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鋼鉄重奏ブレイヴストーム  作者: 平等院 丑造
22/23

3:Strife(part1:『If you want peace…)-≪7≫

≪7≫


/Script_CODE/Eric Arrhenius

 


『水明の騎士エーリクはそうして、猛獣イェンス、ヒーラー兼幻術士レオンハルトを引き連れ、仲間の一員である侍ミツクニを取り戻すべく、悪名高き秘密組織ブラックコープスの敵陣に勇ましく乗り込んでいったのであった!』――――。


RPG風にするとこのような感じなのだろうか。

俺は背後に歩くイェンス、その更に後方を歩くレオの息遣いを感じながらふとそんな事を思った。

空いた穴を避け、中央コンベアに沿って縦に並びながら進んでいると、先頭を歩く己がまるでRPGの主人公になったかのような錯覚に陥る。

こうして考えてみると、俺達の今のところ案外バランス的には今一つかも知れないという考えがふと頭に過った。

まず、ミツクニは刀だから、近距離物理型。イェンスは生体エネルギー弾のマシンガンだから遠距離魔法型ってとこだ。レオも同じく遠距離魔法型。

そして、この俺である。

俺の武器は氷を飛ばして戦う、魔法剣だ。自分で意識したことはないが、つまり俺は当然遠距離魔法型という事になる。


ん?待てよ。

ミツクニが居ねえ今、もしかして俺達、誰も前線に出て戦えるやつが居ねえんじゃねえのか…!?


俺は己の気付きに思わずはっと息を飲んだ。

俺は背後から何も言わず付いてくる二人をそっと振り返り見た。

イェンスはフィンランドの地元では喧嘩番長だったらしいが、どう見ても細い。そして白い。とても防御力が高いとは思えない。

その更に後ろを歩くレオに関しては、もはや戦い自体向いてない雰囲気すらある。敵に一発殴られたらHPが0になって、戦闘不能に陥るタイプだろう。


おいおい待てよ。

っつう事は、俺が一人で前線に立って戦うしかねえじゃねえか!


確かに俺は元々運動が好きで、体力には自信がある。学生時代から社会人二年目くらいまで、地元の消防団に所属していた事もあるし、その後も己の筋肉を常にベストの状態に保つべく、毎日欠かさず筋トレを行ってもいる。

俺は顎に触れた。指に触れる顎鬚の感覚が何となく気に入ってしまい、以来考え事をする際には自然と手が顎にいってしまう癖がついてしまった。


確かに近距離戦は敵と距離を取って戦うよりも危険がつきものである。特にこの世界に於いては、武器に内蔵されているブースターを破壊されたらこの世界で死んでしまう仕組みとなっている以上、より己を危険に晒す事にもなる。


だが…

俺は刺青だらけの、暗い髪を一つに束ねた男の戦う後姿を思い出した。


ミツクニは何のためらいも無く戦っているように見えた。

怖くは無かったのだろうか。あのような異形のもの達の中に、誰よりも深く切り込んでいかねばならぬ事―――その者達を断つ感覚を直に感じ、返り血を浴びる恐怖は、無かったのだろうか。


「おいエーリク、どーした?」

背後から不意に声を掛けられ、俺は咄嗟に振り向いた。

見れば、イェンスが己の顔をじっと見上げている。

俺は前に向き直った。気付かぬうちに、既に中央コンベアの端まで辿り着いていたらしい。壁を前にして、俺は無言で立ち尽くしていたという事になる。


己の行いを恥ずかしく思いながら、俺は再度後ろを振り向きながら「いや」と口にした。

「何でもねえよ。少し考え事をしていただけだ。…それよりも」

俺は思考をはっきりさせるために己の両頬を叩きながら、そう答える。

「端まで漸く来たか。特に此処までは、上層階に繋がる階段や梯子は無さそうだったが…」

俺は辺りを見回した。眼の前の壁は良く見ればシャッターになっている。恐らく装置が稼働すると、このシャッターが開き、車を屋上まで運び、そのまま出口まで移動させる仕組みとなっているのだろう。

