第38話 魔王覚醒者と天使の翼
獣族の少女はキリマに任せ、ゼフィランシアと天使の少女は目的の彼を迎えに行くため先を急いでいた。
とはいえ、ゼフィランシアは少女に頬をすりよせており、少女は圭のことばかり考えている。彼女らの動きは簡単に把握されていた。
そこから先は通さないと、ふたりの魔王覚醒者が立ちはだかる。
「オマエだな、ケイのことを狙っているというのは」
「ゼフィ! あなたの非行、ここで止めさせてもらうよー!」
リーザとレイジはそれぞれの相手を前にし、身構える。錆色の煙と蒼色の花弁が吹き荒れて、彼らの魔力が活性化しているのを示す。
ゼフィランシアはそれを見て、不快そうに顔を歪め、なによ、と呟いた。そんな彼女を少女が撫で、こう諭す。
「あの人のこと、ぼこぼこにしちゃってよ……ゼフィじゃなきゃできないんだ、お願い」
「ふんっ、ならしょうがないわね! やってあげるわ!」
ゼフィランシアは頬をよせていた少女から離れ、リーザと対峙する。
そんなアルラウネ同士の対決の傍らで、レイジが天使の少女を睨み、こちらもまた戦闘が始まろうとしていた。
「……ボクは圭くんを迎えに行くんだ。子猫に付き合ってるヒマはないんだけど」
「オレはある。付き合え」
レイジは口に出すと同時に攻撃へと移る。駆けながら詠唱を紡ぎ、煙を纏って刃となった爪で襲いかかる。
それをゆらりとかわし、少女は面倒くさそうにあくびをすると、レイジの次なる攻撃を素手で受け止めた。
そして反撃としてもう一方の手に大きな包丁を出現させ、彼を切りつけ、放り投げる。
レイジはすぐさま受けた傷を修復して向かっていくが、少女は舌打ちをしながら彼の拳を止め、喉元に深々と凶器を突き刺した。少女の手つきに迷いはなく、降り掛かってくる火の粉への殺意は本物だ。
「ボクと圭くんの運命を……邪魔しないでよ」
喉から包丁を引き抜くと、レイジは再生を始める。それを再び切り裂き、すると再生が始まり、を繰り返すうちに、彼の頚椎は限界を迎えて首と身体は離れていった。
残った首は投げ捨てられ、少女は先へ進もうとする。
しかし、地面に落ちてなお、レイジの魔王覚醒は作用している。千切れた首が胴体を引き寄せ、接合し、彼は意識を取り戻す。
首を回して動作を確認すると、彼は錆色の煙を腕に集め、少女を追って拳を振るう。
「『孤獣』……!」
魔力で形成された爪は空気をも切り裂き、そこには真空が発生する。少女のゆっくりとした回避ではその影響は避けきれず、頬にわずかな切り傷ができた。
いや。たった少しの切り傷しか与えられなかった。
「……痛い。なにするの。邪魔しないでって言ったのに」
「オマエたちのような革命を求める輩がいるのも理解出来る。
だが、一度助けてくれた相手を簡単に差し出すわけにはいかない。オレの王道に反するからな」
少女はレイジの言葉を聞こうとはせず、爪を噛みながらひとりぶつぶつと話し続ける。やがて結論が出たのか、包丁を構えると、そこに淀んだ光のオーラを纏わせはじめた。
「魔王に連なる人間……そっか。あなたは運命が連れてきた愛の障害。ボクが取り除かなくちゃいけない悪い奴なんだ」
次の瞬間、レイジの脇腹には既に包丁の刃が突き刺さっていた。全く認識できないうちに、気がついたときにはすでにそうなっていたのだ。
ただ刺されただけとは比べ物にならない激痛がレイジを襲い、痛みには慣れているはずの彼も呻き声をあげる。
引き抜かれた傷口からは、せき止められていた血がいっせいに流れ出て地面を染めた。
「っぐ、オマエ、いったい何を……がはっ!?」
少女はうるさいと言うかわりにレイジの顔を蹴り飛ばした。それから、包丁で三度ほどついでに彼の腹を刺し、付着した血をレイジの毛皮でぬぐう。
あとはもうレイジには一瞥もくれない。圭のことだけを考えているのだろう、彼がいる方向へと迷わず歩き出した。
