第29話 ヤンデレ幼馴染みたち、新たな試練に出くわす
クリスタが試練のためにフィールドへ出ていたころ、巫女姫サクラは、専用の休憩室にて彼女とシルキィの交戦をぼんやりと眺めていた。
それはクリスタを嫌っているわけでも、シルキィに興味がないわけでもない。むしろ、ときどき食事に行くクリスタとの間柄は良好と言えるし、シルキィが扱う魔法は人の国では見たことの無い形態だ。
ただ彼女にとっては、目の前の出来事よりも思索の方が大事であるだけのことなのだ。
その傍らに護衛の姿はない。相手は物思いにふけっていて、油断しきっている。
巫女姫が何を考えているのかは問題ではなく、今重要なのはこの任務を気付かれずに遂げることだ。
詠唱されたら終わり、魔王覚醒の力で吹き飛ばされる。素早く、確実に動く。
少年は背後からサクラに忍び寄り、飛びかかって喉笛にナイフを突き刺そうとした。ぎりぎりで掴んで止められてしまったが、切っ先が喉に届くまではわずかだ。
「……あら。これは何のつもりでしょうか?」
「『滅びの巫女姫』サクラ……あなたをここで殺す」
少年の腕に力がこめられる。彼女の喉を裂くために。
だが、サクラは突然現れた少年に殺されてやるような女ではない。自由な方の手から彼の持つ刃に向かって光線を放ち、抵抗する。
鋼は砕け散り、少年はサクラから離れざるを得なくなり、ふたりは初めて顔を合わせた。
少年はまだ幼いが、その瞳はサクラへの憎悪に満ちており、また口元には特徴的な尖った八重歯が覗いている。
彼が夜の国に暮らすヴァンパイアであることは明らかだ。
「なにがあったかは私の知るところではございませんが……どうしても私を殺したいというのなら、全力でお相手いたしましょう」
ここで殺せれば一番良かったのだが、真正面から戦って勝てる相手じゃないことは、少年もわかっている。
「……僕の相手をしてる暇があったら、国民の心配をしたらどう?」
少年は直接サクラを狙うのが任務だった。だが、そうではない者もいる。彼らはあらゆる手段でサクラを狙うため、この日この時を待っていたのだ。
彼女が客席から聴こえてきた悲鳴に気を取られた瞬間に、少年はその場から離脱した。
◇
モンブランとシルキィが、試練の末に気絶したクリスタを連れていった直後。
誰もいなかった司会者ブースに何者かが姿を現し、客席は騒然となっていた。
俺たちの挑んだ晶の試練は終わり、クリスタでもサクラでも、兵士や試験の運営スタッフですらない。彼女はいったい何者なんだろう。
見たところ、緑の肌、全身から伸びる蔓、その先端に咲く花と、俺のまだ会ったことの無い種族にみえる。
その少女は胸いっぱいに息を吸い込むと、一度吐いて深呼吸をする。そして、サクラが使っていた魔法のマイクを用いてドーム全体に響き渡るよう名乗りを上げた。
「聞きなさい! 私の名は『ゼフィランシア・コスモ・フラウェル』。アルラウネ族よ!
これより我々は『滅びの巫女姫』を処刑するわ。奴の横暴に終止符を打ち、この世界に平和をもたらすのよ!」
つまり、サクラを殺すと、そう言いたいらしい。客席のざわめきはいっそう大きくなり、頭のおかしい奴が出てきたと笑っている者もいる。
それを見てか、ゼフィランシアは頬を膨らませ、なにかの合図として指を鳴らした。
そして現れるのは、象と蛾が合わさったような魔物だ。大きな耳が毒々しい羽になっている。
りんぜが今まで戦ってきたボス級の魔物と同等のサイズを持っていて、その巨体はそれだけで大きな戦力差になる。
会場のすぐ近くに運び込まれていたらしく、ドームの入口を破壊しながら侵入し、人々のあいだに混乱を産んでいた。
「さあ、出てきなさい、巫女姫! さもないと、あなたの国民は皆殺しなんだから!」
魔物は自我を失ったように暴れ回っており、あたり構わず破壊を繰り返している。
ゼフィランシアの言う通り、ここであの魔物を倒さなければ、たくさんの被害が出るだろう。勇者ならそんなの見過ごせるわけがない。
「りんぜはゼフィランシアを捕まえてみんなを避難させてくれ、俺は魔物を引きつける!」
「え、でも、それじゃ圭くんが」
「俺じゃゼフィランシアのいるところまで一発で行けないし、女の子に剣を振るうのは気が引けるからな」
「……うん、わかった。やっぱり、圭くんは優しいね」
正直、あんなでかいのを相手にして勝てる気はしない。だって象だぞ。元の世界では最強の動物ランキングを作れば間違いなく入ってくるような奴だぞ。
