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「でも、新入部員の早川さんが積極的に提案をしてくれるのは嬉しいね」と萌の言葉のあとで部長の朝日奈くんがそう言った。
「ここ、じょうろあるかな?」鈴谷先生は言った。
「あ、そこにありますよ」と硯が言って、棚の真ん中あたりの場所を指差した。そこには確かに黄緑色の象さんのじょうろが一つ、置いてあった。
「ありがとう」鈴谷先生が言う。
「いえ」硯はそれだけ言うと、視線をテーブルの上に戻した。硯はいつものように、今日も愛用のロゼッタストーンの模型を、ずっと両手で持っていじっていた。
萌の隣の席に座っている葉摘は、いつもと同じように今日も文庫本を持ってきていた。でも、今日はその文庫本を読まずにテーブルの上に置いていた。最近、葉摘はあまり人が話しているときに本を読まなくなった。(本を読むことはいいことだけど、人との会話中に本を読んだり、ずっと歩きながら本を読んだりする葉摘の読書の趣味はあまりいい趣味とは言えないから、できれば直して欲しい、と萌は以前から少し思っていた)
萌がそんな葉摘に目を向けると、葉摘は萌にじっとその視線を向けていたようで、萌と葉摘と目が会った。すると葉摘はにっこりと萌に向かって笑って見せた。
(それは、本当に素敵な笑顔だった)
萌はそんな葉摘ににっこりと笑顔を返した。
萌が水晶玉の置かれたテーブルの上に目をやると、そこには葉摘が今日の読書用に持ってきた文庫本が置かれていた。その表紙には『ねじまき鳥クロニクル』(第一部)泥棒かささぎ編の文字が書かれていた。緑色の本だ。
硯の隣にいる新谷くんは、ぼんやりと汚れだらけの古びたオカルト研究会の部室のおんぼろな天井を眺めたりしていた。(きっと、なにか考えごとをしているのだろう)
そんなぼんやりとした新谷くんの顔を見て、萌は危なくふふっと笑いそうになってしまった。
しばらくすると、新谷くんは萌の視線に気がついて、萌にその目を向けた。
「ここもさ、もう直ぐなくなっちゃうんだよな。寂しくなるよ」と新谷くんは萌に言った。
今は、(工事の会社の)夏休みで数日の間、工事が止まっているけど、新校舎が完成すれば、この旧校舎は取り壊されてしまう予定になっている。
「うん。そうだね」萌は言った。
確かに寂しい気持ちになる、と萌は本当にそう思った。