「ミツクニは、下の階から上がって来て、このシャッターの向こう側を通っていったんだろうか」

レオが俺の隣まで来、シャッターに触れながらそう言った。

「そうだろうな。もし、コンベアから落ちてなければ……だが」

俺はそう言いながらイェンスの様子を見た。

イェンスは柄にもなく何も言わず、俯いたままズボンのポケットに手を突っ込んでいる。

ミツクニの事が心配なのだろうか。だが、それを口にするほど素直な奴ではない事は俺もレオも分かっていた。

俺は静かにため息を吐きながら、コンベアから降り、辺りを探索した。

レオの具現させたランタンを手に取り、辺りを照らしながら進んでいく。イェンスとレオも離れ過ぎず、後ろに付いてきている。そうして俺達は、三人で暫く付近を捜した。


暫く辺りを探したが、目ぼしいものは何もない。

―――やっぱ、あのシャッターを開けて上に行くしかねえのか?

俺の脳内にそういった考えが浮かんだ瞬間であった。


「おい!見ろよ二人とも」

イェンスの声が辺りに響く。俺とレオは彼の傍に走り寄った。

イェンスは壁の角の、天井を指差している。

俺はその指差す先をランタンで照らし見た。

ぼんやりとした橙色の光に照らされ見えたのは、天井から伸びる、梯子であった。

梯子の先の天井には四角い仕切りがある。良く見ると取手がついた其れが、上層階へ通じる扉である事は明らかであった。

「ほら、あれで上に行けんじゃねーか?」

やや明るい声でイェンスはそう言った。少し希望が見えてきたことで元気が出てきたのかも知れない。

「でもさ、見てみなよ」

レオが梯子に近付き、触れながら言った。

「この梯子、随分錆びてる。三人昇るまで耐えられるかなあ?」

訝し気にそう言ったレオをイェンスはキッと睨みながら口を開いた。

「あのなレオ。それを何とかするのがお前の役目だろーが!いいか、鳩ポッポを出すだけがお前の仕事じゃねーんだぞ!さっきみたいに蔦だか枝だかで梯子を作ればいいだろーが!」

