第64話 人の国の勇者たち、巫女姫と会う
俺こと奈浪圭をはじめとした勇者パーティの面々は現在、サクラのいる王宮に招かれている。
勇者と認定されたためか兵士たちの俺たちへの対応も変わっており、かしこまっていてなんだか落ち着かない雰囲気だ。
思えば、サクラに呼ばれて王宮に行ったことはなかった。今までは駐屯地の司令室や外で出会ってばかりだった。
初めて立ち入るお城はとても豪華で、かつ清潔感と調和に満ちた空間だった。しかも広く、警備の兵士だけでなく政治家や侍従もたくさんいる。
それらの光景の横を案内されるまま通り抜けていき、謁見の間に通された。そこでは大きな椅子に座りサクラが待っており、俺たちを見つけるとそこから降りてこちらへやってくる。
「よくぞ来てくれました、勇者たちよ」
俺たちはサクラと顔を合わせた後、今度は彼女の先導で王宮のとても大きな書庫に移動する。今日の用事はおもにここにあるらしい。サクラは傍らに立っていたメイドに命じて古めかしい一冊を持ってこさせると、俺たちにテーブルへ掛けるよう促した。
「まずはラジエルの件ですが。ありがとうございました。私としては感謝してもしきれないくらいです」
「……魔王会議はどうなるんですか?」
「ワープゲートの魔力が充填されないかぎり、再開は難しいでしょうね。元々定期的なものではなく、魔王の気まぐれで召集されるようなものですし」
モンブランは自らの質問に対するサクラの答えを聞き、俯いた。自分が起こしてしまった事態だという気持ちが強いのだろう。サクラはそんな彼女の様子を見て、悲しそうな目をしながら咳払いをひとつした。それから本題に移る。
「その角と尻尾が生えてきたことからしても、りんぜさんが魔王の力を持っているのは確実でしょう。文献、彫刻、絵画……どの媒体で描かれる魔王像とも一致しています」
確かに、雫の国で見たものも角と尻尾は的確だった。元の世界でよく悪魔のものとして扱われていたモチーフだが、こちらの世界ではこの角と尻尾は魔王の象徴なんだとか。
「さて、私としてはこちらをお伝えしたかったのです。魔王に関する記述を探していて見つけたのですが……」
サクラがメイドに持ってこさせた一冊は『創世戦争』と題されており、神話を綴った叙事詩であるという。魔王と女神の対立と、世界の創造を描いており、その中にはそれぞれの種族の最初の一人である『十殻祖』の記述も多い。
さらにそこには、女神に付き従い、十殻祖と対になる概念として『十聖序』と呼ばれる十人の天使たちも存在している。
『魔王と女神、互いに十の従者を造る。即ち、十殻祖と十聖序である。そうして彼女らは創世戦争へ臨んだ』
なんのことだかはよくわからないが、天使の力もまた魔王と同じように世界のはじまりから存在する力ということか。
黎夢が女神を宿しているのならば、つまりラジエルは彼女が送り込んだものとなるだろう。
『でも忘れないことね。私がここにいるってことは、終焉の組曲はもう始まってるってことなのよ』
ラジエルがりんぜの必殺技を喰らい、力尽きる直前に吐き捨てた言葉だ。終焉の組曲とはつまり、ラジエルと同じように十聖序たちによる侵略ということになる。
「つまり、世界滅亡の危機ってこと?」
平たくいえばそうなるだろう。ラジエルと同等かそれ以上の力を持った者が次々と現れ、こちらの世界を荒らして回るのだから。
天使の侵攻が始まっているというのは俺の推測ではあるが、口に出せばサクラも無視できない事態だと認識してくれたらしい。少し考えたのち、彼女は俺たちの顔を見た。
「強大な相手への対策は、それに匹敵する力が必要なものになるでしょう。十聖序がすべて襲ってくるのだとすれば、十殻祖もまた全員が協力すべきでしょう」
今まで出会ってきた中には友好的な者もいたし、サクラとレイジは共に民のための国を作っていこうと手を取りあった。だが、魔王会議に出席した覚醒者たちは、十人揃っていなかった。
「確か、あのとき出席していなかったのは『鱗』と『夜』ともう一席だったな」
