第32話 月下に揺れる心とリボン
吹き抜ける冷たい風。
マントが揺らめく中、マオはリボンテイルと共に偽者達を睨みつける。
『どいつもこいつも、私の邪魔をして! そんなにも楽しいのか!?』
模倣犯少女は叫ぶ。
怒り狂ったかのように、マオへ敵意を剥き出しにしていた。
マオはその迫力に少しだけ気圧されてしまう。
しかし、リボンテイルがその身体を支えた。
一緒に前を見ると、模倣犯少年が愉快そうに笑っていた。
『いやはや、まさか本物が来るなんて思いもしなかったですね。だけど、そんなに頭はよくなさそうだ』
ルルクの喉元に突き立てていたナイフ。
それを静かに、だが確実に殺せる距離まで喉元に突き立てた。
「ルルク君っ」
マオが思わず叫んだ。
すると模倣犯少年は楽しげに歪んだ笑みを浮かべる。
『マオ・リーゼンフェルト。あなたは我々との約束を破った。
なら仲間がどうなるか、わかっているだろう?』
模倣犯少年はそのままナイフを引き、ルルクの喉を掻っ切ろうとする。
だが、その瞬間にリボンテイルが動いた。
「悪いけど、そうはさせないから」
模倣犯少年の手が止まる。
後ろから放たれた声。反射的に振り返った瞬間、模倣犯少年の身体が飛んだ。
『ガッ』
転がっていく。
何が起きたかわからないまま、攻撃を受けた。
どうにか立て直し、顔を上げる。
するとそこには、ルルクの身体を支えているリボンテイルの姿があった。
「奪い返させてもらった」
思いもしない出来事。
マオも驚き、近くにいたリボンテイルに目を向ける。
するとそのリボンテイルは「もう大丈夫」と笑っていた。
『……なるほど、そういうことか』
二人のリボンテイル。だが、マオの近くに立っていたリボンテイルはだんだんと透明になっていく。
いつしかそのリボンテイルは光となってマオの傍から消えていった。
『幻影魔術。確かそんなものがありましたね。歴史の闇に葬られた代物ですが、まさか扱える者がいるとは』
「説明どうも。っで、どうするつもりかしら? このまま降参してくれる?」
『ご冗談を。このまま引き下がるほど、お利口でもありませんよ』
バチバチと、模倣犯少年とリボンテイルは火花を散らす。
マオはそんな光景をただただ見つけていた。
『おのれ、おのれ、オノレェェ』
マオがついていけず見つけていると、倒れていた模倣犯少女が起き上がる。
ありったけの憎悪と、嫉妬、そして妙な感情が混ざった視線をぶつけられてしまった。
マオは思わず小さな悲鳴を上げて、後ずさりしてしまう。
模倣犯少女はそんなマオを見て、叫んだ。
『なぜ、私ではないっ。なぜ、お前なんだ!』
様々な感情が混ざりあった言葉。
次第に声は歪み、乱れ、壊れていく。
『ワタシはみとメナイっ。おまえナンてミトメないッ。
私は、お前よりユウシュウだ!!!』
模倣犯少女を包み込んでいた黒い〈何か〉が膨張する。
ぶくぶくと膨れ上がり、模倣犯少女の身体を飲み込んでいく。
その背中には悪魔とも思えるコウモリに似た羽があった。
膨らんだ身体はあまりにも醜く、だらしない。
だがその手には鋭い爪がある。
ドクロの顔が妙な不気味さを放つと、バケモノは笑った。
「なっ」
『これはこれは――』
リボンテイルは思いもしないことに絶句した。
模倣犯少年は楽しげに笑顔を歪ませる。
そんな中、マオは力強い視線をぶつけた。
一体どうしてそんなに恨まれているのか。なんでそんな感情に支配されているのか。
マオはわからないまま、模倣犯少女に言葉をぶつける。
「あなたがどうして怒っているのか、私にはわからない。でも、これは絶対にいけないことだよ。
みんなを傷つけた。傷つけちゃったんだ。そんなの許せないから。
だから、私は全力であなたを倒す!」
それは大きな決意であり、覚悟でもあった。
模倣犯少年はそんな姿を見て、楽しげに笑う。
『ああ、なんて愚かなんだ。愚かすぎて笑いが止まらない。
非力なお前が、精霊なしに倒す? ふざけているねっ!』
「お前っ」
『おっと、僕を殴っている時間はあるかい? 早く加勢しないと、友達が死んじゃうぞ?』
リボンテイルは模倣犯少年を睨みつける。
仕方なく離れ、ルルクを背負ってマオの元へと駆けていった。
その姿を、模倣犯少年は嘲笑った。
『さて、僕は逃げさせてもらおうか。最低限のことはしたし、条件は満たしたしね』
少年は笑う。
そのまま闇に溶けていき、姿を消した。
『殺すコロスころすっ』
バケモノは感情に任せ、マオに突撃した。
マオは杖を強く握り、迎撃しようとする。
「バカッ!」
だが、寸前のところでリボンテイルの幻影が飛び込んだ。
そのままマオの身体を押し倒し、バケモノの突撃をどうにか回避する。
「真正面から勝てる相手じゃないでしょ!」
「わかってるよ」
「じゃあなんで――」
「許せないから。あいつ、みんなを傷つけたもんっ」
その目には、強い意志が宿っていた。
怒りに染まった瞳は、ただただ静かに燃え上がっている。
リボンテイルはその怒りを知り、吐き出して埋葬になっていた言葉を飲み込んだ。
「わかった。あなたをサポートしてあげる。
でも、約束して――無茶は絶対にしないって」
その言葉には、どんな意味が含まれているのか。
マオは理解しながら、力強く頷いた。
「よし。それじゃあねじ伏せてやろうじゃない。あのバケモノを、私達の力で!」
「うん!」
始まる反撃。
みんなを傷つけた模倣犯を懲らしめるために、マオは杖を握る。