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第71話 巫女姫、船上にて

 突如現れた人の国の軍艦にて、巫女姫サクラと会うことになった俺たち一行とフェリアス。

 彼女に聞かせて欲しいと言われたために、暁と夜の会談が行われようとしていた中で実際に巻き起こされた出来事を話していた。


「そうでしたか……妹さんがご無事でなによりです」


 サクラは痛ましく思ってくれているらしく、彼女の表情にもあらわれていた。そのまま姉妹の保護やフィリートの捜索を頼みたい旨を伝えると、返答は好意的であった。


「えぇ、私たちで力になれるのなら是非。フィリートさんの捜索も、こちらで進めておきましょう」


「……! 巫女姫様にそのようなお返事をいただけるうえ、お力添えまで……心より感謝申し上げます」


 フェリアスにとってそれ以上に心強いものはなかったのだろう。彼はサクラの前に跪き、頭を垂れた。俺たちもやるべきかと後ろの三人を見て、考えているうちにサクラが玉座から立ち上がる。


「どうか顔を上げて。人と暁は同盟関係、私たちは対等です。あまり畏まるのもよくないでしょう」


 彼女はフェリアスの眼前に屈み、顔を上げさせ微笑みかけた。

 サクラのことになると饒舌になるフェリアスのことだ、この状況には緊張しているのだろう。

 そう思って見ていると、案の定彼は固まっていた。吸い込まれるような瞳とそこに浮かぶ林檎の紋章から視線を逃がすこともできず、やがて反応のないのを不思議がったサクラが首をかしげた。


 そんなサクラの傍らに、いつの間にかあのメイドがいる。相変わらずの無表情で、なにかを伝えに来たらしい。


「ご主人様、そろそろよろしいかと」


「……あら。ごめんなさい、私はまだ他の用事がありまして。話の続きはまた後ほど」


 人の国から暁の国までは小型船で数日かかる。わざわざそんなに時間をかけて一国の主がやってきたということは、それ相応の重大な目的があってのことに違いない。俺たちの話ばかり聞いているわけにもいかないのだろう。


 サクラとメイドは部屋を出ていった。彼女たちが戻ってくるまで、このまま待っていることにしよう。


「……死ぬかと思いました。心臓が爆裂しそうでした、実際爆裂したんじゃないでしょうか」


「至近距離だったもんね。兄さん、よく気絶しなかったよ」


 目の前で大好きなアイドルが微笑んでくれているようなものか。なるほど、それはあんな反応にもなるというものだ。

 実際、圭の素人目にもサクラはとても美人である。りんぜやモンブラン、シルキィが持っているかわいらしさや愛嬌とは方向性が違った、王ゆえの気高さがあるのだろう。


「でも、他の用事ってなんだろうね? ラミカさんも呼んだほうがよかったのかも」


 暁の国を訪れていながら、サクラの目的はフェリアスではなかった。そうなると、ラミカへの用事だったのだろうか。

 りんぜの言葉に俺も首をかしげる。


 ──その瞬間。突如部屋が揺れ、轟音が響き渡った。肖像画が壁から落ち、目の前には破壊された扉の残骸が飛んでくる。


「きゃっ、な、なに!?」


 俺たちはバランスを崩してよろめいた。なんとか倒れずに踏ん張ろうとするが、まったく油断していたらしいモンブランが転んでしまう。

 俺は彼女のもとへと急ぎ手を差し伸べるが、そのときすでに異変は始まっていた。部屋が傾き、海上へと落ちていこうとしているのだ。

 どうやら先の轟音と衝撃は通路が爆破されたものらしい。船から切り離されてしまったことで、支えを失い海に落ちている。


「皆さん、速やかに脱出を──」


 フェリアスが声をかけてくれたが、直後には二度目の爆発が巻き起こった。今度は肖像画の裏側に仕込まれていたものだ。連鎖的に作動して煙と炎を撒き散らし、視界を塞いでくる。