レイジは彼女を追うため立ち上がろうとするが、再生は始まらない。やはり魔王覚醒の力はあの包丁が纏っていたなにかに打ち消されている。
声を張り上げようとしても、身体からは力が抜け始めていて、うまくいかない。
幸い魔王覚醒の影響は最低限あるらしく、意識だけはやけに明瞭だった。
そのまま脱力し、地面に転がるレイジ。
彼の王道には、これで亀裂が刻まれたのだった。
◇
レイジが少女と交戦している一方、リーザとゼフィランシアもまた戦闘へと入っていた。
本来ならば、魔王覚醒を持つ者と、ほとんど戦闘能力を持たない一般人だ。実力の差は歴然である。
しかしゼフィランシアは以前の彼女とは違う。胸に若葉色で半透明の球体が埋め込まれており、背中には天使の翼がある。
力を与えられた以上、彼女はすでにリーザの相手をできるだけの力を得ているのだ。
「ゼフィ、やめにしようよ。優しいゼフィなら、こんなことはしないはずだ」
「……じゃあ、私はそんな優しい私じゃなくていいわ。あの人に必要としてもらえるんだもの、私じゃなきゃだめだって言ってくれるんだもの」
リーザの呼びかけは意味がないようだ。ゼフィランシアはあの隣にいた少女に心酔しているらしい。彼女自身の花粉が影響したとしても、ここまではならないだろう。
「できれば……傷つけたくはないんだけどな」
拘束するための蔓を向かわせ、それらはゼフィランシアが操る蔓に阻まれる。
それならとリーザは自分に生えたきのこを一本もぎって投げつけ、痺れる粉を撒き散らす。対して彼女は飛びのきながら光の弾を放ち、それらに引火させ、小規模ながら粉塵爆発を引き起こすことで一掃してみせた。
今度使うのは虫を使う手だ。蝶、蜻蛉、かぶと虫を大量に用意し、全方位から向かわせて魔力を掠めとる。
うまくやればこのまま気絶するまで魔力を吸い取り続けられる方法だが、ゼフィランシアは蔓の鞭と光弾でそのほとんどを撃ち落とし、なんとか通ったのは数匹だった。
繰り出す蔓はことごとく相殺され、向かわせる虫も叩き落とされている。
やっと奪い取った魔力はキリマの時と同じ光の塊で、やはり天使の力によって単純な身体能力も上がっている。
手加減をしていては、彼女を止めるのは不可能だろう。
リーザは仕方なく、もっと攻撃に特化した方法をとると決めた。
「痛いのは我慢してよね、『いばらに眠る姫の棺』ッ!」
この技は敵意や抵抗に反応して強度が増す棘だらけの植物を生み出し、相手を拘束するものだ。棘は鋭く、突き刺されば消滅するまで抜けない。
ゼフィランシアは蔓を駆使して脱出を試みるが、そのたびに棘がより鋭く伸び、彼女の緑の肌に傷の赤を作っていた。
普段はこの茨たちに、虫たちが採取してきた魔力を付与してさまざまな効果を発現させる。
今回はリーザ自身のきのこを使い、ゼフィランシアに麻痺を与えるのだ。
もぎとったきのこをこねて、魔力の塊にする。そして、茨への力の供給に流し込み、麻痺の力を乗せた。棘を通して彼女の身体に成分が入り込み、抵抗が弱まっていく。
幸い、天使の力を得ても痺れ胞子の効果はあるみたいだ。これでゼフィランシアも大人しくなってくれるはず。
「どう? これで懲りたりした?」
「嫌……嫌、嫌よ、私じゃなきゃだめなんだもの、私はこんなんじゃだめなの、私を見てよ、私を見てよ……!」
早口でのつぶやきに、彼女の全身の光の魔力が反応する。翼が羽根を散らし、その代わりに彼女の身体は急な成長が促され、大量の蔓が飛び出してなにかを形成していく。
リーザは慌てて距離をとった。リーザが出現させた茨をも呑み込んで、ゼフィランシアを核として、目の前で巨大なアルラウネの姿が作られている。
「……そんなのアリ?」
