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64 あなたの夢 目覚め。そして……、涙。それは、いつものことだった。

 あなたの夢


 目覚め。そして……、涙。

 それは、いつものことだった。

(……だって、あなたはいつも、私をこの場所に残して、一人で遠い世界に行ってしまって、目覚めると私のそばから、いつも必ず、絶対にいなくなってしまうのだから)


 早川萌の見る夢


 怖い夢

 

 私は、暗い夜が嫌いだった。

 一人ぼっちの夜が怖くて仕方がなかった。

 そんな私のことを、あなたはそっと手を引いて、暗い夜の中を導いてくれた。

 私がどちらに進めばいいのかを教えてくれた。

 でも、もうあなたはそばにいない。

 だから、一歩も前に進めない。

 どっちにいっていいのか、臆病な私には、もう、なにもわからない。

 私の世界に、光はない。


 優しい夢

 

 ……私は、一人だ。

 この広い世界の、ずっと端っこのほうで、私はいつも、泣いていた。

 一人ぼっちで、泣いていた。

 私はずっと、このままずっと一人なのだと思っていた。

 でも、違った。

 そんな私に声をかけてくれる人がいた。

「どうしたの?」

 と、その人は言った。

「なんで泣いているの?」

 と、その人は言った。

「僕と一緒に遊ぼうよ」

 と、その人は笑顔で私に言ってくれた。

 そして私に、ずっと泣いて、小さく丸くなってうずくまっていた私に、そっとその手を、……私がずっと求めていた救いの手を、私に差し伸べてくれたのだ。

「……うん」

 そう言って、私はその人の手をとった。

 それから私は、ずっと、ずっと、その人のことが好きになった。……本当に大好きになった。


 暗転。


 その日、早川萌は久しぶりにあの人の夢を見た。 

 

 今日、すごく、懐かしい夢を見た。

 久しぶりに見た夢。

 あなたの夢。

 いなくなってしまった、あなたと、もう一度、私の夢の中で出会う、……そんな空想のおとぎ話のような夢だ。


 私は、夜が嫌いだった。

 だって、夜には、夢を見るから。

 あなたのことを、夢に見るから。

 懐かしいな。

 懐かしい声だ。

 もう、随分と昔の思い出のような気がする。

 いなくなってしまった人。

 私が大好きだった人。


 優しい笑顔の男の子。

 ねえ、……くん。

 あなたは今、どこにいるの? 私をおいてどこに行ってしまったの?


 夢の中で、早川萌は緑色の草原の上に立っている。

 空には大きな白い月がある。

 世界の上に吹いているのは、優しい風。暖かい春の終わりのような、夏の始まりのような、風。

 ここは、地球によく似ているけど、でも、どこか地球とは違う、別の異世界にでもあるような、そんな不思議な惑星のように思える場所だった。

「……くん」

 萌が言う。

 その言葉に、ずっと萌に向かって、背中を向けて立っていた郡山第三東高等学校の制服を着ているあの人が、同じように夢の中で郡山第三東高等学校の制服を着ている萌のほうをゆっくりと振り返った。

 小学生のころに、『萌のせいで』、死んでしまった男の子。

 その男の子は、だから本当ならあるはずもない萌と同い年の十八歳の年齢になって(萌と同じ郡山第三東高等学校の制服姿で)、今、萌の前に立っていた。 

 あの人は萌のほうに顔を向けた。

 すると、瞬間、その姿はまだ見たことのない、空想の映像でしかない、萌の中にいる十八歳のあの人から、萌の知っている、現実の世界にちゃんと生きている、あの人とそっくりな、……新谷翔の姿に変わった。

 萌はそんな風景をじっと、落ち着いた眼差しで見つめている。

(その瞬間を最初に夢の中で目撃したときは、……えっ? と萌は驚いて声をあげてしまったのだけど。……それも、もうずいぶんと前の思い出だった)


 翔は、いつものように、にっこりと優しい笑顔で笑う。

 もうずっと前に、萌から失われてしまった、そして、今、萌がようやく取り戻すことができた、本当の笑顔を、……あの人が取り戻すことができた笑顔を、新谷翔くんはまだちゃんと持っていた。

 彼は、純粋な存在であり、無罪なのだ。

 罪を犯していない人。

 まだ、幸せになる権利を、切符やチケットのようなものを、ちゃんとその手に持っている人なのだ。

 ……私はそれを一度、なくしてしまった。

 でもその切符やチケットのようなものが、まだちゃんとくしゃくしゃになってはいるけど、私のポケットの中に、見つからないようにその奥の奥のほうにくしゃくしゃに丸まって、ちゃんと残っていることを、新谷くんは私に教えてくれた。

 ……ありがとう、新谷くん。

 本当に、本当に……、ありがとう。

 そんなことを思って、萌は軽く、まるでなにかを諦めるような、そんな表情をして、にっこりと夢の中にいる新谷翔くんに笑いかえした。

 そのとき、萌は泣いていた。

 早川萌は、泣きながら、……笑っていたのだ。


 萌は一度、その目をつぶった。

 そして頭の中で呪文のように、ある言葉を繰り返した。

 ……あの人は、新谷翔くんじゃない。……あの人は、あの人。新谷翔くんは新谷翔くんだ。

 萌はそっと目を開ける。

 すると、そこに立っていたのは、新谷翔くんではなかった。それに、もう十八歳になった郡山第三東高等学校の制服姿の、萌の空想のあの人の姿でもない。

 そこに立っていたのは、小学校六年生のときの、あの交通事故の事件の日の当時の姿をしたままの、『本当の現実のあの人』が、そこにはいた。

 そこにいて、いつものように、夏の太陽のような明るい笑顔で、ずっと立ち止まっている早川萌のことを、……見ていた。

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