ややムキになりながらイェンスはそう言ってレオに近付き、額を人差し指で突いた。

レオは「うっ」と呻きながらイェンスに突かれた額の一部分を擦る。

「痛いじゃないか中型犬。分かっているよ、僕の出番だってことくらい」

そう言いながらもやや不服そうなレオであったが、両手を合わせ、手から枝を出現させ元々あった梯子を補強するように枝を巻き付けていく。

作業が終わった頃には、元の梯子は全く見えず、枝の梯子だけがどっしりとそこに存在する形となった。

「やるじゃねえか、レオ」

俺はその無駄のない作業に感心し思わずレオにそう言った。

レオは得意満面な顔をしている。

「ふふ、これくらい僕の手に掛かれば何てことは無いのさ」

そう言って髪を後ろに払うレオ。暗闇であるにも関わらず何故かシャンプーのCMさながら髪が輝くのは本当に不思議だ。いや、むしろ怪奇現象に近いレベルである。

レオはそうして暫く一人で光っていたが、やがてふと思い出したかのように「おっと」と声を上げると、イェンスに向き直り口を開いた。

「イェンスくん、ほらどうぞ」

そう言ってレオは右手の指をパチン、と鳴らした。

その瞬間、レオの指から生まれ出るように白い羽が一枚ふわり、と飛んだ。その羽は意志を持っているかの如く宙を舞い、イェンスの肩に音も無く優しく落ちる。

羽が一瞬、白い光に包まれた。

「うっ」

俺は思わず眩しさに目を背ける。

暫く経ち光が止む。

「あっ!!」

イェンスの叫びで俺が正面へと向き直ると、イェンスの肩に乗っかっていた羽は、お馴染みの白い鳩へと変化していた。

鳩は「くるっくるー」と啼きながらイェンスの肩を突っつく。

イェンスは「痛え!」と叫びながらレオの方を向いた。

「おいてめえ、どーいうつもりだこら!鳩ポッポなんかお呼びじゃねーんだよ!!」

そう言ってイェンスは肩に乗った鳩を払いのけようとするが、鳩は両足でしっかりとイェンスの肩にしがみ付き、離れようとはしない。

レオはそれを笑いながら見ていた。

「ははっ!…まあいいじゃないか、イェンスくん。君がその鳩くんを気に入っているようだからね。せっかくだから暫く一緒に行動したらいいよ」

いざって時には役に立つし―――そう言ってレオはニコリと笑う。

「ふざけんじゃねー!!くそ、こいつ離れねーな」

イェンスはなおも鳩と格闘している。

俺はそんな奴を横目で見ながらレオの横にそっと近づいた。

「…なあ、優しいじゃねえか。レオ様」

イェンスに聞こえぬようそっとそう耳打ちする。レオは笑いながら肩を竦めた。

「ミツクニと離れて元気を無くしていたからね。イェンスはああ見えて動物が好きみたいだし、少しばかりこれで元気になってくれるといいんだけれど」

今や鳩はイェンスの髪を咥え遊んでいた。

イェンスは何か叫び、振り払おうとしながらも決して鳩に危害を与えようとはしていいない。

案外仲良く出来るんじゃないかと俺は思った。




***

「よし、じゃあ早速昇るとするか」

俺は枝で補強された梯子を手で握りしめながら気合を入れてそう言った。

此処から上がった先の階は1階。恐らくブラックコープスの連中がうようよ居るはずである。

とは言え、行かぬわけにもいかない。対なる星月を探さねばならないし、何よりもミツクニを救出―――若しくは回収―――する必要がある。

俺は梯子に足を掛けた。枝で補強された梯子は全くぶれる事無く、しっかりと俺の身体を支えてくれている。

俺はせっせと昇り切ると、天井にある四角い扉の取手を引っ張った。

思い切り引っ張りたいところだが、上の階に居るであろうブラックコープスの連中に見つかるのをなるべく遅くしたい。その為にはそっと扉を開け、上の様子を伺ってから上の階へと侵入したかった。

俺はそっと、力を徐々に強め、扉の取手を引っ張る力を強めていく。

暫くそうして引っ張っていると、ガタン、と小さな音を立て、扉が開いた。

上に溜まっていたと思しき埃がパラパラと落ちて来る。俺はそれをなるべく吸わぬようにしながら、開いた扉の隙間からそっと上の様子を伺った。

直ぐ傍に車の列がずらりと並んでいる。どうやら此処の階と大まかな造りは変わらぬらしい。

耳を澄ませよく聞いてみると、足音が幾つかパタパタと疎らに聞こえてきた。

恐らくブラックコープスのものであろう。認識できる範囲では、少なくとも動いている足音はそう多くないように感じる。


連中も数に限りはある。外でレジスタンスとドンパチをやっている以上、そちらにより多くの人材を割いているはずである。一方こちらは本当にあるのか真偽のほどが解らぬ幻のアイテムを探すだけの作業である。当然こちらにはあまり数は残されていない―――と考えるのが妥当であった。

