第28話 ヤンデレ幼馴染みとエルフお姉さん、試練は続く
モンブランが『知の試練』を突破し、続けて宿屋の女将が繰り出す第二の『嫁の試練』にりんぜが挑むことになった。彼女を納得させられるだけの料理が求められる。
そして、試練はすでに始まっていた。並ぶ食材を目にして、まずりんぜの動きが止まる。そこにあるのは異世界の食材ばかり、しかも女将の食卓でもほとんど出てこないものばかりだ。
中には虫に形態がものすごく似ているものも多く、年頃の女の子が目を逸らしたくなるのも無理なはい。
「あれは……！」
「知っているのかモンブラン！」
「はい、あそこに並んでいる食材はすべて、一般的なダンジョンで採取できるのに市場には出回らない微妙な食材たちです」
味があまりおいしくない。筋が多くて食べにくい。特定の部位に毒があり、処置を間違えると毒化してしまう。見た目が気持ち悪い。など、さまざまな理由で売られていない食べ物ばかりだそうだ。
冒険者として、野宿やサバイバル飯は確かに重要だ。食事は生命線である。
慣れない食べ物たちを前にして、りんぜは抵抗を感じつつ手を伸ばす。まずどんな味なのか、食材のことを知らなければなにも作れない。
魔法のコンロに火をつけて、様々な生肉をひととおり串に刺して焼いていく。
こんがりと焼けて、確かに焼き肉の匂いがしてくるが、どうだろう。
りんぜは一本目を口に運んで、かじり、しばらく咀嚼して顔をしかめた。
「……身が硬くて、なんか酸っぱい。女将さん、これ何のお肉？」
「それは山岳ゴブリンね」
「こっちは……あ、ちょっとクセがあるけど、まだ食べられるかな」
「今食べたのは小型のコボルトよ。ちゃんと何のお肉か、写真がつけてあるはずだけど……」
しっかり、人型をしている魔物も含まれているみたいだ。あとは、虫や異形の魚がたくさん。明らかに食欲はわかない。
それでも試練を超えるためには、料理しなくてはならない食材たちだ。味見をしては顔をしかめ、たまに口直しに水を飲んでを繰り返し、すべての味を確認し終えると、ついに本命の調理へと入る。
やわらかくするためや臭みをとるために苦心し、一緒に調理する野菜も味付けのソースも試作と味見、改良を繰り返した末にひとつひとつ皿が出来上がっていく。
魔物の肉を使っていようが、そんなにお洒落なものや奇抜なものは出来上がらない。
並べられたのは、りんぜらしく、素朴で相手のことを考えた料理だ。お米、味噌汁、肉じゃが、焼き魚。久しぶりの和食の香りに、懐かしさが食欲をくすぐってくる。
「ええと、愛妻料理って言ってたので……冒険のさなかでも、あったかい家庭を感じてくれたらなぁって、作りました」
和食を出された女将は珍しがりながらも翼を合わせ、いただきますと呟いた後に、まず味噌汁を手に取った。
「えぇ、美味しい。心から温まるミソスープね。ほんのり甘い……これ、コボルトかしら。お肉そのものの味とお味噌が絶妙なバランスで塩味と甘味を調和させてるわ、なかなかのセンスだわ」
その調子で、女将はりんぜの料理を次々と評価していく。
ゆっくりと味わい、飲み下していて、りんぜにとっても俺たちにとってもすごく緊張する時間が流れていった。
やがて最後の米粒ひとつまで綺麗に食べ尽くされて、茶碗が置かれる。
「ふぅ、ご馳走様。つい全部食べちゃったわ」
お腹を撫で、女将は続けて話す。
「りんぜちゃん、試練は合格よ。あなたの料理が美味しいのは、きっと大切な人を想って作ってるからよね。
愛の調味料は、ゴブリンもコボルトも安らぎに変える……ふふ、どうか冒険のあいだも、その気持ちを忘れないでね」
「……はいっ！」
あまり食用にはされない魔物を調理するという難題だったが、りんぜは苦労の末に合格を勝ち取った。
戻ってきた彼女は目を輝かせていて、シルキィとはハイタッチを交わし、モンブランをひとしきり撫で、最後に俺のことを見つめた。
