表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明人間の詩  作者: 珠乃 響(ゆら)
第6章 七夕の勇者召喚へ
22/27

第6章3話 リハーサル


「わわあ~~っ、おっきいねぇ~?」


 ポカンと小鳥(コトリ)が可愛い(くち)を開けて、目の前に並ぶ約三万人分のパイプ椅子を見つめている。


 定期考査も無事とはいかないもののとにかく終わって、ようやく野外ライブの最終準備のために港近くにある埋立地に設営されている会場へとやって来ていた。

 とは言っても、今日は本番前の前日リハーサルとして昼過ぎから音合わせをやることになっているようで、中等部の吹奏楽部の部員達は緊張した顔をしている。


 今、ステージではプログラムの順番的には小鳥(コトリ)達の直前となるらしい、アイドルの白夜水月(はくや みつき)がリハをやっているところだ。

 こうして見ると、ちゃんとアイドルしているんだと初めて見直してしまうが、まあ……それもこれも明日までだ。

 そんな風に少し遠目に(なが)めていると、アリーナのほぼ中央のPA前にいる半蔵に気がついたらしい水月(みつき)がステージの上から手を振って来る。


 だから、わずかに苦笑すると目の高さに右手を持って来ると軽く敬礼するようにしてサッと振る。すると、それを見ていた大人気アイドルの水月(みつき)が嬉しそうに微笑み返して来る。


「うっひょ~、私達はアイドルの白夜水月(はくや みつき)の次よ! と言うか、トリの前座扱いなんだけどねぇ~」


 今日も絶好調に黒縁メガネを曇らせてテンションも最高潮の吹奏楽部の部長さんが、ふひぃ~っと鼻息も荒く雄叫(おたけ)びを上げる。


 そうなのだ。どうやら素人としてノーギャラでの参加となる学園中等部の吹奏楽部と歌姫ディーヴァは、オーラスの日本を代表するロックバンドの前座として演奏させてもらえることになっているらしい。

 よく知らないが、それだけでも凄いことなのだと妹の十六夜(いざよい)がウッキーッと()えていたので、きっとそうなのだろう。


 そうしているうちに、直前の出演者である水月(みつき)のリハが終わったらしく、いよいよ吹奏楽部と小鳥(コトリ)のリハーサルの番である。


 いつもの顧問のおじいちゃん先生を先頭にゾロゾロとステージに上がって、ぷぴーとか思い思いに音出しをして(しばら)くすると、無線でPAから指示が飛んで来る。


「~~~~~~~~~~~~」


 今回は小鳥(コトリ)のオケなしのソロから入る構成になっているようで、しかも彼女はマイクの前に出てしまって完全に地声だけで神の楽曲を(うた)い始めてしまう。


 それは、いつも港の見える公園の丘の上で聞いている半蔵にとっては聞き慣れた光景だったのかもしれないが、その声量を初めて耳にする会場で調整や事前準備に明け暮れていた人々にとっては。

 天から降り注ぐその天使の歌声に、思わず手を止めて聴き入ってしまうことになっていた。


 そして、今日だけは観客の誰もいないアリーナ最前列のド真ん中の椅子に座って聞いている半蔵も、本当に心から明日の本番当日を聴くことが出来ないのを残念に思い、ついこの世に未練を残すのだった。


「ああ……でも、ディーヴァ……これで、やっと君の(トコ)へ行ける……」


 だから、明日の七夕(たなばた)の日が沈むまでには必ず魔人を倒すのだ。敵も明日が勇者として召喚される前の千剣破(ちはや)を殺す、最後のチャンスであることは分かっているはずだ。