けれど、だからとて油断するわけにもいかない。相手はブラックコープスである。

連中のムダの無い動きと戦いに対する躊躇いの無さは、ティア・タワーマンションでアーロンに遭遇した際に既に身を持って実感している。

あんなのが何人もいたらたまったもんじゃねえな―――俺は心の中でそう毒づいた。


俺は扉からそっと上の階に足を踏み入れた。

足音は聞こえるが、辺りには誰も居ない。

車の影からそっと遠くの様子を伺うと、確かに至る所に黒衣の者達が立っては居るが、人数はそう多くは無さそうであった。


これならいける。背後からそっと近付き、気絶させて回る事も出来るかもしれない。

全員気絶させたらレオの蔦でぐるぐる巻きにし、動けなくさせておけば良い。


―――殺す事だけは、避けてえしな。

俺は己のブースターを見ながらそう思った。

同じ人間を殺してしまったら、例え仮想世界であったとしても、こうしてリアル同然の感覚で物を見、行動している以上、其れは現実で殺している事と変わりないのでは無いか。

現実世界で命を失う訳ではないにしても、魂を殺すのである。鋼鉄の魂を失ったメタラーは生きる希望を失い、抜け殻のようになる。

一般の、メタルに関係ない生活を送っている者にとっては大げさな、と思う話であろう。

だが、己が人生を懸けたものを、命を捧げたものを、一瞬にして失う事。其れは誰しもにとってもこの上なく怖ろしく、残酷な事であるのではないだろうか。


そう、ブラックコープスの連中にとっても同じである、と俺は思う。

連中は確かにこの世界で人間を殺して回っている。だが奴らも元はメタラーであったはずだ。メタルを愛する気持ちに変わりはないはずである。


俺はそっと奴らの姿を見た。黒衣を身に纏い眼だけ出しているその姿からは、奴らが何者で、どういった考えで動いているのかは全く想像がつかない。


―――けど、絶対あるはずなんだよな、ああなった理由が。一人や二人じゃねえ。何人も、徒党を組んで行動してるっつう事は、結束を高めるそれなりの理由と、上に立つ者の意思の強さ、統率力が高いせいだろう。


一体、ブラックコープスを立ち上げた者は何者なんだろうか。

アーロンなのか、それとも別の誰かがいるのか。


―――いずれにせよ、いつか…いや、早ければ今日にでも、その正体を突き止めねえとな。


この中の誰かを問い詰めたらトップが誰か聞けるかも知れない。

俺はそんな事を考えながらも、今一度辺りを見回し、安全を確認すると、開けた扉の下を覗き、下からこちらを仰ぎ見ているレオとイェンスにジェスチャーで上がってくるよう伝えた。

レオが梯子に足を掛け、そっと昇って来る。レオが何とか音を立てる事無く昇り終えた事を確認し、今度はイェンスが梯子に足を掛けた。


そうしてゆっくりと、イェンスが梯子を昇り始めたその瞬間であった。


「クルックルーーー!!!」


突如イェンスの肩に乗っていた鳩が今までに無い程の声を上げ始めた!

俺の隣に座っていたレオが驚きのあまり、思わず両手で口を抑える。


っつうか、鳩ってそんな大声で啼くか?

