第63話 ヤンデレ幼馴染み、想う
チェイテのところを訪れた翌日。勇者一行は昨日に引き続き、依頼を受けるのは休みにしていた。
それを言い出したのはシルキィだ。現在、さらなる魔法の研究に精を出しており、新しい陣を作ったと実験に圭を付き合わせている。
かつてのりんぜだったら、私も同席すると言いたくて仕方がなかっただろう。今は、シルキィならむしろ無害だと理解している。
それよりも、りんぜにはあの光景が頭から離れなくて仕方がなかった。目を閉じるたびにモンブランと圭のことが浮かんで、怖くなって目を開ける繰り返しだ。おかげで一睡もできておらず、足元が少し覚束無い。
このままでは圭と一緒に旅を続けられるかもわからなかった。眠れないりんぜでは戦えない。戦えないりんぜでは、圭を守れない。
いますぐにでも覚悟を決めるべきだと、とうにわかっていた。
「ねぇ、モンブランちゃん」
圭もシルキィもいないこの時なら、モンブランひとりを街の外れまで誘うことができた。少し話そうか、と言えば、彼女も察しがついたみたいで、素直についてきてくれた。
荒野が広がる中、モンブランはりんぜの方を振り返る。
「……話って、なんですか?」
理解はしているだろうに直接彼のことを口に出さなかったのは、優しさなのだろうか。
りんぜは耐えられなくなって、一瞬のうちに魔力を纏い、モンブランに拳銃を突きつけた。
「ごめんね。どうすればいいかわからないの。ごめんね」
「謝らないでください。りんぜさんは悪く──」
引き金を引いた。
圧縮された水の魔力が、発砲音とともに少女の頭部を貫き、脳漿を散らせる。
目の前の彼女は糸が切れた人形のように倒れる。そこから辺りに血だまりが広がっていって、りんぜに現実を認識させた。自分は、彼女を殺そうとしたのだと。
どうすればいいのかわからなかった。
こうするしか思いつかなかった。
だからといってモンブランを撃っていいわけがない。彼女が大切な仲間だって思っている。彼女が許されない悪を為していないのもわかっている。仕方がないなんて言えないし、全部りんぜがひとりで踊り狂っているだけ。
「痛いじゃ、ないですか」
モンブランの出血は止まっていた。再生の魔法だ。弾丸につけられた傷を塞ぎ、彼女はゆっくりと立ち上がる。
りんぜは彼女が死んでいなかったことに心の底から安心した。それなのに、どこかで恐怖を抱き、その恐怖に突き動かされて銃を構えた。今度の発砲は避けられる。
「りんぜさんがその気なら……こちらも本気を出します」
モンブランの変化魔法により尻尾が電撃を纏い、彼女は肉弾戦に持ち込もうと飛びかかってくる。水の魔力では相性が悪い。りんぜは銃を形成していた魔力をほどき、代わりに金属バットを作り出す。
戦闘に入ってからは嫌気がさすほど冷静だった。何もかも忘れて、ただ殺意だけでよかったからだ。
スパークする尾を目くらましとしたミドルキックを初撃に繰り出すモンブランに対し、尾だけをかわし脚を掴んで受け止める。驚く彼女をそのまま投げ飛ばし、空中で態勢を立て直そうとする彼女を追って蹴りを返した。
咄嗟に両腕で防がれるが、それを足場にして大きく飛び上がり、相手を地面に叩きつけた。
落ち着く暇は与えない。続けてりんぜは彼女目掛けて両足でのストンピングに出る。モンブランは尾を盾に変化させて衝撃を流し、りんぜが地面に接触して巻き上がる土砂の勢いを利用して立ち上がり、再び身構え距離をとろうと後方へ跳ぶ。
逃さない。モンブランが後退する以上のスピードで彼女を追い、回し蹴りを浴びせ、回転の勢いのまま金属バットを振るう。
彼女の動きは尾を中心にしており、傷を受けることを厭わない。生半可な攻撃では止まってくれないが、それは回避する気がないということでもある。
りんぜのバットを止めようと出された盾の尾は、その威力を受け止めきれなかった。屋敷でうごめく鎧たちがそうだったように、ヒビが入り、次の瞬間には砕けてしまう。
こうなっても血が通っていたらしく、あたりにモンブランの鮮血が飛び散り、彼女はその武器を失う。
すぐさま傷口から肉が盛り上がり再生が始まるものの、数秒の時間がかかる。その数秒で十分だった。纏う魔力は銀色の闇に切り替わり、集束する。
「『原初の不安定』」
周囲から光がなくなった。モンブランが暗闇に囚われる中、虚空から黒い手が伸び、彼女を掴み連れていこうとする。
