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萌は事故から生き延びた。
その代わりに、あの人は、死んでしまった。
萌の命を助ける代償として、あの人は死んでしまったのだった。
それが罪。
萌の犯した罪だった。
萌は、夢の中にいる十八歳の大人になったあの人の顔を見つめた。
そこに、あの、萌の憧れた太陽のような笑顔は、……なかった。
代わりに、萌を見つめる、氷のような、冷たい、……萌のことを恨み、憎しみ続けているような、そんな、あの人の目があった。
あの人は、萌の夢の中で、あれから一度も笑うことがなくなった。
だから、萌も自分が現実の世界の中で笑うことはやめようと思った。
『……笑うことをやめて、楽しむことをやめて、そして、自分が現実の人生の中で、幸せになることをやめよう』、と思った。それくらいはしないと、自分の代わりに死んでしまったあの人に申し訳がないと思った。
それが萌の罰だった。
……でも、実際に、もし本当に人に魂というものがあるのだとしたら、たぶん、あの優しい、太陽のような笑顔をしたあの人は、きっと萌のことを恨んだりはしていないだろう、と萌は思っていた。
あの人の魂はとても純粋で、清潔で、無罪であり、誰かを恨むと言ったようなそんな不純であり、罪と罰を背負った、業のような気持ちを、持ってはいないだろうと思っていたのだ。
あの人の魂は、天国に行ったのだ。
(私のように、いつか地獄にいくであろう、罪に汚された魂の持ち主ではないのだ。あの人は……)
だから、あの人は萌を恨んではいない。
でも、だからといって萌は自分自身を許すことができなかった。(私の犯した罪は、きっと一生消えることがないのだ)
その証拠に、萌の夢の中に出てくる、萌の心が作り出した十八歳の大人になった(萌と同様に、年をとっていく)あの人は、ずっと、萌のことを恨んでいた。
それは当然だと早川萌は、いつも笑わないあの人の顔を見て、そう思った。そう思って、萌はちょっとだけ不覚にも微笑んでしまった。(でも、やっぱり、あの人は笑ってはくれなかった)