 だから、旧校舎の裏山の入り口に彼女が姿を表せば、傷ついた身体の再生が完全でなくとも必ずやって来る。そこを、相打ち覚悟で仕留めるだけだ。


 だから、思い残すことは無い。最後に小鳥(コトリ)(うた)を聴けないのは確かに残念だけれど、もうこれ以上は君に会いたいのを我慢する必要は無いのだ。


 だから、最後の奥の手を使って相打ちで敵を倒す。そうして、ずっと待たせてしまった、君の(トコ)へ行ってまた二人(ふたり)で……。


 そんなことを考えていたからだろうか、半蔵の双眸からは気がつかないうちに涙が一筋(ひとすじ)流れていた。


 それに気がついたのは彼の左右に座っていた、勇者千剣破(ちはや)と妹の十六夜(いざよい)だけだった。

 それ以外の人々は誰もが皆、歌姫ディーヴァの歌声に自身が涙を流していたのだから。


 だからこそ、勇者である千剣破(ちはや)はその漆黒の瞳に涙を浮かべて、ステージの上で(うた)い続けている歌姫ディーヴァの小鳥(コトリ)を射殺さんばかりに(にら)み続ける。

 絶対にこの人を、目の前にいない歌姫の元へは連れて行かせはしないという、不退転の決意とともに。


 そうして、妹の十六夜(いざよい)は初めて目にする兄の涙に、動揺を隠せないでいた。小さな頃からいつも、感情を(あら)わにするのは双子である自分の役目だった。

 思い起こせば、兄の泣いている顔を見たことはこれまで一度もなかったような気がする。


 そんな兄がまっすぐに前を見つめたまま、黙って耐えるように唇を噛み締めて泣き続けているのだ。

 嫌な予感しかしない。心臓がバクバク言い始める。また、兄が何処(どこ)かに行ってしまう。そんな双子の兄妹ならではの、絶対的な予感しか思い浮かばなかった。


 その時、リハ後の打ち合わせから戻って来た白夜水月(はくや みつき)がPAの前で、その歌姫ディーヴァの神の楽曲と天使の歌声に言葉も無く唯々(ただただ)立ち尽くしていた。


小鳥(コトリ)ちゃん……これが歌姫ディーヴァ……」


 思わず(こぼ)した言葉に、つられるように涙が(こぼ)れる。これ程とは思わなかった。

 これまでも職業柄(しょくぎょうがら)、世界の音楽アーティストの生演奏は何度も見聴きしてきた。しかし、これは完全に別格だった。

 本物を実際に見て聴いて来たからこそ、自分には(わか)る。これは次元が違っていた。到底、人の身で到達できるものではなかったのだ。

 

「……これは……驚いたな……神の楽曲に……それと、あれは天使の歌声か……実在するとは……」

「……これでは、どっちが前座か分らんな……いや、本当(ホント)……まいった……」


 ふと気がつくと、隣には二人(ふたり)の男性が立っていた。誰もが知っている、日本を代表するロックバンドの二人組(ふたりぐみ)だ。この後の最終リハーサルの(ため)に、一足先(ひとあしさき)に来ていたのだろう。

 それが二人(ふたり)そろって(こぼ)すのは、素人の女子中学生に向けるコメントではあり得い言葉だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「魔神が復活するかもしれないって、どういうことだよ!」


 異世界から召喚された勇者の千剣破(ちはや)が、その命と引き換えにして倒した。砕け散ってバラバラの魔神の死体を前にして、生き残った冒険者達が勇者パーティーの最後の一人(ひとり)である大賢者エルフリーデに噛みつかんばかりに怒鳴りつけていた。


 ――ああ、ついに白昼夢まで見るようになってしまったか。


 大きな洞窟の最奥で上半身だけの蘇生の途中だった魔神を発見したまでは良かったが、伊達(ダテ)に人類に究極の敵と言われてはいなかったと言うことだ。


 魔神の死に物狂いの猛反撃に()い、冒険者は半数が死亡し無傷の者はいない。王国騎士団も壊滅し、宮廷魔術師達はそのほとんどが死に絶えてしまっていた。

 何より、勇者パーティーの聖騎士(パラディン)であるジークリンデが、勇者の奥の手である究極必殺技の時間稼ぎの(ため)(おとり)となって帰らぬ人となっていた。


 そして、その勇者である千剣破(ちはや)(みずか)らの命を代償にして魔神を完全に倒し切ったものの、その命を燃やし尽くしてしまったはずだった。


「よく聞け、魔神は確かに滅亡した。勇者チハヤが命と引き替えに討伐したんだ。このことを未来永劫(みらいえいごう)子々孫々(ししそんそん)まで語り()ぎ、忘れずによっく覚えておけっ。

