第78話 俺たちと翼の国
マモーン島での休憩を経て、改めてキムラに乗り込んだ俺たちは翼の国の王都へ進んでいた。
海を進んで港町へ。そこから歩き、いくつか街を通り抜けて数日後。ついに王都に辿り着く。
そこはたくさんの人で賑わっていて、人の国ほど多くはないものの、人の波ができている。
また、王都まで来ると上空も整備されており、歩行者用ならぬ飛行者専用の道があり、忙しなく飛び回っていた。
空はもちろん、街ゆく人々はほとんどがハーピー族である。他種族はお店を開いている人たちが多いらしい。
飲食店を経営しているマーメイドのバーテンダーに聞いてみると、翼の国の国民性として物珍しいものが大好きな気性があり、けっこう繁盛しているみたいだ。
そう話しているあいだにもハーピーのお客さんがやってきて、俺たちのことが珍しいのか、話しかけに来る人が多かった。
好奇心旺盛であるうえに世話焼きなのだろうか。旅人とわかると飲み物を奢ろうとしたり、中には家に泊めてくれるなんて言い出す人もいる。気持ちは嬉しいけれど、さすがにお断りさせていただいた。
とにかく、ここならエルフもヴァンパイアも気にする者はいない。ラミカたちを隠れさせるには十分だ。
「でも、店を構えるなら国の許可、何より店舗が必要じゃない?」
ラミカの言う通りだ。翼の国に到着しただけでは、もちろん家屋の宛などない。頼るのは国の方だ。
書類を提出し、魔法道具によるチェックを受け、彼女に会わせてもらえるように頼んだ。
それからいくつかのボディチェックがあり、警備のお兄さんをつけられ、王宮の端の塔に入ってよいということになった。
中庭のほうに誘導されていくと、整えられて美しい花に囲まれた中に白いテーブルが置かれており、そこに目当ての少女がいる。
ふわふわとした灰色の天然パーマで、水色の瞳に魔王覚醒の紋章はない。薄手のキャミソールが周囲の花も相まってメルヘンな雰囲気を醸し出していた。
彼女──イグル・ストレミアは俺たちを見ると目を丸くして、首をかしげた。
「我が箱庭に魔の輝きが訪れるとは。これが天命の導きか、あるいは歯車の気まぐれか」
まさかここであなた達に会うなんて驚きだ、と言いたいのだろうか。わからないフレーズはあれど、どうにか意思は汲み取れる。
俺たちはイグルにお店を出したい旨とラミカたちの事情を伝え、またしても驚いた顔をされた。
それもそうだ。魔王会議の後に暁夜間の対談が予定されていたのは知っていても、天使と手を組んだサクラが襲ってきて暁の王が死亡しただなんてぶっ飛んだ話をああそうですかと受け入れられる者の方が少ない。
「……左様であれば、我から認可を出そう。これでも翼王の孫、その程度は容易いことだ」
イグルもある程度の権限を持たされているそうで、ラミカと妹たちが安心して胸を撫で下ろした。それに彼女はこう続ける。
「物件と土地はもう決まっているのか? 決まっていないなら、いくつか候補を紹介できるが」
「そんなことまでしてもらっていいのかな……?」
「伊勢神りんぜ、貴君には恩があるからな」
イグルとりんぜは魔王会議の際に温泉で仲良くなったらしい。縁は作っておくものだと実感しながら、俺たちは彼女の言葉に甘えて、物件探しへと赴くことにした。
庭園を出ようとするイグルには、なにも言わず二人ほど屈強な近衛兵たちがついてくる。彼らに一礼をして、俺たちも彼女についていったのだった。
◇
いくつか見て回った結果、王宮には近いが奥まった路地にあるせいで潰れた隠れ家的バー跡がちょうどよさそうだったので、店を構えるのはそこに決定した。カウンターはすでに備わっており、大幅な改装まではしなくてよさそうだ。
