第72話 ヤンデレ幼馴染みたち、流れ着く
「──くん! 圭くんッ!」
あれ、俺はなにをしてたんだっけ。
誰かの呼びかけが聞こえる中、手放していた意識が戻ってきて、俺は目蓋を開く。
目の前にいるのはりんぜだ。朝起きたときに彼女がいるのはもはや当たり前の光景になりつつある。
「圭くん……よかった……!」
りんぜに抱きしめられ、俺ははじめてここが屋内ですらないということに気がついた。野宿をした覚えはない。確か、人の国の軍艦に乗り込んで、サクラに会って、そしてあの光線を受けて。
「そうだ、みんな大丈夫か!?」
慌ててあたりを見回すと、どうやらここは暁の国のほど近くにある小島らしい。砂浜には俺とりんぜの他にも、もう一人少女が倒れていた。モンブランだ。
彼女は皮膚のところどころが焼け焦げていながらも、俺の目が覚めたのを見るとぱあっと表情を明るくする。
「……よかった。生きてらしたんですね」
モンブランは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。光線に飲み込まれたとき、俺のすぐそばにいたのは彼女だった。ところどころ焦げているのは、あの攻撃から庇ってくれたからか。
「ありがとう、モンブラン」
俺は駆け寄ってきた彼女の頭をそっと撫でる。あれだけのダメージを受けたせいでふかふかの毛並みも傷んでいた。
「子供扱いしないでください。名前を……大人の証をくれたのは、圭さんとりんぜさんじゃないですか」
「そ、そうか」
撫でる手が止められて、ぎゅっと握られた。目の前の少女は笑顔を見せてくれる。
一方、視界の端には、ものすごく不満そうにしているどころかモンブランに対して多少の敵意を抱いているりんぜの姿が見えた。
「あ、えっと、そうだ! りんぜが必殺技で対抗してくれなかったら全員吹き飛んでたかもしれないもんな、りんぜもありがとう」
「……うん」
慌ててフォローしようとすると、敵意はおさめてくれたらしい。こちらも安心だ。りんぜとモンブランに関しては、ものすごくライバル視していたときもあった。間に挟まれていたシルキィが不憫になるくらい。
「あれ? シルキィお姉さんは?」
てっきりすでに目が覚めているのかと思っていたのだが、シルキィもフェリアスも姿が見えない。
モンブランは首を振って答えた。
「この島には流れ着いていないようです」
どうやらはぐれてしまったらしい。ふたりのことだ、死んだと考えるには早計すぎるだろう。探しに行くべきか。
「行こうよ、圭くん。私は風の力で飛べるから、ふたりを連れていけるし」
りんぜは黒い風を纏わせながらそう言った。シルキィと一緒に冒険してきたのは俺だけじゃない。りんぜもモンブランもそうなのだ。
相手はあの巫女姫だ。次にあの攻撃を喰らえば、今度こそ命はないだろう。
だとしても、見捨てるなどという選択肢は、俺たちの思考にはないのだった。
◇
空間に突如裂け目が生まれ、その向こうの混沌の渦からふたりの人間が転がり出てくる。シルキィとフェリアスだ。
シルキィは咄嗟に空間を切り裂いて、そこへ逃げ込んだのだが。咄嗟のことで亜空間の混沌をうまく制御出来ず、短時間ですぐ近くの座標へ戻らなければならなくなっていた。
そうしてふたりが戻ってきたのは、暁の国本島だ。ラミカたちの待つ小屋にほど近い海岸で、先程までいた場所である。
海上では、サクラの乗る軍艦はすでに出港しようと動き出しており、あれを追いかけて乗り込むのは骨が折れるだろう。
隣に立つフェリアスはその光景を呆然と見つめ、巫女姫様、と呟いた。
彼にとってサクラは敬愛していたはずの相手だ。
だがサクラは天球奥義、つまり魔王覚醒者における最大の威力を持つ攻撃を放ってきた。殺すつもりでなければなんなのだろう。
「……きっと、話せばわかりあえます」
その一言には、フェリアスの願望も込められていたのだろう。シルキィにはそうは思えなかったが。
シルキィはあのとき、サクラの目を見た。天球奥義を放つ直前、オーロラとなった魔力を纏いながら、彼女の瞳は空ばかりを見つめていた。
これから殺す相手のことさえ眼中になく、恋をした少女の瞳のまま、あの光線を放っていた。
シルキィは兄がどれだけサクラの話で饒舌になるかを知っているから、それを言ったところで彼の認識が変わらないことも理解している。わざわざ口には出さなかった。
「これからどうしよう。パーティのみんなはいないみたいだし、船はもう出ちゃってるし……」
こんなことになるとは予想していなかった以上、合流の手立てなんて相談していない。
フェリアスはサクラを追いかけたいと思っているだろうが、座標を計算するシルキィの魔法では、動いている乗り物に乗り込もうとすれば壁の中に入り込んでしまう可能性も高い。
できることといえば、ラミカたちを迎えに行くことだろうか。それ以前に、彼女たちは無事に隠れているだろうか?