俺は頭のどこかで冷静にそんな事を考えながらも下を見た。


「おいこら!啼くな鳩ポッポ!!くそ、何なんだよこいつーー!!!」


静かにしなければならぬのをすっかり忘れたのか、イェンスも大声で鳩に向かい怒鳴り始めた。

当然その声は、開いた扉を伝い、俺達が今いる1階に堂々と響き渡る。

「何だ!!今の声は!?」

何処からともなく飛び交う怒声と、こちらへ近付く複数の足音。


まずい、まずいぜ。

俺は頭を抱えた。こうなったら早いとこイェンスに昇って来てもらい、三人でブラックコープスの連中と戦うしかないか。

俺はイェンスに早く昇るよう声を掛けようとした。


その時である。


「グゥォォォォォオオオオオ!!!」


明らかに人間の者ではない呻き声が下から響いた。

幾重にも連なる其れは地響きの如く地面を揺らし、空気を振動させる。

「!!イェンス…!!!」

レオが小さな叫びを上げた。


俺は思わず目を疑った。

梯子を昇るイェンスの下から、どこにそんなに潜んでいたのか、(おびただ)しい量の人型の機鬼どもがイェンスに向かい手を伸ばしながら、梯子を昇ろうとしている。


「う…うわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

イェンスの叫びが響いた。

俺は下に向かい叫ぶ。

「イェンス!早く昇って来い!!あぶねえぞ!!」

イェンスは慣れぬ手つきで梯子を昇りながら、「うるせーー!!」とこちらに向かい叫んできた。

「んな事はオレだって分かってんだよーー!!けど…こいつら梯子を揺らすから…っ!」

イェンスの言う通りであった。

人型の機鬼どもはイェンスを落とそうとしているのか、昇ろうとしながらも、下から梯子を揺らしている。

その行動に統率性はない。

「エーリク!こっち…!!」

レオが隣で叫んだ。

俺はその声に反応し振り向く。見れば、ブラックコープスの連中がこちらへ向かい走って来ているところであった。


―――こいつはまずいぜ。


俺は心の中でそう毒づく。

そもそも、機鬼とブラックコープスのダブルパンチなんて無理がありすぎだぜ。


だが―――俺は思った。

ここは俺が何とかしなきゃならねえ。

ミツクニ亡き……じゃなかった、ミツクニ不在の今、誰かが前に立ち戦わなくては。

となったら、ここは俺しかいねえじゃねえか。


俺はまず、近づいてくるブラックコープスの連中の姿を再度確認した。

連中が此処まで到達するのにおよそ十秒。接近されればされる程、遠距離攻撃型の俺達には不利な状況である。

「レオ!」

俺は既に諦めモードでゾンビの如くこけた頬に変化しているレオに向かい叫んだ。

「あと二十秒だけ、やつらの足を止めてくれ!」

俺がそう言うとレオは「え?」と暗い声でいい、力無く笑った。

「いやいや無理だよ。僕はどうせこのまま、奴らにバラバラにされた挙句標本化されて死ぬんだ。そうして現実世界で抜け殻として生きるのさ」

体育座りをしているレオは負のオーラを放っている。

そのじめじめとした、梅雨の湿気よりも更に重く暗いオーラに、俺は思わずよろめいた。

―――こいつ、座って落ち込んでいるだけでこんなオーラを放てるとは……!

近くに立っているだけでこちらまで落ち込みそうである。

だが、その負の瘴気に触れたのはどうやら俺だけではないらしい。

「な、何だこのどす黒い負のオーラは!!?」

「まるでこちらまで落ち込んできそうだ!!」

襲い掛かろうとこちらへ向かっていたブラックコープスの連中までもがそう叫んでいるのが聞こえる。

奴らは何かから逃れる様によろめきながら、何かを払う動作をしていた。

俺は再度レオの方を向き直った。

「!?」

俺は思わず半歩程退く。

レオは相変わらず体育座りのまま、何かブツブツ言いながら負のオーラを放っている。

否、これはそもそもオーラ、という単純なものでは無い。良く見れば、実際に黒い霧のようなものが奴の身体から発せられていた。

それはまるで生きているかの如く辺りに浮遊し、それがブラックコープスの連中に憑りつく様に、連中を囲っているという訳である。

「おい嘘だろ…」

俺はこめかみを押さえた。

んな事があってたまるか。いや、でも現実―――と言ってもここはコマ世界、仮想空間ではあるが―――に起こってはいるのだが。


まあ、何にせよ連中の動きは止まっている。これはいい足止めになりそうである。

俺は己自身も負のオーラに侵されそうになるのを必死に抑えながら、再度下の階を覗き込んだ。


人型機鬼は下からイェンスを落とし、また自分たちも昇ろうと梯子にわらわらと集まってきている。

イェンスは必死に梯子に掴まりながら落下を何とか防ごうとしていた。

最早昇るどころでない事は明らかである。

幸い、機鬼の奴らが互いに行動を牽制し合い、まだイェンスの下から昇る個体が居ないのが唯一の救いではある。

「エーリクーーー!!!助けてくれよーーーっ!!!」

こちらに向かいそう叫ぶイェンスの肩には、イェンスから落ちまいと必死に白鳩が足で掴まっていた。

俺は梯子に触れた。梯子はそう長くはないが、機鬼どもの妨害を受けながら昇って来るのは至難の業であろう。

しかも梯子を握るイェンスの手はやや震えている。このままでは昇りきるのは厳しい事は明らかであった。

―――そうだ。だったら……!