「これで一歩進めるね、圭くん」
「あぁ。ありがとう、りんぜ」
女将の解説を聞いていたら、魔物料理だったとしてもなんだか興味がわいてきた。
今度食べられる魔物が捕まったら、彼女の手料理を食べさせてもらおう。
案内を受け、次へと進むための水晶の扉を通っていく。
◇
これで試練は半分が終わった。あと二つを、俺とシルキィで攻略しなければならない。
ここからはきっと運の要素も絡んでくるだろう。俺たちの得意分野が来ればこっちのものだ。
「お姉さんもがんばるから、一緒にがんばろうね……！」
シルキィのやる気も十分みたいだし、俺だって心の準備はできているつもりだ。
そして、光に包まれ、景色が一気に変わっていき、やがて見えるようになった風景は、最初に扉をくぐったはずのドーム会場だった。
水晶の扉たちはすでに撤去されているらしく、広いフィールドとその周囲を囲む客席がよく見える。
なにかまずいことをして、戻されてしまったのだろうか。不安になってくるが、そんな中ひとりの少女が歩いてやってくる。
「そこのお兄ちゃんお姉ちゃんが、自分の試練に挑んでくれる人っすね。歓迎するっす」
なんと、次の試験官は司会を務めていた少女クリスタであるという。
彼女の仕事といえば、この試験の盛り上げやルール説明である。今までの魔物知識といい愛妻料理といい、もしかすると司会としての資質が試されるのではないだろうか。
俺は身構え、クリスタがそれを見て笑みを浮かべる。
「自分の『晶の試練』は単純明快、自分と戦って勝ったら通過っす。荒事の得意なお方がおすすめっすよ〜」
「……だったら、お姉さんにまかせて。お姉さんは魔物のこともあんまりわかんないし、お料理も苦手だけど、魔法で戦うのは得意だから」
魔法を習得したばかりで実戦にいっさい出ていない俺と、大型の魔物をひとりで撃墜するシルキィならば、明らかに彼女の方が上だ。
最後の試練になにが来ても俺が挑むのが決まったけれど、まずはクリスタに認めてもらうことが優先である。
シルキィは前に出て、スカートにしまってある二振りの短剣を抜き、クリスタに向かって構えた。
「エルフのお姉ちゃんがお相手っすか。しかも二刀遣い、楽しみっすね！」
クリスタのほうは得物を用いるわけではないらしく、指をくいっと動かして挑発の仕草を見せている。いつでも試練は始められるというわけか。
俺たちはシルキィが動き出す前に慌ててフィールドから避難して、野球でいうベンチの場所から戦闘を見守ることにした。
そして、戦いは始まる。
シルキィが短剣で空間を裂き、現れるのは炎の球だ。小さなそれらがいくつもクリスタへと降り注いでいく。
彼女は冷静にひとつ、ふたつと軽快なステップで回避し、魔力を纏わせた尾羽で打ち返す。その間にも手元で魔法を使っており、出来上がった水晶の銃はシルキィめがけて鋭い弾丸を打ち出した。
短剣は辛うじて火球をかき消し弾丸をはじいたが、当たっていれば間違いなく突き刺さっていた。それはクリスタからの、油断をすれば怪我をするという忠告だ。
「手加減は無用っすよ。自分はただのアイドルとかじゃなく、巫女姫様の護衛も兼ねてるんで」
言葉の直後に水晶銃が再び弾を吐き出す。鋭利に尖ったそれは輝きが相手の目に届いた直後には着弾している。
辛うじて転がり回避に成功したシルキィは反撃として裂け目から氷の礫を呼び出すが、相殺されるのみだ。
複雑な陣ほど強力なものを呼び出すのがシルキィの魔法だ。相手の隙を突き、その瞬間に陣を描く。
だが、クリスタの銃撃は速い。回避と迎撃を強いられる。今の戦い方では相性が悪いだろう。
彼女はその状況を打破するために、一時呼吸を整え、駆け出した。次の瞬間にやってくる弾は刃が防ぎ、シルキィはクリスタのほうへと踏み込んでいく。
水晶と鋼のぶつかり合う音が何度も響き、砕けた欠片がいくつも飛び散る。
