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第39話 ヤンデレ幼馴染み、再び

 ここは森の中心部。かつて蕾の魔王に祈りを捧げる祭壇として使われていた開けた場所で、独特な形の台座が蔦に覆われて鎮座している。


 俺はりんぜと森の奥で二人、他のメンバーの勝利を祈りながら待っていた。

 仮に相手に天使の力があったとしても、きっとみんなならやり遂げてくれると信じ、敵の現れる気配のない静かな森でじっとしていた。

 吹き抜けるそよ風に葉がさらさらと鳴る音がするだけで、あたりには俺とりんぜしかいない。互いの呼吸と心音だけが聴こえ、彼女の拍動が早いことがわかる。


 俺自身の心音だって早い。いま、みんながどうなっているのかわからないのだから、心配してもしきれない。

 森は変わらず神秘的で静かだとしても、時折遠くから轟音がして、何度も身構えた。

 この程度でりんぜの心を襲った不安がわかるなんて言わないけれど、その場には張り詰めた空気が立ち込めていた。


 そんな中だから、近づいてくる誰かの足音には、ふたりともすぐに気がついた。

 草を踏みしめてこちらへ近づいてくる誰かは、恐らく仲間たちではない。誰かがすり抜けて、ここにたどり着いてしまったのだ。俺たちは身構え、いつでも逃げられるように体勢を整える。


 そして、現れたのは、ゼフィランシアでもキリマでもネリドでもなく、見たことの無い少女だった。


 彼女は年齢でいえば俺たちと変わらない。しかし、お人形のような淡いピンクのひらひらな服装だ。

 染めているのか淡い藤色の中にビビットピンクがあるという奇抜なショートカットが印象深い。


 それらの特徴には心当たりはあることにはあるが、俺たちの世界で十何年も前に流行っていた女児向けの人形だ。普通に考えて、異世界の住人でそんなものを知っているわけがない。

 俺はその思考を振り払い、目の前の謎の少女を見据えた。


 切り揃えられた前髪の下で光を失っていた瞳が、俺の姿を捉えるとともに見開かれ、らんらんと輝き出す。

 その双眸はどこかりんぜに似て、本能的な恐怖を覚えるものだった。


「……圭くん、みぃつけた」


 彼女は親指の爪を噛みながら、ゆらりと歩いて迫ってくる。

 あんな動きをするのはゾンビか殺人鬼か、俺は思わず逃げようとして、ふと彼女が俺の名前を呼んだことに気がつく。


「君、いま俺のこと……」


「だめ、圭くん。あの女に話しかけちゃだめ」


 幼馴染みとしての心が警鐘を鳴らしているのだろう。りんぜに止められる。確かに明らかに危険な空気を纏っているが、それでも俺は彼女のことを知っている気がする。

 いつか、出会ったことのある人物なのだろうか。


 十数年前の女児向けのお人形。

 親指の爪を噛むくせ。

 ゆらりとして不安定な歩き方。


 三つのキーワードを頭の中の図書館で探し回り、やがてひとつの結論に至った。


「もしかして、黎夢(レム)なのか?」


 あの少女は息を飲んで驚き、直後にとても長いため息をついた。安堵と高揚のしるしだ。

 一方でりんぜも振り向いた。彼女は知らない女の名前が俺から出てきたことに不服そうで、黎夢とは何者か聞いてくる。


「……だれ? あの人。圭くんの何?」


「えっと、あの子は千鳥羽(ちとば)黎夢(れむ)。ちっちゃいころよく遊んでたんだ。

 ほら、りんぜとは近所だったけど、保育園に行ってたのは俺だけだっただろ。その時の」


「そこまで覚えてくれてるんだ……うれしいな、とってもうれしい。やっぱり、運命なんだよね、ね」


 保育園以降はりんぜがいないときに限ってばったりと会ったりしていたが、いつの間にかこんなふうに育っているなんて。

 顔立ちは可愛らしいけれど、俺の覚えている限りではここまで危険な雰囲気の女の子じゃなかったはず。

 というか、なんで黎夢はお人形さんに見た目を寄せているんだろうか。


「あ、あのね。圭くん、ボク、なったんだ、あのお人形に。

 圭くんがかわいいって言ってくれたから、ずっと、ずうっと見せたくて、この世界を探し回ってたの」


 なるほど。小さい頃の俺が褒めていたから、それが俺の理想だと思ってこの見た目になっていったわけか。

 ……すごく愛されているのはわかるが重すぎる。

 だいいち、りんぜといい黎夢といい、どうやってこっちの異世界までついてきたんだ。ここは異世界だ、引越しどころの話ではないというのに。


「運命の前に、そんなのは障害にもならないの……ね、圭くん、いっしょにいこう。ボクと、永遠に、ふたりきりで暮らそう」


「黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれてるね。保育園が少し一緒だったからって、ずっとふたりきりでなんて」