思考を巡らせながらぼんやりと振り返る。
──その瞬間になにかが炸裂する音がして、シルキィは肩に違和感を覚え、直後に焼け付くような痛みがした。傷口からは生暖かな液体が流れる。
シルキィを傷つけたのはどうやら金属の塊であるらしく、それを高速で射出するということは、こちらの世界では見たことの無い技術だ。
先端から白煙を吐く黒い金属の筒を手にした少女が立っている。白黒のメイド服に身を包み、相変わらず無表情で、しかし殺意を隠そうともしていない。
彼女はサクラの遣いだ。会うのはもう三度目か。
「おっと、誤射です、ごめんなさい。
ですが貴女に用はないのです。私の目的はそこにいる暁の王様ですから」
彼女は手にした武器をこちらへ向けている。下方に飛び出した突起に指をかけ、引けば火薬の匂いとともに鉛玉が放たれる。狙いはフェリアスだ。
彼は光の魔力を展開して防いだが、メイドの獲物はフェリアスで間違いないらしい。
あの攻撃といい、メイドの刺客といい、つまりサクラは魔王覚醒者であるフェリアスを殺そうとしているのか。
彼女は魔王覚醒者の死が世界の滅亡へ繋がるという言い伝えを知っているはずだ。
訳がわからないまま、メイドは次の弾丸を放ち、フェリアスが光の弓を用いて対抗する。
「シルキィ、下がっていなさい。彼女に聞くべきことがあります」
サクラの送り込んだ刺客、それも彼女の隣に立つほどの従者ならば、彼女の真意も知らされているかもしれない。
彼は前に出て、構わず発砲してくるメイドの攻撃を防ぎつつ、声を張り上げる。
「聞かせて欲しい。巫女姫様は何をお考えなのでしょうか」
「魔王覚醒者の殺害。それがご主人様の命令です。
そうですね、貴方の後は夜の王様。それと妹様方もついでに処分しておきましょうか」
メイドは嘲笑うような声色で言う。フェリアスの神経を逆撫でしたいらしい。
「……それが巫女姫様の意思か」
「えぇ、ノットジョークですよ。魔王覚醒者が死んだ時、次の適格者が選ばれていれば受け継がれる。妹まで殺せというのは、それを防ぐためでしょう」
フェリアスは歯を食いしばり、メイドに向ける視線に明確な敵意を露わとした。
例え今まで敬慕してきた相手だったとしても、それ以前に彼は暁の王であり、ラミカたちの兄だ。メイドの言葉通りにはさせない。
「鏡像の先、邪悪の果てに顕れる十の天球よ。彼の大樹は根より出で、地に枝を広げ、殻を破りて悪徳を綴る」
始まるのは魔王覚醒者の詠唱だ。暁の魔力、即ち黄金に輝く光が集い、フェリアスをメイドの発砲から守りつつ、彼に力を与えていく。
「輝くは暁光、照らし出すは深き森の魔王。気高き魂よ、陽光となりて世界を照らせ」
電撃が鳴り響き、彼の衣服には雷の迸るようなラインが入り、長髪は光を宿す。
その詠唱はつまり、彼が巫女姫への敬慕を振り切ろうとするがゆえのものでもあった。
変化は完了し、フェリアスは敵を見据えた。瞳に刻まれた紋章深い紅を示し、並大抵の人間ならば縮こまるほどの気迫を感じさせた。
矢と弾丸が飛び出し、戦いの火蓋が切って落とされた。
彼の初撃である光の矢は一度の射撃で六本に分裂し、それぞれがメイドへと向かっていく。彼女はそのすべてをくぐり抜けて反撃し、すでに向かってきている第二波の矢を撃ち落とし、さらにフェリアスへと鉛玉を届かせる。
だが光の魔力で作られた弓はそれ自体が相応の破壊力を持ち、鉛玉をも弾き飛ばす。フェリアスもメイドも、まだ傷はない。
このままでは埒が明かないだろうと見てだろうか、フェリアスは踏み込んだ。次々と迫ってくるメイドの迎撃にも対応しきり、互いの距離は一気に詰められる。
フェリアスが選んだのは至近距離での射撃だ。瞬時に矢を番え、放つ。響く音よりも速く、一度に何発も繰り出される矢がメイドの身体へと突き刺さろうとする。