調理器具は魔法道具が置いてあり、劣化することはないためそちらは心配がいらないようだ。
問題は家具や内装だろうか。家電などでも一息で簡単に作れてしまう錬金術なんかがあればよかったのだが、あいにく俺たちにそんな術はない。
代わりにあるのは、勇者として認められた時にもらったお金だ。サクラには殺されかけたものの、高額の資金はありがたいことに残っている。
先日マモーン島でグリードチェイスのボートをぶっ壊してしまった時の弁償で多少差し引かれたが、家具は揃えられるはず。
ラミカは申し訳なさそうだったが、暁と夜の騒動はそう簡単に収まるものではない。彼女たち姉妹が自宅に戻れるようになるまではとても時間がかかるだろう。
それに、しばらくは俺たちにとっても拠点になるだろう場所だ。ぜひ居心地がいいところにしたい。
「では効率化のために班分けをしよう。家具やデザインを決める組と、商品開発の組だね」
ネフェミアの提案を聞いて、俺たちは二手に別れることにした。家具・内装チームには、ラミカを除いた妹たちにシルキィとりんぜが保護者として加わる。商品開発チームはそのほかだ。
マモーン島では誤解が発生して突っ走ってしまったが、暴走する要因がなければりんぜもいいお姉ちゃんだ。そちらは彼女の持つ元女子高生のセンスに任せよう。
一方でこちらには料理担当のモンブランがついている。ネフェミアと俺は料理を作ったことは無いが、味見役か。
店長になる予定のラミカは、妹たちの方がお料理は慣れてるとしつつ、一番慣れてない自分ができるメニューなら彼女たちにはお手の物だろうと言う。
「でも材料は買い出しに行かないと無いんじゃ?」
「心配いらないよ。魔物素材ならこの場に出せるからね」
ネフェミアがぱちんと指を鳴らすと、あの首長竜の背中に家が生えてきたように、虚空に突然足の生えたいちごが現れ、あたりを見回すと絶叫しながら走り出した。
生きているのは初めて見たが、相変わらずこの世界のいちごは悪魔のような顔をしており、しかも鳴き声はとても耳障りだ。いつもこの魔物を食べていたのか。
ネフェミアが逃げ出そうとするいちごを捕まえ、そっと手に乗せて、当然のようにヘタをちぎった。
大きな痙攣をひとつだけして絶叫が止み、生えていたはずの足も消えてただの顔つきいちごになる。
「こんな感じで出せるよ。はいラミカくん、味見」
「え……ど、毒とかはいつてないでしょうね」
「まさか、品質は私が保証するよ」
彼女はネフェミアに渡された、今しがた絶命したばかりの果実を口に含み、咀嚼する。すると途端に表情をあかるくし、おいしいの一言を漏らした。
「甘酸っぱくてみずみずしくて……家で食べてたのよりおいしいかも」
「だろう? これで試作用の材料には困らない、というわけだ」
ネフェミアはとても得意げな顔をして、続けて指を鳴らした。
今度現れたのは大型の凶暴な獣である。大きな二角と巨躯を持ち、雄叫びをあげカウンター目掛けて突進しようとする彼に対して、ラミカと俺とモンブランは大慌てで各々の魔法を使わざるを得なかった。
なんとか突進を阻止、裂いた首から噴出する血飛沫を闇の魔力で包み込んで別途袋へ保管することに成功したものの、一頭まるごと仕留めたぶん大量の肉の処理と解体の手間が必要になってしまった。
できれば精肉の状態で出して欲しかったのだが。
「ちょっと! お店壊す気!?」
「そんなこと言われても生きた魔物しか出せないよ。動いて襲ってこないタイプの植物とかも専門外だ」
実はネフェミアに頼らない方が早いのではないだろうか。 全員がそう思ったことだろう。
そんなこんなで、俺たちの商品開発は始まったのである。