俺の頭にとある案が浮かんだ。


―――多少無理があるが仕方ねえ。

俺はシャツの腕をまくると、ブースターに触れ、剣を具現させた。


「エーリク、何を…!?」

「イェンス、じっとしてろ!」

動くなよ、そう念を押し、俺は剣の切っ先をイェンスのすぐ下に向ける。


水の螺旋となった刃はイェンスが足を掛ける梯子の直ぐ下に弧を描く様に巻き付くと、そのままイェンスの足の直下から下に梯子ごと凍りついた。

梯子の下にわらわらと蠢く機鬼どもも凍っていく。奴らは何か叫びながら、こちらを見ていた。


「おらあっ!!砕け散れ!!」


俺がそう叫ぶと、凍った梯子は一瞬にして砕け散っていった。

凍った機鬼も身体の一部が砕けたりはしていたが、致命傷までは与えられなかった。

連中は身体の一部を失ってもなお、下からイェンスが落ちて来るのを叫び待っている。

―――さすがに全滅は無理か。

俺は残った機鬼どもの数を見、舌打ちした。


「うわっ…!」

イェンスは下を見、己のすぐ下から先が崩れ一瞬にして無くなったのを見小さく叫ぶ。

氷は水の螺旋へと姿を戻していく。

俺は今度は其れをこちらの階の床と梯子との接着部分に纏わりつかせた。

水の螺旋は見る見るうちに凍っていく。

俺は凍った接着部分のすぐ下を両手で掴んだ。

梯子はこうして握ってみるとかなりしっかりしている。

―――確か、木って重いんだっけか。

だが、やるしかない。

「エーリク…!!」

イェンスが下から叫んでいる。

「いいかイェンス、絶対に落ちんなよ」

俺はそう言ってイェンスにウインクした。

梯子を持つ手に力を込める。

そうして、俺は意識を集中させ静かに命じた。

「―――砕け散れ」


バキッ―――!!

凍り、砕けた梯子は音を立て、床との接着部分は完全に無くなった。

俺の両手に梯子の重さが一気に掛かる。

思った以上の重さに思わず俺は呻いた。

―――だが、ここで失敗するわけにはいかねえ!

