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第57話 きつねみみの少女たち対糸天使

 モンブランと共闘し、ラジエルが差し向けてくる手先を全滅させることはできた。しかし、ラジエルは巨大な蜘蛛の巣の化け物の姿を現して空を覆い、さらに戦いは続く。


 吊り下げられた大量の眼球たちは俺たちの方を向いていた。ラジエルの本体だと思われる少女の部分には、眼窩はあっても眼球はない。あれが視覚のかわりなのだろう。


 彼らの視線に敵意があるのかはわからない。

 だが、やがてラジエルが金切り声をあげ琴をめちゃくちゃに掻き鳴らしたことで、眼球たちはレーザー光線を放ち俺たちへの攻撃を開始した。

 防御のために展開した闇のベールは貫かれ、そのうえ光線を放つ眼球は無数に存在する。とても避けきれない攻撃の雨に、モンブランと俺は全速力で走って視界から逃れようとする。


 建物の影に隠れると、光線はしばらく遮ってくれそうだった。ラジエルは追いかけてはこない。周囲をドーム状に覆う蜘蛛の巣と一体化しているため、移動はできないらしい。受けた傷をモンブランに治療してもらい、どう出るか考える。

 問題は、あの光線の雨をどう潜り抜け、そのうえでかなり高い上空に存在する彼女へどう攻撃するかだ。


 まずは遠距離攻撃を試してみよう。闇の魔力を弾にして、ラジエル目掛けて飛ばしてみた。

 すると彼女はすぐに黒い弾を認識し、叫び声をあげ、それだけで弾をかき消してしまう。失敗だ。


 続いて、モンブランに変化魔法で炎を作り出してもらい、ラジエルにまで繋がっている糸を燃やしてしまおうと考える。

 しかし、炎の魔法はたどり着いても効果がみられなかった。生半可な炎では引火しないらしい。


「さて、どう出るのが正解なんだろうな」


「あんなに連続で光線を受けたら、私の回復魔法では間に合うかどうか……」


 あの勢いなら、恐らく獣の魔王覚醒でもラジエルのもとへたどり着くころには生首だろう。強行突破は考えない方がいい。

 かといって、視界の外から遠距離攻撃を仕掛けようとしても駄目なのはさっきわかった。あとは思いっきり光って視界を奪う、だとか。


「アハハッ、足掻いても無駄よ。だって、まず貴方たちがここで死ぬんだもの」


 琴の音に混じり、嘲笑う少女の声がする。ラジエルだ。あの身体は叫ぶことしかできないかわりに、旋律に言葉を編み込むなんて芸当ができるらしい。

 そのうえ、盾にしていた建造物は限界を迎え、ついに光線が壁を貫いてしまった。倒壊が始まり、今すぐ退避しなければ生き埋めにされるだろう。

 瓦礫だけなら砕けばなんとかなったかもしれないが、今はラジエルの猛攻も続いている。遮るものがなくなれば、すぐに俺たちは光に飲まれてしまうに違いない。


 意を決して、俺はモンブランの手を掴んで飛び出した。ラジエルもその瞬間を待ち構えていて、いくつかの光線を束ねた極大の光で俺を貫こうとする。

 体内の魔力を総動員して防ごうとするが、それでは足りなかった。壁は一秒ほど耐えたのち霧散して、魔力がなくなったことによる強い脱力感に襲われる。脚に力をこめられなくなる。


 だが、魔力の壁で稼いだ一秒は無意味ではなかった。

 突如時空にできた切れ目が光線を飲み込んでいき、代わりにその中から炎で構成された一羽の猛禽が現れる。

 時空の切れ目はあまりに高いエネルギーが飛び込んできたことで砕けるように閉じてなくなってしまった。だが猛禽は眼球の群れに飛び込んでいき、うち数体を焼き尽くして爆発させる戦果をあげる。


 巣そのものにぶつかっても燃やすことはできていなかったが、敵の砲台は減り、ラジエルは無い目を押さえて身悶えしている。

 間違いない。あれはシルキィの『勝利の炎熱フェニックス・フェイバー』だ。


「なんとか間に合った! ごめんね、遅くなっちゃって」


 シルキィは慌てて走ってきたそうで、少し息があがっていた。ラジエルが蜘蛛を結集させたことで人々の洗脳が解け、彼女もこちらへ来ることができたのだ。

 そして、シルキィが駆けつけたということは、もう一人。


「……っ!? な、なんで私の糸が、身体が燃えて……!?」


 モンブランの放った炎でも、シルキィが呼び出す不死鳥でも不可能だったラジエルの巣を燃やすなんて芸当。やってみせるのは彼女くらいだろう。


「圭くんっ! 大丈夫だった!?」


 白き炎の力を纏い、りんぜは舞い降りる。そして俺のほうに飛びついてきて、怪我がないか入念に確認してくる。俺のことになると周りが見えなくなるのは彼女らしいが、今はラジエルに狙われている最中なのだが。


