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第73話 ヤンデレ幼馴染みたちと脱出

 人の国の軍艦にて。サクラがメイドの帰還を待たずに出港させたため、メイドは帰ってくるのに労力を要することになっていた。

 彼女はどこからともなく取り出したサーフボードで波に乗って追いかけてきたので、今は報告をさせている。

 サクラの座る眼前にて、彼女は跪いている。ところどころ衣装や身体に焦げ跡があるのは、激戦の証なのだろう。


「ご主人様。メイドは激闘の果てに疲れた身体で衣服を濡らし帰還致しました」


 開口一番にこう言うということは、遠回しに「追いつくのが大変だったので、置いていこうとしないでください」と言いたかったのだろう。

 サクラは聞き流すことにして、報告を促した。


「報告を。魔王覚醒者はちゃんと処理できましたか?」


「暁の王を仕留めました。夜の王は発見できず、元勇者一行も逃してしまいましたが」


 なぜか暁の国にいた圭たちは生きているのが確認された。彼らの実力で反抗されたら面倒であるため消しておきたかったのだが、失敗したならそれでいい。深追いしている暇はない。

 それよりも、メイドがフェリアスを殺すことに成功したという報告に、サクラは目を見開き、そして喜んだ。


 後継となる者を選定していない魔王覚醒者が死ねば、新たな継承者が選定されるまでには多少の時間がかかる。

 その間は世界のパワーバランスが不安定になり、少し力を加えてやれば大きな崩壊を起こすだろう。


 そんなことは知っている。だからこそ、だった。不安定になればいい。


 わざわざフェリアスの妹を攫ってきたのも、彼女が次の代だとフェリアスが選んでいた可能性を考慮して、だ。

 現在ラジエルに任せてしまっているが、適格者として選ばれていたならば、きっと目に紋章が浮かび上がってくるだろう。

 そうなってからフィリートを殺せば、間違いなく世界は不安定になってくれる。


「めーちゃん。暁の王を仕留めたこと、大いに褒めて遣わします。これで私の計画は実現へと近づく」


 メイドは表情を変えない。平然としてスカートの裾を持ち上げながら、お褒めいただき恐縮ですとお辞儀をし、そのまま言葉を続ける。


「元勇者のエルフ……シルキィ・アールヴについてですが」


「彼女は暁の王を継承しないのではなかったのですか?」


「はい。ですが伊勢神りんぜと行動を共にしている以上、障害となることでしょう。

 もしそうなれば、彼女のことはメイドにお任せしていただけないでしょうか」


「えぇ、いいでしょう。お好きにどうぞ」


 命じてはいたが、魔王覚醒者の討伐に成功するとは思っていなかった。ゆえにサクラは気分がいい。敵ひとりの処遇を決める権利くらい、報酬としてはあまりに安いものではないか。

 もう一度お辞儀をするメイドの頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。


「これからも期待していますよ。めーちゃん」


 彼女は真顔のまま、はいと短く返事をしたのだった。


 ◇


 遠方から聞こえた爆発音。それだけではない。電撃に発砲、明らかに誰かが戦闘している音だ。それも魔王覚醒者クラスの魔力を感じる。肌にびりびりと伝わってくる。

 電撃ということはつまり、『電光の賢者』であるフェリアスの魔力か。そこにシルキィもいる可能性は高い。

 俺は立ち上がり、このことをりんぜとモンブランに話す。ふたりも確かにエルフの魔王覚醒だと感じていたらしく、そこへ向かうことはすぐに決まった。


「それじゃ出発だね。ふたりとも、私に掴まって!」


 俺とモンブランがそれぞれ彼女の片腕を抱いて、しっかりと振り落とされないよう身構えた。強引なやり方だが、りんぜの速度があれば飛んでいくのが最短ルートだ。

 脚に力をこめたりんぜが力を解き放ち、黒い風を纏いながら飛び出す。その瞬間からすでにありえないほどの加速を生んでおり、暴風に煽られ飛ばされそうだった。障害物はすべて衝撃で吹き飛んでしまう。りんぜを阻めるものはない。