「そうこなくっちゃ、っす！」
手にした銃にさらなる魔法をかけ、その銃身の先に刃を備えさせるクリスタ。シルキィの短剣をこれで迎え撃ち、今度は接近戦が繰り広げられる。
手数では二刀のシルキィが上だ。攻勢に出ている間は反撃の暇を与えない。
しかし、クリスタの剣にはまだ銃の機能が残っている。突然の発砲に集中が乱されるうえ、咄嗟に刃で受け止めてしまえばその瞬間は攻撃の手がゆるむ。
クリスタはその隙を逃さない。彼女は水晶を生み出すよりも素早い攻撃を選ぶ。身体の回転の勢いを乗せたハイキックが、シルキィの手に突き刺さる。
その衝撃によって、シルキィは短剣の片方を手から離してしまい、刃が宙を舞った。
クリスタにとっては絶好の攻撃のチャンスに違いない。伸ばした腕でいまだ短剣を握る手を掴み、自分の手ごと水晶で包んで逃亡を封じ、さらに一歩踏み込み頭突きを叩き込んでくる。
ゴーレム族ゆえに、クリスタの頭は石頭だ。相当な衝撃を伴うだろう鈍い音がして、シルキィはよろめいた。
「ふっ、ここまでっすか？」
クリスタは余裕の笑みを浮かべる。
その直後、自らの身体に鎖が絡みつき、身動きがほとんどとれなくなるまで。
「……！？ これは、さっきの短剣の！」
短剣とスカートを結びつけている鎖は、シルキィがよろめくと同時に彼女の指示を受けクリスタに絡みついた。
偶然などではなく、これはシルキィの計算通りだ。手元を見ていればわかる。頭突きを食らう直前から、陣を刻んでいる。
よろめき、鎖に指示を出し、クリスタの動きを封じるまでの数秒間を、片手の自由を奪われつつも稼いだのだ。
「できたっ、お願い……『勝利の炎熱』ッ！」
空間に生じた亀裂から飛び出してくるのは、不死鳥を象った灼熱の一撃だ。
翼を広げればクリスタを簡単に飲み込むその炎を前にして、彼女は鎖を解こうとするがそれでは遅い。
クリスタは脱出を諦め、水晶の壁を作り上げ、常に生成を続けて炎を包み込んでしまおうとした。だが、そうするにはあまりに不死鳥の火力が高すぎる。
作り続けているはずの水晶の壁が押され、ひび割れ始める。高温に結晶を保てず、崩壊していく。
そして、最後には砕け散り、クリスタは吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「かはっ……まさか、ここまでなんて、こんなの合格に決まってるっすよ……」
クリスタはゴーレムのため硬い身体を持つが、それだけでは説明がつかないほど壁は大きくへこみ、亀裂まみれになっている。
彼女はできたてのクレーターの真ん中で気絶してしまったらしく、認めてくれる旨を話した直後にがくんと脱力していた。
「合格……やった、やったよ、お姉さんがんばったよ！」
体力を消耗していながらも、嬉しそうに跳ねてみせるシルキィ。駆け寄っていったりんぜが思いっきりハグされ、モンブランも同様に抱き締められている。
今ここで俺も行けば、シルキィのあの豊満なボディに埋もれて、たぶん鼻血と幸福で窒息死するだろう。さすがに観客たくさんの前では遠慮しておく。
しかし、ここで俺は新たな問題に気がついた。
「なぁ、みんな。あの水晶の扉って、もしかしてクリスタの魔法なんじゃないか？」
つまり、クリスタが気絶してしまっているうえ、すべての扉が撤去されているこの状況だと、彼女が目覚めるまで先には進めないということだ。
「じゃあ、お姉さんとモンブランちゃんはクリスタちゃんを休ませてくるね」
「お二人もゆっくり休憩した方がいいと思います」
りんぜとふたり、試練最後のひとつに向けて休息をとることになる。
「圭くん、最後はかっこよく決めてね……！」
幼馴染みのきらきらした目はちょっとプレッシャーだが、次は本当に俺の出番だ。
みんなの頑張りを無駄にはできない。気合を入れるため、俺は自分の頬に自分で張り手をした。