 だがしかし、魔神は滅亡する瞬間、自分の身体の一部を切り離して異世界へと送ってしまったのだ。元々、魔神が自身を異世界へと送るつもりで準備していた、異世界転移のための魔方陣を使ったのだろう。

 そして、時間を(さかのぼ)った異世界で勇者召喚される前のチハヤを殺して、この世界の魔神の消滅という確定してしまった事実を無かったことにすると言っていた」


 その突拍子も無いぶっ飛んだ話に、耳を傾けていた者達の全てが唖然(あぜん)としてしまう。


 しかし、静まり返ってしまったその場で、歌姫ディーヴァの冷たくなった亡骸(なきがら)をお姫様抱っこした半蔵だけが、ゆっくりと(くち)を開く。


「本当にそのようなことが可能かどうかは問題じゃない。元々、魔神はこの世界を破壊した後には、異世界へと行くと言っていた。

 あのクソ野郎の分身がそれをやろうとしているのなら、阻止するまでだ」


 その時になって初めて、歌姫ディーヴァが戦死したことに気がついたらしい冒険者の一部から、ため息とも呪詛ともつかない(うめ)き声が聞こえてくる。


「フンッ、そんなのは当然のことだ。勇者チハヤを殺させなどせぬ。魔神から取り出した極大の魔石さえあれば、異世界転移が可能であることも分かっていたことだ。

 勇者チハヤを異世界へと帰還させてあげられなくなったことは無念だが、代わりに大賢者たる私が行って、魔神の分身を倒して召喚前の彼女を守る。

 出発は異世界転移の魔方陣の構築が完了する、一週間後だ」


「俺も連れて行け」


 静かに半蔵が声を上げるが、エルフの大賢者は素っ気なく鼻で笑って(さげす)むように見下した視線を投げつける。


「今だから言えることだが、異世界転移で送り出せるのは一人(ひとり)だけだ。戦闘能力の無い貴様を送ることなど出来る訳が無いだろう?」


 大賢者であるエルフリーデは最初からその事実を知っていて、勇者の千剣破(ちはや)にすら黙っていたようだ。

 半蔵と一緒に祖国に帰還したがっていた千剣破(ちはや)に、最後まで強硬に反対していたのは大賢者だった。


 まあ、そんなこったろうと思ってたよ。と、元々帰還するつもりなど無かった上に、最初から大賢者なんて胡散臭(うさんくさ)いエルフを信用してはいなかった半蔵は、特に(なん)の感慨も無くため息をつく。

 そして、これ以上話しても無駄とばかりに(きびす)を返すと、歌姫ディーヴァを大事をそうに抱きしめたまま、スーッとその姿を透明人間のようにかき消してしまう。


 早く大切なディーヴァを綺麗にしてやらなくては。血や埃に汚れたままでは可哀想(かわいそう)だ。そして丁重(ていちょう)に埋葬したら、後は一週間後の異世界転移の魔方陣が起動した(トコ)で、どんな手を使ってでもそれに潜り込むだけだ。


 一人(ひとり)分の魔力量しか無かろうが、死ぬかも知れなかろうが、もうこの世界に未練など無い半蔵には関係無かった。


 (ただ)最後にいなくなってしまう前に、この世で唯一人(ただひとり)愛したディーヴァとの最後の約束を――彼女の生まれ代わりであるはずの小鳥(コトリ)に会って、彼女が幸せに暮らしていけるように魔神の分身を倒す、それだけだ。


 それ以外は半蔵にとっては、もうどうでもよかった。そんなどうしようもない自分を愛したくれたディーヴァがいない。そんな世界に未練など、これっぽっちも無かったのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 気がつくとアリーナの最前列のパイプ椅子に座ったまま、半蔵は勇者の千剣破(ちはや)と妹の十六夜(いざよい)(はさ)まれるようにして眠り込んでいたようだった。