思わず呟いた。見上げても全貌を捉えきれないくらいのサイズになりつつあり、ついでにしっかりとゼフィランシアの女性的な身体のラインも再現されており、まるで彼女が巨大化してしまったみたいだ。
なるほど、これならばゼフィランシアのことをよく見てもらえるし、こんな森がフィールドだったとしてもすぐに目標までたどり着ける。
巨大だというのはそのぶん破壊力も増しているわけで、さらにアルラウネゆえに機動力に欠けるリーザには不利が押しつけられる。
あそこまでの魔力を動員してリーザも巨大化できればいいのだが、そうはいかない。天使の力とはすごいものだ。
「って、感心してる場合じゃないや。どうにかしなきゃ!」
いくら魔王覚醒者でも、ものすごく大きくなった知り合いを元に戻す対処をしたことがある者はいるだろうか。たぶんリーザが初だ。
まずは拘束のため、『いばらに眠る姫の棺』を使ってみる。
巨大ゼフィランシアの片足に巻き付けて、侵攻を妨げようとしたが、簡単に引きちぎられた。棘も効果がない。当たり前だ、サイズの差が激しすぎる。
巨大な彼女が動きを見せ、いったいなにかと思うと、それは反撃の蹴りを繰り出す動作だった。数メートルの植物の塊は、木の根ごと地面を抉りながら森林を破壊する。
リーザはなんとか避け切ったものの、目の前に残る爪痕はすさまじかった。
こういうときは等身大で無闇に戦っても勝てっこない。やはり、こっちも大きくならないと。どこかから魔力を工面してこよう。
そこまで考えて、ふと、逆にああなったゼフィランシアから魔力を奪う、という方法を思いついた。
一匹一匹の虫では到底足りない。あれだけの魔力を奪い尽くせる虫を作るには、それこそリーザが干からびる以上の魔力がないといけない。
そんなものはどこにあるのか?
答えは簡単。目の前の巨大ゼフィランシアにあるのだ。
「目標、ゼフィ本体! ……よし、胸元のところに埋まってるね! いっくよー!」
リーザは蔓を伸ばし、巨大ゼフィランシアのさまざまな突起にひっかけることで飛び回りはじめた。目指すのは、巨人の心臓部分から魔力を感じられるゼフィランシア本人だ。
邪魔なリーザを叩き落とそうとする手を潜り抜けて、背後から上り、腋を通って胸のあたりまでたどり着く。
すると、リーザは『いばらに眠る姫の棺』の茨を出現させた。ゼフィランシアの魔力を奪っている数匹の虫を呼び寄せ、それらを光線として放つのだ。そうして植物の鎧を削り、本人を露出させる。
「……よし、見えた!」
首元までが露出しただけだが、それでいい。次に使うのは別の技だ。彼女のもとへ一気に近づき、顔を寄せ、その唇を奪う。
その技の名は『お菓子く嗤う魔女の接吻』。アルラウネ式の吸精キスだ。植物の鎧を展開しているゼフィランシアからそのぶんの魔力をいただき、全部虫を産むのにあてる。
その虫たちもまたゼフィランシアから奪い、それが繰り返されて、虫に覆われた巨大ゼフィランシアは枯れ始め、立っていられなくなる。
枯れ草となった足から崩れて膝をつき、あたりに地響きを起こしながら森の中に倒れ込む。
そして、全部がなくなるまでにそう時間はかからなかった。
みるみるうちに纏っていた植物は消えていき、最後には本体だけが残った。
ついでにゼフィランシアに生えていた羽根と不思議な球体もなくなっている。
「いやぁ……私が、私のいる理由が消えていくの……」
「それは違うよ。ゼフィじゃなきゃできないことは、この国にだっていっぱいある。あたしたちには、ゼフィが必要なんだよ」
リーザが受け止めると、天使の力の影響がなくなったためか、彼女は安らかな表情で気を失った。
そろそろレイジの戦闘も終わっていることだろう。せっかくだから、様子を見ていこうではないか。
その直後、傷つき倒れたままのレイジを発見し、リーザは絶句することになるのだった。




