第52話 きつねみみの少女と巫女姫
ワープゾーンの暴発により、自らの国を持たないレイジ、開催国ゆえにワープの必要が無いラッキーのほかは皆強制的に自国へ送り返されていた。
そのうち、人の国の王宮へ飛ばされたサクラ。
彼女は他の魔王覚醒者と連絡をとる手段もなく、能動的にこのワープゾーンを起動することもできないことを知っていた。
彼女が真っ先にやることは軍の招集だ。征伐へ向かうとしても防衛戦に徹するとしても、相手を国の敵と仕立て上げておかなければ。
王宮を飛び出し、サクラは護衛も伴わずに人の波をすり抜けて駐屯地へ赴いた。
今は雫の国にいるはずの彼女が姿を見せたことで兵士たちは大きく驚きつつ、こうして現れたのだからまた何かあるのだろうと身構え始めた。
「巫女姫様!? 魔王会議はまだ終わっていないはずでは」
「妨害を受けての強制帰還ですわ。あれは明確に私たちの敵と言っていいでしょう。兵を集めておきなさい」
「は、はい」
敵は圭たちの報告にあった蜘蛛の天使ラジエルと、さらにはあの勇者パーティにいた獣族の少女だ。
戦闘能力だけならサクラだけでも制圧できるかもしれないが、ワープゾーンを利用するという想定外の手を打ってきた以上、この先もまだ見せていない切札があるかもしれない。警戒するに越したことはないだろう。
サクラの突然の帰還と指示に兵士たちが忙しなく行き交うなか、彼女は司令室の窓から空を見る。雲がゆっくり流れるのを見ていると、思索に集中できるからだ。
相手が見たことも無い種族の天使だけだったなら、推測のしようがなかった。こうして考えるのも無駄だったろう。
しかし、ラジエルはわざわざ露天風呂に侵入し、モンブランに接触した。そして彼女もまたラジエルに協力し、魔王会議を妨害した。
どこかで利害が一致しているはずだ。
考えるべきはモンブランの目的か。
誠実でそう簡単に裏切るとは思えない彼女がこうして天使についたのだから、それ相応の理由がある。
人を裏切りに走らせるもの。例えば復讐、あるいは革命か。
「見つけたわ、巫女姫」
数人の男たちが呻く声と、人が壁に叩きつけられる音がした。振り返ると、糸で拘束されてしまった兵士たちが転がされていて、目の前には蜘蛛の天使が獣の少女とともに立っている。
「なるほど。狙いは私でしたか」
先手を打つことには失敗した。敵はすでに目の前におり、サクラの部下はすでに数名が戦闘不能だ。
ここからするべきことなど決まっている。サクラがふたりを相手に応戦し、撃破することである。
静かに呼吸を整え、魔力の流れを感じながら魔王覚醒の詠唱をはじめる。
「鏡像の先、邪悪の果てに顕れる十の天球よ──」
「させないわっ!」
ラジエルが糸の塊を放ち、回避を余儀なくされた。だが、それだけでサクラは止められない。直接飛びかかって噛みついてくるのを避け、詠唱は続く。
「──彼の大樹は根より出で、地に枝を広げ、殻を破りて悪徳を綴る。
求めるは御言葉、願うは叡智の魔王。
尊き魂よ、どうか迷える私に未来を」
瞳に刻まれた蛇と林檎の紋章が赤く輝きを放ち、虹のオーロラは彼女の衣装と一冊の宙に浮く本となる。その開かれたページから魔力が収束して作られた光線が放たれ、ラジエルを飛び退かせた。
彼女は置き土産に糸を撒いていくが、サクラの傍らに漂う書物が反応し、自律して光線を使い撃ち落とす。
それ以降は、モンブランもラジエルも向こうからは仕掛けてこなかった。来ても糸か兵士の入った糸玉で、迎撃は簡単だ。
サクラの魔王覚醒は、一度モンブランに見せたことがある。それに、ラジエルは天使の力を持つ。
そのためか彼女たちは明らかにこちらの力を警戒しており、反撃の機会をうかがっている。
しかし、サクラは反撃の機会など与えてやるつもりはまったくない。
相手は国に楯突く逆賊だ。ゼフィランシアの処遇を蕾に任せたのは彼女の強い要望から国際関係を考慮してのことであり、今回はこの場で処刑しても構わない。
「そちらから来ないなら……こちらから行かせてもらいます」
サクラは駆け出した。まずはモンブランだ。彼女は体を武器に変化させる魔法を使い自らの尻尾を剣として、ハイキックを受け止めてくる。
その瞬間、サクラは魔王覚醒のさらなる力を起動させる。より強く輝いた紋章の光が周囲に拡散し、それらが収束してサクラの脳内で映像を構成する。
