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第53話 ヤンデレ幼馴染みたちと追跡の方法

 雫の国に取り残された俺たちは、モンブランたちを追う手立てを探していた。

 彼女は天使ラジエルと手を組んで魔王会議を襲撃し、行方を眩ませた。ラジエルの人の国を滅ぼすという言葉を考えれば、もう一度ワープを利用してサクラを追ったのだろう。

 モンブランのしたことは国家への、いや、世界への反逆にも等しい。心の中にあるのは優しさだったとしても、なんとしても止めなければならない。

 そうしなければ、モンブランが処刑されるか、サクラが先に殺されるか──あるいはその両方という最悪の未来が待っている。


 なのに、俺たちには打つ手がなかった。雫の国から人の国の城下町へ行くには少なくとも二ヶ月かかり、ワープゾーンは起動方法がわからない。

 りんぜの中で眠る魔王を呼び出せれば、その方法くらい聞けるかもしれないのに。

 りんぜは今、シルキィとともにサクラから借りていた文献を調べているらしい。一方で、俺は部屋に残って再起動の方法を探すと言っておきながら、こうして考え込んでいるだけだ。


「あ、あのさ」


 頭を抱えている俺の傍らに、ラッキーが駆け寄ってきた。いままで見せていた生意気な表情ではなく、申し訳なさそうな顔を向けてくる。


「その……モンブランお姉ちゃんの話だけど。なんていうか、やらかしちゃったじゃん、ボク」


 確かに、ラッキーの投げかけた言葉が彼女を不安にさせた要因のひとつではあるかもしれない。

 けれど、それを言えば彼女をあそこまで至らせたのは俺だ。セレスタによけいな頼み事をして、モンブランにあんな過去を見せてしまった。


「責任は俺にあるよ」


 だから、モンブランのことは俺が止めないと。


 ラッキーは目を丸くして俺の顔を見て、それから少しして目を逸らした。自分が悪いと思っていたのはラッキーも同じで、負い目を感じながらもなにもできない悔しさもあるのだろう。

 視線は床に落としながらも、ラッキーは彼なりに考えて、躊躇いがちに言った。


「方法は……たぶん、ないわけじゃないかも」


 彼はうまくいく保証はないと付け足すが、やれることがあるならと俺は飛びついた。その方法とは、世界に穴を開けて時空の狭間に飛び込んで、そこにある魔力の流れを制御して任意の場所へ行くものだという。

 時空の狭間なんてものの実在が証明されているはずもなく、世界に穴を開ける方法もまず常人では持ち合わせない。

 しかし、魔王覚醒者ならばそれがある。魔王との接続が途切れるほどに出力を強めれば、爆発的なエネルギーとともに世界を割れるかもしれない。


「まぁそんなことしたら、魔王との接続より前にボクたちの身体が爆裂するよ。これが現実的なわけないから言ってなかったんだ」


 魔王覚醒者とはいえ肉体の強度は人間の限界までしかたどり着けない。世界を極地的にでも壊せるほどのエネルギーを収束すれば、もちろん無事ですむわけがない。

 しかし、人間の限界を超えた力もまた、俺たちの側に存在している。


「……ありがとう、ラッキー。りんぜとシルキィお姉さんに伝えてくるよ」


 ラッキーの言っていることは、黎夢との戦いで使ったあの必殺技と原理は一緒だろう。あれに少しアレンジを加えれば、空間を自由に行き来することができるかもしれない。


 俺はりんぜとシルキィを呼ぶと、ラッキーには再び説明してもらい、作戦を構築していった。

 内容はこうだ。りんぜが必殺技で空間を叩き割り、そうしてできた穴の向こうに渦巻く魔力を俺たち全員で制御し、サクラがいるはずである人の国の城に出口を開く。

 作戦と言うほどではないごり押しだが、モンブランのこともサクラのことも助けるためなのだからなりふりなど構わなくていい。


 りんぜはすぐにでも始めるため、力を脚に集中させていく。皆が緊張した面持ちで見守るなか、空気が震え、虹色の波動が巻きつき、必殺の一撃が世界へ向けて放たれる。


「『神無キ世ニハ(アザトース・)魔王ガ嗤ウ(ジョーカー)』っ!」


 魔王の一撃は確実に標的とした一点に注がれる。振り抜いた先の虚空にヒビが入って、向こう側に覗いた時空の狭間らしき空間から魔力が漏れ出てくる。

 そこへすかさずシルキィが短剣を振るい、割れ目を安定させる。人ひとりが入れる程度の大きさまでに広げられたそれは、まるで光すらない深淵が口を開けて無謀な挑戦者を待っているかのようだった。