俺腕全体に力を一気に込めた。


「うおぉぉぉぉぁあらあああ!!!!」

俺はそう叫びながら、梯子を思い切り上に持ち上げた。

足の裏に力を込める。踏ん張る様にぐっと地面を踏むと、俺はそのまま立ち上がった。

梯子は見る見るうちに上がっていく。

イェンスの紅髪が穴から見え、そうしてその姿が完全に現れたのを確認し、俺は最後の力を振り絞り、梯子を己のすぐ隣の床に投げる様に置いた。

梯子ごと投げられたイェンスはそのまま床に転がる。

俺はそれを確認し、そのまま機鬼どもの居る下の階に繋がるその穴の扉を閉めた。

「はぁ…はぁ…」

流石にキツイ労働で、俺は息が上がるのをゆっくりと戻しながら、すぐ傍に梯子ごと転がっているイェンスに駆け寄る。

イェンスは梯子を今だ握り絞めながら、眼を見開きフリーズしている。

その頬を白鳩がつんつんと突っついていた。

俺は横たわるイェンスの肩を揺らした。

「おい中型犬!!しっかりしやがれ!!」

イェンスははっと身を起こし、俺を見た。

「…?大丈夫か?」

俺がそう声を掛けると、イェンスはこくりと頷いた後、今だ眼を見開きながら口を開いた。

「…お、お前……すげーパワー持ってんのな……梯子ごとオレを持ち上げるとは……オレ、驚きすぎて何が起こったか解らなかったぜ……」


俺はなおも驚くイェンスの様子にふと笑ったが、その瞬間背後から漂う負のオーラを感じ、我に返る。

「そ、そうだ!レオ!!ブラックコープス!!」

俺がそう叫びながら立ち上がりレオを見る。イェンスもそれに続いた。

「レオ?……って、うわっ!な、何だよこの黒い霧みてーなの!?」

イェンスはレオから発せられている黒い霧に思わず顔を覆う。

「これはレオから放出されている負のオーラが具現化したものだ!これで今、連中の足止めをしてる!!」

俺は霧を払いながらイェンスに向かいそう叫んだ。

「嘘だろ!?オーラですら具現化出来るとか、いくらコマだからってそりゃないぜー!……あ、でも何でだろ。何かオレも落ち込んできた」

そう言ってイェンスはだらり、と両手を下に垂らす。

「は!?おい待てイェンス!オーラに飲まれるなっ!!」

俺はそう声を掛けるが、既にイェンスは鼻声である。

「う……うわぁぁぁぁぁぁあああん!!!!ミツクニィーーーーーっ!!!!」

そう叫ぶとともに、泣き始めるイェンス。

その肩に乗る鳩はというと、何も気にすることなくイェンスの髪で遊んでいた。


俺はどう声を掛けていいのか、どこから突っ込んでいいのか解らず口を噤んだ。

そうして辺りに居るであろうブラックコープスの連中の様子を、目を凝らし見る。

ただでさえ薄暗い上に黒い霧が掛かり、視界は最悪だったが、それでも何とか連中の様子を伺う事は可能であった。


「く…っ!何だこの瘴気はっ…!」

「な…何でこんなに悲しい気持ちに…ぐすん」

どうやらレオの瘴気は連中の精神に影響し始めているらしい。

―――ったく、まあ良しとするか。

俺は辺りに漂う悲しみのオーラをシャットアウトするよう努めながら、剣の柄に力を込めた。

刃が再び水の螺旋へと変化していく。

「よし―――じゃ、少し凍ってもらうぜ」

俺はそう言うと連中に向かい、剣を振り払った。

水の螺旋は連中の足元へ広がり、地面を凍らせる。

「うわっ!何だこれは!?」

「くそっ!!動けねえ!!」

どうやら効果があったらしい。

俺は剣をブースターに戻すと、瘴気の根源であるレオの肩をぽんぽんと叩いた。

「ほら、レオ。元気出せよ。少なくとも、今はブラックコープスの連中はもう襲って来れねえからよ」

俺がそう言った途端、レオは「え?」と言い俺の方を向いた。一瞬にして霧が晴れる。

「嘘?本当かい?」

「ああ。ほら見てみろよ、連中、凍っちまって動けねえ」

レオは立ち上がり、ブラックコープスの連中の足元が凍り動けないのを確認すると、安堵の溜息を吐いた。

「嗚呼良かった!!君がやってくれたんだね、エーリク!?」

レオの顔は先程までのゾンビのような顔とは打って変わり、とても輝いていた。

その切り替えにやや閉口しながらも、俺は「いや」と答える。

「お前のお陰だぜ、レオ」

俺がそう言うとレオは一瞬きょとんとしていたが、直ぐに太陽の如く自信に溢れた顔に変化する。

「え?そうなの?あーーーっはっはっは!!そうかそうか!!なら良かったよ!!ふふ、礼は要らないよ二人とも!はーーっはっは!!」


俺はレオのその様子を見ながら、そう言えば自分が元々こいつを嫌っていた事を今更ながら思い出した。




***

「―――さて、洗いざらい吐いてもらおうか」

俺は黒衣の集団にそう言った。

1階にいたブラックコープスの連中は総勢二十人程度といったところであった。

皆首から下は氷漬けになっており、銃を抜くどころか動く事さえ出来ない。

「………」

黒衣の集団は何も言わない。

俺の横からイェンスが飛び出したかと思うと、氷漬けになった男の一人の足元を蹴った。

「おいこら、聞いてんだろーが。さっさと答えやがれ。てめえらの目的は何か、纏めてんのは誰か」