──モンブランがサクラに尾の変化した刃を横薙ぎに振るっている。今すぐ飛び退いて回避したならば、視界の外からラジエルが仕掛けてくるだろう。そちらは光線で対処できる。そうすれば、モンブランは──。
人王サタンの能力とは、数分間かつ自身の周囲数メートルだけ、未来を覗き見るものだ。自分がどう動けばどうなるか、あらゆる可能性をシミュレートし、最適解を弾き出す。
それを見ていられるのは数秒だけだ。相手は容赦なく攻撃してくるだろうし、だいいち連続して使えば脳神経が焼き切れて廃人になる。
サクラも扱い方を掴むまでに何度も気を失ったし、何年もの月日をかけた。
その成果は簡単には破れない。モンブランとラジエルの動きはシミュレート通りだ。サクラは状況が最も有利に回ってくるやり方で立ち回り、この場でふたりを撃破してしまえばいい。
モンブランの横薙ぎをかわし、迫ってくる糸の塊を光線で焼き尽くしつつ側転で回避、ラジエルに踵を落とす。
サクラが見たとおり、これも防いできた。サクラの足を受け止めている蜘蛛の脚を蹴って、ドレスの裾を翻して着地する。
そこから踏み込んでモンブランを狙った。彼女はサクラとラジエルが交戦しているうちに魔法を切り替え、尾に電撃を纏わせている。
生身で狙うのではなく、光線の魔力に電撃を打ち消すものを織り込み、真っ先に無力化する。
そうして打ち込まれるミドルキックへの防御手段を失った彼女は衝撃を受け止めきれず飛ばされていく。
「ぐっ……わ、私には、やるべきことが……ッ!」
壁に叩きつけられ、運悪く瓦礫の破片が胸に突き刺さる。それで内臓が傷ついたらしく、モンブランは血の混じった咳をした。
意識が朦朧としているだろうし、痛みもただの少女が耐えられるものではないだろう。
それなのに彼女は瓦礫を無理やり自分から引き抜いて、傷口は回復魔法で無理やりに修復し、無理をして立ち上がろうとする。
「覚悟は本物というわけですか……いえ、今のあなたはそのやるべきことにすがりついているだけのようにも思える」
サクラの言葉に、モンブランの動きが止まった。予知にはなかったが、ここで無力化できるなら上々だ。あれだけの傷を負っても回復できる魔法には驚きだが、殺すのは後でもできる。
問題はラジエルの方だ。彼女はまだ天使の力を使っていない。予知にさえ現れなかった。糸を発射できるのは、アラクネの身体的特徴に過ぎない。
天使の力はこちらの世界の埒外にあるものだ。ゆえに捉えきれないのか、あるいは本当に使われていないのか。
どちらにせよ、サクラには見えなかった。
選択肢はふたつ。使わせずに倒すか、使わせて対処しきって倒すか、だ。
予知に映らないことを警戒し、サクラは無理に人王の力を使用せず、身一つで飛びかかっていく。
狙うは頸だ。拳でも蹴りでも、突き刺されば一撃で意識を刈り取ることができるはず。
「そう簡単にはいかないわよ?」
サクラが繰り出す拳と蹴りの連続攻撃を平然とかわすラジエル。ビームを追撃に向かわせても、完璧に読まれているかのように糸の壁が作られた。
さらには、気絶して倒れていた兵士を盾にしてサクラに攻撃をやめさせ、ラジエルはくすくすと笑う。
「民思いのお姫様……外を見たらどうかしら?」
ラジエルに言われるがまま、警戒はゆるめずに窓の外へと視線をやると、そこには群がる民衆の姿があった。
集まっているのはすべて獣族であり、先頭にはレイジが立ってこちらを睨んでいる。何人もの人々がサクラの排除を求めていると、そう言いたいのか。
言葉を失っているあいだにレイジは飛び上がり、窓を破って部屋へと侵入してきた。瞳に刻まれた爪痕の紋章は暗い赤に輝いており、すでに魔王覚醒が行われているらしい。彼はモンブランに手を差し伸べ、立ち上がらせようとしている。
敵は勇者候補のパーティメンバーと天使に加え、魔王覚醒者だ。さすがのサクラでも不利である。
さらに、全力で戦うには無関係の人間が多すぎる。こんな街中で天球奥義を解放すれば、間違いなく多量の犠牲者が出る。
「ここは……撤退しかないようですね」
サクラはまだ死んではやれない。選ぶのは、無論逃亡だ。
逃がすまいと鉤爪を振るってくるレイジや放たれる糸を光線で対処して、窓から飛び出すと、今度は威力を弱めた光線を噴射代わりにして飛行する。
地上からは、獣族の人々からの罵声や非難が絶えず聞こえてくる。けれど、サクラはやれるだけのことをしているだけだ。
耳を貸さず、彼女は飛行を続けた。




