて……!

 しかも圭くんも水着! ってことはさっきのはふたりっきりの密着ボート!? 風から圭くんとシルキィお姉さんの匂いがしたから来てみればこれなんだから……あぁ見過ごせない!

 圭くん、私ともやって。今すぐ水着選んでくるから。ううん、いっそのこと一緒に選ぼう、ほら来て、ほら!」


 さっきのグリードチェイスの加速並にまくしたてるりんぜに押され、俺は手を掴まれたまま無抵抗で水着ショップへと引きずり込まれていった。


 その途中で、俺とシルキィがふたりっきりになるのを演出しようとしていたラミカが視界に入る。

 彼女は頭を抱えており、どうやらこの展開はラミカの思い描いていたものではないみたいだった。

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