第33話 交わる運命、変革の時間
月を覆う闇。それはほのかな光を喰らい、どんどんと真っ黒にしていく。
蠢き出す大きな力。それはマオ達と対峙する少女をさらに飲み込んでいった。
『なぜ、ナゼ、ナぜっ!? 私ジャない!』
その姿は、あまりにも醜い。
その姿は、あまりにも恐ろしい。
その姿は、あまりにも愚かしい。
大きくなっていくバケモノは、どこか哀れに感じた。
しかし、マオにとってそんなことはどうでもいい。
みんなを傷つけた。
みんなを悲しませた。
そのことが許せなくて、ずっと睨みつけていた。
「そんなこと知らないよ!」
マオは腰に添えていたポーチから何かを取り出す。
手に持っているのは、サファイアかと勘違いしまうほど美しい青い結晶だ。
「あなたはみんなに謝りもしない。自分のことばっかりじゃない! そんな人が、相手にされると思うの!!」
感情を剥き出しにして、マオは言葉をぶつける。
途端にバケモノは苦しそうに叫び、『黙れッ』と声を荒げた。
そのままマオに飛びかかる。
するとマオは、持っていた青い結晶を真正面からバケモノにぶつけた。
『きゃあァァッッッ』
一瞬にして突撃が止まる。
それどころか、バケモノの身体が凍てついて動かなくなった。
マオはそれを狙い、杖を頭に叩きつける。
すると真っ黒な霧が噴き出した。
『うぎゃあぁあああぁぁぁぁぁッッッ』
あからさまにダメージを受けた様子だった。
あまりにも痛かったのか、バケモノは悲痛な叫び声を上げる。
だが、それがさらに痛みを連ねる結果となる。
『あぁあああぁぁぁぁぁッッッ!!!』
凍てついていた全身。その体表が砕けたのだ。
痛みにやられ、無理に動いたせいもあってか、まとわりついていた氷が剥がれ落ちたのだ。
全身から黒い霧が噴き出す。
リボンテイルはそれを見て、すぐに追撃をかけた。
「マオちゃん、次の準備をして!」
リボンテイルが作り出した幻影が、飛びかかる。
手、足、そして頭をワイヤーで絡め取り、動きを封じた。
マオはそれを見て、次の攻撃準備に入る。
ポーチからトパーズのように輝く結晶を取り出し、バケモノの懐へと駆けていった。
『オノレおのれ己ェェェェェッッッッッ』
だが、バケモノは黙っていない。
途端に暴れ出し、リボンテイルの幻影を全て振り払ったのだ。
しかしマオは怯まない。
杖に輝く結晶を取り付け、恐れることなく突撃した。
「マオちゃん!」
リボンテイルが思わず叫ぶ。
その瞬間にバケモノは、大きく手を振り上げた。
だが、その瞬間にマオが杖を突き出す。
『ウガガガガガッッッ!!!』
バケモノの全身に電撃が駆け抜けた。
思いもしないことに、動きが止まる。
リボンテイルはその一瞬を見計らい、幻影を使ってマオを連れ出した。
するとバケモノは、力尽きたかのように倒れる。
黒い霧が噴き出す中、マオは少し離れた場所でバケモノを見つめた。
「やったの、かしら?」
「ううん、たぶんまだ。あのくらいじゃあ立ち上がってくるよ」
リボンテイルは息を呑む。
いつ復活するのか。気が抜けず、ずっとバケモノを睨みつけていた。
『ハハハ、偉いぞ。さすが自慢の娘だ』
ふと、声が聞こえた。
マオとリボンテイルは、思わず見上げる。
するとそこには、バケモノの身体から噴き出した黒い霧が漂っていた。
『お父様! 私、トトリカ魔術学園に合格したの!』
『そうか、よかったな』
『はい! 私、立派な錬金術師になるから。アイザック先生にたくさん学ばせてもらって、お父様と一緒に研究するの!』
『楽しみにしているよ』
どこかで聞いたことがあるその声は、何を意味しているのか。
マオとリボンテイルは互いの顔を見合わせる。
するとまた声が響いた。
『お父様、しっかりしてお父様!』
『来てくれたのか……。ごめんな。お前と一緒に、研究ができそうにない』
