第38話 黄金に輝く時の想い
マオの顔は、どこか悲しかった。
まるで訪れる結末を知っているかのような、そんな顔だった。
「先生、ルルク君をお願いします」
マオはそういって、どこかへ行こうとする。
しかし、アイザックはそれを拒んだ。
マオの手首を掴み、振り向かせる。
そして振り返った瞬間に、アイザックは自身の意志を伝えた。
「行くなら、みんな一緒だ」
その言葉にどんな意味があるのか、マオは知っている。
だからこそ、とても嬉しそうに笑って、どこか物悲しげに見つめ返した。
「ごめんなさい。私、みんなに死んでほしくないの」
答えを聞いたアイザックは、マオを引き寄せようとした。
だが、その瞬間にアメジストの輝きが身体に降りかかる。
途端にアイザックは、思うようなスピードで身体を動かなくなった。
「マ、オ――」
「すぐに元に戻るから。そしたら、お願いします」
アイザックに有無を言わさず、マオは馬車から飛び降りる。
全てはピエロ魔人と決着をつけるために。
大好きなみんなを守るために。
そのためだけに、マオは一人で突入する。
◆◇◆◇◆◇◆
それは、少女にとって懐かしい夢だった。
父親が研究で忙しく過ごしていた頃のこと、まだ幼かった少女は一人で森の中にいた。
世話役のメイドの目を盗み、父親の真似をしてアイテムを採取する。
時々、スライムやツノウサギに遭遇して大変な目にもあった。
それでも冒険をやめることができなかった。
気がつけば森の奥へと入り込んでしまう。
薄暗さと、不気味さ、おどろおどろしさが少女に襲いかかる。
闇の怖さを感じながら、出口を目指して歩いていると少女はあるものを見つけた。
森の真ん中。
かつて礼拝堂であった朽ちた建物がある。
運命神と呼ばれる神様を崇めていたそこは、もう建物らしい面影はない。
しかし、不思議なことに一筋の光が差し込んでいた。
その光の下に、一人の少年が眠るように倒れていた。
その少年は傷だらけで、もしかしたら死んでいるのではないか、と少女は思ってしまった。
心配になって近づく。
何をすればいいかわからず、とりあえず傷を見ようと顔を覗かせた。
すると、その瞬間に少年は目を開いた。
『お母様?』
少女はその言葉に、ただただ驚いた。
少年はと言うと、疲れているのかまた目を閉じてしまった。
だが、これがダリアンとロイドの出会いでもあった。
◆◇◆◇◆◇◆
『いやはや、運命とは残酷なものですねぇ。
出会うことのない出会い。いわゆる一期一会と表現すればいいでしょうか。
本来ならば交わることも絡み合うこともない者達が、何かのキッカケで偶然出会ってしまう。
それが人生とも言えますが、我々から言わせれば必然的なこと。
ゆえに、偶然なんてあり得ないのですよ。ねぇ、そうだろ王様ぁ』
ニッコリと、ピエロ魔人は歪んだ笑顔を浮かべていた。
そんなピエロ魔人を睨みつける国王。だが、身体は糸で絡み取られてしまっている。
『そんな熱い視線をぶつけられても困りますねぇ。私、そういう趣味はありませんし』
おちょくるように嘲笑う。すると国王は少し悔しそうにして、眉間にシワを寄せた。
ピエロ魔人はそんな国王の姿を見て、優越感に浸る。
もはや国王は敵ではない。殺そうと思えばいつでも殺せる。
さらにその息子も、操り人形として闇に落ちた。これを笑わずにしていられるだろうか。
全てが思い通りだ。もう敵となるものはいない。
『おやぁ、ずいぶんとお早いご到着ですね』
ただ一人を除いては――
『私の前に立つ全てが、私に平伏し跪いている。だが、あなたは違う。
どんなに力でねじ伏せても立ち上がり、私へ挑んでくる。
どれほど心を折っても立ち上がり、一人になっても向かってくる。
いい加減、諦めてくださいよ。ねぇ、マオ・リーゼンフェルト』
マオは顔を上げた。
宙へ浮かんでいるピエロ魔人は、少しウンザリとした表情を浮かべていた。
しかし、それでもマオは強い眼差しをぶつける。
するとピエロ魔人はその目が嫌なのか、大きなため息を吐き出した。
『あなたの力はもう私のもの。なのになぜ立ち上がる。
それほどまでにして、力を取り戻したいのか?