腕に、脚に、頬に、まだ治りきっていない尾に。闇は全身に絡みつき、振り払ったとしても、触れられた場所から侵食されて腐り落ちていく。
身体の再生は侵食を押し留めはしたものの、このままでは集中が途切れた瞬間に食い尽くされる。そう判断したモンブランは、大規模な変化魔法の行使に出る。
「……『雷華ノ化粧・千年燃眩』ッ!」
闇の中を雷霆が迸る。稲光がモンブランを包み込んでいた暗黒と打ち消し合い、どうにか振り払う。だが今ので大きく魔力を消耗したのか、肩で呼吸をしており、侵食された部位の再生も遅い。
モンブランの限界は近いように思われた。このまま攻撃を続ければ、再生を続ける彼女を殺しきることだって可能かもしれない。
しかし、りんぜは躊躇った。拳を強く握り、もう一度必殺技を使えばどうなるかを考えた。圭はモンブランの死を望んでなんかいない。りんぜだって、そのはずだ。それなのに、身体は無意識のうちに黒い風を纏い、竜巻を作り出そうとしていた。
「りんぜ、さん……!」
竜巻にかき消され、りんぜに彼女の言葉は届かない。上空に飛び上がり、放つのは風の暴威を一点に集中させた必殺の飛び蹴りだ。
「『白痴なる残酷』」
りんぜが急降下し、爆発が巻き起こる。
──その中に、誰かの流した血はどこにもなかった。
「駄目でしょ、喧嘩しちゃ」
爆風が晴れたとき、りんぜは地面に尻もちをついていた。目の前にはいつの間にかシルキィが立っていて、手にしていた短剣をしまうと、りんぜにずいと近寄ってくる。
「めっ!」
お説教のかわりは、優しいデコピンだった。
どうやら、先程の爆発はシルキィの魔法が引き起こしたものらしい。りんぜの必殺技にぶつけて相殺した、ということのようだ。
なぜここにいるのかと聞くと、妹たちの喧嘩を止めるのはお姉さんの役目だという。妹になった覚えはないけれど、彼女のおかげでりんぜは止まることができている。
「モンブランちゃんも。喧嘩したら、お姉さん怒るからね」
「……ごめんなさい。でも、りんぜさんが混乱しているのは、きっと私のせいですから。せめて受け止めてあげられたら、と思って」
「それで死んじゃったら、りんぜちゃんはもっと傷ついちゃうところだったんだからね」
そうだ。あのまま『白痴なる残酷』がモンブランに命中していたら、りんぜの心には一生彼女を殺した事実がついて回る。そんなことも考えようとしていなかった。
あれは全部、堂々巡りの思考から逃げるためだけの殺意だったのだ。
「……あの。りんぜさん。伝えたいことがあるんです。圭さんのこと、なんですけど」
りんぜには、本当は教えたくないことだったのだろう。モンブランは躊躇いがちに口を開いた。
「昨日のことです」
◇
時は、チェイテの幽霊屋敷で告白した瞬間に遡る。
「──あなたのことが、好きです」
りんぜが倒した鎧が突っ込んできたことで小部屋の壁が壊れているのも気に留めず、モンブランは想いを言い切った。
圭もモンブランも、その言葉のせいで互いしか視界になく、りんぜが見ていることには気がついていなかった。どんな轟音も、この瞬間は耳に入っていない。
圭は聞いた直後、驚いた顔をしていた。モンブランが自分のことを好きだと言うなんて、予想だにしていなかったという表情だった。
それから少しの間考えた。その後で彼は答えを述べる。
「モンブランの好意は嬉しいよ。でも、ごめん。俺には君一人だけを愛することはできない」
心のどこかでわかってはいた。それを聞いたとき、やっぱり、という感情が強かった。
「りんぜさん、ですか」
彼は頷いた。
「約束があるんだ」
◇
モンブランの語る話を聞き、りんぜは一人考え込んでいただけだと知った。
──彼はりんぜの隣にいようとしてくれている。自分ばかりではなかったのだ。そうわかっただけでも、気持ちは楽になった。
「けど、それじゃモンブランちゃんが……」
「私はいいんです。圭さんに私の全部を受け止めてもらえるのなら、恋人じゃなくても」
想いを伝えて初めて、自分の感情が独占ではなかったことに気がついたのだと笑ってみせる彼女。捨てられなければそれでいい。そんな微笑みは本心からのものだった。
「よし、よくわかんないけど、じゃあ仲直りの握手ね!」
シルキィに促され、りんぜはモンブランの手を握る。再生しきった彼女の肌は柔らかで、温かかった。