 すぐさまりんぜが黒い風を吹き荒れさせたことで見通せるようになった。

 だが、俺たちが飛び上がって脱出するのを待ち構えていたように、今度はエネルギーを束ねた光線がいくつも襲ってくる。

 上空ゆえに回避は難しく、咄嗟の迎撃でなんとか相殺し、俺たちはわけのわからないまま白煙の中で身構える。


「さすがにこれだけでは足りませんでしたか」


 煙の隙間からわずかに、船の上に立つ人影が見える。間違いない、サクラだ。呆然としているのではなく、魔王覚醒によって大気中に存在する魔力を集め、その輝きを纏っている。

 虹色に煌めくオーロラが彼女を取り囲み、空気を震わせている。ありえないほどの力の渦ができているのだ。

 まるでりんぜが必殺技を使おうとしている時のように、本能が危険を告げる。


「あれは……ッ! だめ、みんな、逃げて……!」


「我が主の光を此処に──

第一天球・堕神追放論(パラダイス・ロスト)』」


 シルキィが叫んだ直後、咄嗟に防御行動をとろうとしたその瞬間。サクラが放つ極大のエネルギー波が俺たちに向かって放たれる。

 天上の光、人の祖たるサタンが齎す救済と破滅の一撃。それは呑み込んだものを無へと還すほどの圧倒的な熱量であり、それこそが人の王の持つ『天球奥義』であった。


 あまりにも眩く熱い光に、俺は思わず目を瞑る。展開しようとした闇の壁も膨大な魔力を前にして掻き消され、そのまま光の奔流に呑まれていく。


 ◇


 サクラはよろめき、いつの間にか傍らに立っていたメイドに支えられた。

 天球奥義を放つということは、魔王への接続を限界を超えて高めるということだ。それだけ術者の肉体にも負担がかかる。

 ゆえに、事前に部屋を爆破するという方法をとった。悟られないように笑顔を向け、思い入れもない歴代人王の肖像画を飾ったのだ。

 本来ならば暁の魔王覚醒者が殺せればそれでよかったのだが、邪魔をするのなら、勇者であろうが始末するのが一番だ。


「大丈夫ですか、ご主人様」


「えぇ、疲れましたがまだ歩けます。皆には彼ら国賊の死体を見つけておくように言っておいてください」


 天球奥義を放ったのだ、塵すら残っていない可能性はある。だが、彼らの実力も確かだ。念の為、部下たちには探させておく。


 そして、サクラは身体を重たく感じつつ、船内の別の場所へと赴いた。暗く、隔離された場所。客人に知られてはいけない階層だ。


「気分はどうですか? 囚われのお嬢さん」


「……最悪、です」


 鎖で壁に繋いであるのは、金髪で尖った耳の少女。名前は確か、フィリートと言ったか。反抗的な目でサクラのことを睨みつけてくる。

 せっかくだから、さっき起きたことを教えてあげよう。


「先程、シルキィさんとフェリアスさんをこの船に招きました。貴女を探していて、私にも協力してほしい……と。

 ですが残念なお知らせです。お二人は私の天球奥義を受けてしまいました。ただの人間ならば、骨の一片すら残らない極大の光を」


 フィリートの目が、驚愕の色を経て絶望へと変わる。そんな、嘘だ、と呟いて、彼女はサクラを睨みつけるのをやめてしまった。

 まだシルキィたちが死んだとは言っていないのに。だが、これで彼女も少しはこちら側に従順になってくれるだろう。


「悪趣味ね、巫女姫」


「あら、ラジエルではありませんか。ちょうどよかった、この子を少しだけ教育してあげてくれませんか?」


 りんぜにやられた傷がまだ癒えないままのラジエル。彼女はふらりと現れ、サクラのその言葉を聴くと、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ふふ、いいわ。この完璧なレディにお似合いな淑女にしてあげる」


 フィリートのことはラジエルに任せておけばいい。それで安心だろう。

 階段を上り彼女たちのもとを去っていく間、サクラはすでに愛しい想い人のことばかりを考えているのだった。

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