「来たわね、女神様の敵ッ!」


 一方、自分につながる糸に引火させられたのを、ラジエルは琴から重く響く音を出すことで消していた。とはいえ、自らと繋がっているものが焼却される痛みは確かに彼女を消耗させている。


「女神なんて知らないけど、圭くんの敵は私の敵だよ」


 りんぜは歩き出す。すべての光線が襲ってくる中、彼女の周囲には蛍光色の0と1の群れが現れ、それを身体に纏わせ力とした。俺も見たことのない魔王覚醒の力だ。

 データの塊となった魔力を結集させ、虚空から金属バットを作り出すと、彼女はそれを握りしめた。


 ラジエルはりんぜに対し、それぞれの眼球から放たれるエネルギーを、先程俺を狙ったときのような極大の光線に集束させて放つ。ラジエルの逆上をこめたその一撃は、斜線上にあった建物を一瞬にして蒸発させつつ、りんぜへと向かっていく。

 そんな火力の塊が眼前へと迫り、りんぜは悠々とバットを振り上げ、そして振り抜いた。


 次の瞬間に響いたのは、爆発音ではない。バットが小気味のいい音をたて、光線を打ち返してしまったのだ。打ち返されたエネルギーの奔流はそのままラジエルに繋がっている巣を貫き、彼女に痛みを与える。


 しかし、ラジエルもそれだけで挫けはしなかった。束ねては一撃で対処されてしまうと知って、今度は光線による包囲網でりんぜを焼こうと動き出す。

 それは確かに逃げられないよう、檻となってりんぜを囲む。降り注ぐ光の群れは、確かに生半可な盾ならば引き裂くだろう。


 ──だが。ラジエルが不運だったのは、相手がりんぜだったことだ。


「『深淵からの無感動ディープダーク・メタル』」


 バットに魔力が集中し、それに反応して先端部が展開、変形。バリアが形成される。光線たちはりんぜを覆うバリアに触れた瞬間データへと還元されて宙へ消え、彼女を傷つけることは叶わない。

 そして、バリアを維持したままりんぜは大きく跳びあがった。ラジエルのもとへと一気に迫り、反撃に放たれる金切り声の音波を跳ね返す。


 りんぜの周囲に漂う魔力は蛍光色の数字たちから虹色のオーロラとなる。そして、跳躍の勢いのまま、ラジエルを思いっきり蹴り上げた。


「『神無キ世ニハ(アザトース・)魔王ガ嗤ウ(ジョーカー)』」


 ラジエルの眼球の収まっていない眼窩から涙が散った。抱きかかえていた琴が砕け散った。

 周囲を覆い尽くしていた蜘蛛の巣は消え、落下してゆく彼女の身体へと戻っていった。最後には重力のまま地面へと叩きつけられ、口から血を吐く。


 そうして自らの敗北を突きつけられてなお、ラジエルは起き上がろうとする。蜘蛛の身体にはほとんど力が入っていないが、『神無キ世ニハ(アザトース・)魔王ガ嗤ウ(ジョーカー)』による空間転移にはなんとか耐えているらしい。

 りんぜが俺の隣に着地すると、ぼろぼろになったラジエルは元に戻った声帯で捨て台詞を叫んだ。


「……いいわ、今回は負けたってことにしといてあげる。

 でも忘れないことね。私がここにいるってことは、終焉の組曲はもう始まってるってことなのよ」


 最後にもう一度血を吐くと、彼女の耐久力は限界に達し、空間転移の術が作動する。時空が歪み、その狭間に巻き込まれ、蜘蛛の少女はその姿を消した。


「やった、みたいですね」


 先程までの激しい交戦が嘘だったかのような静寂に、モンブランが呟いた。そしてその呟きを合図にして、張り詰めていた空気がはじけ、シルキィがモンブランに抱きつく。負けじとりんぜも彼女に飛びついて、静寂はちょっぴり騒がしくなった。


「モンブランちゃんっ! おかえりなさい……っ!」


「あー、シルキィお姉さんずるい! 私にももふもふさせて!」


「わわっ、ちょっと、おふたりとも……!?」


 いなくなっていた反動なのか、いつもより仲良くくっついている三人に、思わず俺も頬がほころんだ。そして、今まで忘れていた戦闘の疲れがその瞬間に押し寄せてきて、なんだかお腹がへった気がする。


「よし、じゃあ女将さんのご飯を食べに行こうか! みんなのぶん、用意してくれてるからさ!」


「……はいっ!」


 ──こうして、俺たち一行は再び歩き出すのだった。

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