まず全員で一旦食材の買い出しに行き、自分が目をつけた食材を購入、メニューを作ってみて試食会をする。それから採用かどうか決め、方向性を探っていくのだ。
じゃんけんの結果、最初に披露することになったのは俺だった。特別な案はなにもなかったゆえ、ネフェミアが出した獣まるごと一頭分の肉を処理するために牛丼を作ってみた。レシピは魔王の本で見たもののうろ覚えだ。
その結果、思っていたよりもうまくできていたらしく、試食係のイグルは美味しそうに食べてくれた。
ただし、「インパクトがない」「カフェの雰囲気に合わなくなる」ということでボツになってしまったが。
「次は私だね。ではこちらを」
二番手のネフェミアが出してきたのは、極限まで圧縮されたおにぎりにも見える、三角形のなにかの塊であった。
曰く、題名は『完全食オー・ニギリ』。なんとこれだけで数日は活動出来るエネルギーが含まれており、体内で膨れ上がるため腹持ちもいいんだとか。
それは腹持ちの問題なのだろうか。試すにはあまりに危険な代物である。
イグルの代役にモンブランが名乗り出て口に放り込むと、咀嚼ではなく歯が欠ける音がして、彼女は台所に破片を吐き出した。
その間にも唾液を吸って膨張が始まっており、慌てて飲み下した彼女のお腹でみるみるうちに大きくなって、まるで妊婦さんの経過をコマ送りで見ているみたいになっていた。
彼女は必死に堪えていたが、胃を無理やりそこまで拡大されれば普通の人間は死ぬ。殺人兵器だ。販売できるはずがない。
「おかしいな。効率的だと思ったんだけど」
ネフェミアは天然なのか、なんなのか。
三番手は本来モンブランだったが、お腹が強制拡張され、お腹が破裂寸前まで膨らみ血管が浮き出て見えてまでいるので、どう考えても動けない。
というわけで、ラミカに番が回った。彼女は自信ありげに話し始める。
「ふたりともわかってないわね。このままだとあたしのが一番人気になっちゃうわよ」
そういって彼女は透明なワイングラスに飲料を注いでいく。高貴な香りを漂わせる宵闇の液体、そこにところどころ小さな金の斑点が見える。
最後の仕上げに彼女は自分の牙で指を切り、自らの血を滴らせた。一滴の鮮血は不思議と満月の形になって、小さなグラスに夜空ができあがる。
「そうね、イグルちゃん風にタイトルをつけるなら……『瞬きの夜、快楽誘う血の月』かしら。
ヴァンパイアの血を注いだお酒って、とんでもない高値になるらしいわよ」
深い紅の月が揺れ、金色の星々が煌めく、グラスの中の小さな夜空。イグルは目を輝かせてそれを見つめ、香りを楽しみ、最後にくいっと飲み込んだ。
思いっきりお酒と言っていたし、イグルはどう見ても未成年だが、異世界では禁止されていることでもないのか皆平然とイグルを見守っている。
最後の一滴に残った星が流れ落ち、イグルの舌に導かれ、消えていった。
「どうかしら?」
「……大人の味って感じ」
「そうよね。それはちょっと初心者向けじゃないやつだって言われたもの。じゃあこっちでいきましょうか」
ラミカは次の一杯を作りはじめ、それを飲み干したら続けて別のお酒を試し、また次のお酒へ。
それを繰り返しているとだんだんイグルの顔が赤くなっていき、そして四杯目の終わりで完全に酔っ払ったのか突然涙がぶわっと流れ始める。
その様はせき止められていたものが一気に溢れ出したみたいで、彼女は泣きながら、申し訳なさそうに覗き込むラミカにも応えず声をあげた。
「みんな聞いてよう……わたし、翼の王になっちゃうかもしれなくて……」
イグルはいつもの遠回しな表現をしたがるのに、アルコールのせいかそれすらも忘れて、泣きながらの話だった。




