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第44話 ヤンデレ幼馴染みたちと魔王覚醒者たち

 ヴァエールの滝を訪れた後、ラッキーはさまざまな場所へ俺たちを連れ回したが、最も目を輝かせていたのはシルキィだった。

 記念館や美術館を巡り、前衛的なオブジェから美しい女性を象った──平坦な胸以外は本人とかけ離れているが魔王らしい──作品と幅広く鑑賞した。

 異世界文化だけあって首をかしげるものが多いなか、シルキィだけは終始好奇心全開で駆けずり回っていて、間違いなく雫の国を一番満喫している。


 一方で、モンブランはラッキーの説明も頭に入ってこないみたいで、ときどきぼうっとして固まっていることがあった。

 そんな彼女を心配して俺が声をかけると、やはり目を合わせてくれない。

 ラッキーに言われたことがどれだけ彼女の中に居座っているのだろうか。さすがに心配だ。


 彼女はそのまま一日を過ごして、夜になってもなにか悩んでいる様子でいた。

 ラッキーには別れ際に再度チョップとデコピンでお説教をしておいたが、それでモンブランの悩みが晴れるわけではない。

 夜の旅館で窓を開け放ち、風に吹かれながら空を眺めて、思いを巡らせてばかりだ。


 俺はその隣に立って、話しかけてみることにした。


「なあ、モンブラン」


「……圭さん。ごめんなさい、私、ちょっとラッキーさんの言葉が気になってしまって」


 考えたこともないこと、考えたくないことを言われたのはわかっている。だから悩んでいるのも見ればわかる。


「あの。もし私が、記憶を取り戻して──」


「好きにすればいい。無理に冒険に付き合わせたりしないさ。

 それに、今は目の前のやりたいこと、やらなくちゃいけないことがある。

 後のことなんて、その時考えればいいんだ」


 いまの彼女は考え込みすぎている。だから、気負わないように、緊張がほぐれるようにそう声をかけた。

 夜風が一陣吹き抜けて、カーテンを揺らし、モンブランはそうですねと頷いた。


「目の前のことをなんとかしてから、ですね。私、ずっと先のこと考えちゃってました。ありがとうございます、圭さん」


 礼を言われるようなことはしていない。俺はただ、月並みな言葉を並べただけだ。でも、それでモンブランが落ち着いてくれるなら謙遜は必要ない。彼女の助けになれた事実だけで十分だ。


「夜の風、気持ちいいですね」


 開け放たれた窓から吹き込む涼しい風が頬を撫で、俺たちの間を通り抜けて、湯けむりの香りだけが残されていった。


 ◇


 そして、魔王覚醒者は次々とこの旅館に集まっていき、ついには会議が設定された日になった。

 見知った顔も見知らぬ顔も一堂に会して、大きな円卓に並んで座る。

 瞳に紅の紋章を宿した者は、りんぜを含めて七人。すべての種族の代表が揃っている、とまではいかないようだが、それぞれがただものでは無いオーラを纏っており、どこか威圧感のある光景だ。

 中にはリーザやラッキーのように明るく周囲と駄弁っているものもいるが、険しいものもまた多い。モンブランなんかがそうだ。緊張から硬直して逆に怖い顔になっている。


 そんな出席者たちのうち、あるとき、銀色のポニーテールでふわふわのミニスカドレスを着た少女が立ち上がり、冷静に話を始める。

 雑談も止んで皆が静まり、視線は彼女へと集中する。それでも表情は変わらず、彼女は淡々と会議の開幕を告げた。


「皆様、本日はお忙しい中このような会に応じて下さり、誠にありがとうございます。

 当機は『セレスタ』と申します。ゴーレム族の代表者たる魔王覚醒者として、記録係を務めさせていただきます」


 ゴーレム族とは一度だけ、勇者試験のときにあったことがある。

 その時はクリスタという少女で、金属製のツインテールや関節部に見える銀色が印象的だった。

 セレスタも同じ種族だ。髪をまとめているように見えるポニーテールも金属部品みたいで、露出された腋や膝には肌で覆われていない部分がある。

 そこからコードの束や塗装されていない金属光沢が見えていて、なんだか見てはいけないものを覗き見している気分になる。

 例えば、下着のような。


「関節部に対して熱烈な視線を送られても、当機では対応しかねますが」


 視線はばれていた。絡繰り仕掛けの蜥蜴を象った紋章が刻まれたセレスタの瞳が思いっきり俺のほうを見ている。

 それに気づいたラッキーには指をさされてまたヘンタイだと言われてしまった。いや、いくらなかなか見ない種族だといっても、初対面でしかも偉い人の腋をガン見するとか、変態どころではないような。