「おはようございます。半蔵さん、歌姫ディーヴァの子守唄を聴きながらお休みになられていましたが、良い夢は見れましたか?」


 彼の目元に残る涙の跡に気づかないフリをしながら、チハヤは優しく話しかける。

 ふと見ると(かたむ)くようにして肩が触れていて、薄いブラウス一枚越しに彼女の体温が感じられて、ハッとして半蔵はその身を起こすと。


「わ、悪い。つい、な。重くなかったか?」


「ふふふ、身体強化スキルも随分レベルアップしているので、これぐらい軽いモンです」


 上品に手を口元にやってクスクスと笑いながらそんなことを言い出すので、半蔵も苦笑しながらもつい余計な軽口を叩いてしまう。


「あはは、それもそうか。勇者のスキルが相手じゃ、俺なんかもう相手にならないもんな」


「ムッ、それではまるで私がムキムキマッチョみたいじゃないですかぁ~」


 ポコン、と拳を丸くした(ただ)の女子高生の千剣破(ちはや)が、半蔵の引き締まった二の腕を叩く。

 それが(たと)え苦笑だったとしても、その笑顔が見れて嬉しいとでも言うように、自分が泣きそうな顔をしているのに無理に微笑む人類の命運を握る真に勇者な少女。


 だから、十六夜(いざよい)はその二人(ふたり)だけにあって自分には無い、圧倒的な違いが何か分からなかったとしても。

 それでも(すが)るような気持ちで、今にも消えてしまいそうな自分の、自分だけの双子の兄をジッと見つめ続ける。


 そうしていないと、ふとした瞬間にたった一人(ひとり)の兄を見失ってしまいそうで。

 まるで、今にも透明人間のように姿が薄くなって、そのままかき消えてしまいそうで、おちおち目など離していられないのだった。


 すると、妹の様子がおかしいことに気がついたらしい半蔵が、(のぞ)き込むようにして自分では普通だと思い込んでいるヘンテコな笑顔を見せる。


十六夜(いざよい)も悪かったな」


 でも、妹の十六夜(いざよい)には分かってしまう。それが、精一杯に無理をして貼り付けた笑顔だということを。

 だって、ずっと小さな頃から見続けてきたんだから。分からないはずなど、あり得ないのだった。


「……うん。心配かけないでよね?」


 だから、気がつかないフリをして笑う。泣きそうになるのを、必死に(こら)えて笑うのだ。そうして(くち)にした言葉は祈るような気持ちで、心からの願いを込めて。


「ああ、気をつけるよ」


 唐変木(とうへんぼく)な兄はもう一度、苦笑するように笑うと金髪の長い髪をそっと()でてくれた。


 ステージの上ではリハーサルを終えたらしい小鳥(ことり)と吹奏楽部の生徒達が、何やら打ち合わせをしていた。

 どうやら、他の出演者に一緒に一曲演奏しないかと誘われているようだ。


 よく見ると、相手は確かこの後の順番でラストを飾ることになっていた、半蔵ですら顔を見たことのある日本を代表する程の二人組みのバンドだった。


 確かアメリカの何処(どっ)かに手形があったはずなので、一緒に共演など出来ればそれは間違いなく凄い事なんだろうなぁ。

 などと、寝起きのボンヤリした頭で半蔵が考えていると、ステージから小鳥(コトリ)が困ったように視線を送ってくるので。

 軽く頷き返してやると、嬉しそうに向日葵(ヒマワリ)のような笑顔を浮かべる。


 すると、そのビッグネームなバンドの二人組みも、どうしたことか半蔵に視線を向けて来るではないか。

 その一人(ひとり)は少し垂れ目のイケメンで、でも妙に細マッチョで、もう一人(ひとり)は黒いグラサンをかけていて、口元にニヒルな笑みを浮かべている。


 どうやら、透明人間の半蔵が二人(ふたり)にも見えているらしく、視線がガッチリと固定されてしまう。

 最近、スキルが消えかけているのを如実(にょじつ)に感じてガックリとするが、まあそれもこれも明日までのことだと、残り少ない人生の最後にしては無駄(ムダ)に前向きに考える半蔵だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