『いや、いやよ。いやだよ、死なないで……』
『私は、もうダメだ……』
『そんなこと言わないでよ! 生きて、もっと生きてよ!』
『ごめんな。だけど、お前一人でも立派な錬金術師になれる。
私がいなくても、なれると。アイザック先生に認められるほどの、錬金術師になれると。
信じているよ、ダリアン――』
悲鳴に似た絶叫がこだまする。
その声は、何を意味しているのか。
リボンテイルは思わずマオを見た。
するとマオは、戸惑ったかのような表情を浮かべていた。
「ダリアンって、まさか……」
何かに気づき始めたその時だった。
バケモノは唸り声を上げる。
一気にマオへ迫り、その身体を押し潰そうとした。
「マオちゃん!」
リボンテイルが手を伸ばす。
だが、それよりもバケモノの手が速い。
このままではマオは死ぬ。
バケモノ、いやダリアンによって殺される運命だ。
【マオ様、感傷に浸っている場合ではありませんぞ】
声が響く。
途端に、世界は動きを止めた。
マオは思わず顔を上げる。すると、黒い霧からダリアンの声が放たれた。
『アイザック先生が弟子を? 私を差し置いて。いいわ、ならそいつを引きずり下ろして、私が一番弟子になってやるわ!』
『何よあいつ。全くのダメダメじゃない! あれなら私が優秀だし。なんで先生はあいつを弟子にしたのよ!』
『せ、先生がスライムになってる! 何、何があったの? もしかして、錬成の失敗?』
マオは理解する。
その声は全て、ダリアンの思い出なのだと。
そして、ダリアンの目的を自分が邪魔しているのだと。
「私がいなかったら、こんなことには――」
【マオ様、それ以上をいけませんよ】
「でも……」
【彼女が上手くできなかったのは、彼女の選択のせい。だからマオ様が悪いとはなりません。
ただ、運命が捻じ曲げられていたのでしたら話は違ってきます】
「どういうこと?」
【覚えておられますかな? この力の意味を――】
声に促され、マオは頭の中を駆け巡らせる。
時の神〈クロス・クロノス〉の役目。それはマオを守るだけでなく、歪んだ〈運命〉を正すことを目的としている。
真の力を発揮するのは、その目的を見出した時だけ。
つまり、その力が発揮したということは、ダリアンもまた運命を歪められた人物となる。
【彼女はおそらく、あの魔人に干渉を受けたのでしょう】
「じゃあ、ダリアンちゃんを助けることはできるの!?」
【過ぎ去った時の選択は厳しいでしょう。ですが、これからならどうにかなる。
少なくとも、あの魔人の干渉は断てるでしょう】
意志に火が灯る。
すると、その火を燃え上がらせるかのようにダリアンの声が響いた。
『ふん、ちょっとはやるじゃない。いいわ、悔しいけどライバルって認めてあげるわよ!』
マオは前を見る。
迫る巨大な手は、何を意味しているだろうか。
マオを押し潰すためだけにそんざいするのだろうか。
少なくとも、マオはそう感じられなくなった。
「ダリアンちゃん。さっきはごめんね」
マオはその手に触れる。
そして、力強い眼差しを向けた。
「私、あなたと友達になりたい。だから、遠慮はしないから」
マオはダリアンの手に、自身の手を押し付けた。
途端に、空間が弾け飛ぶ。
ダリアンの身体も後ろへと飛んだ。
「えっ?」
リボンテイルは目を白黒とさせた。
貧弱なマオが、バケモノとなったダリアンを殴り飛ばしたかのように見えたのだ。
だが、それは違うということをすぐに知る。
【行きますぞ、マオ様!】
マオの背中を守るように、何かが現れる。
それは〈ササララ冷寒帯〉で見たバケモノだ。
しかし、放っている光が違う。
アメジストかと思わせるほど美しい輝きだった。
それはマオの身体をも覆っていた。
「運命を変える。ダリアンちゃんを、助けるんだっ!」
ダリアンを救う。
マオは大きな決意を固めて、戦いの最終局面に入る。