「あなたも運命が作った愛の障害? なら、ボクが消さないと。

 圭くんはね、ボクに約束してくれたんだ……永遠を」


「私だって、ずっと一緒だって約束したもん。ね、圭くん!」


 いきなり振り向いたりんぜに、俺は力なく頷くほかになかった。俺の幼馴染み同士で、それゆえに重たい感情どうしが激突しようとしている。

 自分のために争わないで、なんて言いたくなるのは異世界人生どころか生まれて初めてだ。


 しかし、考えてみれば、これは無理に仲裁に入ろうとしたら両方に刺されるパターンだ。無理に介入しない方向がいいだろう。


 黎夢は虚空から包丁を出現させて手にすると、こちらへ歩み寄り、りんぜに光の無い目を向ける。あれは刺すつもりだ。


 だが、当のりんぜは自分の心配ではなく俺に下がるように言い、瞬時に魔王覚醒を行うと包丁を蹴りでへし折ってみせた。

 異世界の彼女はか弱い女子高生ではない。未知の力を宿した魔王覚醒者なのだ。


 とはいえ、引っかかることはある。

 組織が中核の人間を使ってまで俺を狙っている理由が黎夢だとしたら。なぜ彼女個人がそんなに尊重されているのだろうか。


 その答えは、すぐに出ることになる。


 りんぜがキックで包丁を破壊した様を見た黎夢は、りんぜに聴こえるように舌打ちをすると、身体から突然強大な魔力の気配を放つ。

 いつの間にか瞳には青く輝く紋章があらわれており、彼女もまた魔王覚醒を持っているのかと思われた。

 だが、彼女はどの形でも魔力を漂わせず、詠唱の代わりにこう呟く。


「──『女神再臨レコード王冠ケテル』」


 青い光で描かれたのは、三つの球が三角形に配置され、中心にある十字架とそれぞれが繋がっている三位一体の図式だ。

 それが放つ輝きが少女を包み、身体に巻きついて血管のように張り巡らされる。そして、そこからこぼれる光はくすんだ灰色であった。

 あれは魔王に由来する力ではない。魔王と相反し、天使を従える女神の力だ。

 今度は灰色の光で包丁が作られ、黎夢のただでさえふりふりな衣装にたくさんのリボンが追加される。


 だが、見とれている暇もなく、姿は次の瞬間には視界に存在しない。

 風を纏ったりんぜと共に空気を切り裂く烈風として暴れ回り、火花を散らしながら、最後には互いに相手の眼前に凶器を突きつけた形で静止する。


 りんぜは目の前の包丁を睨み、黎夢は首元にまで迫ったりんぜの足には一瞥もくれることなく、互いに一度距離をとった。

 仕切り直しだ。黒い風が吹き抜け、黎夢に流れる灰色の光は激しく輝く。


 そして、高速の戦闘が再び始まる。

 包丁の刃がりんぜに迫り、潜り抜けて拳が繰り出され、ゆらりと避けるすれ違いざまに凶器が脇腹を狙う。

 そこへ束ねられた風が刃を逸らし、すかさず腹に回し蹴りが叩き込まれ、脚が受け止められて耐え切られた。


 そのまま掴んだ脚を利用してりんぜを投げ飛ばし、黎夢は包丁をもう一本出現させながら飛ばされていくりんぜを追う。

 彼女のもとへ向かい、二本の包丁を同時に振り下ろそうとして、突如吹き荒れた白い炎に押され、今度は黎夢が吹き飛ばされる。りんぜが炎を纏った姿へと変わったのだ。


 次はりんぜの番だ。炎を纏わせた拳を振りかぶり、着地したばかりの黎夢へと向かう。白炎は彼女の身体の周囲に渦を巻き、荒れ狂う竜のごとく突進させる。

 黎夢はそこへコスチュームのリボンを操って伸ばし、足元を掬おうとした。しかしそれらが炎に阻まれ通じないとわかると、彼女もまた纏う魔力の姿を変えていく。


「『女神再臨(レコード)勝利(ネツァク)』」


 身体に流れる灰色は血よりも深い真紅となって、リボンたちはほどけ、かわりに背中に炎の翼が展開される。

 これでりんぜとは火力対決というわけだ。向かってくる炎の拳に対して、黎夢の両翼からひとつに集められ圧縮された火球が打ち出され、りんぜの必殺技と激突する。


「『無限なる貪欲インフィニティ・ヒート』ッ!!」


「……『勝利、即ち不滅の焔オーバーレコード・フェニックス』」


 黎夢の火球は空気さえも焦がし、内部から放たれる光は太陽を彷彿とさせる。そんなエネルギーの塊と、純粋な竜の魔力である白炎を纏った拳がぶつかり合う。

 内部から焼き焦がして破壊するりんぜの『貪欲』と、圧倒的な高エネルギーである黎夢の『勝利』。どちらが燃え尽きるのが先か、あるいは消し飛ばされるのが先か。

 ある時はりんぜが押し切ろうとし、ある時は黎夢がさらなる力をこめて押し返す。竜の炎と不死鳥の炎はどちらを殺しきることもできず、ぶつかって競り合っていた。


 しかし、やがて片方の力が続かなくなる時が訪れる。

 その時に起こるのはあまりにも大きすぎるエネルギーかぶつかり続けた結果の大爆発であり、あたり一帯を飲み込み、消し飛ばそうとするのだ。


 ──そしてまさに今。その大爆発が巻き起こった。

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