「問題はその一席です。鱗は雫と、夜は暁との会談が予定されています。
ですが残るひとり──『命』の王は、見た事さえありません。あの席はずっと空席で、私も古い文献にしかその存在を確認できていない」
例えばこの本のように、と彼女は机上の一冊を指した。
十の種族があるという認識は世界中に浸透していながらも、現代にはその実態は語り継がれていない。最後のひとつは誰も知らないのだ。
「もしかして、今回の話って」
「はい。最後の魔王覚醒者を探すため、勇者様には未開の地──ベリア大陸を調べていただきたいのです」
この世界には現在三つの大陸が発見されている。人の国がある北シフェル大陸。雫の国や鱗の国がある南シフェル大陸。そして、サクラの言うベリア大陸だ。
そこには強力な魔物が巣食っており、多くの冒険者が命を落としてきたという。そこにいるかもしれない命の王に会いにいくとは、また大冒険じゃないか。
「船は自動で航行するものがあります。本来は安全が保証されている航路でしか使えませんが、勇者様ならば襲ってくる魔物を排除できるでしょう」
帰ってくることができるかもわからない新大陸だ、やりたがる操舵手がいるわけはない。あいにく俺たち一行には操船技術を持った者はいない。船だけで動いてくれるならありがたいことだ。
「みんなはどうだ?」
「私は圭くんについていくよ」
「りんぜさんに同じです。私自身の手がかりも見つかるかもしれませんし」
「兄さんとラミカも頑張ってるんだから、お姉さんもがんばらなくっちゃね!」
みんなは笑顔で承諾してくれた。俺も改めてサクラに向かって頷いて、ぜひ冒険をやらせてほしいと告げる。
「ありがとうございます。
圭様ならきっと、命の王を見つけられる。サクラはあなたを信じています」
巫女姫の微笑みは優しく、頬はほんのりと桜色に染まっていた。それは初恋の初々しくもいじらしい色であり、未来への憧れを示すものでもあった。
思わずその笑顔に見惚れてしまうほどに、きれいだったのだ。
◇
圭たちが去っていった後、サクラはまずゆっくり深呼吸をして落ち着いた。いつも空を眺めて抱き続けているあの想いが、このとき彼女の心拍数を上げていたのだ。
少し前からそうなのだ。圭たちを前にするとこういうふうになる。勇者の儀式など、鼓動があたりに聞こえてしまうのではないかと思うほどに脈打っていた。
幸い、巫女姫として振る舞うのなら、サクラは平静を装っていられる。一国の主らしい余裕を持つことができる。
そのうちに落ち着いてきて、呼吸を整えると傍らのメイドのことを呼んだ。
彼女は圭たちに『創世戦争』を持ってきてから、ずっとサクラの隣に立って待機していたメイドである。夜闇のような黒髪だ。
「ねぇ、めーちゃん。私たちも動きましょうか」
メイドは呼びかけられてもまったく表情を変えず、サクラのほうに視線を向けることもない。代わりに、静かに口を開いた。
「私はただ、ご主人様の命じるままに動くだけです」
「つれないですね。命じたら笑ってくれるのでしょうか」
「こうですか」
笑えと言われたメイドは手で強制的に口角を吊り上げてみせる。そのほかはまったくの無表情のままであり、サクラが求めている笑顔には到底思えない。
サクラが不服そうな溜息をついてもういいと言うと、メイドは口角をあげるのをやめた。その仕草はどこか残念そうに思われた。
「ご期待に添えず申し訳ございません。ご主人様の命令に従えぬなどメイド失格、私は自害を」
「えっ」
「ジョークです。イッツァメイドジョーク」
同じ調子で話すメイドの言葉は、冗談だとわかりにくい。彼女とのこうしたやりとりは、幼少から魔王覚醒を継ぐものとして育てられたサクラにとっては慣れないものであった。だが、それが楽しいとも感じている。
「めーちゃん。船を出しましょう」
「かしこまりました」
巫女姫は立ち上がり、メイドとともに書庫を出ていく。
ふたりの長髪の残り香が、古本たちの香りの中に混じっているのだった。