「記録しておきます。奈浪圭様は変態、腋フェチ、メカが性癖」


「待って待って、そんなこと記録しないで! ……って、俺の名前……?」


「当機はあらゆるゴーレム族のデータベースを集約し、共有するという役目を持ちます。先程の情報も、すべてのゴーレム族に」


「やめてーっ!」


 会議場には俺の悲鳴か響き渡った。

 表情を全く変えないまま、冗談です、と言うセレスタ。冗談に聞こえないのが怖いし、というかこの会議ってもっと真面目なものじゃないのか。


「おっと、職務放棄するところでした。会議を続けましょう。

 中には初参加の方もいらっしゃいますし、参加なされている皆様をご紹介いたしますね」


 彼女はデータベースから取得したであろう情報をもとに、淡々と参加者の紹介を始める。


「人の国代表、『巫女姫』サクラ様」


 名を呼ばれた彼女は頭を下げ、礼儀正しく振る舞う。こういう場にも慣れているのだろう、さすがはお姫様だ。


「蕾の国代表、『癒しの陽だまりきのこガール』アガリーザ・ルガッサ・レストフォー様」


 長い。もともとアルラウネは名前が長いみたいだが、二つ名がついてきたうえに、直前がたった七音だったからもっと長く感じる。

 二つ名はいったい誰がつけているのだろうか。巫女姫と違って、わざわざ誰かがリーザのことをそんなアイドルみたいに呼ぶとは思えないのだが。


「暁の国代表、『電光の賢者』フェリアス・アールヴ様」


 軽く頭を下げたフェリアス。彼に向けシルキィが小さく手を振っていて、それに気がつくと手を振り返してくれた。


(からくり)の国代表……さ、『運命(さだめ)の観測者』、セレスタ」


 いま自分につけられた二つ名を言うのをすこし躊躇った気がする。心なしかセレスタの無表情にはちょっぴり照れの感情があるふうにも見えた。意外だ。


「翼の国代表、『荒れ狂う大嵐の覇者セイバージャスティストルネード』イグル・ストレミア様」


 そしてここで、リーザよりもっと長い二つ名で来た奴が現れた。名前を呼ばれた途端に顔を赤くして縮こまった、ハーピーの女の子だ。

 彼女、イグルは瞳に紅の紋章がなく、魔王覚醒者ではない。なのになぜここにいるかというと、国王かつ魔王覚醒者であるおじい様が入院中のための代理だという。

 でも、二つ名のセンスと祖父の療養は無関係だ。


「獣族代表、『革命の獅子心(ライオンハート)』レイジ様」


 彼は負傷こそしているが、少年の体躯に不釣り合いな堂々とした態度は健在だ。

 この場でも緊張した様子を見せず、時折緊張しっぱなしのモンブランの目配せに応える程度だった。


「雫の国代表、『波に愛された子』ラッキー・クィーンメイド様」


 ラッキーは名前を呼ばれるとあたりに愛嬌を振りまき、投げキッスをしてみせた。しかしサクラがたたき落とす仕草をすると、小さく舌打ちをして大人しく座る。彼女にこっぴどく叱られた経験でもあるのだろうか。


 ラッキーまでのぶんが終わると、セレスタはそれから、空いている『鱗』『夜』の席のことには触れないまま、りんぜのことを話し始めた。


「そして、魔王様の魂を持つ少女──伊勢神りんぜ様。りんぜ様は初めてのご参加かつ、この会議に魔王様自身への接続者が出席するのは初めてです。

 前例のないことで少々手間取ってしまう場面もあるかと思いますが、どうかご容赦を」


「は、はい。ええと、よくわかんないんですけど、みなさんの話を聞かせてもらいたいです」


 深々と頭を下げるセレスタにほかの魔王覚醒者たちも続いてお辞儀がたくさん向けられる。りんぜも同様にお辞儀で返して、挨拶は以上で終わりとなる。

 鱗の王も、夜の王であるはずのラミカでさえも現れないままだが、誰もそこに疑問は抱いていないらしい。このふたつは毎度のようにいないのか。


「では、ご挨拶も終わりましたし、会議と参りましょう」


 サクラの言葉で、全員の雰囲気が変わった。取り残されているのは、妹が現れないことにがっかりしているシルキィと、ついていけてない俺だけだ。

 魔王会議の本番はこれかららしい。覚醒者たちはいっせいに見たことないほどに真剣な面持ちとなり、緊張感が立ち込め始めていた。

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