だが彼女もただ貫かれるのみではない。接近された時点で避けられないと踏んでいたのか、むしろさらに距離を詰め、手にした得物をフェリアスの額に突きつけてトリガーを引く。
その一瞬の出来事の直後、相手の攻撃によってふたりは血を流した。
メイド服は腹のあたりが破れ、電撃の矢によって焦げた傷が覗いている。一方でフェリアスの眉間に放たれた弾丸は彼の皮膚を裂き骨を破壊したものの、体内への侵入は魔力に阻まれ叶わなかった。
痛がっている暇など、魔王覚醒者の戦いにおいてはどこにもない。
額から流れる血を拭い、フェリアスは再び矢を番える。メイドもあの黒い筒を構え、腹の傷を気に留める様子もなく、発砲と同時に回し蹴りを繰り出す。
翻るロングスカートは瞬間的に視界を奪い、狙いをわずかに逸らした。貫かれたスカートには焼け焦げた穴が生まれるが、メイドの肉体にはかすり傷をつけるのみだった。
回し蹴りがフェリアスに叩き込まれる。彼はその衝撃を耐え、メイドの脚を掴み投げ飛ばす。
直後には、フェリアスの周囲にはいくつかの光の刃が生成されている。投げ飛ばされたことで体勢の崩れたメイドへ飛んでいく。
空中での回避は不可能だ。彼女も弾丸での迎撃で撃墜するしかなく、フェリアスはそこへ一筋の雷光を向かわせる。
彼女は手元に突如出現した大型のシールドを用いてなんとか逸らしたものの、受け身をとる間もなく地面に叩きつけられ、小さく呻いた。
それでもすぐさま立て直し、トリガーを引いたメイド。しかし、カチ、と押し込む音がしただけで、弾丸は放たれなかった。弾切れだ。
「……これは少々まずいですね。追い詰められてしまいました」
彼女はそう言いながら残弾のなくなった得物を投げつけ、フェリアスに向かって駆け出す。今度はメイドが接近を試み、フェリアスが射撃によって迎撃するわけだ。
投擲は案の定防がれ、光の矢を何度か身体に受けながら、やがてフェリアスのもとへたどり着く。
彼は接近の勢いを乗せたメイドの飛び蹴りを両腕で受け止めた。その隙に光の刃を展開して彼女を貫こうとするが、飛び蹴り一発だけでは終わらない。拳、蹴り、頭突き。肉弾攻撃が休まず続き、魔力への集中を乱してくる。
だが一瞬、その攻撃が止む瞬間があった。蹴り上げた直後、脚を地につけた時、わずかながらも隙が見えた。
それを逃さぬためにフェリアスは光の弓を振るい、メイドに浴びせようとした。
──だが、直後に響いたのは炸裂音だ。
先程残弾が尽きたと投げつけたはずの黒い金属の筒がメイドの手にあり、フェリアスの脳天を貫いたのだった。
状況の理解できない彼は光の弓を取り落としながら吹き飛ばされ、倒れてしまう。
「追い詰められた、というのは冗談です。イッツァメイドジョーク」
フェリアスは気づくべきだった。彼女がいつでも手元に武器を呼び出せるのだと。だがもう遅い。
彼は脳を損傷したことにより魔力の制御が不安定となり、黄金の光は身体から離れていき、魔王覚醒の紋章は輝きを失っていく。
シルキィはその光景をみて初めて、自分が一歩も動けていなかったことに気がついて、しかし彼を抱き寄せるしかできなかった。
「……申し訳、ありません、シルキィ。私は頼りがいのない兄で……同僚すら守れなかった男です。
これからはシルキィが一番お姉さんですから。妹たちを守ってやるんですよ」
「……兄さん」
シルキィが頷いたのを見届けたのだろうか。彼はそのまま、ぴくりとも動かなくなった。
「任務は完了ですね。あとはラミカ様ですが……」
メイドはシルキィのことをじっと見つめていた。彼女はどこか憐憫の感情を抱いているふうにも見えた。
「かわいそうなエルフごっこさんに免じて、今日のところはこのくらいにしておきましょう。メイドは疲れてしまいました」
彼女は穴の空いたロングスカートを翻して去っていく。シルキィは見逃されたらしい。
フェリアスは息絶えた。圭たちと合流する手段は無い。
肩の痛みが伝えているのは、最悪の状況だった。