もう恐ろしいですね。恐ろしい執念ですよ。
ですが、いい加減飽きました』
ピエロ魔人はパチンッ、と指を鳴らす。
直後、大きな影がマオを潰すように落ちてきた。
マオは咄嗟に右へ飛び込むと、途端に城が揺れる。
吐き出される煙と、赤く輝く目。
蜘蛛のように蠢く脚と、恐ろしい連なった牙を剥き出しにしてそれは威嚇した。
マオはその威嚇にも恐れず、まっすぐと前を見る。
するとピエロ魔人は勝ち誇ったかのように、笑みを浮かべた。
『あなたには完全に消えてもらいます。
利用価値があるとも思っておりましたが、ウザったい。
ここまでしつこく来るならば、その魂ごと消してあげましょう』
言葉が吐き出されると共に、モンスターは雄叫びを上げた。
途端に蜘蛛の全ての足が、光を放つ円陣をまとった。
マオは反射的に「クロノス!」と叫ぶ。
ほぼ同時にアメジストの輝きが放たれた。
するとモンスターの動きが僅かながらゆっくりとなった。
だが、それはピエロ魔人にとって許容範囲だ。
『おや、対して遅くなりませんね』
マオが魔法を放とうとするモンスターへ突撃をかける。
だが、見計らったかのようにピエロ魔人は指を鳴らした。
するとモンスターの身体を覆っていたアメジストの輝きは消えてしまう。
元のスピードに戻ったモンスターは、すぐさま懐へ入り込もうとしたマオを払い飛ばした。
「きゃあ!」
転がっていく身体。ようやく勢いがなくなり、立ち上がれるようになる。
だがその瞬間、八つの足にまとっていた円陣が輝いた。
『アァあァあアアぁァああぁァァァぁッッッ!!!』
モンスターの頭上には、真っ赤な光を放つ小さな火球が生まれた。
それがマオへ飛びかかる、一気に膨らんだ。
マオの身体なんて簡単に飲み込んでしまうほど大きい。
『避けてもいいですよ。どうせ死にますからね』
ニヤニヤと、ピエロ魔人は笑った。
マオは思わず回避するのをやめる。
もしこのまま躱してしまえば、糸に包まれた城は一気に燃え上がる。
例え避けなくても、結果は同じだ。
ならば、やることは一つしかない。
「クロノス、いけるっ?」
【できなくはないですが、しかし――】
「迷っている暇はないから! お願い!」
クロス・クロノスはマオの前に立つ。
そして、迫り来る火球に手を当てた。
一瞬だけ焼けるような嫌な音が響く。
だが、クロス・クロノスは躊躇うこと無く睨みつけた。
直後、迫ってきていた大きな火球は一気にしぼみ、空間へと消える。
【ガッ】
だが、思いもしないことが起きた。
クロス・クロノスは思わず自身の胸を見る。
そこには真っ黒な鋭い爪が突き刺さっていた。
「クロノス!」
マオが叫ぶ。
だが、クロス・クロノスは引き下がらない。
【無茶は、いつものこと!】
強い眼差しが、ピエロ魔人へ向けられていた。
ピエロ魔人はそんな目をするクロス・クロノスを睨みつける。
【マオ様、ここで止まってはいけませんぞ。あなた様が求める結末は近い。
だからこそ、決断は迫っている。間違えてはいけません】
「クロノス……、やだよ。やめてよ、それ以上は――」
【大丈夫、私は死なない。だからこそ、選択を間違えないでください】
クロス・クロノスは言葉をモンスターの脚を強く握る。
途端にモンスターは黄金の輝きをまとった。
呻き、叫び声を上げる。
とても苦しそうに暴れ出すと、モンスターはクロス・クロノスを振り払った。
「クロノス!」
マオは転がっていくクロス・クロノスへ駆け寄ろうとした。
だが、その身体は消えていく。
その手を掴もうと伸ばすが、届かない。
【マオ様、笑ってください。あなたは笑っている姿が、似合うのだから――】
クロス・クロノスの身体が空間の中へと溶ける。
マオは届かなかった手を掴むようにして、添えた。
「ごめんね、クロノス。でも、ありがとう」
モンスターが振り返る。
マオもまた振り返り、強い眼差しを向けた。
クロス・クロノスが残してくれた想いを無駄にしないために。
思い描く結末を迎えるために。
マオは一人で立ち向かう。