 瞬きしたその直後には、もう彼女は着地していた。さすがに急激な減速はできないため、地面に向かって派手にストンピングを決め、クレーターを作りながらの到着だった。


 騒がしくはなったものの、ここを目標にして間違いはなかったらしい。倒れているフェリアスと、傍らにたたずむシルキィの姿が見える。


 彼らに呼びかけ、駆け寄っていった。だが、シルキィは振り返ってくれても、フェリアスに反応はない。

 目に入るのはその額にある大きな銃創だ。傍らの彼女がなにも言わなくとも、すでに息絶えているだろうことが見て取れた。


「……私ね。動けなかったんだ。今やらなきゃってわかってたはずなのに。

 今さら怖くなっちゃって、私、お姉さん失格だよね」


 目の前で自分たちを守るために戦ってくれている兄を前にして、何も出来なかった。それは彼女にとっては重い事実だろう。


「でも。ラミカたちを助けられたのは、シルキィお姉さんのおかげじゃないか」


「私はなにもできてないよ。

 ラミカはエンディネが守った。アルカとラキュラは、ラミカが囮になってくれた。フィリートはまだ見つからない。兄さんは……」


 彼女は俯いた。


「シルキィさん……心中お察しします。

 ですが悔やんでいても仕方ありません。ラミカさんたちを迎えに行って、別の場所への移動を考えましょう」


 モンブランの提案は強く拳を握りながらのものだった。悔やんでいても、という言葉は、自分自身にも言い聞かせている。

 彼女だって、獣族の件でサクラと和解したばかりだ。衝撃は大きいだろう。あの時こうしていればなんて、いくらでも考えてしまう。


 だが、問題は終わったわけじゃない。根本的な解決にはならなくとも、まずはラミカたちの安全を確保した方がいいだろう。


「フェリアスのためにも、まずラミカたちを守ろう。シルキィお姉さん、協力してくれ」


 俺はシルキィに手を差し伸べた。彼女は躊躇って、その時になにかを思い出したようにはっとして、しっかりと手を握り立ち上がってくれた。


「うん……私、お姉さんなんだよね」


 自分の頬を叩き、シルキィは気合いを入れ直す。塞ぎ込んで前を向いていなかった瞳にも、光が戻ったように思える。

 兄の亡骸を抱えて、でも彼女は歩き出した。


 小屋に戻り、俺たちは事の顛末をラミカたちに話すことになる。サクラの裏切りとフェリアスの死だ。彼女たちにとって状況は悪くなる一方で、ラキュラは震えてさえいた。

 無理もない。フィリートとは離れ離れになったままで、アルカが拷問にかけられるのを見せつけられ、育ての親であるエンディネとフェリアスは殺された。少女がおかれるには過酷すぎる。


 一方でラミカは落ち着いているように振る舞っていた。真っ先に言い出したのは、彼のお墓を作ってやろうということだ。

 誰かに見つからないように隠れての弔いのため、墓も葬儀もやはり簡素なものになってしまうが、俺たちは尊敬の念をこめて彼を見送った。


「……それで。人の国が頼れなかったどころか、向こうはこっちのこと殺す気になっちゃったわね。どうするの?」


 サクラは俺たちのことを殺し損ねた。それはつまり、今後再び狙ってくるということだ。人の国に戻っても危険ばかりだろう。

 せっかく勇者として認定されたばかりだというのに、まさかお姫様に裏切られるとは。まったくの予想外である。


 そうすると、次に目指すのは何処だろうか。人、暁、夜を除けば国はあと五つ。ほかは新大陸くらいだ。

 それぞれの長の中でも、魔王会議に出ていた者ならば面識がある。中でも蕾や雫であれば協力してくれるだろうか。サクラの件があったため、信用しきるのを躊躇ってしまう。


 考え込むと、どうしていいかわからなくなる。ここはズバッと決めてしまいたいところだが。


「……ねぇ、圭くん。なにか聞こえない?」


 なにやら周囲が騒がしいらしい。小屋の外を見ると、どうやら人々が集まってきているようだ。なんのためにだろう。

 俺は人々の群れをぼんやりと眺め、やがてそのうちのひとりと目が合った。慌てて逸らすが、彼はこちらに気がついたらしい。


「いたぞ! ここにヴァンパイアが隠れてるんだ!」


 なるほど。軍だけではなく、人々のあいだにも種族による敵対意識は存在するらしい。

 いや、納得している場合ではない。今すぐに逃げないと。小屋の中は一気に慌てた空気となり、まずはりんぜに声をかけた。


「りんぜ、ワープだ!」


「あ、うん! いくよ、『神無キ世ニハ(アザトース・)──ぁうっ!?」


 りんぜはエネルギーを脚に集中させて空間を裂こうとしたが、ラジエル戦で蓄積された疲労からかうまく制御できず、弾かれてしまった。ワープには頼れないらしい。


「ごめんね……ちょっと疲れてて……」


「ワープじゃだめか。じゃあ俺たちが乗ってきた船は」


「洋上に乗り捨てました」


「そうだった……!」


 乗り物を所持していなかったという事実を今確認した。

 いったん民衆には気絶してもらって突破するか。いや、そうしたとしても結局ワープは使えないし、船を持っていないため、隠れてりんぜの休息を待つことになる。


 すでに小屋はエルフの人々に取り囲まれており、考える余地はない。とりあえず全員吹っ飛ばしてから考えるべきか。


 俺がそんな強引な手段を考えたところで、突然大きな飛沫とともに影が現れた。見ると、海岸に巨大な魔物がいる。頭から尾まで十数メートルはある首長竜だ。

 俺たちのことを囲んでいる人々を見ると、鋭く巨大な牙を見せて威嚇したり、舌なめずりをしてみせた。人々は恐れおののき、包囲が崩れる。


「今だ、こっちへ!」


 魔物の傍らには、なんと少女がいる。

 日傘をさしていて、白銀の長髪を持ち、少なくとも俺は見たことの無い少女だ。


「なによあれ、信用していいの!?」


 ラミカも混乱している様子だが、これは好機だ。あの魔物に乗ることができるなら、船の代わりになるだろう。


 俺は包囲の隙間を駆け抜けて、魔物と少女のほうへ走っていく。

 そして彼女に導かれるままに、なんとか全員が魔物の背中に乗り込んでいったのだった。

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