「行くんだね」


「……あぁ。何がなんでもたどり着くよ。モンブランは大切な仲間だから」


 外側から渦を操作するラッキーを残し、俺とりんぜとシルキィは互いに頷き、深淵へと飛び込んだ。


 一瞬にして目の前にはなにも見えなり、体を浮遊感が襲う。足場はなく、宙に浮いているだけなのだろう。

 魔力の流れは感じられる。ラッキーの力だろう、渦を巻いて一箇所に集まっていく部分があることもわかる。

 あれを全員で制御し、座標を固定するのだ。


「みんな、準備はいいか」


 俺の呼び掛けにりんぜとシルキィの返事が帰ってくるのを聞き、俺たちは最後の難関へと挑む。集中力と思考能力を限界まで稼動させて、時空の狭間から元の世界へと通じる扉を開くのだ。


 意識が持っていかれそうになるのを必死に耐えながらその作業を続けていると、やがて真っ暗なはずの空間に光が差し込みはじめ──


 ──光に飲み込まれていた視界が晴れると、そこは間違いなく異世界だった。


「ここは……うん、人の国の城下町だね」


 目の前に広がっていたのは見覚えのある景色だ。サクラのいる王宮もほど近く、冒険者と国民でいつも賑わっている通りである。

 なのに、今はほとんど人通りがなかった。不気味なほどに静まり返っていて、俺たちは不安に襲われる。


「……もう来たんですか」


 そんな静寂の中で突然声がして、振り向くとそこにいたのはサクラだった。いつもの柔らかく底の知れない笑みではなく、疲れ果てた顔をして、肩で息をしている。

 ふらつく彼女を受け止めると、今まで静寂だった街の向こうから大勢の人々が駆け回る音が聞こえ、俺たちは一斉にそちらを向いた。


「いたぞ! あそこだ!」


 押し寄せてくる民衆はみな獣族であり、その先頭にはモンブランがいる。尾には電撃を纏い、サクラを追っていたらしい。

 彼女は俺たちのことを見つけると民衆を止めさせ自らもまた歩みを止めた。なにか迷っているかのように視線を落とし、拳を強く握ると、こちらに向かって声を張り上げた。


「圭さん、りんぜさん。その女を渡してください。私たちはヒトから世界を取り返します。人の魔王覚醒者を殺し、私たちの国を作るんです」


「……駄目だ。サクラが言ってただろ、魔王覚醒者が欠けたら世界は狂うって。それに、世話になってるお姫様を簡単に殺させるわけには」


「私はこれがやらなくちゃいけないことなんです。獣の国を作る、それが使命なんです」


「待ってくれ、獣の国を作っても世界が終わったら意味が無いだろ!?」


 モンブランの瞳は変わらない。自分にはもうこれしかないと言い聞かせ、それ以上は思考を拒否している。彼女とは、もう戦うしかないのだろうか。


「圭くん、私が」


「いや。俺が止める。こうなったのは俺の責任なんだ」


 りんぜとシルキィには、サクラを逃がしてもらった。モンブランは民衆に支持してそれを追わせるが、彼女自身はひとり残って俺と対峙する。

 俺は闇の剣を出現させ、彼女は帯電する尾から電撃の音を立てながら低く、互いに構えた。


 モンブランは真っ先に電撃を飛ばしつつ駆け出した。俺は闇のベールを展開して受け流し、上から爪を振るおうとするモンブランを剣で受け止める。

 小柄な彼女だが、変化の魔法による身体強化術なのか一撃が重く、咄嗟に踏ん張らなければ押し切られるところだった。こちらも自分に強化をかけて対抗し、なんとか押し戻す。


 モンブランは宙返りしながら着地し、すぐに次の攻撃を仕掛けてくる。今度の魔法は尾が鋭い刃になるもので、勢いよく突き出しての攻撃だった。

 これはベールでは対応しきれない。ゆえに、剣をぶつけて軌道を逸らした。

 そうして生まれる隙を逃さず闇の魔力を絡みつかせ、尾を動けなくしてから首元に剣の刀身を突きつける。


 それでもモンブランの瞳はまっすぐだった。戦意は喪失しておらず、抵抗の意思は強く残っている。

 このまま少し力を入れれば、頸を斬ることはできるだろう。言葉でも、こうして脅しても止まらない彼女なら、いっそ殺すしかないのではないか。


 ……いや、できない。モンブランは今まで旅をしてきた仲間だし、可愛らしい妹分のような存在だ。それを斬るなんて、できるわけがない。


「……甘いです」


 モンブランは自分の手が傷つくのも厭わずに、突きつけられた刃を掴んだ。同時に尾に絡みついた闇の魔力も、変化の魔法で発生させる電撃にて消し飛ばされる。


 このまま電撃を放てば、俺くらい簡単に黒焦げにできるだろう。だが、彼女はそうせずに、尾にかけていた帯電の魔法を解き、刃を掴んでいた手を離した。これ以上戦う気はないのか。


「からっぽで無意味な私には、すがりつくことも許されないんですか」


 彼女が吐き捨てたその言葉に、俺は頭の中を直接殴られたように思考が止まった。そのうちに、モンブランは背を向け去っていく。


 手のひらから滴る血は、まるで迷える彼女の心が流す涙とも思えた。

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