口は動かせんだから言えるよなあ―――口元を歪めながらイェンスはそう言うと、足を蹴った男の頬を思い切り掴んだ。

その様子を見、レオが何か言いかけたが、俺はそれを手で制した。


解っている。少し手荒な真似だという事は、百も承知だ。

けれど今は、連中を探る絶好の機会だ。どんな手を使ってでも、聞ける情報は聞いておきたい。

男を脅すイェンスの姿は、日ごろ見ていた明るく人懐こい青年のものではなく、鋭いナイフのように危険で、獰猛だ。

『血塗られた牙(ブラッディ・ファング)』とは言い当て妙だと俺は今の奴の姿を見、そう思った。


「脅しても無駄だ。俺達は何も言わない」

イェンスに脅されている男ははっきりとした声でそう言うと、眼の前の猛獣を睨み付けた。

イェンスの碧く鋭い眼がすッ―――と細められる。

「…言わねえならそれでも良いぜ」

痛えのが好きならな―――そう言ってイェンスは男の頬に爪を立て、口元を覆う黒いマスクを思い切り引っ張り外した。

「………っ!」

男の頬に数本、引っ掻き傷が付く。そこからゆっくりと、血が流れていった。

露わになった男の顔。俺達は暫くその顔を見ていたが、やがてレオがあっと声を上げる。

「彼は―――もしや『ゴースト・ソサエティ』のヴォーカルのダンじゃないか!?」

俺はそれを聞きはっとした。

『ゴースト・ソサエティ』といえばデスメタル界の中堅どころとして知られるバンドである。

―――見覚えがあるとは思ったが……。『ゴースト・ソサエティ』っつったらデスメタル界じゃ結構名の知れたバンドじゃねえか。成功したバンドの一つと言ってもいい。

なのに何故こんな悪の道に―――俺は疑問がどうしても拭えなかった。


「……『インフェルノ』のイェンス・カルマか」

頬から血を流しながら、男―――ダンは不敵な笑みを浮かべイェンスを見た。

「お前はやはりただのチンピラだ。後ろの生っちょろい二人組と同じさ。何も分かっちゃいねえ。お前は所詮、強がってるだけの犬に過ぎねえ。こいつらとつるんで、『勇者』気取りで世界を救うつもりなんだろ?『旋律を取り戻す』?はっ!莫迦げてるぜ。そんな綺麗ごとばっか言って……黒い音楽をやる資格なんざ、お前には無えんだよ」

ダンはそこまで言うと大声で嗤った。

黙ってその言葉を聞いていたイェンスの、握りしめた右手に、雷光が走る。

次の瞬間には、イェンスの拳が、ダンの頬に思い切りめり込んだ。

「イェンス!」

更に殴ろうとするイェンスの肩を、レオが止めようと掴む。

イェンスは振り向かぬままレオの手を振り払った。

「お前にオレの何が解る!!オレが何をしようと、お前に口出しする資格はねーんだよ!!」

イェンスがそう怒鳴ると、ダンは更に嗤いながら言った。

「だから甘っちょろいっつってんだ。お前も、お仲間もな。お前達に、鋼鉄の魂を持つ資格は無い」

精々悩み苦しめ―――ダンはそう言うと、口を閉じ舌を動かすと、何かを噛み締めた。


「っ!!駄目だ!!」

俺は咄嗟に叫ぶとダンに駆け寄り、口を無理やり開けようとする。

だが、既に遅かった。ダンの口から血が零れる。

眼を開いたままの彼は俺が手を離すと、だらり、と首を(もた)げた。

「……!し、死ん……で…!?」

イェンスは拳を握りしめたまま、震える声でそう言うと、その手をだらりと垂らした。

レオが辺りに居る他の黒衣の集団に駆け寄り彼らの様子を見る。

全員見終わったところで、レオはこちらを向き、力無く首を横に振った。


「そんな…嘘だろ。皆、自殺しちまった……って事かよ…!?」

俺は己の口を手で抑える。

生きた人間の死に出くわすのは、このコマ世界では初めてであった。


「信じらんねえ……何の躊躇いも無く……死んじまった…。いくらゲームだからって…こんなリアルな世界で……」

イェンスはそう言うと、氷漬けにされている為に立ったままこと切れているダンの亡骸に背を向けた。


暫く俺達三人は何も言えず、ただその場に立ち尽くしていた。

静寂を破ったのはイェンスである。

「…!今、何か聞こえたぜ!!」

彼はそう言って辺りを見回した。俺達もそれに続く。

耳を澄まし、意識を集中させる。

辺りから聞こえる幾つもの重なる呻き声。其れは次第に大きくなっていき、やがて空間全体意を揺らした。

「な、何だい一体…!?」

レオが魔法ディスクを具現させながらそう叫んだ。


その瞬間、俺達の周りに並ぶ車を突き破る様に、一斉に機鬼が飛び出してきた。

「おいおい嘘だろ!?また人型機鬼か!?」

俺は剣を構えながら言った。

機鬼の数は膨大である。奴らはよろめき乍らも、一斉にこちらへ向かってくる。

「エーリク!どうする!?」

レオが泣きそうな声でこちらを見て来る。

俺は辺りを見回した。

恐らく、必ずこの辺りに上へと繋がる梯子があるはずである。

「敵を退治しながら上へのルートを探すぞ!!こっちだ!!」

俺は二人の肩を叩くと、車の間を抜け駆け出した。


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