でも、りんぜがゼフィランシアの相手をしている間なら、まだなんとかなるかもしれない。
りんぜが飛び出していき、司会のブースまで直行したのを見届けると、視界に入った彼女を攻撃しようとする魔物目掛けて、魔力で編んだ剣を投げつけた。
剣は魔物の大きな羽に確かに突き刺さり、ほどけて消滅する。相手はこちらを振り向くが、傷は身体に対して小さすぎる。ダメージにはなっていない。
「ほら、来いよ……!」
二本目の両手剣を作り、俺は人生初のボス戦に構えた。
◇
目的の場所に到着し、りんぜはそこにいる敵を見た。たくさんの蔓の先に花が咲いていて、本人も可愛らしいが、巫女姫を殺すと宣言した相手だ。
それに、幼馴染みは勇者になりたがっている。その夢を叶える為にも、このお祭りを壊させてはならない。
ゼフィランシア目掛けて踏み込み、まずはお腹に一撃。避けられるかもしれないことを考慮して軽めに、様子見だ。
「えっ、ちょ、待ちなさい、待ちなさいってばっ!?」
慌てて制止するような仕草をみせたが、彼女は拳を回避せず、おかげできれいに鳩尾に突き刺さった。
鳩尾を殴られると息ができなくなるのはアルラウネ族も同じみたいで、苦しそうに倒れ込む。ちょっと可哀想だが、りんぜの大切な人のためだ。仕方がない。
彼は捕まえて欲しいと言っていた。とりあえず、痛みに喘いでいるゼフィランシアを担いで戻ればいいだろうか。
りんぜは彼女を持ち上げ、彼女が意外にも軽く、またアルラウネの体温がぬくくて気持ちいいことを発見する。
次にやるべきなのは、観客たちの避難を誘導する役目だ。いまは彼が魔物を引き付けてくれているから、壊されてはいるが出入口は使えるだろう。
それに、ここは司会者ブース。みんなに声を届けるための場所だ。ゼフィランシアが持っているサクラのマイクを使えば、誘導は容易い。
「ねぇ、マイクは?」
「けほっ、けほっ……教えるわけないじゃない、この腹パン女!」
「……正直ごめんね。あんなに思いっきり当たるとは思ってなくて。あんな宣言したものだから、もっと戦える人かと」
「なっ、そんな、私が口先だけの雑魚って言いたいわけ!? このっ、あなたなんか……うぅ、キリマぁ、来て、助けて!」
何をするかと思えば、ゼフィランシアは助けを呼び始めた。彼女ひとりでここに辿り着き、あの魔物をどこかから連れてきたわけじゃないだろう。協力者がいるのは自然だ。
りんぜの背後で、なにかが着地した音がする。振り向けば、そこにはひとりの青年が立っていた。りんぜと同じように跳び上がってここまでやってくる者がいたのだ。
彼は獣族の青年らしく、その逆立っている毛並みには虎の柄が入っている。恐らく、彼がゼフィランシアの呼んだキリマなんだろう。
「困るな。ゼフィを返してくれ、我々の大切な仲間なんだ」
「聞いてもいいかな。あなた達の目的は何なの」
「言えば返してくれるのか? ああ、なら言おう。我々は巫女姫を倒したいんだ、自分たちと同じような悲劇に見舞われる者をなくせるように、そして己の復讐心のために」
サクラを狙っているのは間違いないようだ。彼女がいったい過去になにをしたのかまでは知らないが、彼らはその復讐で動いているという。
とはいえ、今のりんぜにとって彼らの動機はさほど重要ではない。キリマが現れたことで、ゼフィランシアの持ち物を探ることができず、幼馴染みの頼みである避難誘導が思うようにできないというところだ。
ここはキリマを無理やり倒すしかないか。
りんぜは構えた。瞳を紅に輝かせ、自らの周囲に黒き風を集める。
そして、キリマに向かって攻撃を仕掛けようと呼吸を整えたときだった。
「放しなさい、この、ばかーっ!」
抱えられていたゼフィランシアが叫んで、彼女の蔓に咲く花が膨らんで、ぽんと音を立ててなにかを撒き散らした。それは光る粉で、風にのってりんぜの周りを漂い、そして彼女の呼吸は光る粉を体内に取り入れてしまう。
すると、さっきまでキリマを攻撃しようとしていたはずのりんぜは体勢を崩した。苦しげな表情を浮かべ、自らの頭を抱え、ぶつぶつとなにかを呟きながら倒れ込んでしまう。
当然、ゼフィランシアはりんぜの拘束から離れて地面に落ち、ぎゃっ、と悲鳴をあげながらもキリマに回収された。
「あいったた……よしっ、今のうちに逃げるわよキリマ!」
「了解した!」
ふたりが逃げていっても、りんぜは追いかけようとしない。
彼女はなにかに怯えるような顔をして、震えてばかりいた。




